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「そうだ。バークスファー伯爵も来るらしいよ」
(バークスファー伯爵?)
「貴族全員だからなぁ」
マルクの話題に、頬づえをしながらつまらなそうに聞くオリヴァー。そんなに興味がないのかと思ったが、目は真剣にマルクのほうを見やっていた。
ミレーは、まだ貴族全員覚えることが出来ておらず、話に加われる雰囲気じゃないことを感じ取り、もくもくとクッキーを口に入れていた。
「そう、貴族全員。……だから、アリサ嬢ももちろん来る」
「へぇ」
マルクの言葉に、オリヴァーはうっすらと笑みを浮かべる。
だがミレーは驚いて、クッキーを食べる手を止めて固まった。
「あ、アリサが……?」
よく考えたら、クローバー家の人間も来るのに、アリサだけ来ないわけがなかった。
元の家族に求めた楽観的な欲求はとうに消え失せていたが、身体で感じたストレスからか、脳裏にこびりついている恐怖からか、ミレーは気が遠のきそうになった。
「ミレー」
意識が遠のかずに済んだのは、オリヴァーの温かいぬくもりが手を包み込むように握ってくれて、優しい声で名前を呼んでくれたからだ。
「大丈夫だ。オレがいるから、心配するな」
「オリヴァー……」
「ボクたち家族も、ミレーを守るよ」
「マルク……」
そうだ。今、自分は独りじゃない。
愛おしい婚約者と、優しい家族がいる。
何を恐れることがあっただろうか。
心が勇気づけられていき、ミレーはようやく息を吸うことが出来た。
「ありがとう、二人とも」
お礼ににっこりと微笑み返すと、二人もにこりと微笑み返してくれた。
そうは言っても、アリサの名前が出るたび身体がこわばってしまうのは、心の持ちようではないようで、結局オリヴァーの手を握りながら話を聞くこととなった。
「ちなみに、アリサ嬢はクローバー家の人間と一緒には入ってこない。伯爵家の人間として会場入りをする」
「伯爵……? どうして? もしかしてアリサも、私みたいにどこかの伯爵家の養女になったの?」
ミレーが驚いて尋ねると、マルクは無表情で頭を振った。
「いや。アリサ嬢……いや、アリサ夫人だったな。彼女は養子ではなく、バークスファー伯爵に輿入れした。だから今は、アリサ・クローバー男爵令嬢ではなく、アリサ・バークスファー伯爵夫人となっている」
「こ、輿入れ? 結婚したってことですか?」
あまりに驚きすぎて、ついオリヴァーの手を掴んだまま立ち上がってしまった。無表情でお茶を飲んでいたオリヴァーが、一緒に引っ張られて立ち上がった。
「落ち着けよ、ミレー」
「お、おち、落ち着けって……あの子はまだ16歳よ?!」
「貴族だと当たり前なんだよ」
「あ、当たり前……?」
「あと、先週17歳になっただろう、そいつは」
とりあえず座れと促され、呆然としながら腰を下ろす。
なっただろう、と言われても、よく考えたらミレーはアリサの誕生日を正確には知らない。せいぜい春生まれということくらいだ。
知らないのは、家族の誕生日を祝う席にはいつも、ミレーは参加させてもらえなかったからだ。
「当たり前、というと語弊があるか。……子どもを産むことを考えたら、大体ミレーくらいの年齢が望ましいだろう。でも、世の中には変態がいる。オレが聞いた中で、12歳の令嬢が、40代の貴族に嫁がされたっていう話がある。12歳の嫁を愛して結婚したわけじゃない。子どもを産ませることが目的でもない。未発達の女の身体を弄ぶのが目的だろう。だから変態だって言うんだがな」
「憶測でものを語るんじゃない。あれは、趣向がどうあれ、嫁いできた12歳の令嬢は大事にされたし、その家族も大切にされた。愛があったかは当人同士にしかわからないし、仮になかったとしても、令嬢は貴族として子孫を残すという責務は果たしたし、40歳の貴族の男性も、最期まで令嬢もその子供も経済的な面で不安にさせることはなかったんだ。それだけで、他人からどうこう言われる筋合いはないだろう」
オリヴァーの説明に不安を抱いていたが、マルクが弁解するようにしてくれた説明で安堵した。
「じゃあ、アリサも、大切にされているのかもしれないのね」
自分が酷いことをされてきたとしても、妹であることには変わりがなかった。妹には幸せになってもらいたいという願いはある。
だから安堵していたが、オリヴァーとマルクは浮かない表情で黙ってしまった。
「え……?」
その表情を見たら、ミレーの心がまたざわつき始める。
「ど、どうしてそんな表情するの……?」
「……いや。世の中にはいろんな趣向の奴がいることは間違いないから」
「……幸福な夫婦の在り方は、当人同士にしかわからないから、ボクにはなんとも」
なにやら煮え切らない発言をされ、ミレーは一層不安になる。
「それよりミレー。オリヴァーとの婚約が延期になったとはいえ、貴族令嬢としてまだまだ学び身に付けなければならないことが山のようにある。お昼までの間、もう少し勉強しようか!」
そんなミレーの不安を無視するように、マルクがわざとらしく明るい声で話題を変えた。
「そうだ。もしかしたら殿下の誕生パーティーが終わって、落ち着いた頃にでも結婚が認められる可能性もある。いつそれが来るか分からないから、休む暇もなく頑張ろうぜ。オレも協力するからな!」
マルクが変えた話題に、オリヴァーも昂々と乗る。
二人にまくし立てられ、結局、抱いた不安はどこかへ行ってしまった。
そして、まだ一か月もあると思った殿下の誕生パーティーは、あっという間に訪れた。
(バークスファー伯爵?)
「貴族全員だからなぁ」
マルクの話題に、頬づえをしながらつまらなそうに聞くオリヴァー。そんなに興味がないのかと思ったが、目は真剣にマルクのほうを見やっていた。
ミレーは、まだ貴族全員覚えることが出来ておらず、話に加われる雰囲気じゃないことを感じ取り、もくもくとクッキーを口に入れていた。
「そう、貴族全員。……だから、アリサ嬢ももちろん来る」
「へぇ」
マルクの言葉に、オリヴァーはうっすらと笑みを浮かべる。
だがミレーは驚いて、クッキーを食べる手を止めて固まった。
「あ、アリサが……?」
よく考えたら、クローバー家の人間も来るのに、アリサだけ来ないわけがなかった。
元の家族に求めた楽観的な欲求はとうに消え失せていたが、身体で感じたストレスからか、脳裏にこびりついている恐怖からか、ミレーは気が遠のきそうになった。
「ミレー」
意識が遠のかずに済んだのは、オリヴァーの温かいぬくもりが手を包み込むように握ってくれて、優しい声で名前を呼んでくれたからだ。
「大丈夫だ。オレがいるから、心配するな」
「オリヴァー……」
「ボクたち家族も、ミレーを守るよ」
「マルク……」
そうだ。今、自分は独りじゃない。
愛おしい婚約者と、優しい家族がいる。
何を恐れることがあっただろうか。
心が勇気づけられていき、ミレーはようやく息を吸うことが出来た。
「ありがとう、二人とも」
お礼ににっこりと微笑み返すと、二人もにこりと微笑み返してくれた。
そうは言っても、アリサの名前が出るたび身体がこわばってしまうのは、心の持ちようではないようで、結局オリヴァーの手を握りながら話を聞くこととなった。
「ちなみに、アリサ嬢はクローバー家の人間と一緒には入ってこない。伯爵家の人間として会場入りをする」
「伯爵……? どうして? もしかしてアリサも、私みたいにどこかの伯爵家の養女になったの?」
ミレーが驚いて尋ねると、マルクは無表情で頭を振った。
「いや。アリサ嬢……いや、アリサ夫人だったな。彼女は養子ではなく、バークスファー伯爵に輿入れした。だから今は、アリサ・クローバー男爵令嬢ではなく、アリサ・バークスファー伯爵夫人となっている」
「こ、輿入れ? 結婚したってことですか?」
あまりに驚きすぎて、ついオリヴァーの手を掴んだまま立ち上がってしまった。無表情でお茶を飲んでいたオリヴァーが、一緒に引っ張られて立ち上がった。
「落ち着けよ、ミレー」
「お、おち、落ち着けって……あの子はまだ16歳よ?!」
「貴族だと当たり前なんだよ」
「あ、当たり前……?」
「あと、先週17歳になっただろう、そいつは」
とりあえず座れと促され、呆然としながら腰を下ろす。
なっただろう、と言われても、よく考えたらミレーはアリサの誕生日を正確には知らない。せいぜい春生まれということくらいだ。
知らないのは、家族の誕生日を祝う席にはいつも、ミレーは参加させてもらえなかったからだ。
「当たり前、というと語弊があるか。……子どもを産むことを考えたら、大体ミレーくらいの年齢が望ましいだろう。でも、世の中には変態がいる。オレが聞いた中で、12歳の令嬢が、40代の貴族に嫁がされたっていう話がある。12歳の嫁を愛して結婚したわけじゃない。子どもを産ませることが目的でもない。未発達の女の身体を弄ぶのが目的だろう。だから変態だって言うんだがな」
「憶測でものを語るんじゃない。あれは、趣向がどうあれ、嫁いできた12歳の令嬢は大事にされたし、その家族も大切にされた。愛があったかは当人同士にしかわからないし、仮になかったとしても、令嬢は貴族として子孫を残すという責務は果たしたし、40歳の貴族の男性も、最期まで令嬢もその子供も経済的な面で不安にさせることはなかったんだ。それだけで、他人からどうこう言われる筋合いはないだろう」
オリヴァーの説明に不安を抱いていたが、マルクが弁解するようにしてくれた説明で安堵した。
「じゃあ、アリサも、大切にされているのかもしれないのね」
自分が酷いことをされてきたとしても、妹であることには変わりがなかった。妹には幸せになってもらいたいという願いはある。
だから安堵していたが、オリヴァーとマルクは浮かない表情で黙ってしまった。
「え……?」
その表情を見たら、ミレーの心がまたざわつき始める。
「ど、どうしてそんな表情するの……?」
「……いや。世の中にはいろんな趣向の奴がいることは間違いないから」
「……幸福な夫婦の在り方は、当人同士にしかわからないから、ボクにはなんとも」
なにやら煮え切らない発言をされ、ミレーは一層不安になる。
「それよりミレー。オリヴァーとの婚約が延期になったとはいえ、貴族令嬢としてまだまだ学び身に付けなければならないことが山のようにある。お昼までの間、もう少し勉強しようか!」
そんなミレーの不安を無視するように、マルクがわざとらしく明るい声で話題を変えた。
「そうだ。もしかしたら殿下の誕生パーティーが終わって、落ち着いた頃にでも結婚が認められる可能性もある。いつそれが来るか分からないから、休む暇もなく頑張ろうぜ。オレも協力するからな!」
マルクが変えた話題に、オリヴァーも昂々と乗る。
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そして、まだ一か月もあると思った殿下の誕生パーティーは、あっという間に訪れた。
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