蠱毒の贄は夢を見る

庭坂なお

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7話

「ぃらっしゃーせー!」

威勢の良い声が、店内の喧騒の中、ハッキリと飛んでいく。翔太郎は新しく入店した客の人数を確認した後、空いている席へと案内した。すぐに厨房へ戻ると、おしぼりとお冷を運び、それから別のテーブルの皿を片付ける。
実際、バイト先での翔太郎の評価は高かった。挨拶やコミュニケーションはきちんととれるし、皿ひとつ割ることもなく、器用で何事もソツなくこなす。繁忙時は特に本当に助かると店長も感嘆の息を吐くほどだ。

「ねぇ、七緒」
「何?鈴雪、もしかして居酒屋は気に入らなかった?」
「いえ。七緒とならどこでもいいわ」
「それは嬉しいお言葉だ。それで?なんでそんなに難しい顔してるのかな?」
「なんで風音がここにいるのよ」
「なんでって……そりゃあ護衛は1人でも多い方がいいだろ?」
「そうだぜ、鈴雪!あたしもその小玖哉とやらの正体拝んでやりたいしな!」
「私は七緒と2人きりだとばかり……でも、護衛なら仕方ないわよね……」

真っ白なショートカットヘアーという目立ちがちな容姿を全く気にせず、妖、鎌鼬の風音がカラコロと笑った。

「ご主人が鈴雪だけじゃなくあたしも呼ぶんだから、相当手強いんだろうねぇ」
「まあね。正体も不明だし、慎重に慎重を重ねとくべきだと判断したまでさ」

七緒はそれとなく周囲に視線を走らせながらつくねを一口食んだ。タレが甘塩っぱくて美味い。とりあえず店内には不審者や妖……妖力を持つ者はいないようだ。七緒は烏龍茶で喉を潤すと、再度つくねを食んだ。

「にしてもご主人、ここはいいな。美味いし賑やかだし楽しいな」
「私は風音と違って静かでお淑やかな女だから、ここは合わないわね。でも七緒となら楽しいわよ?」
「2人とも、護衛なのを忘れずにね」

つくねを飲み込んで、また烏龍茶を飲む。腹を満たしてしまうといざと言うとき動けないので、軽めの食事で済ませる。腹が減ったなら、あとで翔太郎とともに浄楽庵で夜食でも食べればいい。なかなか食卓に出ないが、あそこにはカップラーメンもある。食べて文句を言われることはないだろうし、まあ、それで夜食を済ませればいい。
時計を見るふりをして、翔太郎が注文をとっている席に視線を移す。問題はなさそうだ。実際に時計も見てみる。そろそろ翔太郎のあがりの時間だ。翔太郎と視線が合う。時計、と左手首をトントンとジェスチャーすると、翔太郎は掛け時計を見て、頷いた。そして、厨房の方に早足で向かった。しばらくして戻ってきた翔太郎が七緒に「店の前で」と短く伝えると、七緒は席を立った。翔太郎は奥へと戻っていった。

会計を済ませて外へ出る。4月も終わりが近づき、そろそろ5月だ。空を見上げると、夜はすっかり更け、満月が黒地の穴のようにぽっかりと浮かんでいる。今年は忙しく、満足に花見酒が出来なかった分、今夜は月見酒でも楽しもうかと考えていると、足音が近づいてきた。視線を向けると、翔太郎が片手を軽く上げた。

「待たせたな」
「気にしてないさ。さてと、行くかねぇ」

明来神社までは20分ほど歩くことになる。いつもは自転車での移動なのだが、今日は護衛の七緒と一緒ということもあり、徒歩での移動になった。
翔太郎自身、まだ現実のことと思えないでいた。自分が狙われることもそうだが、食べられてしまう、と言われても、おとぎ話でも聞いているかのような気分になる。だが、あんなに必死に、切なげに話す親友のことを疑うことなど出来なかった。疑うわけがなかった。
だから、こうして地に足つけて歩きながら、そのおとぎ話の中でさえ歩いてやろうと思う。そして、そのおとぎ話がただの与太話だったと笑ってやる。そうしてまた今までと同じ日常を進んでいくだけだ。

「御堂君、ストップ」

その言葉で思考から意識が戻ってくる。視界が輪郭を取り戻し、前方に人影があるのが分かった。

「妖力だ」

その意味を理解した翔太郎はじりじりと後ずさる。あれが小玖哉何某か、と七緒越しに観察する。黒の着流しに、白い髪。顔は白布が覆い隠し、見えはしない。白布には黒の墨字で何か描かれている。

「こんばんは」

春風のような爽やかな声が囁くように呟いた。七緒は背に翔太郎を庇いながら、警戒を怠らずにへらりと笑った。

「こんばんは。月の綺麗な夜だねぇ」
「そうだね」
「君が小玖哉かな?」
「左京君から聞いたんだね」
「ああ。それで……御堂翔太郎を食べに来たのかな?」
「食べに来た、というのは間違いだね。食べる為に攫いに来たんだ」
「それは少年が……左京君が悲しむ。やめた方がいいんじゃないかい?」
「そうかな。彼は僕さえいればいいと思ってるはずだよ。最終的に僕と彼は同一存在になるんだから、他人なんて些事だよ」
「相容れないってやつだねぇ」

その言葉に、鈴雪と風音が前へ出る。それでも小玖哉は臆することなく話を続ける。

「そうだよ、相容れない。僕を理解出来るのは彼だけだし、彼を理解出来るのは僕だけだ。お互いがお互いの唯一無二の存在になるんだから」
「なんだよ、それ。そんなのてめぇの勝手だろうが」

思わず口を出た言葉。その自分の言葉を否定することなく、翔太郎は続ける。

「左京のこと何も考えてねぇじゃねぇかよ。お前の左京への想いは分かったけど、左京を勝手に巻き込むなよ」
「……分かったような口をきかないでよ」

小玖哉の声が底冷えたものになる。妖力というものが分からない翔太郎でも、小玖哉が何かおぞましいものに変化していくのが分かる。実際、今の小玖哉は妖力が増幅し、禍々しいまでの妖気を発していた。
七緒はじり、と地を踏みしめ、静かで突き放すような声で告げる。

「鈴雪、風音、やれ」

風音が駆ける。小玖哉に接近して、空気の刃を投げつける。瞬間、小玖哉の姿が揺らめき、赤くなっていく。それが炎だということに気づく頃には、空気の刃は炎を切り裂いていた。だが、炎はすぐに形を取り戻し、ゆらりと揺らめいて小玖哉のシルエットを作り出す。再度空気の刃を投擲した風音だったが、暖簾に腕押し状態と知ると冷静に距離をとる。

「チッ。鈴雪、炎ごと凍らせてやれ!」
「無理よ!アイツ、夢に干渉する妖じゃなかったの!?」
「あたしが知るかよ!」

小玖哉が炎をうねらせながら翔太郎目掛けて迫り来る。七緒は懐から札を取り出すと、そのうちの1枚を指で留めて払う。すると札が淡く発光し、周囲に結界を張った。炎は結界を包み込み、ごうごうと燃え盛る。結界越しに熱を感じる。夏の陽射しに晒されたような暑さだが、結界を解くわけにはいかない。

「鈴雪、凍らせるのはやっぱり無理そうかい?」
「ええ、ダメね」
「少しの時間稼ぎは?」
「ダメ元でやってみるけど」
「じゃあ、任せた。オレは浄楽庵まで御堂君と逃げる。コイツの相手は2人に任せたよ」
「あいよ、ご主人!」
「ええ、任されたわ」
「御堂君、あっちに走るよ」
「ああ」

結界を解く。途端に流れ込んでくる炎を、鈴雪の吹雪がほんの一瞬だけ押し返した。その一瞬の隙間を縫うように、七緒と翔太郎が抜け出す。熱が服の裾を僅かに焦がすが、どうにか抜けた2人は明来神社方向へと駆けた。炎がそれを追おうとするのを、風音は空気の刃で切り裂いて妨害する。熱に苦しみながらも、鈴雪は吹雪でどうにか押し止めようとする。炎は藻掻くようにうねり、形を変えながらも翔太郎に迫ろうとする。2人はそれを許さない。

「邪魔だ!」

炎が一層大きくうねる。2人の傍をすり抜ける。空気の刃を受けながらも流動体はそれを意に返さず、ぐんぐん翔太郎に迫る。走りながらちら、と振り返った七緒は、状況を把握して小さく舌打ちをした。札を払うと、水が蛇の形になり、炎に巻きついた。炎がゆらりと揺らめいたかと思うと、次は吹雪に変わり、水を凍らせた。
次々と姿を変える小玖哉。一体何の妖だというのだろうか。だが、そんなことを考えている暇はない。
小玖哉が実体を取り戻し、七緒の腹部に拳を叩き込む。七緒の口から空気と唾液が散り、しかし七緒はしっかりと足を踏み込んで耐えた。

「おじさんだからってナメられちゃ困るよ!」

七緒は札を払う。それが燃えるのを七緒が視認したと同時に、その身体を衝撃が貫く。七緒の身体が吹っ飛び、アスファルトに転がる。少し離れた電柱に激突して、七緒はとうとう動かなくなった。

「七緒ッ!!」
「逃げなさい、贄の友人!」

その言葉で自分の状況を再認識した翔太郎は、縺れる足で走ろうとして、うなじに衝撃を感じ───意識を闇へと落とした。
小玖哉は片腕で翔太郎を抱き上げると、鈴雪と風音に振り返った。彼の様子に疲弊の色はなく、ただただ平然と言ってのけた。

「君達の主は見逃すからさ、君達も諦めてよ」
「その子を離しなさい!」
「この子は僕が食べるんだ。邪魔しないでよ」
「そんなことさせねぇよ!」

風音が空気の刃を投げるが、小玖哉は成人男性を抱えたままだというのに、軽々とそれを躱した。素早い空気の刃を余裕で躱したということは、鈴雪の吹雪にも臆することはないだろう。
と、そのとき、足音が駆け寄ってきた。その方向を向くと、三木と武蔵、そして左京が走ってきていた。左京は翔太郎の姿を認めると、叫ぶように呼んだ。

「翔太郎ッ!」
「嗚呼、左京君!!」

小玖哉が嬉しそうに声を弾ませた。三木は一定の距離をとって立ち止まる。そして、問いかける。

「俺にもお前の姿が見える……お前は何者だ?」
「小玖哉。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「小玖哉、辞めてくれ!翔太郎は俺の親友なんだ!」
「親友?僕達はお互いそれ以上の存在になるんですよ?そんなもの捨て置きましょう」
「俺にとって大切な存在なんだ!だから───」
「大丈夫です。僕達の絆を裂くほどの存在ではないでしょう?」
「京から聞いていた通り、話が通じない奴だな……」
「では、今日の調理もありますので、失礼しますね。左京君、また夢で会いましょう」
「待ってくれ!翔太郎……っ、翔太郎ッ!!」
「させないわよ!風音!」
「おうよ!」

鈴雪が吹雪を、風音が空気の刃を放つが、小玖哉はそれを身軽に跳ねて避ける。そしてそのままより深い闇へと身を溶かしていく。遠くなっていく感覚。左京はもう一度名を呼んだ。

「翔太郎!!」

しかし応える声はなく、2人の影は闇に完全に溶け合って───消えた。



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