誤召喚されたら生徒がアホ王子だった~歴女大学生、古今東西の人物史で教育する~

古木しお

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アホ王子への教育とこの異世界

第49講 『星と真実とガリレオ・ガリレイ ~“それでも地球は動く”時~』

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 王宮の夜空は、雲一つなく澄み渡っていた。
 しかしその静寂をぶち壊す声が、塔の上から響いた。

「コヒローッ! “星を動かす魔法”って本当にあるのかー!?」

 見上げると、王子が天文塔の手すりに腰かけていた。
 いや、危ないだろそれ。十一歳の王子が高さ五十メートルの塔で足をぶらぶらさせるな。

「バカ王子、落ちたら星より速く墜ちるぞ!」
「だってさ、魔導院の神官が“この国は神の星に守られている”って言ってたんだよ! でもオレ、望遠鏡で見たら動いてるんだもん!」
「……動いてる?」
「うん! 星が、ゆっくり動いてた! 神が動かしてるんじゃないの?」

 その言葉に私はピクリと眉を上げた。
(おお……これは、今だな。)

「王子。今夜は授業だ」
「え、今から!?」
「今からだ。星が動くって言ったな。なら今日の講義は――」

 私はチョークを握り、天文台の黒板にその名を書いた。

 『ガリレオ・ガリレイ ――“それでも地球は動く”』

 王子は目を丸くした。
「がりれお……? なんか響きが魔導師っぽい」
「違う。彼は“科学の魔導師”だ」

 *

 十七世紀のイタリア。
 まだ“星の動きは神の意志”と信じられていた時代。
 ガリレオは空を見上げて言った。

 「違う。星は神の飾りじゃない。天は、動いている」

「へぇ~、反抗的じゃん」
「そう。彼は“地球が回っている”――つまり“神が動かす世界じゃない”と言い切った。
 それを証明するために、自分で望遠鏡を作って月を見たんだ」

「……なに見えたの?」
「“月にも傷がある”って気づいた。
 完全に美しい神の世界なんか、存在しない。
 でも、その“傷”こそが真実だ――彼はそう言った」

 私は黒板に丸と線で軌道を描きながら言う。

「星も地球も、神の命令じゃなく“法則”で動いている。
 “神が上、地が下”なんて誰が決めた? 
 彼は、自分の目を信じたんだ」

 王子は少し黙り込んだ。
「……でも、それ言ったら怒られそうだな」
「怒られたどころじゃない。宗教裁判にかけられた」
「うわ、やっぱり!」

「『お前の見たものは間違いだ、神に逆らうのか』
 そう言われても、ガリレオは“観測したこと”を曲げなかった。
 結果、彼は軟禁された。だが、最後まで言い続けた。
 “それでも地球は動く”――と」

「……強ぇな、そいつ」
「そうだ。真実を見た人間は、孤立しても黙らない。
 “信じること”と“考えること”の違いを示した男だ。」

 私はチョークを置き、王子の方を見た。
「お前もさっき言ってただろ。“星が動いてる”って。
 それが“観測”だ。
 ガリレオも最初はただの“見た”から始まった。
 でも、それを“信じる”勇気を持ったんだ」

「……見たものを、信じる勇気……」

 王子は夜空を見上げた。
 無数の星が瞬き、彼の瞳に映っていた。

「でもさ、もし僕が“星が動いてる”って言ったら、父上や魔導院は怒るかな」
「たぶん怒るだろうな。けど、世界は怒っても動く」
「……うわ、名言っぽ」
「だろ?」

 少し笑って、私は言葉を続けた。
「ガリレオの一言は、千年の“思い込み”を壊した。
 神の秩序を壊したって? いや、違う。
 “考える自由”を取り戻したんだ。」

 *

 翌朝。
 科学院主任のフェン氏が青い顔で報告書を持ってきた。

「殿下が……“王立天文院”に勝手に入り、全ての星図を並べ替えておられます!」
「……は?」

 駆けつけると、王子が笑顔で叫んだ。
「見ろコヒロ! “神の星座表”をひっくり返したら、こっちの方が本当っぽくね!?」
「お前、地動説を実践すんな!!」
「ガリレオ方式だ!」
「お前、裁判されるぞ!」
「へへっ、“それでも星は動く”!」

 その無邪気な笑顔に、私は苦笑いした。

(――いいさ。考えることを恐れない王が、一人でも生まれれば。きっと、この国も動き出す。)
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