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「はぁ、美味しかった……」
グランの家で食べたごはんも美味しかったが、今日食べたごはんも美味しかったと、ミレーは喜んだ。
「それはよかった。それじゃあ、もうそろそろ休むか? 寝台も用意させているから」
夕食を取り終わった後、食後のお茶を飲みながらみんなで少しだけ雑談をした。
クラウドにオリヴァーの下町での様子を尋ねられたが、オリヴァーが「答えなくていい」と言って答えさせてくれなかったので、都度クラウドが泣きそうな顔をしていた。
困ってマルクに救いを求めるように視線を向ければ、彼は平然と微笑みながら「仲が良い証拠だよ」と返された。
そこに対してオリヴァーがまた突っかかっていく。どうやら「父と仲が良い」と思われるのが嫌なようだ。
(なんで?)
ミレーにはそれが不可解だった。
だから表門でマルクが帰るのを見送ったあと、オリヴァーに連れられながら用意された部屋に行く途中で尋ねてみた。
「どうして、クラウドお父様と仲が良いと思われるのが嫌なの?」
その問いに、オリヴァーはぴたりと足を止めた。彼の顔に影が差したような気がして、聞いてはいけなかったのかと狼狽えた。
どうすればいいのかわからず、とりあえず話題を逸らせるべきかと考えた時、オリヴァーが口を開いた。
「仲が良いと思われるのが嫌なんじゃない。……仲が良くないだけだ」
「???」
「オレと父上は仲が悪い。だから、仲が良いように見えるなんてのは幻覚だ」
「仲が悪いの?」
「……あぁ」
「わ、私にはとても仲が良いように見えるけど……」
「どこが」
二度も端的に言葉を返され、少し怖くなった。
けれど、震えそうになる声を抑えながら懸命に言葉を紡いだ。
「……私は、実父に、あんなに親しそうな声をかけてもらえたこともなければ、笑顔を見せてもらえたこともなかったから。クラウドお父様があなたに見せていた表情も、言葉も、態度も、私が今までずっと実父にしてもらいたかった理想形だったから……そう思っただけで……」
「…………」
オリヴァーは目を見開いてミレーを見ていた。
その視線の意味するところがわからず、ミレーは怖くなって視線を下げた。
「その、ごめんなさい。私の理想の関係だったからって、それが仲の良い話になるってわけじゃないのに。……私、本当に、そういうのわからなくて……不快な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
あやまるな、とまた怒られるかもしれないが、恐怖に苛まれると反射的に謝ってしまう。
身を強張らせながら、この場を逃げ出したい気持ちに駆られていた。
でもどこへ逃げればいいのかわからず、ただ立ち尽くしていたのだ。
怒らせてしまった。
だがそう後悔するミレーに、オリヴァーは優しい声を返してくれた。
「謝らなくていい。……ミレーは悪いことを言っていない、からさ」
オリヴァーの言葉がたどたどしいように感じるが、それを指摘する勇気はない。
「怒って、ない……?」
おそるおそる尋ねると、オリヴァーは困ったようにはにかんだ。
「怒ってねえよ。オレが大人げなかったから、反省していただけだ」
「大人げなかった?」
「……さ、着いたぞ。ここがミレーの部屋だ」
オリヴァーの呟いた言葉が気になったが、部屋についてしまったし、なにより彼はそのことを深く追究されたくないようなので、ミレーは何も聞かなかった。
「じゃあ、ゆっくり休めよ、ミレー」
そう言ってオリヴァーがその場を離れようとしたので、ミレーは驚いて彼の服の裾を掴んだ。
「ミレー?」
突然引き留められたことに驚いた顔を見せるオリヴァーに、ミレーは慌てて問いかけた。
「お、同じ部屋で寝るんじゃないの?」
「………………え?」
問いかけた質問に、オリヴァーはみるみる顔を赤らめていく。
「ど、どうしたの……?」
「……い、いや。オレたちまだ、婚約、もまだ正式にしていない感じだし……結婚もまだだし……こう、守るべき手順というか……」
なにやらもごもごと聞き取りにくい声量で話すオリヴァーに、ミレーは不安な気持ちを抱いた。
「も、もしかして……下町で一緒に寝泊りしていた時に、私いびき掻いていたりして、あなたに迷惑かけていた……とか?」
「え? ち、ちがうって!」
オリヴァーは焦った様子で顔の前で手を振って否定したが、ミレーの不安は消えない。
「そ、そもそも同じ空気を吸いたくないとか……?」
「だぁあ! 違うって! どうして今日はそう悲観的になってんだよ!」
「ひ、悲観的でごめんなさい……」
「だから、違うって! ミレーが嫌いなんじゃない! ミレーと一緒にいるのがイヤなわけでもない! ただ、この部屋はベッドが一つしかないんだよ!」
「じゃあ、そのベッドで一緒に眠ればいいんじゃない?」
「バカか! 大好きなミレーと同じベッドでなんか寝たら、オレの理性が保てないだろうがッ!!」
「理性? …………ッ!」
一瞬何を言われたのかわからなかったが、先ほどの言葉を頭の中で反芻していくうちに、ようやく彼のいわんとすることの意味がわかって、ミレーの顔も熱くなっていった。
「わかったか!? わかったら一人で寝ろ! 一人で寝れるな?! オレは自分の部屋に帰るからな!」
「う、うん! あ、ありがとう! あ、ありがと……おやすみ!!」
お互い緊張しすぎて、たどたどしい言葉を交わし合ってようやく別れた。
オリヴァーは長い廊下を走って行ってしまい、あっという間に姿が見えなくなった。
彼の後ろ姿を見送ったミレーは、火照った顔を冷やすように自分の手でぺたぺた触った。
ひと息ついて振り返ると、佇まいを変えないメイドたちがそこに立って待っていて、今までの自分たちのやりとりを見られていたのだと思うと、また恥ずかしさがぶり返した。
そして部屋の扉が開かれる前に、メイドの一人がにこりと微笑みながら教えてくれた。
「ちなみにオリヴァー様のお部屋は、そこでございます」
そう言って示されたのは、ミレーが今入ろうとした部屋の隣の扉だった。
(……じゃあオリヴァーは、どこの自分の部屋に帰ったんだろう?)
「おそらく屋敷をひとしきり走られた後、こっそりとここへ戻ってこようとしているのでしょう」
すっかり見抜かれているのがおかしくて、ミレーはつい笑ってしまった。
グランの家で食べたごはんも美味しかったが、今日食べたごはんも美味しかったと、ミレーは喜んだ。
「それはよかった。それじゃあ、もうそろそろ休むか? 寝台も用意させているから」
夕食を取り終わった後、食後のお茶を飲みながらみんなで少しだけ雑談をした。
クラウドにオリヴァーの下町での様子を尋ねられたが、オリヴァーが「答えなくていい」と言って答えさせてくれなかったので、都度クラウドが泣きそうな顔をしていた。
困ってマルクに救いを求めるように視線を向ければ、彼は平然と微笑みながら「仲が良い証拠だよ」と返された。
そこに対してオリヴァーがまた突っかかっていく。どうやら「父と仲が良い」と思われるのが嫌なようだ。
(なんで?)
ミレーにはそれが不可解だった。
だから表門でマルクが帰るのを見送ったあと、オリヴァーに連れられながら用意された部屋に行く途中で尋ねてみた。
「どうして、クラウドお父様と仲が良いと思われるのが嫌なの?」
その問いに、オリヴァーはぴたりと足を止めた。彼の顔に影が差したような気がして、聞いてはいけなかったのかと狼狽えた。
どうすればいいのかわからず、とりあえず話題を逸らせるべきかと考えた時、オリヴァーが口を開いた。
「仲が良いと思われるのが嫌なんじゃない。……仲が良くないだけだ」
「???」
「オレと父上は仲が悪い。だから、仲が良いように見えるなんてのは幻覚だ」
「仲が悪いの?」
「……あぁ」
「わ、私にはとても仲が良いように見えるけど……」
「どこが」
二度も端的に言葉を返され、少し怖くなった。
けれど、震えそうになる声を抑えながら懸命に言葉を紡いだ。
「……私は、実父に、あんなに親しそうな声をかけてもらえたこともなければ、笑顔を見せてもらえたこともなかったから。クラウドお父様があなたに見せていた表情も、言葉も、態度も、私が今までずっと実父にしてもらいたかった理想形だったから……そう思っただけで……」
「…………」
オリヴァーは目を見開いてミレーを見ていた。
その視線の意味するところがわからず、ミレーは怖くなって視線を下げた。
「その、ごめんなさい。私の理想の関係だったからって、それが仲の良い話になるってわけじゃないのに。……私、本当に、そういうのわからなくて……不快な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
あやまるな、とまた怒られるかもしれないが、恐怖に苛まれると反射的に謝ってしまう。
身を強張らせながら、この場を逃げ出したい気持ちに駆られていた。
でもどこへ逃げればいいのかわからず、ただ立ち尽くしていたのだ。
怒らせてしまった。
だがそう後悔するミレーに、オリヴァーは優しい声を返してくれた。
「謝らなくていい。……ミレーは悪いことを言っていない、からさ」
オリヴァーの言葉がたどたどしいように感じるが、それを指摘する勇気はない。
「怒って、ない……?」
おそるおそる尋ねると、オリヴァーは困ったようにはにかんだ。
「怒ってねえよ。オレが大人げなかったから、反省していただけだ」
「大人げなかった?」
「……さ、着いたぞ。ここがミレーの部屋だ」
オリヴァーの呟いた言葉が気になったが、部屋についてしまったし、なにより彼はそのことを深く追究されたくないようなので、ミレーは何も聞かなかった。
「じゃあ、ゆっくり休めよ、ミレー」
そう言ってオリヴァーがその場を離れようとしたので、ミレーは驚いて彼の服の裾を掴んだ。
「ミレー?」
突然引き留められたことに驚いた顔を見せるオリヴァーに、ミレーは慌てて問いかけた。
「お、同じ部屋で寝るんじゃないの?」
「………………え?」
問いかけた質問に、オリヴァーはみるみる顔を赤らめていく。
「ど、どうしたの……?」
「……い、いや。オレたちまだ、婚約、もまだ正式にしていない感じだし……結婚もまだだし……こう、守るべき手順というか……」
なにやらもごもごと聞き取りにくい声量で話すオリヴァーに、ミレーは不安な気持ちを抱いた。
「も、もしかして……下町で一緒に寝泊りしていた時に、私いびき掻いていたりして、あなたに迷惑かけていた……とか?」
「え? ち、ちがうって!」
オリヴァーは焦った様子で顔の前で手を振って否定したが、ミレーの不安は消えない。
「そ、そもそも同じ空気を吸いたくないとか……?」
「だぁあ! 違うって! どうして今日はそう悲観的になってんだよ!」
「ひ、悲観的でごめんなさい……」
「だから、違うって! ミレーが嫌いなんじゃない! ミレーと一緒にいるのがイヤなわけでもない! ただ、この部屋はベッドが一つしかないんだよ!」
「じゃあ、そのベッドで一緒に眠ればいいんじゃない?」
「バカか! 大好きなミレーと同じベッドでなんか寝たら、オレの理性が保てないだろうがッ!!」
「理性? …………ッ!」
一瞬何を言われたのかわからなかったが、先ほどの言葉を頭の中で反芻していくうちに、ようやく彼のいわんとすることの意味がわかって、ミレーの顔も熱くなっていった。
「わかったか!? わかったら一人で寝ろ! 一人で寝れるな?! オレは自分の部屋に帰るからな!」
「う、うん! あ、ありがとう! あ、ありがと……おやすみ!!」
お互い緊張しすぎて、たどたどしい言葉を交わし合ってようやく別れた。
オリヴァーは長い廊下を走って行ってしまい、あっという間に姿が見えなくなった。
彼の後ろ姿を見送ったミレーは、火照った顔を冷やすように自分の手でぺたぺた触った。
ひと息ついて振り返ると、佇まいを変えないメイドたちがそこに立って待っていて、今までの自分たちのやりとりを見られていたのだと思うと、また恥ずかしさがぶり返した。
そして部屋の扉が開かれる前に、メイドの一人がにこりと微笑みながら教えてくれた。
「ちなみにオリヴァー様のお部屋は、そこでございます」
そう言って示されたのは、ミレーが今入ろうとした部屋の隣の扉だった。
(……じゃあオリヴァーは、どこの自分の部屋に帰ったんだろう?)
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すっかり見抜かれているのがおかしくて、ミレーはつい笑ってしまった。
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