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鏡に映る自分の姿は、昨日までとはまるで別人のようだった。
糊のきいた清潔なシャツに、王家の紋章が刺繍された紺青のベスト。首元には一切の乱れもなくタイが結ばれている。
ルカは震えそうになる指先をぐっと握りしめ、深呼吸を一つ繰り返した。
(今日からだ。今日から僕は、あの方にお仕えするんだ)
ルカ・エルネスト、二十歳。
没落しかけた貧乏男爵家の三男として生まれた彼は、生きるために、そして家を支えるために、幼い頃から王城での仕事に就いていた。
はじめは庭師の見習い、次は書庫の整理係。地味で目立たない仕事を黙々とこなしてきたルカに、ある日突然、信じられない辞令が下ったのは三日前のことだ。
『次期国王、カイ殿下の専属従者に任命する』
カイ・アルフォンス・ローランド。
この国の第一王子であり、輝ける「王国の太陽」。
文武両道にして眉目秀麗。その金色の髪は太陽の糸を紡いだようであり、碧眼は最高級のサファイアよりも鮮やかだと謳われている。性格は社交的で自信に満ち溢れ、国民からの人気も絶大だ。
そんな雲の上の存在に、自分のような片隅の人間が仕えることになるなど、未だに夢を見ているようだった。
「ルカ、準備はいいか。殿下がお目覚めになる時間だ」
先輩の従者に声をかけられ、ルカは「はい」と短く応えて扉を開けた。
王城の奥深く、限られた者しか立ち入ることを許されない王族の居住区画。
高い天井に響く自分たちの足音が、ひどく心細く聞こえる。
噂では、カイ王子の従者は長続きしないと言われている。
王子が暴力を振るうわけではない。むしろ王子は従者たちにも公平で、鷹揚な態度で接するという。
問題なのは、彼の「完璧さ」だ。
完璧すぎる主人は、従者にも無言のうちに完璧を求める。その重圧に耐えきれず、あるいは些細なミスを恥じて、自ら辞めていく者が後を絶たないのだそうだ。
(僕に、務まるだろうか……)
不安が胸をよぎる。
剣の腕が立つわけでも、気の利いた会話ができるわけでもない。
けれど、ルカには一つだけ、誰にも負けない自信があった。
それは「観察すること」だ。
言葉を持たない庭の草花の変化を読み取り、埃を被った膨大な書物の配置を記憶する。そうやって静かに世界を見つめることだけが、口下手なルカの特技だった。
王子の執務室へと続く、長く美しい回廊。
窓から差し込む朝の光が、磨き上げられた床に反射して眩しい。
(どんな些細なことでもいい。殿下の求めていることを察し、影のように寄り添える従者になろう)
それが、自分を選んでくれたことへの恩返しであり、この城で生き残る唯一の道だと信じて。
ルカは決意と共に、巨大なマホガニーの扉の前に立った。
その扉の向こうに、決して触れてはならない「二つの秘密」が潜んでいることなど、この時のルカはまだ知る由もなかった。
糊のきいた清潔なシャツに、王家の紋章が刺繍された紺青のベスト。首元には一切の乱れもなくタイが結ばれている。
ルカは震えそうになる指先をぐっと握りしめ、深呼吸を一つ繰り返した。
(今日からだ。今日から僕は、あの方にお仕えするんだ)
ルカ・エルネスト、二十歳。
没落しかけた貧乏男爵家の三男として生まれた彼は、生きるために、そして家を支えるために、幼い頃から王城での仕事に就いていた。
はじめは庭師の見習い、次は書庫の整理係。地味で目立たない仕事を黙々とこなしてきたルカに、ある日突然、信じられない辞令が下ったのは三日前のことだ。
『次期国王、カイ殿下の専属従者に任命する』
カイ・アルフォンス・ローランド。
この国の第一王子であり、輝ける「王国の太陽」。
文武両道にして眉目秀麗。その金色の髪は太陽の糸を紡いだようであり、碧眼は最高級のサファイアよりも鮮やかだと謳われている。性格は社交的で自信に満ち溢れ、国民からの人気も絶大だ。
そんな雲の上の存在に、自分のような片隅の人間が仕えることになるなど、未だに夢を見ているようだった。
「ルカ、準備はいいか。殿下がお目覚めになる時間だ」
先輩の従者に声をかけられ、ルカは「はい」と短く応えて扉を開けた。
王城の奥深く、限られた者しか立ち入ることを許されない王族の居住区画。
高い天井に響く自分たちの足音が、ひどく心細く聞こえる。
噂では、カイ王子の従者は長続きしないと言われている。
王子が暴力を振るうわけではない。むしろ王子は従者たちにも公平で、鷹揚な態度で接するという。
問題なのは、彼の「完璧さ」だ。
完璧すぎる主人は、従者にも無言のうちに完璧を求める。その重圧に耐えきれず、あるいは些細なミスを恥じて、自ら辞めていく者が後を絶たないのだそうだ。
(僕に、務まるだろうか……)
不安が胸をよぎる。
剣の腕が立つわけでも、気の利いた会話ができるわけでもない。
けれど、ルカには一つだけ、誰にも負けない自信があった。
それは「観察すること」だ。
言葉を持たない庭の草花の変化を読み取り、埃を被った膨大な書物の配置を記憶する。そうやって静かに世界を見つめることだけが、口下手なルカの特技だった。
王子の執務室へと続く、長く美しい回廊。
窓から差し込む朝の光が、磨き上げられた床に反射して眩しい。
(どんな些細なことでもいい。殿下の求めていることを察し、影のように寄り添える従者になろう)
それが、自分を選んでくれたことへの恩返しであり、この城で生き残る唯一の道だと信じて。
ルカは決意と共に、巨大なマホガニーの扉の前に立った。
その扉の向こうに、決して触れてはならない「二つの秘密」が潜んでいることなど、この時のルカはまだ知る由もなかった。
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