愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa

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「ま、マルク。ジュース飲む?」
 疲れた様子の彼にそう訊ねると、ようやくいつもの笑顔を見せてくれた。
「気を遣わせちゃってごめんね。もう大丈夫だから」
 だがやはり、いつもと違う。
 そう思ったのは、先ほどまでミレーの飲んだ同じグラスから飲むことを、オリヴァーを気遣って避けていた彼が、気にせず飲んだからだ。
 そんなことを気遣う余裕もないほど、気が疲れているのだろうと感じた。
「その、ごめんなさい……」
「……意味もなく謝るなって、オリヴァーから散々言われなかった?」
「それは、何もない時のことで、今は……私のせいでマルクは怒っているんでしょう?」
「ミレーのせいじゃないけど?」
「私が、ちゃんとしたカーテシーが出来なかったから……」
「全然問題なかったよ。……問題なのは、あの令嬢たちのほうだよ」
 マルクが苦々しく吐き捨てた言葉に苛立ちが含まれているように、その苛立ちが指先へ伝わっているみたいで、グラスが割れるのではないかと心配した。
「彼女のカーテシーに問題はなかったわよ?」
「オリヴァー、遅いね」
 強制的に話が逸らされたが、それはマルクがこれ以上この話を続けたくないという意思表明だと分かったから、ミレーもそれに乗った。
「ここがさっき言っていた合流場所?」
「いや、ここじゃない。合流場所は、人がたくさん集まる場所さ」
「え?」
 意味が分からずに首を傾げると、マルクはいつものように綻んだ笑顔を見せた。
「オリヴァーが来ると、たくさんの女性があいつの周りに集まるんだ。だから、うるさい歓声と女性の人だかりの近くで待っていれば、そのうち出てくる」
「なんでオリヴァーの周りに人が集まるの?」
「そりゃあ、あいつは顔が良いだろう? それに加えて、この国で三番目に広い領土を持ち、財政も豊か。難のほうが多くったって、そんなのは令嬢たちのあずかり知らぬところだからね」
 つらつらと、不満を吐き出すようなマルクの話しぶりだが、先ほどまでとは違って気持ちに余裕はありそうだ。
(やっぱり話題を変えて良かったのね)
 そう安堵していると、マルクの説明に違う声が混ざった。
「そうそう。性格が荒かろうが、品が無かろうが、失礼だろうが、金も地位もあって顔が良く、自分と年が近い食い頃の野郎には、お嬢さんたちは弱いんだよ」
 マルクではない男性の声に驚き、マルクとミレーが慌てて振り向く。
 背後に立っていたのは、赤い短髪の偉丈夫、エドワードであった。
「ッッ?!」
 ミレーは驚きすぎて声を失ったが、マルクは驚いた様子もなく、丁寧に頭を下げた。
「よお、久しぶりだな、マルク。ミレー嬢も、そう硬くなるな」
 気さくに話しかけてくる彼は、先ほどミレーに陰険な言葉をかけたとは思えない、カラッとした態度をしていた。
「ご無沙汰をしております、エドワード様」
「いらんいらん。ここならば他の者の耳にも届かんだろう。気楽に話せ。呼び捨てでも良いぞ」
「すでに気さくに話させていただいております。お気遣い、感謝いたします」
「それのどこが気さくなんだよ。一回調べてみろ、『きさく』って、辞書で!」
 言いながら、エドワードは楽しそうに笑っている。
 なおも固まっているミレーに、エドワードは呆れたような顔をした。
「だから、お前も気楽にしろって」
「はっ、は、はは、はい! あ、お初に、おまに、お目にかかりま……!」
「お初にお目にかかるは、さっき聞いた」
 ガチガチに緊張しすぎて、スムーズに言葉が出なかったうえに間違えた。
 そんなミレーの姿を見て、エドワードがますます呆れた様子を見せる。
「お前……本当に『あの』オリヴァーの婚約者なのか? やっぱりあいつにまとわりつく他の令嬢たちと同じように、顔や爵位や財産目当てで近づいた阿呆と同じなんじゃね?」
「…………」
「……なんだよ?」
 ミレーにじっと見やられ、エドワードが不快そうな顔をする。
「いえ……その……」
 ミレーは何か言いづらそうに目を逸らせる。
 正直、胸がソワソワとしていた。
 このエドワードという男を見ていると、気持ちが落ち着かなくなるのだ。
「ミレー?」
 心配そうにマルクに声をかけられたが、気持ちは落ち着かなくなるばかりで、この場にいるのが怖く、逃げ出したくなった。
「ま、マルク……その、と、トイレに行ってきます!」
「……お花摘みに行ってらっしゃい」
「お花を摘みに行ってまいります!!!」
 ミレーはマルクの許可を得ると、急いで化粧室へ向かった。

 その後ろ姿を見守っていたマルクとエドワードは、やや乾いた笑みを浮かべていた。
「……オリヴァーは『あんなの』が好きなのか?」
「……その言葉、オリヴァーの前では言わないほうがいいよ」
「キレるか?」
「大暴れするね」
「よし、言ったろ」
「やめて」

 女性用の化粧室まで来て、ようやく気持ちが落ち着いた。
(なんだったんだろう、さっきの気持ち)
 落ち着いたことだし、せっかく化粧室に来たのだからと、洗面台に取り付けられている鏡で乱れをチェックしていると、化粧室の個室から、女性のすすり泣く声が聞こえた。
 嘔吐する音も聞こえたので、誰かが具合を悪くしたのではないかと心配になり、個室の前で声をかけた。
「大丈夫ですか? お身体の具合がすぐれないのですか?」
 個室をノックしてそう問いかけると、泣き声がぴたりと止んだ。
 そしてすぐに個室の扉が開かれ、中から少女が飛び出してきた。
 その少女を見た瞬間、ミレーの全身から血の気が引いた。
「……アリ、サ?」
「なんで、なんであんたがこんなところにいるの?!」
 個室から飛び出した少女は、クローバー家で暮らしていた時よりも品のない派手なドレスで着飾っていたが、間違いなくミレーの義妹のアリサであった。
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