愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa

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 ミレーに用意された部屋は、下町のグランの家よりも、クローバー家のミレーの部屋よりもずっと広かった。
「ひ……」
「ミレー様?」
 思わず後ずさったミレーを、不審そうに見つめるメイドに、声を震わせながら訊いた。
「あ、あの、まさかとは思いますが、私一人で、こ、この部屋を……?」
「はい」
 ミレーの身体中から、冷たい汗が噴き出した。
「そ、その……あ、あわ……あわわ……」
 狼狽するミレーを心配したメイドに、大丈夫だと平静を装って言うが、本当はとても困っていた。
 広さだけではない。
 壁にはなにやら装飾が施されているのか、絵なのか、綺麗な模様で彩られており、奥は大きな格子窓があり、それに面して天蓋付きの大きなベッドが配置されている。
(……私がずっと使っていたベッドよりも、無理やり交換されたアリサの天蓋付きベッドよりもずっと広くて立派で……あれ?)
 ベッドの枕元には、大きな白い枕が何個も置かれていた。
「あ、やっぱり私だけで使うんじゃないんですね! 他に誰とこのベッドを使うんですか?」
「? もちろん、ミレー様おひとりでお使いいただいて大丈夫ですよ」
「?」
 なにやらメイドと話がかみ合わない。
「で、でも枕が何個もあるので……私以外にも誰か……」
「あぁ、それは、二個以上重ねて枕を使われることで、頭の位置が安定させられるなど、調整が出来るからです。本来ならば、ミレー様がお眠りやすい高さの枕をご用意したいのですが、急であったために、今夜は枕を重ねて調整させていただきたく、お願い申し上げます」
 メイドが申し訳なさそうに頭を下げるから、ミレーは驚いて、メイドより深く頭を下げてしまった。
「す、すみませんでした! ありがとうございます!!」
 咄嗟に謝罪の言葉が口から出てしまった。
(また、オリヴァーに怒られる……)
 そうは思いつつ、長年身についた習性はすぐには変わらない。
 しかもミレーは今まで、メイドよりも下の扱いを受けていたため、メイドに頭を下げることにためらいがなかった。
 驚いたのはメイドたちだ。
「み、ミレー様! 頭をお上げください! そのようなことをされては、私どもが主人に叱られてしまいます!」
「あ、す、すみません!」
 自分の失態でこのように丁寧で心優しいメイドたちが叱られるなど、あってはならないと、ミレーは素早く頭を上げた。
「つ、つまり、この枕は私一人で使っていい、のですね?!」
「はい」
「はぁー……」
 大人が川の字で寝転がっても落ちそうにないほど広い天蓋ベッドを前に、ミレーは感嘆とした声を漏らした。
「これは?」
 天蓋ベッドに取り付けられている布に触れてみる。
「これはレースにございます」
「レース……すごい、網目が細かい……」
「ミレー様、こちらへお越しください」
 ベッドをしげしげと見つめていると、メイドに声をかけられたのでそちらへ向かった。
 部屋の端へ移動した途端、ミレーはドレスを脱がされ、代わりに白いロングドレスを着せられた。
「これはネグリジェです。就寝用の衣服でございます」
 メイドにそう説明をされ、ミレーは驚いた。
「眠るための衣服があるのですか……?」
 そう尋ねると、メイドは心底呆れたような顔をしていたので、それが恥ずかしくて俯いてしまった。
「あ、いえ、失礼いたしました。ではミレー様、次はこちらへおかけください」
 メイドはミレーが恐縮してしまったのに気づき、慌てて謝罪を述べつつ、隣に設置されたドレッサーに座るよう伝えた。
 座る部分が赤く丈夫そうな布で出来た木製の椅子に座るよう言われたので、促されるままそうした。
 すると目の前にあった大きな鏡と向き合うこととなり、ミレーは改めて自分の姿を見て驚いた。
(実家にいたころは、鏡なんて私の部屋にはなかったから見ることもなかったけど、たまに窓ガラスに映る自分の姿とは、まるで違う……)
 ボサボサとした伸ばしっぱなしの赤い髪、青白く痩せこけて生気がない肌、丈の合わない母の形見のドレス。それが、今までミレーを形作っていたものだった。
 なのに、今鏡に映る自分の姿は、まるで別人だ。
 癖はあっても、丁寧に梳かされ艶を出していく赤い髪、赤みが混ざった薄いベージュ色の肌、そして自分の丈に合った純白のロングドレスを着ている。
 これが自分の姿だとは思わなかった。
 湯浴みの時、下町のグランの家で彼に指摘された傷や痣がまだ残っていて、それをメイドたちにとても心配された。だいぶ色も薄くなっていたし、痛みはもう完全になかったから「大丈夫」と告げたが、ずっと心配されていた。
 たしかに、先ほどまで着ていたドレスでは隠れていたが、胸元の露出がやや増えたこのネグリジェでは、傷や痣が見えてしまっていた。
(ちょっと不格好かな……)
 気にならないこともないが、もう寝るだけならば、見た目を気にすることもないかなと軽く流せた。
 丁寧に髪が梳かされている間、手と足にクリームが塗られた。
「ひぇあ!」
 それがくすぐったくて、つい裏返った声を出してしまった。
「痛かったですか?」
 メイドの気遣う声に、ミレーが慌てて頭を振った。
「いえ、くすぐったくて……」
 素直にそう伝えると、メイドは「わかりました」と言い、次はくすぐったくない力加減で丁寧にクリームを塗ってくれた。
「あの、これは何を塗っているんですか?」
「乾燥を防ぎ、潤いを促すためのクリームです。花の香料も混ぜてありますので、眠られる際に良い香りを楽しみながら、リラックスして眠ることが出来ますよ」
「わぁ、す、すごい……」
 リラックスしながら眠ることなんてあるんだ、と感心した。
 実家にいたころは、身体か精神的な疲労がピークに達して、倒れるように眠っていたし、下町ではグランが傍にいてくれたことに安心して眠っていたが、リラックスとは違う感じがしていたからだ。
(リラックスしながら眠るって、どんな感じだろう)
 そう考えただけで心が弾んだ。
 髪のブラッシングが終わると、髪になにかをつけているようだ。香りが手に塗ってもらったものと同じだった。
「こちらは髪に栄養を与え、艶を出すためのものです。先ほどのクリームと同じ香料を使っております」
「あ、やっぱりそうなんですね! 素敵な香りですね、これ!」
 そうはしゃいでいると、手と足にクリームを塗っていたメイドが立ち上がり、別のメイドがミレーの前でしゃがんで、顔に何かを塗り出した。
「わぷっ?!」
「こちらは肌に潤いを与え、血行を促すクリームになります」
 これも同じ香りだった。
 どれも匂いが統一されていて、ほのかにしていた香りが、より色濃く感じられるようになった。
 その香りがミレーの身体の緊張をほぐし、こくり、こくりと顔が前に傾きそうになるのを懸命に堪えた。
「塗り終わりました。では、ミレー様。こちらへどうぞ」
 そうしてようやくベッドに移動することになった。
 メイドは、天蓋に取り付けられたレースのカーテンを開き、赤い掛け布団をめくってくれた。
 ミレーは誘われるように白いシーツの上に寝転がった。
(……グランの家のシーツと、同じ肌触り……)
 それが安堵感につながり、メイドが掛け布団をミレーの身体にかけてくれる前に寝入ってしまった。
 深い深い眠りの底へ落ちながら、ミレーは思った。
(まるで別世界だ……)
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