蠱毒の贄は夢を見る

庭坂なお

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2話

これが夢だとすぐに理解した。
広大な和室。あるのは左京の目の前に大きなテーブルと、見覚えのあるおぞましい───

「ぐ、ぅ……っ」

吐き気が込み上げてくる。正座していた足は崩れ、尻もちをついて後ずさった。両手で口を押さえる。喉の奥、すぐそこまで這い上がってきた嫌悪感。驚愕で閉じることすら出来ない瞼が痙攣する。見開いた双眸に映るのは、恐怖の具現化のような顔。

浄楽庵に現れた、巨大な鬼。その頭だ。

生首が、皿の上に乗っている。皿からは墨汁を更に濃縮したような真っ黒な液体が溢れて、テーブルに黒い海を広げている。鬼は今にも叫びながら食いかかってきそうな形相だ。しかし、鬼は瞬きひとつせずに皿の上で左京を睨みつけている。

「調理している時間が無くて丸焼きにしてしまいました……申し訳ないです」

春のそよ風のような声。はっきりと聞こえたその声には聞き覚えがある。頭を振って周囲を探すが、姿が見えない。思い至って鬼の頭の向こうを見てみると、数m先、テーブルの向こうに白髪の男が座っていた。相変わらず、白地の布で顔は見えないが、おそらくは妖怪料理を食べたあの夢の男と同一人物だろう。やはり前回と同様に、声が傍で会話するかのように鮮明だ。

「でもご安心を。ハーブやスパイスで味つけや臭み取りをしていますから、見た目が醜悪でも味は保証します」
「なんで……なんでこんな……っ!?」
「何故とはどういうことでしょうか?あぁ、この鬼のことですか?大丈夫ですよ。これは消滅した際の妖力を再収束させて形成した再現体です。襲ってくることはありません」
「そうじゃなくて、なんでこんなことをするんだ!?たぶんだけど、お前の作った料理のせいで、俺、大変なことになったんだからな!?」
「大変なこととは?」
「俺、妖力を持つようになって、妖や霊が見えたりするようになって───」
「本当ですか!?」

白髪の男は身を乗り出し、声を弾ませた。驚きに混ざった歓喜は隠れてはいない。

「よかった、無事に妖力を得られたんですね。そうしたら、もっと食べてもらわないと。鬼だけじゃ足りないですね……すぐに用意しますね!」
「ま、待ってくれよ!なんで、俺にそんなにこんなことをするんだよ!?俺になんの恨みがあるんだ!?」
「恨み?とんでもない!僕は貴方と同一存在になりたいんですから。僕にとって貴方が、貴方にとって僕が、互いに唯一の存在になることを望んでいるんですよ」
「何を言ってるか分からない!早くどうにかしてくれよ!」
「あぁ、はい、もちろん!すぐに料理を準備してきますね!そんなに楽しみにしてくれているだなんて……ふふ、僕は幸せ者です」

男が立ち上がった。彼はブラックスーツを身に纏っている。スーツに顔の白布の立ち姿は異常に見えた。長身痩躯で、首から下は普通の人間に見えるが、その上はどこか人間離れした雰囲気を感じた。
彼は左京に背を向けて軽い足取りで奥へと向かっていく。奥には藍色の長い暖簾がかかった入口がある。あそこが出入口だろうか、そこを抜ければこの悪夢を終わらせることが出来るのだろうか……左京は腰を上げて声を張り上げた。

「そんなこと言ってない!この妖力をどうにか───」
「あぁ、そうだ!食べづらいでしょうから、手伝わせますね。せっかくの作りたてを楽しんでいてください」
「ま───っ、ぐぉ!?」

強い力に引っ張られて左京は背中から畳に倒れ込む。起き上がろうと腕に力を込めるが、何かに腕を押さえつけられている。剛力は左京に身動きひとつ許さない。次第に脚にも強い力が加わる。その力は手足を潰すという意思はないが、拘束する目的があると理解出来る。
首を少し動かして腕を見る。見える範囲、その端に見えたのは、影よりも暗く黒いもの。畳から生えた黒が、腕の何箇所かに巻きついている。それが何かは分からない。だが、これが自分にとって害しかないことだけは全身が警告していた。
視界で、黒い何かが蠢く。視界を横切って視界の外へと黒い先端が伸びていく。黒い線が視界を幾本も伸びては横切っていく。やがて黒の先端が視界に戻ってきた。それを見て、左京は目を見開いて首を振った。喉に声が詰まって呼吸が苦しい。全身から汗が吹き出して止まらない。

皿ごと鬼の首が浮いている。

黒い線の端が、皿に触れている。その周囲には複数のナイフやフォークが浮いており───左京はその黒いものが手であることを視認した。黒い手が畳から生えては伸び、食器を器用に使いながら、鬼から肉を削いでいく。フォークに刺さった肉が、左京に近づいてくる。
『これを食べさせる』という明確な意思を持っている───左京は首を大きく振った。

「い、やだ……食べたく……食べたくない……っ!」

やがて肉片が唇に触れた。左京は唇を固く結び、顔を逸らしてどうにか逃れようとする。力では黒い手に敵わず、逃げることは出来ない。せめて食べないようにと唇を閉じて拒むことくらいしか叶わない。
唇に何かヒヤリとしたものが触れる。黒い指が唇の隙間に入り込もうとしているのだ。無理矢理こじ開けようとしているのだと理解して、左京は身を震わせた。それでも、黒い手の力は人のそれを優に超え───










───────



目が覚める。夢か現か彷徨いながら、意識を手探る。
意識の覚醒。
肉体の感覚
そして───食道を逆流する拒否反応。
慌てて近くのゴミ箱を手にした。籐製品のカゴにビニール袋を入れたものだ。もうそれしかない。それ以外は間に合わない。
左京は袋に顔を突っ込み、逆流してきたものを吐き出した。食道や喉を胃酸で痛めつけながら、不快感を必死に身体から排除する。胃液しか出ない。気分の悪さをそのまま味覚に反映したような、胃液の酸味に更に吐き気が込み上げてくる。空っぽの胃から逆流してくるのは胃液だけ。
おかしい。
あんなに食べたのに。
何もかも食べたというのに。
口に、胃に、押し込まれた。
ついさっきまで、たった今まで。
食べたはずのものはなく、胃液だけがビニール袋にぶちまけられる。

「起きてるか、京───京!?」

襖が開いた音を聞きながら、それでも吐き気に顔を顰めてビニール袋から顔を上げられない。声で三木だと分かった。背中に大きな暖かい手のひらが当てられる。ゆっくりとさすってくれるだけで、ほんの心做しか、最悪な気分が幾分かマシになったような気がした。

「深呼吸しろ。ゆっくり……ゆっくりだ」
「っう……す、みませ……俺……ぉええぇ……」
「落ち着くまでは喋るな」

三木に深呼吸を促され、左京は呼吸を整えようと息を吸う。胃酸の酸っぱいような不快な臭いが鼻をつく。込み上げてくるものを必死に抑えて、大きく息を吐いた。気をつけなければ、吐息とともに胃液が溢れ出てきそうだ。
すぅ、はぁ。
すぅ……はぁ……。
少しずつ呼吸が整っていく。さすられる背中の感覚が頼もしい。顔を上げられるくらいには快方に向かい、時々喉を鳴らしながら息を吸った。胃酸の臭いが薄まった空気が吸えて、気分が落ち着いてくる。

「すみません……」
「落ち着いたか?」
「はい……」
「片付けておくから、口ゆすいでこい。かわやの隣に洗面所あったろ。場所は覚えてるか?」
「はい……すみません……」

緩慢な動きで立ち上がる。一瞬立ちくらみがしたが、動けないほどではない。ふらふらとおぼつかない足取りでトイレへと向かう。昨日教えてもらった場所は実際そう遠くないのだが、昨日よりずっと遠くに思えた。立ちくらみの後は特に目眩や吐き気以外の不調はないが、足がふらつくのは起床直後だからだろうか。
洗面所へたどり着き、蛇口を捻りながら、壁に掛かった鏡を見た。顔色が悪い。蒼白で、すっかり疲弊しきった顔だ。ここ数ヶ月の自分とそう変わらない。
蛇口から流れる水を両手で受け止め、口に含んではゆすいだり、うがいをしたりする。口の中の不快感はだいぶ消えた。それでもまだあの味、感覚が抜けきらない。

「さきょーくん、おはよ」
「おはよー」
「あ、あぁ……小百合ちゃん、柚子彦君、おはよう」

蛇口を締めて声の方へ目をやると、小百合と柚子彦が心配そうにこちらを見上げていた。変わらずあの赤い着物と黒い着物を見ると、既に着替え終えたか、あるいは一睡もしていないのだろう。そもそも妖の類に睡眠は必要なのだろうか。

「大丈夫?顔が真っ白だよ」
「うん。洗いたての一反木綿みたいだよ」
「例えが分からないけど……うん、大丈夫。さっきよりはずっと良いよ」
「ムサシちゃんがね、朝餉あさげだからさきょーくん呼んできてって言ってたの」
「さきょーくん、食べられそう?」
「あさげ……?」
「うん、朝餉」
「朝のご飯だよ」
「あ、朝食のことか」

そう気づいてから、左京は応えを躊躇った。
今しがた、食事に関する悪夢を見て、嘔吐したばかりだ。食欲は無い。だが、腹は空だと訴えて今にも鳴りそうだ。応えに困っていると、小百合と柚子彦の顔が曇っていくのが分かった。不満というよりは、不安そうな顔色だ。左京は笑ってみせた。

「うん、食べるけど、少しだけにしようかな。朝食は何だろう?」
「パンと卵をぐちゃぐちゃにしたものだよ。すく……ら……?スクラップエッグ?」
「あ、スクランブルエッグ?」
「そう、それ!あと、ウィンナーとサラダ!」
「サラダには、卵が乗ってるの。固茹で卵だよ」
「あとから三木さんと一緒に行くよ。小百合ちゃんと柚子彦君は先に行ってて」
「うん」
「はーい」

2人はニコニコと笑って、小走りに行ってしまった。朝から元気なのが羨ましい。20歳で自分を年寄り扱いするわけではないし懐古主義でもないが、ああして駆け回っていた頃が懐かしい。

「楽になったか?」

鏡越しに、入口に立つ三木と目が合った。振り返って「はい、だいぶ」と答えると、三木は「そうか」と答えた。

「ご迷惑おかけしました……」
「いや、いい。おかしな言い方になるが、ゴミ箱の中に吐いてくれて助かった。片付けも終わった。部屋は窓を開けて換気しているから、このまま朝餉に向かうか」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」

左京は壁に掛けられたタオルで手を拭いた。口元の水気は乾きつつあり、そのまま露わになった手首で拭うだけにした。
三木の隣を歩いて朝食が用意されているらしい居間へと向かう。三木は既に着替えており、今は黒の着流しを身に纏っている。しっかりとした肉体を隠す着流しは、とても魅力的に思えた。

「またあの夢を見たのか」

前を向いたまま、三木が問いかけた。左京は俯いた。気分はもう悪くないが、廊下の木目を長く見つめると酔いそうだ。少し視線を上げた。

「はい……昨日の赤い鬼……あれが出てきました。あれ以外もありましたけど」
「色は分からないが……昨日の鬼って、ひとつしかねぇな。あれは祓って消滅したはずだが」
「あの夢の中の人が言うには、確か……妖力を集めて再現したと言っていました。あの鬼が消滅したときの妖力を集めたって」
「あの場所にいたってことか?」
「そういうのは特に……あ、でも、『時間がなくて丸焼きにした』って言っていたから、リアルタイムの出来事なのかもしれないです」
「……手がかりすらないか」

その言葉に、解決への道のりの遠さをまざまざと思い知らされた。それでも左京は三木という祓い屋を信じたのだから、諦めるにしても今はまだだと、自分の両頬を両手で叩いた。痛みがじわりと頬を熱くした。視界がよりクリアになった気がした。

やがて居間に着くと、武蔵と小百合と柚子彦がちゃぶ台を囲んで正座して待っていた。三木は無言で、左京は謝罪しながら昨日と同じ位置に腰を下ろした。それからまばらな「いただきます」とともに、食卓の箸が動いた。
ピッチャーにたっぷり入ったオレンジジュースを小百合と柚子彦のマグカップに注いだ後、左京は三木と武蔵のマグカップを見た。三木の方はコーヒーが淡い湯気を燻らせていたが、武蔵の白いマグカップは空だ。

「武蔵さん、オレンジジュース飲みますか?」
「あ、じゃあ貰おうかな」

武蔵がマグカップを差し出したので、左京はそれを受け取ってオレンジジュースを注いだ。跳ねないように気をつけながら注ぐと、武蔵へと返した。「ありがとう」と受け取る彼女の笑顔は、用心棒という肩書きからは程遠いものに見える。それから自分のマグカップにオレンジジュースを注いで、食事に取り掛かる。食べ物を摂取することには抵抗があったが、自分に大丈夫だと言い聞かせてオレンジジュースを飲んだ。甘酸っぱい酸味。完全に眠気は消えた。口の中が柑橘系特有の爽快感で、ようやく正常に戻った気がした。

「京、無理に食わなくていいからな」
「いえ、無理だなんて。お腹は減ってますし、美味しそうだし、ありがたくいただきます」
「小百合と柚子彦から聞いてたけど……まだ顔色悪いね……大丈夫?」
「また夢で妖怪を食ったらしい」
「え!?それじゃ食べるのつらいんじゃ……」
「いえ、大丈夫です。お腹減ってたし」

左京は笑って、パンが山盛りになったバスケットに手を伸ばした。どのパンがいいだとかはなかったので、1番手前の取りやすい位置にあったクロワッサンを手にした。指先に伝わる大きさにしては軽めのそれは、見た目からしてサクサクとして美味しそうだ。

七緒ななおさん呼んで、見てもらった方がいいんじゃない?」
「あのおっさん呼ぶことはないだろ。俺が調べる」
「確かに実力は三木の方が上かもだけど、七緒さんの方が知識量多いし」
「知識量っつったって、そんな大差ないだろ」

武蔵の提案を、三木はコーヒー飲みがてらに切り捨てた。雰囲気や読み取れる内容からして、七緒という祓い屋か関係者に協力を仰ごうというのが武蔵の意見らしい。しかし三木としてはその意見に賛同しかねるらしい。七緒という人物について聞こうという気は特に起こらず、左京はクロワッサンを齧った。サク、と小気味よい音とともに、皿の上にパラパラとパイ生地が落ちていく。口の中に広がるバターの甘みと食感が心地良い。悪夢を思い出すまいと、クロワッサンを咀嚼することに集中する。

「さきょーくん、ぐちゃぐちゃの卵、取って!」
「僕はパンがいい。あんぱんがいいな」
「スクランブルエッグとあんぱんね」

左京は小百合の前に置かれていた小皿のひとつを取って、スクランブルエッグの大皿に添えられた大きなスプーンでそれをよそった。鮮やかな黄色が半熟でてらてらと光る様は見ていて涎を誘う。スクランブルエッグの乗った皿を小百合に渡すと、柚子彦のリクエストのあんぱんをバスケットから手に取った。2人はお礼を言った後、嬉々として食事を再開した。

「───かな、左京君?」
「あ、え?すみません、聞いてませんでした」
「今日は大学の講義に行くのかなって聞いたの。どうかな?」
「翔太郎……あ、友達には休むとは伝えたんですけど……昨日までと比べたら体調も気分も良いし、行こうかなとは思います。2限目からなので、まだ余裕はあります」
「そうなの?そしたら、三木、ついてってあげたら?昨日の今日だし……心配だよ」
「ここはどうすんだ?」
「私が何とかするし、何かあったら連絡するよ」
「それにな、俺は怪異が見えない。それがどうやって護衛するってんだ?」
「それでも誰もいないよりは……」
「あ、あの、大丈夫です。何かあったら翔太郎に頼って、それでもダメならここに逃げてくるので……」
「翔太郎?」

揉め始めそうな2人を見かねて、左京は割ってそう言った。先程も出たその名に、武蔵が頭に疑問符を浮かべた。今の話の流れでの“何か”とは、怪異に関わることだ。そんな“何か”があったときに頼るというその翔太郎なる人物は何者だろうか。彼女の疑問の意味に気づいて、左京は新しいパンを手に取りながら説明した。

「翔太郎は俺の友達で……あ、あれです、昨日話した、ろくろ首に襲われたときに助けてくれた奴です」
「ああ、そんなこと言ってたな。頼るって言うからには、そいつは怪異を信じていて、なおかつ怪異の扱いにある程度慣れてるんだろうな?」
「はい。翔太郎は寺の子で、子供の頃から妖や霊の存在を知っていたみたいです。なかなか姿を見せてくれないから見る機会は少なかったそうですが」
「それなら俺が行かなくても問題はないな。見えない聞こえない祓い屋より、見えて聞こえる素人の方が頼りになるだろうよ」
「でも、またあんな鬼みたいのが襲ってきたら……左京君もお友達も危ないよ」
「そしたら連絡しろ。これが連絡先だ。ここ浄楽庵のと俺個人の、武蔵個人の3つだ」

三木に手渡された紙には、それぞれの名前の横に、電話番号が記されていた。浄楽庵のそれを見ると、ここら辺の市外局番とそれに続く固定電話のものだった。

「ここって電波あるんですか?」
「うん。電気もガスも水道も通ってるよ。元々実在する家屋を媒体にしてるの」
「つまり……どういうことですか?」
「この町のどこかにある家を、この空間に再現してるって言うのかな……とにかく、そんな感じなの」
「とにかくすごいってことですね」

難しいことだと理解して、左京がそう答えた。三木は苦笑してマグカップを傾けている。左京が理解してないことなどお見通しなのだろう。
その後は食事も話も楽しんだ。そのときに話題に上がった七緒という人物は、話によれば男性のようだった。
講義が2限目とはいえ、用心して早めに行く方が良いと考えた左京は、それを三木と武蔵に伝えた。武蔵が既に乾燥機にかけたという左京の服を取りに行っている間、左京は三木からこの浄楽庵、そしてこの空間から出る方法をレクチャーされた。

「ここの門を出たら、目を瞑ってつま先で2回、リズムをとるように地面を鳴らす。トントン、くらいでな。その後に鈴の音が聞こえるはずだ。それから目を開けば明来神社のあの鳥居に出られるさ」
「分かりました。ありがとうございます」
「昨日渡した紙、あれを入れるのに御守りが必要だから、宮司に声を掛けとけ。起きてるはずだ」
「はい、そうします」

やがて着替えを持ってきた武蔵に礼を言うと、隣の物置部屋でいいからと、そこで着替えることになった。物置とはいえ、8畳ほどの広さに壁沿いに物が置かれているだけで、着替えるスペースは充分にあった。特に触られたり見られたりして問題ない代物ばかりだが、あえて触れたり見たりはしないようにと言われていたので、周囲を気にせず着替え始める。自分の服の袖に腕を通すと、なんとなく現実に引き戻された気がした。
着替えを終えて、借りた衣服を洗って返すと伝えたものの、武蔵に強引に奪われ、叶わなかった。靴を履き、振り返ると、三木が武蔵に手を引かれて玄関まで見送りに来てくれた。小百合と柚子彦もだ。

「いってらっしゃい、さきょーくん!」
「いってらっしゃーい!」

なんだか照れくささに心擽られるままに、左京は笑った。

「行ってきます」










───────



チリン……

鈴の音に目を開くと、そこは明来神社の鳥居の前だった。足元のコップは消えている。夢かと疑いつつも、あれが現実だと8割方信じてポケットに手を突っ込むと、三木から渡された紙があった。確か神主に言って、御守りに入れるとか何とか……そう思い出して、神社の敷地内に入ってみる。時間は確か8時頃だったはずだ。この時間に神社に誰かいるのだろうか。手水舎辺りまで歩み入ると、「おや」と声が聞こえた。

「随分と信心深い青年ですね。おはようございます」

振り向くと、賽銭箱の前に髪も髭も真っ白な老人が立っていた。竹箒を持って、神主らしい和服を着ているということは、ここの宮司だろうか。

「お、おはようございます。あの……御守りが、欲しくて……」
「もしかして……浄楽庵の帰りですか?」
「え……あぁ、はい、そうです」
「そうですか、そうですか、三木くんの所から……」

宮司らしき老人は竹箒を持ってお守り売り場の中に入ると、白に黒で刺繍された御守りを手に出てきた。

「あの……」
「ここの神主の東海林しょうじと言いまして、浄楽庵とは持ちつ持たれつの関係でして」
「ショウジさん……」
「名前じゃないですよ、苗字です。東の海の林で“東海林”です」
「あぁ、そうでしたか、失礼しました。これが三木さんの言っていた御守りですか」
「ええ。特に強い魔除けが込められています。その紙……道標になるそれを入れて持ち歩くと良いですよ。ああ、代金は結構です」
「ありがとうございます」
「いえいえ。どうか貴方の悩み事が解消しますよう、私も祈っておりますよ」

東海林に礼をすると、鳥居をくぐって階段を降りていく。通勤通学の時間帯だからか、スーツ姿や制服姿が目立つ。徒歩や自転車が多い中、自分はその時間帯と少しズレて同じ方向へ進むのだろうと思うと、少し肩が重くなった気がした。車通りもそこそこ多い。その人や車の流れに逆らってマンションに着く。マンションの2階207号室が左京の部屋だ。バイトと仕送りと今までのお年玉を貯金していた金を切り崩して生活している。仕送りを実家にしてやりたいが、それが出来ないのは自分がよく分かっていた。
鍵を開けて入ると、昨夜の自分の心理状態が見てとれた。物は散乱し、脱ぎっぱなしも多い。片付けをしながら、ふと翔太郎を思い出す。今日は休むと伝えていたが、やはり行くことにしたというのも伝えるべきだろう。
スマホを操作して、着信履歴の1番上をタップした。
3回の呼出音。

『もしもし、左京?』
「あぁ、翔太郎、おはよう」
『随分元気になったみたいだな』
「おかげさまで」
『ってことは……祓い屋って』
「本当だった。全部解決したわけじゃないけど、それでも多少は何とかしてくれるって」
『そっか!よかったなぁ!じゃあ、今日は2限から来るのか?』
「いや、少し早めに行こうと思って。翔太郎、1限からだろ?俺も一緒にいようかなって。話したいこともあるし」
『おぅ。んじゃ、噴水のとこでな。時間は……8時45分はどうだ?』
「今が11分だから……うん、間に合う。ちょうど自転車直ったしさ」
『んじゃ、またあとでな』

通話が切れた後も、左京は心浮かれていた。こんなに楽しく会話したのがいつぶりか忘れてしまうくらいには最近何もかもが酷かった。準備を5分と掛からずして終え、玄関ドアの鍵を閉めると、階段を駆け降りて自転車へ向かう。先に代金を支払っていた自転車が、マンションの駐輪場に届いていたのだ。早速自転車のキーを差し込み、駐輪場の外まで押して出た。久々の自転車だ。以前河童に驚いて転倒して壊してしまったのだ。
軽快にペダルを漕ぎ始めた。
大学までの20分程度が、今までより明るいものに思えた。










───────



噴水は上吉大学キャンパスの中央部にある。どの棟からもほぼ平等な距離の為、よく待ち合わせ場所にされている。よく手入れされた綺麗な白い縁取りに腰掛ける学生が、左京が着いた時点で多々見られた。そのうちの1人が、こちらへ手を振っているのを見て、左京は頬を緩ませ軽く手を挙げた。
白いVネックシャツに黒のカーディガン、ジーンズ姿の茶髪の彼が御堂翔太郎だ。高校からの親友で、この大学を選んだ理由はお互いに影響し合っていた部分は無いとはいえない。
翔太郎がこちらへ歩み寄ってきたので、そのまま講義室へ歩みを向けながら話を始めた。

「よっ。顔色も随分良くなったな」
「ほんと、翔太郎のおかげだよ」
「まさか祓い屋が本当だったとはなぁ」
「寺の子なのに、そこらへん疎いのか?」
「いや、うちはむしろ両親が、俺を妖や霊から遠ざけようとしてたきらいがあったからな。祓い屋のことも知ってて黙ってたんだろ」
「なるほどね。でも本当に助かった!何か奢るからさ」
「バイトをクビになったばかりの奴が何言ってんだか。出世払いで頼むぜ?」
「めちゃくちゃ出世して利子つけて返してやるよ」

互いに笑い合う。こんなに楽しいのが本当に久しい。よかったと本当に思えた。翔太郎は目付きは悪いが、良い奴だ。いじめっ子を殴り飛ばして、いじめられっ子を助ける……そんなタイプの良い奴だ。

「っ……左京、下向いとけ」
「え、あ……」

どうして、と聞こうとした口は開いたままになってしまった。視線がかち合った。翔太郎ではない。前方からこちらへ歩いてくる女学生───の背後の霊と、だ。事故死だろうか、頭はひしゃげ、顔の半分以上が爛れている。血で赤いのか爛れなのか分からないくらいに原型が崩れている。腕はおかしな方向へ曲がり、右手は肘から先が無くなっていた。足元は透けていてどうなっているかは分からない。
翔太郎はこれと関わらないように、左京に他所を向けと言ったのだ。
しかし、目が合ってしまった。
慌てて目を逸らすと、声が聞こえた。

「……ェ…………コ、ド……ノ……ニェ…………」

女学生とすれ違うとき、心臓を掴まれる思いだったが、それ以上の干渉はなく、無事にやり過ごせた。

「何だったんだ、今の言葉?」

翔太郎が首を傾げた。その隣で、左京は俯きながらひとつの言葉にたどり着いていた。



【コドクノニエ】



あの赤鬼が言っていた言葉だ。
あの言葉は一体何を意味しているのだろうか。
自分に関連する言葉なのだろうか。
背筋に冷たいものが這い上がった。
翔太郎はそもそも霊には慣れているらしく、あまり気負っていないように見える。触らぬ神に祟りなし、と言ったところらしい。しかし、それで困っている人がいるのならば、助けるのが彼らしいところだ。
講義室の1番後ろに陣取って、ノートやルーズリーフを広げる。と言っても、この講義は左京が取っているものと違う為、ほんの興味程度の板書写しになるのだろうが。

初老の講師が教壇に立つとまもなく講義が始まった。真剣にルーズリーフやノートにペンを走らせる翔太郎。どうやら何かのカテゴリごとにルーズリーフとノートを使い分けているようだ。真面目で几帳面な性格が色濃く出ている行動のひとつでもある。
左京は広げたルーズリーフに、翔太郎ほどの熱意は持たずともそこそこ真面目に板書写しを始めた。取ってはいない講義だが、左京のいる学科内のものではあるし、写しておいて損することはないだろう。
ペンを走らせながら、ふと思う。
今日は予定もないうえに昨日の今日だし、浄楽庵に行こうか、と。
おそらく翔太郎が帰りにどこか寄ろうと誘ってくれるのだろうが、正直に祓い屋のところへ行くと言えば理解を示してくれるだろう。むしろついて行くと言いかねない。翔太郎を連れて行って良いのだろうか……後で三木に確認してみようと思った。










───────



「───ということがありまして」

左京は今日大学キャンパス内にて起こった数々を三木と武蔵に話した。女学生以外にも、教授の足元に絡みつくように憑く数々の霊、キャンパスの一角でずっと立ち尽くしている男の霊だとかだ。
複数の話の中でも、三木や武蔵が気になったのはあの言葉だった。

「“コドクノニエ”、か……」

三木が考えるように顎に手を当てた。表情を見るからに、心当たりはなさそうだ。
あの昨晩の居間には三木と武蔵と左京しかおらず、武蔵が言うには小百合と柚子彦は何かしらを企んでいるらしく、大学から帰ってからは見ていなかった。
しばらくの黙考の後、三木は固く結ばれていた唇を開いた。

「昨日の鬼も言ってたんだろ?しかもニュアンスが、京を指していたと……」
「はい。俺は全く心当たりはないです……」
「推測になるが、ひとつ───」


「ミ~キちゃん」


廊下側の襖が開いて、軽い口調が三木を呼んだ。三木が声の主を確認する前に苦虫を噛み潰したような顔になり、武蔵はすぐに顔を上げた。

「ありゃま、お客さん来てたの?悪いねぇ」

左京も顔を上げると、茶髪の男性が襖に手を掛けてへにゃ、と笑っていた。薄鼠の着流しに、茶髪はひとつに束ねている。歳は30代後半だろうか。無精髭を擦りながら、彼は居間に足を踏み入れて、襖を後ろ手に閉めた。そうして空いている左京と三木の間に腰を落ち着けて胡座をかいた。少しも悪びれた様子はない。そこでようやく三木が彼へと視線を向けた。

「何の用だ」
「いやね、耳寄りな噂っていうか、不気味で最悪な噂を聞いたんでね、ミキちゃんに話に来たわけでさ。武蔵ちゃんも元気そうで何より」
「お久しぶりです、七緒さん。七緒さんのお茶、用意してきますね!」
「お気遣いどうも。猫舌だから少しぬるめでお願いね~」

どうやらこの飄々とした彼が例の七緒という人物らしかった。三木は仏頂面を更に不快に歪ませていたが、手持ち無沙汰なのか湯呑みの茶を少しすすった。

「で、お客さん?」
「あ……えっと、ここでアルバイトさせてもらってます。京左京です」
「へぇ、アルバイト……ミキちゃんが、ねぇ……」
「ちゃん付けすんな、おっさん」
「あーあー、昔は『七緒お兄ちゃーん』ってついてきて可愛かったのになぁ」
「可愛い俺に用があるなら、ここに来るな。ここは無愛想な方しかいねぇぞ」

「あ!こら、喧嘩しない。七緒さん、お茶どうぞ」

戻ってきた武蔵から湯呑みを受け取ると、七緒は「ありがと」と笑って湯呑みを傾けた。既に左京の前にも少しぬるくなった茶がある。武蔵の淹れるお茶はなんだか店で出されるような洗練されたものを感じる。

「七緒さん、鈴雪すずゆきさんは?」
「あー、ちびっこ達に付き合ってるよ。小百合と柚子彦に」
「なるほど。それで、噂って何ですか?」

武蔵が積極的に七緒に声を掛ける。三木と七緒の不仲───というより一方的に三木が嫌ってるようだが───の橋渡し役のようだ。

「噂ね。“コドクノニエ”って知ってる?」
「っ!!」
「あ、それ……」
「やっぱり最初から七緒さんに相談しとけば───」
「うるさい。で?七緒、続きは?」
「まあまあ、早まらないで、焦らないで。最初から分かりやすく話すから」

七緒の笑顔がすっと消える。真剣な表情で、彼は続けた。

「怪異の類の間で噂になってる存在のこと。呪術のあの“蠱毒”に、生贄の“贄”で、【蠱毒の贄】。かなり危険な存在みたいなんだよね」
「具体的には?」
「妖や霊を食べた存在。しかもその量が半端じゃない。蠱毒って言葉が使われてるのは、数多くの怪異を食べてるからだろうね」
「……京」
「……はい、たぶん……俺です」
「えっ」
「京は、夢の中で妖の料理を食わされて妖力を得ている、稀有な人間だ。それに先日、鬼に襲われたとき、その鬼に『蠱毒の贄』と呼ばれていた」
「……それぁ……まずいね……」
「具体的に何がまずい?」
「【蠱毒の贄】……つまり、蠱毒の生き残りってことは、それだけ力を蓄えてると考えてもおかしくない。蠱毒は使う蟲が多く食べてるほど呪術として強力だからね。だから、怪異はその存在……【蠱毒の贄】と呼ばれる……少年、君を食べると、万物の存在より強い力を得られると言われているんだよ」
「つまり……俺、狙われてるんですか?」
「そういうこと」
「え、どうしよう!?どうしたらいいですか、三木さん!?」

突然の事実に左京は身体の芯から凍る思いだ。
つまり自分は食べる為に狙われているのだ。あの鬼がそうだったように、他の怪異にも…………夢ならば良いのにとも思う反面、根源は夢のせいなので、何ともいえない。

「そういうことなら…………ミキちゃん、いや、三木は見えないでしょ、怪異。武蔵ちゃんも力不足。だから代わりにオレが少年を守るよ」
「で、でも俺……約束、したので……三木さんが、今の俺の状態をどうにかする方法を見つけてくれるって。それを信じるって」
「…………あーぁ、フラれちゃったなぁ」

「なぁに、フラれたの、七緒」

襖が開いて、女性の擽るような心地好い声がした。黒髪を左肩に束ねて、白いワンピースを着ている。ワンピースの上に水色のカーディガンを羽織り、ふわりと笑う姿に左京の胸は高鳴った。和風美人といった風貌の彼女は、七緒に視線を送っていた。

「そうそう、フラれちゃった。この子、例の“蠱毒の贄”にね」

すると、女性は目を丸くして左京を見て、それからゆっくり微笑んだ。その一連の表情の変化さえ美しいと思った。

「あら。じゃあ、私がこの子を食べたら、七緒が夢中になる女になれるかしら?」
「えっ……な、七緒さん……?この女性って……」
「妖。雪女の鈴雪すずゆき。俺の使い魔みたいなものだよ」
「あら、伴侶と呼んでほしいものね。嗚呼、贄の子、安心して、取って食べたりしないから。私、美食家だし」
「あ……あはは……」

左京は乾いた笑いを浮かべるしかない。
恐ろしい。美人だと思ったら自分を食べかねない妖でした、なんて、笑い話にもなりはしない。

「そういえばちびっこ達は?」
「そろそろ来ると思うわよ……あぁ、ほら、来た」

鈴雪が襖を開けたまま廊下側に避けてやると、小百合と柚子彦がそれぞれ盆を持って現れた。盆の上の皿にはクッキーが盛られている。

「あのね、クッキー作ったの!」
「焦げちゃったけど、美味しいよ!」

時間を見れば八つ刻。お茶菓子にちょうど良いと皆笑ってみせると、小百合と柚子彦は嬉しそうに頬をふくふくと赤らめた。
丸型のちゃぶ台に、襖側から見て右から三木、小百合、武蔵、柚子彦、左京、鈴雪、七緒の順に腰掛ける。ちゃぶ台の上にクッキーの皿、そして各々の湯呑みが並んだ。
いただきます、の掛け声を皮切りに、皆の指がクッキーへと伸びた。左京は手にしたクッキーを見て微笑ましくなった。形は歪な星の形で、先の方が黒く焦げてしまっている。しかし、頑張って作ったのだと一目で分かるものだった。
一口かじれば、手作りらしい独特な甘さの風味が口に広がった。美味しい。焦げも愛嬌、というわけだ。

「話が中断してたけど、つまり、三木、お前が少年のことを守るってわけだ?」
「乗り掛かった船だしな。七緒の方で、夢の中で妖の飯食わせる怪異を知ってるか?」
「いいや、初耳だね。オレもおっさんだし、知識量や経験はそこそこあると思うんだけどねぇ……聞いたことないな。で、少年は何か他の手掛かり無いのかな?」
「なんだか、向こうは俺を知ってて、俺と同一存在になりたくて食べさせてるとかなんとかで……さっぱりです」
「そっか。今、大学生?」
「はい。上吉大学教育学部です」
「そっかそっか、若いねぇ。時々会いに行ってもいいかい?何かの助けになるとは思うし。損は無いと思うけどなぁ」
「え……いいんですか?それなら、お願いします」
「うんうん、素直なのはいいことだ。昔の三木も素直で可愛かったんだけどなぁ」
「もうその話はやめろ」
「わあ、怖い」

七緒が大袈裟に怖がってみせると、湯呑みの茶を全部飲み干す。すっと立ち上がって尻をパンパンと払った。

「じゃ、これがオレの連絡先ね」

手渡された紙にはメールアドレスと携帯の電話番号。その他に何か紋様が薄く描かれている。既に浄楽庵の2人のものはスマホの電話帳に登録してあるので、これもすぐに登録しておこうと決めた。左京は「ありがとうございます」と言って、尻ポケットにしまった。

「オレ、もう行くわ。“蠱毒の贄”のことをじっさま方に伝えんとならんでね」
老廊会ろうろうかいも気にしてたんですね、左京君の件」
「ろうろうかい?」
「そ。頭の固いじっさま方が集まった祓い屋の国会みたいなとこ。ま、じっさまばかりじゃなくて若いのもいるけど」
「七緒さんもその老廊会の1人なんですか?」
「いやいや、オレはその内の1人の下っ端みたいなもんよ。こんなおっさん使い走りに使って、あのばばあ、バチ当たるよ、そのうち」
八尾軒やおのきさんに言いつけちゃいますよ」
「武蔵ちゃん、それゃ勘弁だよ」

困ったように頭を掻く七緒。そのヤオノキという人物が上司のようだ。どうやら祓い屋業界にも縦社会やゴタゴタがあるらしい。そのまま出て行こうとする七緒と鈴雪に、武蔵が「ちょっと」と引き止めた。

「ん?どうしたぃ、武蔵ちゃん」
「他に用があるんじゃないんですか?」
「いぃや。三木と武蔵ちゃんの顔見に来たのと、“蠱毒の贄”について話にきただけ。オレも忙しいからね。あ、小百合、柚子彦、クッキーご馳走様。美味かったからまた作ってくれるかい?」
「うん!いーよ!」
「ナオちゃんまた来てね!」
「そう言われるとほんとにまた来ちゃうよぉ……なぁ、ミキちゃん?」
「うるせぇ、さっさと行け」
「はいはい。じゃあね、皆、ごきげんよぅ」

ひらひらと軽く手を振りながら、七緒が出て行く。鈴雪が最後、ふわ、と笑ってみせて襖を閉めると、足音はほとんど聞こえなかった。

「七緒の奴、もう来んなっつったろうに……」
「まあまあ、七緒さんは私達を気にかけてくれてるんだよ」
「三木さんも武蔵さんも老廊会の誰かに師事してるんですか?」
「三木も私も八尾軒派だよ。そもそも八尾軒派は十家じっけっていう、10までの数字を苗字に持つ、祓い屋として強い10の家を纏めてるんだよ」
「ジッケ……十の家って書くんですかね?」
「そうそう。三木も七緒さんも十家の一員。ほら、苗字に数字があるでしょ?私は十家じゃなくて三木の弟子みたいなものだから、八尾軒派三木の弟子で八尾軒派」
「どこの世界も難しいんですね……」
「あはは、まあね」

武蔵は笑っているが、きっと厳しい世界なのだろう。服の裾や袖から覗く手首や首元には古い傷痕が残っている。女性だからと容赦のない世界なのだろう。自分は弱い人間だからきっとその世界には耐えられない……耐えきれずに折れてしまう。そう思った左京は改めて三木と武蔵を尊敬した。

「左京君はこれからどうするの?」
「今から一度帰って、図書館に行きます。レポートに必要な資料を探したり、調べ物をしたくて」
「遅くならないようにね。怪異は基本夜行性だから、夜に力を発揮するんだからね」
「はい、分かりました」
「さきょーくん、帰るの?」
「帰るときは、オバリヨンに気をつけてね」
「オバリヨン?」
「おんぶの妖だよ」
「おんぶしちゃダメだよ」
「あぁ、そうなんだ。気をつけるよ、ありがとう」

左京は腰を上げ、湯呑みを片付けようとしたが、武蔵に止められてそのまま帰ることになった。この居間から玄関までは1人で歩けるようになったし、茶を淹れるのに使う台所の場所も大体覚えられた。これからも少しずつ覚えていくのだろう。なんだかそれが嬉しくて、こそばゆい思いだ。

「いってらっしゃい、さきょーくん!」
「いってらっしゃーい!」
「うん、行ってきます!」










───────



閉館時間を告げるアナウンスと音楽に、ハッと顔を上げた。時計の長身と短針は縦一直線だ。慌てて資料を元あった棚へ戻して、荷物をまとめた。外を出ると、晴れていたことと春という季節もあって、まだ暗くはなかった。ほっと胸を撫で下ろして、トートバッグを肩にかけて帰路に着く。図書館は大学近くということもあり、自転車で通っている。駐輪場で自転車を探し当てると、荷籠にトートバッグを入れて鍵を差し込んだ。そのまま自転車を引っ張り出して漕ぎ始める。春とはいえ、夕方頃になるとやはり肌寒さを感じる日もある。今日はまだマシだが、数週間前は厚手のパーカーが手放せなかった。
流石に手袋なしだと風もあって指先の体温が心もとない。途中コンビニに寄ってあんまんを買って、停めた自転車に寄りかかりながら、はふはふと唇から湯気を漏らした。こしあんの滑らかな甘みとふわふわの生地が相まって、幸せな気持ちになる。ふわふわの生地で指先を温めながら、淡く藍色が落ちた空を見上げた。
そういえば、と、三木と柚子彦が『望月屋の大福』だとかを話していたのを思い出した。近くに確かに望月屋という和菓子屋がある。望月屋の隣には『甘味処つきのや』があり、望月屋と提携しているらしく和菓子が楽しめるらしい。テイクアウトは望月屋、イートインはつきのや、といった店構えらしい。今度浄楽庵に行くときには、望月屋で何か買って行こうと思った。大福は約束が三木と柚子彦の間で結ばれていた。買うとしたらそれ以外がいいだろう。明日は1、2限と5限だ。浄楽庵に行くのは遅くなるが、望月屋に寄ってから行くのも悪くないだろう。

「……帰るか」

あんまんをすっかり食べ終え、再び自転車に跨ぐ。まだ18時を少し過ぎた頃だ、先月までと比べればまだ明るい。怪異に怯えながら帰ることはないだろう。
ペダルを漕ぎ始めると、冷たい風が吹いた。びゅぅ、と音を立てたその風は、この季節にしては冷たいものだった。再び、冷たい風。びゅぅ、という音の間に何かが聞こえて、左京は思わず自転車を止めた。


びゅぅ───くえ……

びゅぅ───くって……ちから……

びゅぅ───ひとくちで……


それが声だと気づいて、そしてそれが頭上からだと気づいて空を仰いだ。

髑髏。しゃれこうべ。大きな、巨大な───

「……ぁ……っ」

大きな骸骨だ。
餓者髑髏がしゃどくろ
それが、空から左京に覆い被さるように見下ろしていた。
左京は小さな呼吸音ともとれるような声しか漏れなかった。

『食え……食って、力を、万物に勝る、力を、ひとくちで、手に、手に……』

風の音のように掠れた、そして葉同士の擦れるざわめきのような声。それが、自分に向かってかけられている。左京は青ざめて自転車を漕ごうとペダルに足を掛ける。がそれよりも早く骨で形成された巨大な手指が、自転車を摘んだ。慌てて自転車から降りて事なきを得たが、あのまま自転車ごと持ち上げられていたら…………考えただけで怖気が止まらない。

『贄が、逃げた……追え……摘んで、食べて、力を、力を……』

餓者髑髏の大きな手が迫り来る。逃げながらスマホを操作する。浄楽庵に、その2人に、電話をしなくては。メールなど余裕がない。電話を───

「いっ……」

餓者髑髏の硬い指先が背中を掠めた。左京はそのまま転がるように前方へ倒れ込んだ。
スマホが手から離れた。どこだ?探す時間もない。見上げる骨の巨人の手が迫る。終わった。
左京は咄嗟に目を瞑り───


「ありゃまあ、随分な大物がお出ましで」


背後からの声。
足音なく、誰かが近づいてくる。
振り返ると、七緒と鈴雪がこちらに歩み寄ってきていた。

「大丈夫かい、少年?」
「七緒さん……っ!!」

餓者髑髏を前に余裕たっぷりの登場に、左京は目尻に安堵の涙を滲ませた。死ぬと諦めた瞬間の救いの手とは、どうしてこんなに目頭も心も熱を帯びるのか。左京は尻もちをついたまま、七緒が左京の前を過ぎるのを見上げていた。

「悪いね、あの連絡先のメモにちょいと術をかけててねぇ。強い妖気が一定の距離まで接近するとオレに知らされる仕組みでね、そうしてここに来たってわけさ」

術とは、あの薄い紋様だろうか。どちらにしろ、有難いことに変わりない。体格は大柄ではない彼だが、背中が大きく、広く見えるのは錯覚ではないのだろう。

『貴様、雪女……妖のくせに、祓い屋に、遣われる、憐れな、裏切り者……』
「あら、私は好きでやってるのよ?七緒のことがね」
『裏切り者……叩き潰してくれる……』

餓者髑髏が手を大きく振り上げた。昨晩の鬼の一撃を嫌でも連想してしまう。だが、余裕綽々に彼女はふぅ、と息を吐いた。
やがてその吐息は吹雪となり、大吹雪と化し、餓者髑髏を包み込むように吹きすさんだ。餓者髑髏の骨に霜がつき、凍り始める。

『お、ァ、あああ…………!!』

振り上げた手も凍りついて動かない。やがて全身凍りついた餓者髑髏に、ゆっくりと鈴雪が近づいていく。そして、氷にそっと触れた。

「砕け散りなさい」

その言葉に呼応するように、氷にピシリ、と大きなヒビが入り、キラキラと霧氷が舞いながら空気に溶けて消えていった。

「ほら、もう大丈夫だよ、少年。怪我はないかい?」
「あ……はい……あ、ありがとうございます……」
「良いって良いって。オレ、何もしてないし。送ってくよ、こっからは怪異の時間だ」
「すみません、お願いします……」

まだ腰が抜けたままの左京に、ニッコリ笑った七緒が、手を差し伸べた。










───────



家に着くと、左京は七緒に部屋に上がるよう誘った。まだ1人でいるのは怖かったし、何かしらのお礼がしたかったのだ。それを察したのか、七緒は「悪いねぇ」と言いながら玄関で草履を脱いだ。鈴雪も倣ってヒールのないパンプスを脱いでいた。

「あ、お茶淹れますので、そこにどうぞ座っててください。そうだ、お茶菓子も……」
「あまり気にしすぎないでいいよ」

やがてペットボトルのお茶をお客様用のグラスに注いで、3つ盆に乗せた。それから菓子入れにあるお菓子を何種類か摘んで編みかごに入れて盆を運んだ。
七緒、鈴雪、自分の順にグラスを置くと、テーブルの真ん中に菓子かごを置いた。どうぞ足をくずしてください、と言う前に、既に七緒は胡座をかいていた。

「ねぇ、贄の子」
「……あ、俺ですよね?はい、なんですか?」
「私にもお茶?」
「はい。あ、お茶お嫌いでした?」
「そうじゃなくて……見たでしょ?私、妖よ?」
「そうですね」
「だったらどうしてもてなすのよ?」
「だって、助けてもらったし……それに妖も食事するんですよね?小百合ちゃんも柚子彦君も飲んだり食べたりしてたし……」
「……変わってるわね、この子」
「そうかなぁ。ま、優しい子なのは確かさね」

七緒はグラスの茶を一口、二口飲んで、個装チョコレートに手を伸ばした。

「少年に話したっけ、オレの話」
「少ししか聞いてないです」
「うん、じゃあ話すけど。オレ、妖を使役する祓い屋で、“使役屋しえきや”とも言われてるんだ。鈴雪以外にも使役契約してる妖は何体かいるんだよ」
「そうなんですか。目には目をってやつですね」
「若干違うような……でもまあ、いっか。それでね、まあ、同業者……祓い屋全般にあまり良く思われてないわけよ。使役屋って何人もいるけど、忌避されがちなんだよねぇ」
「え……でも、同じ祓い屋なんですよね?」
「同じ祓い屋なのに、祓うべき妖を飼っている……それって結構タブーに遠からずでさ」

チョコレートを噛み砕いてまた茶をすする。
自分が“そういう立場”にあることを話すのに躊躇いはないようだ。

「ま、オレの話はここまでにして。少年の話。少年、夢で妖食べたって言ってたよね?」
「はい……」
「詳しく聞かせてくれるかい?」
「いえ、そう言われても、本当に自分でもよく分からなくて……気づいたら夢の中で料理が用意されてて、相手は顔見えないけど、俺の事知ってるって言うし……相手は人間を食べてるみたいだし……俺もさっぱりなんです」
「そうかい……いやね、老廊会で証言してほしいって八尾軒のばあさまに言われてね。老廊会には、オレや三木、武蔵ちゃんもついてくから、明日あたり、一緒に来てくれない?」
「えっ」

確か老廊会は『祓い屋の国会みたいなもの』だと聞いていた。左京は驚きの声を思わず零してしまう。もしその老廊会で有力な手がかりが見つかればもちろん嬉しいことだが、そんな場違いな場所に自分がいていいのか、そもそも厳格で怖いところなんじゃないか……不安は積もるばかりだ。
そんな様子に、七緒は吹き出してしまった。

「大丈夫。ただのじいばあに今まであったこと話すだけだしさ。祓い屋としては偉いけど、少年みたいな一般人からしたら、ただの老いぼれさね」
「そう、ですか……」
「いいかな、明日?夜に迎えに来るよ」
「あ……はい……その、よろしくお願いします」
「っふ……あぁ、笑うのはいけないね、ごめんごめん。でも、あんまりにも良い子すぎるからさぁ」

七緒はスっと立ち上がって「もう帰るよ」と言った。ローテーブルには、何やら紙が4枚置いてある。

「それぞれ、東西南北に貼っておくと、この部屋を怪異から守ってくれるよ」
「ありがとうございます!」
「いや、気にしないで。ほら、鈴雪、帰るぞ」
「ふぉ」

モグモグと咀嚼しながら返事したせいで、なんとも言えない発音になっていた。お菓子がお気に召したようで何よりだ。
鈴雪は七緒に次いで玄関の靴を履いた。それから、七緒と共に微笑みを称えて出ていってしまった。
そこでようやく緊張の糸が緩んだ左京は玄関口に腰を下ろしてしばらく呆然としていた。

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