愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa

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「起きたぞ」
 眠っているはずのグランに気遣って声量を下げたはずだが、それでもグランは起きてしまったらしい。
「イリー……ちゃんとドアの向こうの相手くらい確認してから声をかけろって、何度も言っているだろう」
「大変申し訳ございませんでした。いつもはこの時間、ミレー様は眠っておられ、あなた様は起きていらっしゃったもので、つい確認を怠りました」
「い、いいから、あんまそういう態度を取るのはやめろ……」
 グランがミレーと、イリーと呼んだ騎士の前に割り込んで立った。
「……まさか、まだお伝えされていなかったので……?」
 グランの対応に不審なものを感じたイリーの目つきが鋭くなる。
「こ、これから言うところなんだよ」
「……ここに滞在してひと月ほど経ちましたよね? その間、話す機会は十分にあったと思いますが?」
「た、タイミングっつーのが、あってだな……」
 グランがあたふたと、ミレーをチラチラ見ながらイリーへ弁解をしている。
 何の話をしているのだろうと気になったが、グランはそれを聞かれたくないようなので、席を外そうか尋ねたところ、イリーがきっぱりと断った。
「ではいい機会です。今この場で、しっかりお話をするべきかと」
 その言葉にグランは顔をしかめた。
 怒っているというより、これから何か言われることを怖がって、構えている、ようにも見える。
「結婚を前提に同棲していたのではないのですか?」
「……そ、その、その話もこれから……」
「そのように進んでおられると思ったからこそ、旦那様もオリヴァー様のここでの滞在を『しぶしぶ』お許しになったのです。……もしそれが、そういうことを前提にした同棲ではないと知られれば、旦那様はどう思われるでしょうか、ねぇ?」
「…………」
 イリーが軽蔑するような目でグランを見やった。
「お言葉ですが、オリヴァー様はいい加減に『すべき手順をすべてやってから、勝手な振る舞いをされるべきではないか』と思われます。順序が間違っているのです。よくそれで旦那様に反抗を繰り返すことが出来ますね。ご自分のことを棚上げされて。事後報告、私は認めませんからね」
 りぃんと鈴が鳴るような音で何かまくし立てているが、耳に優しい音が鳴るようで、威圧感がなかった。
 それなのにグランは、何やら圧倒されている様子だ。
「まずは、公爵家へお連れになるべきだったのです! そうすればもっとしっかりとした栄養を摂らせることも出来、安静にしていたらもっと回復も早かったかもしれないのに! 男爵家とはいえ、貴族のお嬢様です! そんなお嬢様に下町の生活ばかり馴染ませて……下町に住みたいなんて言い出されたら、どうなさるんですか!」
「そ、それは……」
 グランが言いよどむ。煮え切らないグランに苛立ったようで、イリーの声色が怒気を帯びていった。
 先ほどまで耳に優しかった声音が、イリーの感情が強くなるにつれ「きぃん、きぃん」と鈴同士がぶつかり合うような音へ変わり、耳が痛かった。
(鈴ってこんな音も鳴るんだ?)
 鈴のような声、なわけで鈴ではないのだが、ミレーは少し混乱して、声が鈴の音のような声の人、という認識で覚えた。
「あ、あの……鈴の声の騎士の方……」
 鈴の声の騎士、と呼ばれたイリーは一瞬自分のことを言われていると気づかないらしく、しばし沈黙していた。
 先に気づいたグランがミレーの耳元で補足をしてくれた。
「イリー、だ」
「あ、失礼しました、イリーさん。そ、その、もしかして私、何かしてしまったでしょうか?」
 そう問うと、グランとイリーはぽかんと口を開けてから、示し合わせたわけでもないのに同時に頭を振った。
「いや、ミレーのせいではないから、安心しろよ」
「えぇ、ミレー様に非はございません。私も、声を荒げてしまい、大変申し訳ございませんでした」
 イリーが深々と頭を下げるので、ミレーが慌てて止めた。
「や、やめてください。私は地位も権力も低いただの男爵令嬢ですから。王国の紋章を身に付けた騎士様がそんな人間に頭を下げるのはおやめください」
「……男爵令嬢であっても、そこまでご自分を卑下なさるのは、あまり感心いたしませんが」
 イリーの鋭い目に見やられ、ミレーは恐怖から身を縮こまらせた。
 そんなミレーの様子に気づいたようで、イリーは気まずそうに咳払いをした。
「失礼をいたしました」
「い、いえ……」
 気まずい沈黙が流れ、その沈黙に耐えきれなくなったミレーが適当に話を逸らした。
「そういえば、騎士様が、早朝からどうしてこちらに……?」
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