余命一週間の社畜は、死神の甘やかな管理下に堕ちる

八百屋 成美

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 まぶたの裏が明るい。
 恐る恐る目を開けると、カーテンの隙間から、突き刺さるような冬の朝日が差し込んでいた。
 一月一日。朝。
 僕は、生きている。

「……っ!」

 ガバッと跳ね起き、隣を見る。
 そこには、穏やかな寝息を立てるシエルの姿があった。
 透けていない。消えていない。
 朝日を浴びて輝く黒髪も、長い睫毛も、布団から覗く白い肩も、すべて確かな質量を持ってそこにある。

「……よかった……」

 安堵で涙が滲んだ。
 そっと彼の手を取り、自分の頬に寄せる。温かい。昨夜の儀式で感じた熱が、彼の体内にしっかりと根付いているのが分かる。
 僕の動きに気づいたのか、シエルの睫毛が震え、ゆっくりと蒼い瞳が開かれた。

「……騒々しいな、レン。もっと静かに起きられないのか」
「あ、ごめん……生きてるか、確認したくて」
「誰に向かって言っている。私は元・死神だぞ」

 シエルは不満げに鼻を鳴らしたが、その声には以前のような冷徹な響きはない。
 彼は半身を起こすと、僕の腰を引き寄せ、慣れた手つきで抱きしめた。

「おはよう、レン。……そして、明けましておめでとう」
「うん。……あけましておめでとう、シエル」

 新年の挨拶を交わせることが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
 シエルは僕の首筋――昨夜、彼が何度も噛み付いて跡を残した場所に、愛おしげに唇を寄せた。

「身体の具合はどうだ? 痛みはないか」
「少し、腰が重いけど……でも、すごく元気だよ。身体中から力が湧いてくるみたいだ」
「当然だ。私の魂の半分が、貴様の中で燃えているのだからな」

 シエルは得意げに笑った。
 彼の中にも、僕の命が流れている。
 僕たちはもう、どちらか片方が欠ければ生きていけない「共犯者」なのだ。


「ほら、口を開けろ」

 リビングでは、またしてもピンク色のエプロンを着けたシエルが、僕に雑煮を振る舞っていた。
 出汁の効いたすまし汁に、焼いた餅と鶏肉、そして彩りの三つ葉。完璧な見た目だ。

「自分で食べられるってば」
「駄目だ。病み上がりの管理は徹底する」
「病気じゃないのに……」

 ぶつぶつ言いながらも、差し出された餅をパクリと食べる。
 美味しい。
 一週間前、コンビニ弁当の味もしなかった僕が、今は出汁の繊細な風味に感動している。
 生きているからこそ味わえる、幸せの味だ。

「美味いか?」
「うん。最高に美味しい」
「ならいい。……これから毎日作ってやる」

 シエルは満足げに自分の分のお椀に口をつけた。
 毎日。
 その言葉の響きに、胸が熱くなる。
 期間限定じゃない。終わりが見えているカウントダウンでもない。
 これから先、何十年と続く「日常」が約束されているんだ。

「ねえ、シエル。食べ終わったら初詣に行こうよ」
「初詣? 昨夜の神社か?」
「うん。ちゃんとお礼を言いたいんだ。僕たちを巡り会わせてくれた場所に」
「……フン。神頼みなど柄ではないが、貴様が行きたいなら付き合ってやる」

 素直じゃない相棒に、僕は思わず吹き出した。


 外は快晴だった。
 冷たい風も、今の僕たちには心地よい。
 シエルは黒いコート姿で、人間離れした美貌にすれ違う人々が振り返るが、彼は僕の手を絶対に離そうとしなかった。
 繋いだ手から、互いの脈動が伝わってくる。

「……なあ、レン」
「ん?」

 神社の長い石段を登りながら、シエルがふと足を止めた。
 一週間前、ここで死のうとしていた僕を止めた場所。
 そして昨夜、永遠の愛を誓い合った場所。

「貴様は今、幸せか?」

 真剣な瞳で問われ、僕は大きく頷いた。

「うん。幸せだよ。……死ななくてよかったって、心から思う」
「そうか」

 シエルは目を細め、背景の青空よりも澄み切った笑顔を見せた。
 かつて「死神」と呼ばれた彼は、もうどこにもいない。
 ここにいるのは、僕を愛し、僕と共に生きることを選んでくれた、ただ一人の大切な人だ。

「これからも覚悟しておけよ、レン。私は貴様が爺になるまで、いや、魂が次の輪廻へ旅立つまで、徹底的に貴様を愛し、管理し続けてやる」
「お手柔らかにお願いします、管理官殿」

 僕たちは顔を見合わせ、笑い合った。
 そして、新しい一年への一歩を踏み出す。
 もう、「明日」が来ることは怖くない。
 隣にはいつだって、彼がいるのだから。
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