邪神ってやつが人を狂わせるんじゃない。人が人を狂わせるんだ。

農民サイド

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第0章

第2話「公共交通機関」

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 あっという間に、約束の時は来た。
 いくつかの、日常を超えた先にあるご褒美と思うと、なんでも無い日常も、充実感を感じるのは不思議なことだ。

「おまたせー」

 都心の中心近い駅の、バスのロータリーで待っていると優里はやってきた。
 社会人らしく、約束の時間の10分前に来る辺り、彼女の真面目さを物語る。
 
「まってないですよ」

 それは、嘘だ。
 楽しみで、1時間前からそわそわして待っていたなんて言えない。
 恐らく、道行く人は俺のことを不思議な目で見ていたことだろう……
 いや、都会の人間はあまり他人に関心がないから、それはないか……

「じゃあ、行きましょうか」

 時刻は、18時過ぎ。人も増えてくる時間だ。
 元々は、タクシーで向かう予定だったが、交通状況を見たときに電車の方が早く着くとのことで電車を選択。




『まもなく電車が参ります……』


 人がごった返す、駅のホームで揉まれながら電車に乗り込む。
 都会の電車は、苦手だ。
 お互いがお互いに、仕方ないを押し付けている気がする。
 疲れている。
 人が多い。
 揺れている。
 それらの仕方ないが、他人を傷つけている気がする。
 

 俺達は、乗り換えを考えて扉付近を陣取る。
 電車内は、まさにすし詰め状態で、身動きは取れない。
 なのにも関わらず、鞄を背負ったままのやつや、無理やりスマホを操作するやつ……
 
「大丈夫?」

 あんまりに疲れた顔をしていたのか、優里が気を使ってくる。
 
「大丈夫ですよ、電車にあんま乗らないんで」
「あ、そうなの?」
「はい」

 今、俺は優里を角に押し込んで向かい合う形になっている。
 一応、色々気を使っての形だったが、まあ、あまりよろしい形じゃない。
 優里は、平均で見れば背が高いほうだが、俺は更に高い。
 話をするために、ついつい、顔を近づけると、なんというか、囁かれてるみたいに感じて……

「ダメだ……」
「急にどうしたの?」
「な、なんでもないです」
「もしかしてつらい?降りる?」
「い、いえ全然平気です」

 俺は、出来る限り平静を装うが、実は胸も当たっている。
 気を使ってもらっているのがなんか申し訳ない。
 まさか、下心のせいだなんて言えない。 

「荷物、重くないっすか?」
「大丈夫だよー。普段着だからそんなに量もないしね」

 普段着、という甘美な言葉にまた良からぬ妄想が、頭を支配する。
 俺は、中学生男子か!?
 などという、自問をしながら、頭をクリアにする。

「んっ……」
「どうしました?」
「なんでもないよ」

 優里が、変な声を出すので気になったのだが、あまり触れてほしくなさそうだったのですぐにやめる。
 ちなみに、あとで胸が苦しかったと言われた……



 電車を何度か乗り換え、人気のないローカル線の乗り継ぐために電車を待つ。

「無人駅、関東にもあるんですね」
「結構あるよ、関東だからって全部整備済みって訳じゃないしね」
「ふーん、そうなんですね……」

 俺は、辺りを何となく見回す。
 石造りのホームに、プレハブみたいなのに囲まれた券売機、辺りは、木造の民家が数軒とあとは林……
 明るければ、気にならないのかもしれないが、すこしホラーだなと思う。
 ちらりと、優里を見ると、妙にそわそわしている。

「なんか気になります?」
「え、いや……な、なんでもないよ」

 明らかに、動揺している。
 もしかしてトイレ……?

「優里さん、もしかしてトイレですか?」
「……バカ」

 違ったらしい、今めちゃめちゃ好感度下がった気がする。

「……あの、ごめんなさい」
「べ、別にいいよ……その代わり、もう少しこっちきて」

 俺は言われるままに、優里にもっと近づく。
 すると、俺の右腕に抱きついてくる。

「ど、どうしたんですか?」
「う、うるさい、静かにして」

 その時、風が吹いたのか林が、ガサガサと揺れた。

「イヤァ!」

 優里は、悲鳴を上げて更に腕を強く掴む。
 顔は、血の気が引いており、目には涙を浮かべている。

「もしかして、優里さん。怖いんですか?」
「黙って。それ以上いうと殺す」

 とても震えているのに怖いことを言う……
 

 
 電車が来るまでの間、震える優里を他所にホームを眺める。
 昔は、活気があったのかやけに長いホームだ。

「あれ……?」

 ふと、ホームに他に人が居ることに気がつく。
 いや、今まで居なかったような……

「ど、どうしたの……」

 こんなこと、彼女に言ったら余計怖がらせるだけだと思い。
 俺は、なんでもないですと言って誤魔化す。
 しかし、俺の視線はその、不可解な誰かを凝視する。
 遠目ではわからないが、長い髪から女性のようにみえた。
 こんな時間に?
 現在の時刻は、20時少し前、仕事帰り?と考えれば、まあ、無くはない。
 もう少し、近づきたいが優里がこの調子だと、パニックになりそうだしな……
 と、一瞬、目を離す。
 また、人がいた場所に視線を戻すと消えている。
 
「……?」

 見えないとこまで移動したのか……
 駅のホームが外灯が、点々としているのですべてを見通せる訳ではない。
 なので、光の届かない範囲の外に移動したのかと思った。
 しかし、それが不自然なことだと考えないようにしていた。



「いつまで、くっついてます?」
「べ、別に……寒いだけだし」
「まあ、確かに、まだ9月なのに寒いですけどね」
「それとも、童貞君には、刺激が強いのかな?」
「はあ……」
「可愛げがないのー」

 いい歳こいて、性行為の経験の有無でいちいち騒ぎ立てるほどじゃない。
 まあ、刺激が強いのは否定しないし、俺も男だし、息子は元気だし……
 ……童貞じゃねええし。

「そう言えば、仕事は順調ですか。お姉さん」
「まあ、いつも通りと言えば、いつも通りかなぁ」

 少しだけ、間を開けて、優里は会話を続ける。

「私さ、今回のヤマ、終わったらしばらく仕事休もうと思う。そんで一回、実家に帰ろうと思って……」
「突然、どうしたんですか?」
「お母さんがさ、早く結婚しろって煩くてさ……まあ、若い頃はうるせーって言い返したんだけど。流石に歳もとってきたし、お母さんの心配する気持ちも、最近痛いほど分かっちゃうようになってきちゃって……」
「それで田舎で婚活ですか?」
「まあ、田舎って言っても関東からそんな離れてないし、うち、一人っ子で私しかいないし……」
「随分と、歳とりましたね。初めてあった時はあんなにギラギラしてたのに」
 
 自分でも、よくわからないが胸が痛い。
 それになんか、言葉がうまくいえない、よく分からない。
 
「慶太くんも、もう少したったら分かるよ」

 彼女の目は、多分迷っている。
 それでも、いろんなことを考えて、決めようとしているんだ。

「……例えば、その相手。俺じゃ……」

 そこまで言いかけて、電車がやってくる。

「なんか言った?」
「いえ……乗りましょうか」

 俺たちは電車に乗り込んだ。
 ちなみに電車には、俺たち以外、人は居なかった。
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