愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

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 最近、ミレーの様子がおかしい。
「あ、マルク。あなたもエドワード様のお邸に行くの?」
 エドワードに呼び出され、マルクはオリヴァーと合流して一緒にエドワードの領地に向かおうと、グランディア公爵邸で待ち合わせをした。
 オリヴァーを見送るためか、その時ミレーも一緒に表門にいて、心配そうな顔つきでマルクに問いかけた。
 マルクとオリヴァーとエドワードは、時々プライベートでこうした交流をする。
 公務とは関係なく、個人的にお茶をしたり、他愛のない話をしたりする。
 公にはなっていないが、実はこの三人は仲が良いということを察する者はそれなりにいるだろう。
 もっとも、オリヴァーとエドワードはそれを否定しているが。
 オリヴァーとエドワードを見ていると、仲が悪いと思われがちだが、本当に仲が悪かったら、会えば喧嘩ばかりする二人がいつまでも個人的な交流をするわけもない。
 一か月前のサージラ王太子殿下の誕生日を祝うパーティーに参加してから、ミレーはしきりにエドワードのことを聞くようになった。
 はじめは、喧嘩ばかりする二人が会うことを心配しているのかと思ったが、少し違うように感じられた。
「私も連れて行ってもらえないかしら?」
 誕生パーティーのすぐ後、マルクはオリヴァーと共に、誕生パーティーで手をまわしてくれたエドワードにお礼をするため王城へ出向いた。
 その時にミレーが、自分を連れて行ってくれと頼んだのだ。
 まだ自分の要求を素直に伝えきれないミレーが、このように自身の要望を伝えられることは喜ばしいことだが。
 オリヴァーと視線を交わして、頷きあう。
「悪い、ミレー。これも公務なんで、ミレーを連れていくことは出来ないんだ。悪いな」
 そう言って慰めるように、オリヴァーはミレーの頬を撫でた。
 ミレーが寂しそうに目を伏せるので、オリヴァーは「一緒に行くか?」と言いたそうなのを必死に堪えている。
 結局ミレーがすんなり引き下がったので、その時は大して気にしなかった。
 けれど、この一か月で何回か王城かエドワードの領地に出向くことがあり、そのたびにミレーが「一緒に行きたい」と言うのだ。
 はじめは、オリヴァーと一緒にいたいのだろうなと思ったが、少し様子がおかしいことに、オリヴァーも気づいた。
「マルクも一緒に行くの?」
 今日もそう尋ねられ、マルクはいつものように「そうだよ」と答えた。
 やはり今日も、ミレーは「一緒に行けないだろうか?」と聞いてきた。
 いつもどおり、「ダメだよ」と告げる。
 寂しそうな表情をしたミレーに見送られ、彼女の姿が見えなくなるころ、オリヴァーが口を開いた。
「……ミレーの様子、最近変じゃないか?」
 さすがにオリヴァーも気づいていたようだ。
 マルクは頷いて、不安を吐露した。
「最初は、オリヴァーと少しでも離れるのを寂しがったのかな、って思ったけれど……」
「…………」
「その、なんか、エディに会いたがっているように思えて……」
「…………」
 オリヴァーがまた腕を組む。不機嫌になるといつも腕組みをする。
「そんなわけないか!」
 マルクがわざと明るい声で言ったが、オリヴァーは腕組みを止めない。
「ったく、エディの奴も、頻繁に呼び出しやがって。ミレーと一緒にいられる時間が少なくなるじゃねえか」
「エディの嫌がらせかな。結婚を認めないようにしても、オリヴァーとミレーの間に子どもが出来たら、結婚を認めざるを得なくなるわけだし」
「ふざけやがって。男の嫉妬は見苦しいぞ、ってんだ。そもそも、オレなんかに構うより、てめえの嫁をとっとと探せって―の」
 最近オリヴァーは、公爵家にいても、下町にいるときのような乱暴な言葉遣いをするようになった。
 ミレーといることで穏やかになっていたが、エドワードに頻繁に呼び出されるようになったことと、ミレーと一緒にいられなくなったことと、あと下町に行くことが出来ないストレスを、言葉遣いを荒くすることで発散しようとしているのだろう。
 とりあえず、二人とも思いついた悪い想像を消すように関係ない話で盛り上がった。
(ミレーがエディに会いたがっている……なんで?)
 前にマルクは、オリヴァーをからかうため「世の中にはミレーが知らない魅力的な男性がたくさんいる」と言ったことがある。
 その際ミレーは、「オリヴァー以外と一緒になるつもりはない」ときっぱり言い放ったが、それが井の中の蛙の発言で、パーティーという大海で他の男性と会ったことで一目惚れをした可能性も考えられる。
 そこまで考えて、マルクは頭を振った。
(いや、ミレーはそんな子じゃない)
 そう自分を叱咤した。
 オリヴァーもミレーを信じていたが、拭いきれない不安からか、エドワードにうざ絡みをしてまた喧嘩になっていた。

 その三日後。
 今日もマルクとオリヴァーはエドワードに呼び出された。
 さすがにこう連日のように呼び出されてはマルクも、
(奴は暇なのか?)
 そう思わざるを得ない。
 だが今日は、マルクの体調があまり優れなかった。
 少し身体が重くだるいと思ったが、公爵邸に着いた時には自力で動けなくなっていた。
「今日はうちで休んで行け」
 思ったよりも熱が高かったようで、侯爵邸に戻るのはつらいだろうとオリヴァーが判断してくれた。
「ボクは行けないって伝えてほしい」
「あぁ。お前も安静にしていろよ? 食欲があったら、遠慮なく食べたいものを言え。食欲がなくても、スープや胃に優しいものを少しで良いから食えよ」
「世話好きの近所のおばさんのような気遣いだね……」
 咳き込みながらそう伝えると、オリヴァーがニッと笑みを浮かべる。
「それだけ減らず口が叩けるなら心配なさそうだな。とっとと治せ。ミレー、悪いが、マルクが何か食べたいって言ったら、それを食堂に伝えてほしい」
 今日もいつものように表門に来ていたミレーが慌てた様子を見せる。
「ま、待って……! オリヴァー一人でエドワード様の領地に行くの!?」
「あぁ。大丈夫だって、喧嘩はしないから」
「そうじゃなくて……!」
 安心させようとしたオリヴァーの言葉に、ミレーは何か言おうとしたが、言葉に詰まったように何も言わなかった。
 さすがに今日は、自分も連れて行ってほしいとは言わない。こんな状態の来客を置いていくことは出来ないからだろう。
 そんな不安で満ちたミレーの表情に見やられ、オリヴァーは寂しそうな顔をする。
「じゃあ、せめて……エドワード様にお言付けを、お願いできないかしら……?」
「……なにを?」
「……『私がこの場にいなくても、私はあなたを見ています』と」
「は?」
 ミレーの言葉に、オリヴァーの顔がこわばる。
 マルクも驚いた。
 どうして婚約者に、他の男への愛の言葉を告げろと言えるのだと、信じられない気持ちだった。
 オリヴァーは顔を俯けたまま身体を震わせていたが、勢いよく顔を上げると大きな声で叫んだ。
「ぜってえに、言わねえから!」
「な、なんで! お願い! 何かあったらで良いから!」
「なにかってなんだよ!」
「そ……それは……」
 オリヴァーが強く訊ねると、ミレーは彼から目を逸らして黙った。
 目を逸らしたことが、オリヴァーの不安を強くしているとは思わなかったのだろう。ミレーは自身のドレスを強く握りしめたが、何も言わないままだ。
「もう行くから」
 怒りを堪えながら、オリヴァーは馬車に乗り込む。
 ミレーがようやく顔を上げたが、オリヴァーは馬車の扉を閉じた。
 まるでミレーを拒むように。

 走り出した馬車を見送るミレーの顔は蒼白だ。
 春の暖かさがまったく感じられず、マルクは身体を震わせ、つい咳込んでしまった。
 その音でミレーが我に返り、マルクのために部屋を用意するよう近くで待機していたカミラにお願いした。
 だがマルクが頭を振った。
「それよりミレー、さっきの言付けは……どういう意味?」
 つい声に力が入ってしまったかもしれない。
 ミレーを信じたい思いと、ミレーを信じることが出来ない気持ちが葛藤していた。
 それにミレーが気づいた様子はない。彼女はまだ、オリヴァーのことを気にしていた。
「……マルクは、気にせずに休んで。すぐに休める部屋に案内するわね」
「悪いけどミレー、こんな気持ちじゃ、おちおち休めないよ。……大切な人の気持ちを疑いたいわけじゃない。でも、さっきの言葉が……気になるんだ」
 ミレーの真意を訊ねた。
 彼女は目を見開き、マルクを見やった。
 青ざめた彼女の顔が、双眸から涙を流しながら歪んでいく。
「マルク……相談に、乗ってくれる?」
 苦しそうにそう告げるミレーに、マルクは神妙にうなずいた。
 たとえ彼女がオリヴァーではなく、エドワードに心奪われていると告げられても、彼女を軽蔑しないで受け止めようと、一回深呼吸をした。
(ミレーは、ボクの大切な妹で、ボクはミレーの兄なのだから)
 どんな気持ちを告げられても、自分だけはミレーの味方でいなくては、と考えていた。
 だが。
「オリヴァーが、オリヴァーがエドワード様に取られちゃう!!」

 マルクはしばらく、ミレーの言葉の意味が理解できなかった。
 それはおそらく、熱があることとは関係がないと思われ。
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