双面の王子に愛されています

八百屋 成美

文字の大きさ
1 / 14

1.

しおりを挟む
 鏡に映る自分の姿は、昨日までとはまるで別人のようだった。
 糊のきいた清潔なシャツに、王家の紋章が刺繍された紺青のベスト。首元には一切の乱れもなくタイが結ばれている。
 ルカは震えそうになる指先をぐっと握りしめ、深呼吸を一つ繰り返した。

(今日からだ。今日から僕は、あの方にお仕えするんだ)

 ルカ・エルネスト、二十歳。
 没落しかけた貧乏男爵家の三男として生まれた彼は、生きるために、そして家を支えるために、幼い頃から王城での仕事に就いていた。
 はじめは庭師の見習い、次は書庫の整理係。地味で目立たない仕事を黙々とこなしてきたルカに、ある日突然、信じられない辞令が下ったのは三日前のことだ。

『次期国王、カイ殿下の専属従者に任命する』

 カイ・アルフォンス・ローランド。
 この国の第一王子であり、輝ける「王国の太陽」。
 文武両道にして眉目秀麗。その金色の髪は太陽の糸を紡いだようであり、碧眼は最高級のサファイアよりも鮮やかだと謳われている。性格は社交的で自信に満ち溢れ、国民からの人気も絶大だ。
 そんな雲の上の存在に、自分のような片隅の人間が仕えることになるなど、未だに夢を見ているようだった。

「ルカ、準備はいいか。殿下がお目覚めになる時間だ」

 先輩の従者に声をかけられ、ルカは「はい」と短く応えて扉を開けた。
 王城の奥深く、限られた者しか立ち入ることを許されない王族の居住区画。
 高い天井に響く自分たちの足音が、ひどく心細く聞こえる。
 噂では、カイ王子の従者は長続きしないと言われている。
 王子が暴力を振るうわけではない。むしろ王子は従者たちにも公平で、鷹揚な態度で接するという。
 問題なのは、彼の「完璧さ」だ。
 完璧すぎる主人は、従者にも無言のうちに完璧を求める。その重圧に耐えきれず、あるいは些細なミスを恥じて、自ら辞めていく者が後を絶たないのだそうだ。

(僕に、務まるだろうか……)

 不安が胸をよぎる。
 剣の腕が立つわけでも、気の利いた会話ができるわけでもない。
 けれど、ルカには一つだけ、誰にも負けない自信があった。
 それは「観察すること」だ。
 言葉を持たない庭の草花の変化を読み取り、埃を被った膨大な書物の配置を記憶する。そうやって静かに世界を見つめることだけが、口下手なルカの特技だった。
 王子の執務室へと続く、長く美しい回廊。
 窓から差し込む朝の光が、磨き上げられた床に反射して眩しい。

(どんな些細なことでもいい。殿下の求めていることを察し、影のように寄り添える従者になろう)

 それが、自分を選んでくれたことへの恩返しであり、この城で生き残る唯一の道だと信じて。
 ルカは決意と共に、巨大なマホガニーの扉の前に立った。
 その扉の向こうに、決して触れてはならない「二つの秘密」が潜んでいることなど、この時のルカはまだ知る由もなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

息子よ……。父を性的な目で見るのはやめなさい

チョロケロ
BL
《息子×父》拾った子供が成長したらおかしくなってしまった。どうしたらいいものか……。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。 宜しくお願いします。

「大好きです」と言ったらそのまま食べられそうです

あまさき
BL
『「これからも応援してます」と言おうと思ったら誘拐された』のその後のお話 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ リクエストにお答えしましてその後のお話🔞を書きました。 ⚠︎ ・行為に必要な色んな過程すっ飛ばしてます ・♡有り

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

スノウマン(ユッキー)
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

学園一のスパダリが義兄兼恋人になりました

すいかちゃん
BL
母親の再婚により、名門リーディア家の一員となったユウト。憧れの先輩・セージュが義兄となり喜ぶ。だが、セージュの態度は冷たくて「兄弟になりたくなかった」とまで言われてしまう。おまけに、そんなセージュの部屋で暮らす事になり…。 第二話「兄と呼べない理由」 セージュがなぜユウトに冷たい態度をとるのかがここで明かされます。 第三話「恋人として」は、9月1日(月)の更新となります。 躊躇いながらもセージュの恋人になったユウト。触れられたりキスされるとドキドキしてしまい…。 そして、セージュはユウトに恋をした日を回想します。 第四話「誘惑」 セージュと親しいセシリアという少女の存在がユウトの心をざわつかせます。 愛される自信が持てないユウトを、セージュは洗面所で…。 第五話「月夜の口づけ」 セレストア祭の夜。ユウトはある人物からセージュとの恋を反対され…という話です。

パン屋の僕の勘違い【完】

おはぎ
BL
パン屋を営むミランは、毎朝、騎士団のためのパンを取りに来る副団長に恋心を抱いていた。だが、自分が空いてにされるはずないと、その気持ちに蓋をする日々。仲良くなった騎士のキトラと祭りに行くことになり、楽しみに出掛けた先で……。

騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】

おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。

処理中です...