聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美

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 重い。
 それが、意識が浮上して最初に感じたことだった。
 金縛りだろうか。いや、違う。全身を何か巨大で冷たいものに絡め取られ、身動きが取れないのだ。

「ん……ぐ……」

 目を開けると、視界いっぱいに「銀色」が広がっていた。
 絹糸のような銀髪。その隙間から見える、陶器のように白い肌。
 そして、僕の首筋に押し付けられている、形の良い鼻筋と唇。

「……あ」

 記憶が急速に巻き戻る。
 異世界召喚、ゴミ扱いでの追放、魔の森での死の恐怖。そして、僕を拾った魔王ガレオス。
 現状を理解した。
 僕は今、魔王城にあるキングサイズの天蓋付きベッドで、魔王様に抱き枕にされている。

「う、あの……魔王、さま……?」

 恐る恐る声をかけるが、返事はない。
 代わりに、僕の腰に回された腕がギリギリと締め上げられた。
 逃がさない。絶対に離さない。
 無意識下でさえ、その拘束は鉄の鎖のように強固だった。
 彼の体温は人間よりもずっと低い。ひんやりとした大理石のようだ。
 けれど、僕に密着している部分――胸板や太腿からは、じわじわと心地よい熱が伝わってくる。

「スー……ハー……」

 首元で、深く、長い呼吸音がした。
 ガレオスが僕の匂いを嗅いでいるのだ。
 まるで酸素を求める深海魚のように、あるいは極上の甘味を味わう子供のように。彼の呼吸に合わせて、僕の身体の中にある「何か」が吸い出されていくような不思議な感覚がする。
 コンコン、と控えめなノック音がして、重厚な扉が開いた。
 入ってきたのは、燕尾服を着た初老の紳士――頭に羊のような角が生えた、魔族の執事だった。

「お目覚めですかな、『聖女のオマケ』殿」
「あ、はい……あの、これ……」

 僕は視線でガレオスを指し示す。執事は目を見開き、感極まったようにハンカチで目元を拭った。

「おお……なんと素晴らしい。ガレオス様が、これほど深く安眠なされているなど……数百年ぶりの奇跡でございます」
「す、数百年?」
「左様でございます。ガレオス様は、その強大すぎる魔力ゆえに、常に世界中の『音』や『感情』がノイズとして脳内に流れ込んでくる呪いのような体質。 眠ろうとすればノイズはさらに増し、精神を蝕む。ゆえに、数百年もの間、一睡もできずに常に覚醒状態を強いられておられたのです」

 想像を絶する苦しみだ。
 数日徹夜するだけで人間はおかしくなるというのに、数百年。
 あの時、森で見た狂気的な殺意は、極限状態の精神が生み出した悲鳴だったのかもしれない。

「ですが、貴方様のそばでは、そのノイズが消えるとおっしゃいました」
「僕の、そば?」
「はい。貴方様の持つ『魔力ゼロ』という特異な虚無が、ガレオス様から溢れ出る過剰な魔力をスポンジのように吸収し、静寂を与えているのでしょう」

 執事は深々と頭を下げた。

「貴方様は、我らが主にとって唯一無二の『安眠導入剤』であり、至高の『寝具』なのです。どうか、末永くおそばにいて差し上げてください」

 ゴミ扱いされた僕が、ここでは唯一無二の救世主?
 皮肉な話だ。人間の国では無価値だった「無」が、魔王にとっては喉から手が出るほど欲しい「安らぎ」だったなんて。
 その時。
 僕の腕の中で、ガレオスの長い睫毛が震えた。

「……ん」

 ゆっくりと、瞼が開かれる。
 そこに現れたのは、森で見た時のような血走った狂気ではなく、澄み渡るような鮮血の瞳だった。
 睡眠によって浄化されたその瞳は、宝石のように美しく、吸い込まれそうだ。

「……おはようございます、魔王様」

 僕が強張った声で言うと、ガレオスはぼんやりと僕を見つめ、それからゆっくりと状況を認識したようだった。
 だが、離れようとはしなかった。
 むしろ、顔を僕の胸にうずめ、名残惜しそうに擦り寄せてくる。
「……夢では、なかったか」
「はい」
「静かだ。……頭が割れるような頭痛もない。世界が、こんなにも静寂に満ちているとは……」

 ガレオスは僕の頬に手を添えた。その指先は、壊れ物を扱うように優しい。

「お前のおかげだ。……名は?」
「湊、です」
「ミナト。……良い名だ」

 ガレオスは満足げに目を細めると、宣言するように告げた。

「ミナト。お前を私の『側近』……いや、『筆頭抱き枕』に任命する。衣食住の全ては最高級のものを用意しよう。お前を傷つける者は、例え神であろうと私が消す」
「は、はぁ……」
「その代わり」

 ガレオスの瞳が、妖しく光った。
 腕に込められる力が強まり、逃げ場のない密着状態になる。

「私の睡眠時間には、必ず付き合え。片時も離れるな。……お前の匂いがないと、私はもう生きていけん」

 それは、求愛の言葉にも似た、重すぎる契約だった。
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