聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美

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1.

 目が覚めると、そこは堅い石畳の上だった。
 視界に入ってきたのは、RPGゲームでしか見たことがないような豪華なシャンデリアと、偉そうな服を着た老人たち。そして、僕の隣で腰を抜かしている、同じ高校の制服を着た女子生徒――クラスのアイドル、聖女愛梨あいりだった。

「おお! 成功だ! 聖女様が降臨されたぞ!」

 歓声が上がる。
 状況を飲み込むのに数秒。
 どうやら僕は、ライトノベルでお馴染みの「異世界召喚」に巻き込まれたらしい。
 ここまでは、まあ、百歩譲って受け入れよう。
 問題はその後だった。

「……む? なんだこの男は」

 水晶玉を持った神官長らしき男が、僕を虫を見るような目で見下ろした。

「鑑定の結果が出ました。こちらの娘は、光属性適正『SS』。間違いなく伝説の聖女です。しかし、こちらの黒髪の男は……」

 神官長が顔をしかめる。

「魔力ゼロ。スキルなし。体力、知力ともに平均以下。……ただの『無』です」

 広間に静寂が落ちる。
 玉座に座る国王が、冷酷な声で告げた。

「つまり、聖女召喚の儀式に紛れ込んだ『ゴミ』ということか」

 ゴミ。
 その言葉が、僕、篠宮しのみやみなとのこの世界での最初の称号となった。

「待ってください! 湊くんは私のクラスメイトなんです! 一緒に元の世界に帰して――」

 愛梨が必死に叫んでくれたが、騎士たちに取り押さえられ、奥の部屋へと連行されていく。
 残されたのは、無力な僕一人。

「元の世界に帰す魔力など残っておらん。かといって、城に置いてやる予算も無駄だ」

 国王は無慈悲に手を振った。

「『魔の森』へ捨ててこい。運が良ければ生き延びるかもしれんし、まあ、魔獣の餌になれば少しは国の役に立つだろう」


 そして現在。
 僕は、鬱蒼と茂る巨大な木々の間、湿った土の上に放り出されていた。

「……寒い」

 ここは『魔の森』。
 王都から遥か彼方、人類の生存領域外とされる場所だ。
 空は分厚い雲に覆われ、太陽の光すら届かない。周囲からは、聞いたこともないような獣の咆哮と、何かが草を踏みしめる音が絶えず聞こえてくる。
 ブレザー一枚の身体に、夜風が突き刺さる。
 恐怖と絶望で、震えが止まらなかった。

「なんで……僕が……」

 ただ普通に高校に通って、普通に生きていただけなのに。
 勝手に喚び出されて、勝手にゴミ扱いされて、死ぬために捨てられるなんて。
 ガサッ。
 背後の茂みが大きく揺れた。
 振り返ると、そこには闇の中で赤く光る二つの眼があった。
 巨大な狼――いや、魔獣だ。
 涎を垂らした口から覗く牙は、僕の腕よりも太い。

(あ、死んだ)

 本能が悟った。逃げることすらできない。
 魔獣が地面を蹴り、僕の喉元めがけて跳躍した。
 僕はギュッと目を閉じた。
 ――その時だった。
 ドォォォォォン……ッ!!
 空間そのものが歪むような、重苦しい「圧力」が森全体を押し潰した。
 魔獣の悲鳴など聞こえなかった。
 ただ、バシュッという嫌な音がして、生温かい液体が僕の頬に飛んだだけだ。
 恐る恐る目を開ける。
 目の前にいたはずの魔獣は、跡形もなく消し飛んでいた。
 代わりに、そこに「誰か」が立っていた。

「……うるさい」

 地を這うような、低く、美しい声。
 闇夜そのものを編んで作ったような漆黒のローブ。
 月光のような銀髪と、血の色をした瞳。
 その男は、あまりにも美しく、そしてこの世のものとは思えないほど恐ろしい気配を纏っていた。

(人……? いや、違う)

 直感が告げている。
 これは、さっきの魔獣なんかよりずっと高位の存在。
 この森の支配者。いや、この世界の「ラスボス」だ。
 男が、気だるげに僕を見下ろした。
 その瞳には、深い隈が刻まれている。
 圧倒的な美貌を台無しにするほどの、病的で神経質な疲労の色。

「虫が一匹、迷い込んだか。……チッ、殺すのも面倒だ」

 男が指を上げた。
 終わる。今度こそ、指先一つで消される。
 僕は恐怖で呼吸すら忘れ、ただその美しい死神を見つめることしかできなかった。
 だが。
 男の動きが、ふと止まった。

「……ん?」

 男が鼻をひくつかせた。
 殺意に満ちていた瞳が、わずかに揺らぐ。
 彼は指を下ろすと、ゆらりと僕に近づいてきた。

「なんだ……この、匂いは」

 男が僕の目の前で膝をつく。
 冷たい指先が、僕の顎を掴んで上向かせた。
 至近距離にある美貌。しかし、その目は獲物を狙う獣のように血走っている。

「甘い……いや、違う。これは……」

 男が僕の首筋に顔を埋めた。
 冷たい鼻先が肌に触れる。喰われる、と思った。
 けれど、彼は噛みつかなかった。
 代わりに、スーハースーハーと、僕の匂いを深く、貪るように吸い込み始めたのだ。

「ひっ……!」
「動くな」

 低い声が鼓膜を震わせる。
 男は僕の首筋に額を押し付けたまま、わなわなと肩を震わせた。

「……静かだ」
「え……?」
「頭の中のノイズが……消える。魔力の昂りが……嘘のように……」

 男の身体から力が抜けていく。
 先ほどまで世界を圧迫していた殺気が霧散し、代わりに、縋り付くような重い空気が僕を取り囲む。
 彼は僕の肩に顔を埋めたまま、夢遊病者のように呟いた。

「眠れる……これなら、眠れる……」

 男が顔を上げる。
 その瞳から狂気的な殺意は消え、代わりに、砂漠で水を見つけた遭難者のような、強烈な渇望が浮かんでいた。

「お前だ」

 男の腕が、僕の腰に回る。
 逃がさない、と言わんばかりの強い力。

「お前が必要だ。……もう、離さん」
「あ、あの……?」
「連れて行く」

 問答無用だった。
 視界が一瞬で反転し、僕は「お姫様抱っこ」の状態で持ち上げられていた。
 男の身体は氷のように冷たいのに、僕を抱きしめる腕だけが、火傷しそうなほど熱い執着を帯びている。

「待っ、どこへ……!」
「私の城だ」

 男――魔王ガレオスは、数百年ぶりの安らぎを手に入れた子供のような顔で、僕を見つめた。

「ようやく見つけた。私の『安眠』を」

 その瞬間、周囲の景色が歪んだ。
 転移魔法。
 僕を捨てた王国の連中が知れば、腰を抜かすだろう。
 ゴミとして捨てた無能力者が、人類最大の敵である魔王に「最高級の宝物」として拾われたのだから。
 こうして僕は、魔王様の「生きた抱き枕」として、魔王城に拉致監禁されることになった。
 殺されるよりはマシかもしれないが、この時の僕はまだ知らなかった。
 数百年不眠症だった魔王の「睡眠欲」が、性欲や食欲をも凌駕するほど重く、逃げ場のないものだということを。
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