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悲鳴じみた声を国王に向けるが、優しく諭される。
「淑女にそんなことをするものじゃない。たしかにミレー嬢の考えにも、一理ある」
「ぇぇー……?」
エドワードの口からか細い声が出てしまった。
「お前はいい歳になっても結婚相手も見つけようとしないし、オリヴァー殿たちの結婚も認めようとしない……。それでは、何か邪な気持ちがあるのではないかと疑ってしまうのも、仕方がないだろう?」
「そ、それは……違います! オレはただ、オリヴァーの結婚を阻害すれば、オリヴァーが悔しがるだろうって、嫌がらせのつもりで……!」
「好きな子を虐めるタイプですか?」
「お前は黙っていろ!」
ミレーの入れた横やりに、つい乱暴な口調で返してしまう。
「権力で黙らせれば、オリヴァーも逆らえない……。そんなオリヴァーに卑猥なことを……」
「卑猥なのはお前の頭だ!!」
「……エディ、さっきからオレのミレーに失礼なことばかり言ってんじゃねえぞ」
今までやる気なくミレーに抱きしめられていただけのオリヴァーが、声に圧を込めて威嚇してきた。
「じゃあこいつを黙らせろ!」
「オレには無理」
「匙を投げるのが早すぎる!」
エドワードとオリヴァーが話しているのが気に入らないのか、ミレーはオリヴァーを強く抱きしめて睨んだ。
するとオリヴァーは、借りてきた子犬のように静かになり、大人しく黙った。
(こいつ尻に敷かれている……)
呆れてオリヴァーを見ていたが、これ以上不毛な戦いを続ける気力が、エドワードからも無くなった。
「……じゃあアレか? オレがお前たちの結婚を認めれば、疑いは晴れるのか?」
「はい!」
「……わかった。もう好きにしろ。婚約なり結婚なり離婚なり、もう好きにしてくれ……」
「離婚はしません! ありがとうございます!!」
ミレーはオリヴァーの手を取り、結婚を認められたことを無邪気に喜んだ。オリヴァーは疲れてぐったりしていたが。
隣にいたマルクに近づいて、小声で話しかける。
「……やっぱあいつ、魔性の女じゃん。結婚を認める方向に話を進めやがった」
「誘導の仕方が上手だね」
「感心してんじゃねえよ」
ひそひそとこの顛末の感想を言い合っていると、背後から王妃の冷たい声が聞こえた。
「冗談じゃないわ。私は認めません」
ピリッと空気に電気が走る。
おそるおそる後ろを振り返ると、それまで黙っていた王妃が目を吊り上げ、身体を震わせながらミレーを睨んでいた。
「そこの小娘、なにを思い違いしているのかしら?」
「……なんのことでしょう?」
「しらばっくれないでちょうだい! 貴女さっきから、うちのエディがそこのグランディア卿に性欲的な目を向けているなどと……ふざけるんじゃありません!」
すさまじい剣幕で怒る王妃の勢いに、ティールームの皆が気圧された。
「うちのエディちゃんが『受け』に決まっているでしょう!」
「……『受け』?」
ミレーが首を傾げる。
王妃以外の皆も首をひねる。
「とぼけないで! 先ほどの貴女の言い分では、グランディア卿が『受け』で、エディちゃんが『攻め』という主張じゃない! カワイイ子が『受け』でしょう! ならば、カワイイうちのエディちゃんが『受け』に決まっているでしょう!!!」
その場にいたほとんどが理解できず、何度目になるかわからない静寂がティールームを包んだ。
「ぶはぁっ!」
一人理解が追いついたらしき兄のサージラが、腹部を押さえて苦しそうに大笑いをしだした。
「あはは、あ、あははは! も、もうダメだ! おかしすぎる……!」
穏やかな様相を見せていたと思ったが、ただ静かに笑いを堪えていただけなのだと知る。
(そういえば兄上は笑い上戸だったな……)
激しく笑い続ける兄を見ているうちに、王妃は自身が口走った言葉の意味を自覚したらしい。顔を茹でダコのように赤く染め上げ、先ほどの形相が嘘のようにしおらしく狼狽えだした。
「あ、あの……王妃様」
「な、なにかしら、ミレー嬢?」
おどおどと挙手をするミレーに、王妃は扇で口元を隠しながらたおやかに笑って見せた。
「『受け』ってなんでしょうか?」
質問を受け、王妃は顔をこれ以上ないほど赤に染め上げた。
「え、えっと、貴女さっき、うちの息子があなたの婚約者に性的な目を向けているって言ったわよね? 男同士の恋愛もあると、言ったわよね?」
「はい、言いました」
「……それで、『受け』や『攻め』の意味がわからないと?」
「……? はい、男性同士の恋愛があると、最近読んだ本で知って……」
「……もしかしてその本、レクリアン・バーシーの……」
「は、はい! 『眠れぬ夜』です!」
「わぁ! 私もあの作者の本は大好きなのよ! 眠れぬ夜は特に良いわ! あのシーンとか……」
急に仲良くなり話が盛り上がっている女性陣だが、男性陣はまだついていけてない。
「それで、受けとか攻めとは?」
ミレーの質問に、王妃は耳打ちで教える。
「そ、そういう意味があったのですね! 私何も知らなくて……勉強になります!」
「ムキになってしまってごめんなさいね。私の中では、カワイイ子が受けって概念で」
「たしかにオリヴァーは格好いい系ですからね。私にとっては可愛いのですが」
「私にとってもエディは可愛いから……」
女性陣の盛り上がりについていけずぐったりしているが、唯一面白さが分かっているのか、サージラだけはずっと笑い続けていた。
「……っていうか、オリバカよぉ」
「なんだよ、クソ王子……」
テーブルに突っ伏したまま、二人が会話をする。
「お前、この調子だと嫁の尻に敷かれっぱなしじゃねえか。手綱くらい自分で握れるようになれや……」
「……がんばる」
「おーおー、がんばれがんばれ」
力なく握りこぶしを上げて、やる気があるのかないのかわからない応援をする。
「疲れたね。なにか甘いものでも食べようか」
「「さんせー……」」
マルクの気遣いに、エドワードとオリヴァーが力なく握りこぶしを上げる。
オリヴァーに、嫁の尻に敷かれるなとは言ったが、自分の嫁でもない女に振り回される自分もなんとかしないとならないな、と考えたエドワードだった。
「淑女にそんなことをするものじゃない。たしかにミレー嬢の考えにも、一理ある」
「ぇぇー……?」
エドワードの口からか細い声が出てしまった。
「お前はいい歳になっても結婚相手も見つけようとしないし、オリヴァー殿たちの結婚も認めようとしない……。それでは、何か邪な気持ちがあるのではないかと疑ってしまうのも、仕方がないだろう?」
「そ、それは……違います! オレはただ、オリヴァーの結婚を阻害すれば、オリヴァーが悔しがるだろうって、嫌がらせのつもりで……!」
「好きな子を虐めるタイプですか?」
「お前は黙っていろ!」
ミレーの入れた横やりに、つい乱暴な口調で返してしまう。
「権力で黙らせれば、オリヴァーも逆らえない……。そんなオリヴァーに卑猥なことを……」
「卑猥なのはお前の頭だ!!」
「……エディ、さっきからオレのミレーに失礼なことばかり言ってんじゃねえぞ」
今までやる気なくミレーに抱きしめられていただけのオリヴァーが、声に圧を込めて威嚇してきた。
「じゃあこいつを黙らせろ!」
「オレには無理」
「匙を投げるのが早すぎる!」
エドワードとオリヴァーが話しているのが気に入らないのか、ミレーはオリヴァーを強く抱きしめて睨んだ。
するとオリヴァーは、借りてきた子犬のように静かになり、大人しく黙った。
(こいつ尻に敷かれている……)
呆れてオリヴァーを見ていたが、これ以上不毛な戦いを続ける気力が、エドワードからも無くなった。
「……じゃあアレか? オレがお前たちの結婚を認めれば、疑いは晴れるのか?」
「はい!」
「……わかった。もう好きにしろ。婚約なり結婚なり離婚なり、もう好きにしてくれ……」
「離婚はしません! ありがとうございます!!」
ミレーはオリヴァーの手を取り、結婚を認められたことを無邪気に喜んだ。オリヴァーは疲れてぐったりしていたが。
隣にいたマルクに近づいて、小声で話しかける。
「……やっぱあいつ、魔性の女じゃん。結婚を認める方向に話を進めやがった」
「誘導の仕方が上手だね」
「感心してんじゃねえよ」
ひそひそとこの顛末の感想を言い合っていると、背後から王妃の冷たい声が聞こえた。
「冗談じゃないわ。私は認めません」
ピリッと空気に電気が走る。
おそるおそる後ろを振り返ると、それまで黙っていた王妃が目を吊り上げ、身体を震わせながらミレーを睨んでいた。
「そこの小娘、なにを思い違いしているのかしら?」
「……なんのことでしょう?」
「しらばっくれないでちょうだい! 貴女さっきから、うちのエディがそこのグランディア卿に性欲的な目を向けているなどと……ふざけるんじゃありません!」
すさまじい剣幕で怒る王妃の勢いに、ティールームの皆が気圧された。
「うちのエディちゃんが『受け』に決まっているでしょう!」
「……『受け』?」
ミレーが首を傾げる。
王妃以外の皆も首をひねる。
「とぼけないで! 先ほどの貴女の言い分では、グランディア卿が『受け』で、エディちゃんが『攻め』という主張じゃない! カワイイ子が『受け』でしょう! ならば、カワイイうちのエディちゃんが『受け』に決まっているでしょう!!!」
その場にいたほとんどが理解できず、何度目になるかわからない静寂がティールームを包んだ。
「ぶはぁっ!」
一人理解が追いついたらしき兄のサージラが、腹部を押さえて苦しそうに大笑いをしだした。
「あはは、あ、あははは! も、もうダメだ! おかしすぎる……!」
穏やかな様相を見せていたと思ったが、ただ静かに笑いを堪えていただけなのだと知る。
(そういえば兄上は笑い上戸だったな……)
激しく笑い続ける兄を見ているうちに、王妃は自身が口走った言葉の意味を自覚したらしい。顔を茹でダコのように赤く染め上げ、先ほどの形相が嘘のようにしおらしく狼狽えだした。
「あ、あの……王妃様」
「な、なにかしら、ミレー嬢?」
おどおどと挙手をするミレーに、王妃は扇で口元を隠しながらたおやかに笑って見せた。
「『受け』ってなんでしょうか?」
質問を受け、王妃は顔をこれ以上ないほど赤に染め上げた。
「え、えっと、貴女さっき、うちの息子があなたの婚約者に性的な目を向けているって言ったわよね? 男同士の恋愛もあると、言ったわよね?」
「はい、言いました」
「……それで、『受け』や『攻め』の意味がわからないと?」
「……? はい、男性同士の恋愛があると、最近読んだ本で知って……」
「……もしかしてその本、レクリアン・バーシーの……」
「は、はい! 『眠れぬ夜』です!」
「わぁ! 私もあの作者の本は大好きなのよ! 眠れぬ夜は特に良いわ! あのシーンとか……」
急に仲良くなり話が盛り上がっている女性陣だが、男性陣はまだついていけてない。
「それで、受けとか攻めとは?」
ミレーの質問に、王妃は耳打ちで教える。
「そ、そういう意味があったのですね! 私何も知らなくて……勉強になります!」
「ムキになってしまってごめんなさいね。私の中では、カワイイ子が受けって概念で」
「たしかにオリヴァーは格好いい系ですからね。私にとっては可愛いのですが」
「私にとってもエディは可愛いから……」
女性陣の盛り上がりについていけずぐったりしているが、唯一面白さが分かっているのか、サージラだけはずっと笑い続けていた。
「……っていうか、オリバカよぉ」
「なんだよ、クソ王子……」
テーブルに突っ伏したまま、二人が会話をする。
「お前、この調子だと嫁の尻に敷かれっぱなしじゃねえか。手綱くらい自分で握れるようになれや……」
「……がんばる」
「おーおー、がんばれがんばれ」
力なく握りこぶしを上げて、やる気があるのかないのかわからない応援をする。
「疲れたね。なにか甘いものでも食べようか」
「「さんせー……」」
マルクの気遣いに、エドワードとオリヴァーが力なく握りこぶしを上げる。
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