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23話
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「そういえば、ここの御神体がすごいって聞いたんですけど」
左京はふと思い出したことを呟いた。以前、七緒に聞いたことがある。東海林が老廊会のOBで、明来神社の御神体もすごい、と。陽を反射する眩しい新緑に目を細めた東海林は「ええ」と頷いた。
ここは明来神社。浄楽庵のアルバイトの一環でここに手伝いに来ていた左京は、小休止ということでベンチで東海林と談笑していたのだ。
「そうなんです。ここの御神体は“碧玉鳳親尊”と呼ばれる、祓い屋界では最も尊いとされる神様の剣です。この神様は、元は祓い屋の人間だったとされているんですよ」
「へきぎょく、ほうしんの、みこと……」
「祓い屋界で有名なだけで、一般には浸透していない、マイナーな神様ですけどね」
「その神様……碧玉鳳親尊はどんな神様なんですか?」
「おや、それを聞きますか。少し長くなりますよ」
「ちょっと気になるので聞いてみたいです」
「では、なるべく手短に話しましょう。それでもそれなりに長いですよ?」
「覚悟の上です」
笑って答える左京に、東海林も微笑みを返して語り始めた。昔々の話を。
───────
昔々……そう、1200年前くらいでしょうか。神様と言えば、もっと古いイメージでしょうが、この神様は特殊な神様で、とある1人の人間が神様へと昇華したと言われています。だから、他の神様と比べると比較的若い、新しい神様なのです。
話が少しズレましたね。
そう、昔々のお話です。
平安京には既に“祓い屋”が存在しました。今よりももっと邪悪で手のつけられない妖や悪霊が蔓延っていた頃なので、当時の祓い屋は今よりずっと尊ばれていたそうです。しかし、今と違って本名で活動する祓い屋が多かったらしく、妖や悪霊に返り討ちにされる者も少なくなかったそうです。
三木 神楽という腕の立つ祓い屋がいました。三つの木と書いて、三木。そうです、三木君の御先祖です。
神楽は京の都広しと言えど、彼の隣に並べる者はいないと言われるほどに強かったんです。天皇にその才を認められ、天皇のお傍に仕えることの出来る名誉を得てもなお、世の為人の為とその出世を断り、都を守っていた君子ともされています。
神楽の実力は日本全土にその名を轟かせました。だから、全国各地の並の祓い屋では歯が立たない案件も、式神を飛ばして解決したり、自ら赴いて退治したりしていたそうです。
けれど、妖もそれでは黙っていません。
神楽の勢いに困った妖達は、彼が活躍するよりもずっと前に生粋の神様によって封じられていた悪しきものの封印を解き、人の世を壊して妖の世を作ろうとしたのです。
その悪しきものの名前は“六道転仁”。
実際、六道転仁は解き放たれました。
六道転仁の身体は八百万の怪異が集まって形作られているとされ、様々な怪異の特性を持っていたのです。呼吸は瘴気で人を病み苦しませ、体液は毒、その視線に捉えられただけで呪われるとも言われていました。
そんな六道転仁が解き放たれ、封印されていた島は一晩と経たず全滅しました。都までの道のりで、六道転仁は多くの土地と命を滅ぼしました。都にその通達が届く頃には、六道転仁はもうすぐそこ。神楽は都の被害を最小限にする為、自ら六道転仁のもとへ向かいました。
結果から申しましょう。
神楽は再び六道転仁を封じることに成功しました。七日七晩、一睡もせずに戦い続けた神楽は満身創痍で、筆で撫でられただけでも絶命しそうなほどでした。それでも完全ではない封印をより強固なものにする為に、神楽は神々に祈りました。
すると、紅玉臨臣大御神という当時いらした神様が、自分の後継神になることを神楽に約束させ、神楽を碧玉鳳親尊へと昇華させました。
神様になった神楽は碧玉鳳親尊として力を奮って、自らを共に封印することで六道転仁を完全に封印したのです。
そして、今現在、ここ明来神社に奉納されている御神体“碧玉之剣”が、その封印の証……つまり、碧玉鳳親尊と六道転仁が封印されていると言うことです。
───────
話し終えた東海林は、目を丸くして聞いている左京に「そういう言い伝えです」と付け加えた。
左京は自分なりに話を整理し、何か感想を言おうと頭を回転させるが、結局出た言葉は「すごいですね」だった。自分のボキャブラリーの無さにうんざりする。
「でしょう?そういったこともあり、この神社は祓い屋界では重要な立ち位置にいるんです」
「へぇ……その、へきぎょくの……?」
「碧玉鳳親尊、ですか?」
「はい。その神様って人間から神様になったって、強かったからとかだけでなく、きっと人としても人格者だったからこそでしょうね」
「ええ、そうですとも。六道転仁は文献に記載されているだけでも恐ろしさの分かる存在で……それを封印した功績も本当に素晴らしいものです」
そんなに素晴らしい神様の剣が御神体というのなら、是非見てみたいと思うのが正直なところだが、そんな易々と見ることが出来るはずはなく、左京は口を噤むことにした。風が心地よく吹く中、2人は沈黙を心地よいものとして受け入れていた。初夏もすぐそこの今日の陽は、暖かくもどこか力強さを感じる。日向ぼっこをする猫の気持ちが身に染みて分かる心地だ。
「さて……休憩もそろそろ終わりにしましょうか。左京君はまだお時間ありますか?」
「はい。今日は東海林さんを手伝うようにと三木さんに言われてますし、講義はもう終わっています」
「そうですか、ありがたいことです。では、掃除をお願いしても良いですか?」
「はい、おまかせください」
2人はよいしょと腰を上げた。ちょうどお賽銭を上げて参拝した男女が振り返るところで、視線が合うとお互い会釈をした。
左京は社務所へ向かって箒を取りに行き、早速掃除を始めた。掃き掃除を終えたら草むしりだ。今日は姉妹でここに仕えている巫女さん2人が忌引で来られず、人員が足りないらしい。その分もしっかり働こう、と左京は小さくファイティングポーズをした。
───────
テーブルの上には料理の数々。白布で顔を隠した童達がえっさほいさ、と料理を運んでいる。
あぁ、またこの夢か。
左京は早く覚めてほしいと願った。
「そうだ、左京君には話しておきたいことがあるんです」
今更話すことなどない。それでも小玖哉はすらすらと話し出す。
「僕がこうして左京君と同一存在になろうとするのは、とある祓い屋にその方法を教えてもらったからなんですよ」
「とある祓い屋……?」
初耳だ。祓い屋とは敵対しているはずの小玖哉に手を貸した祓い屋がいる?これは三木や七緒に知らせなければならない。その為には詳しく聞かないと…………左京は努めて冷静に問いかけた。
「それは、誰なんだ?」
「さあ……それは覚えていません。左京君以外の存在なんて興味ありませんから」
「男性か女性かも分からないか?」
「はい。いつもやり取りは使役しているらしい妖づてでしたから」
「ということは、使役屋か……」
使役屋、と呟いてみて、頭をよぎったのは七緒だった。いや、七緒がそんなことするはずがない。いや、そもそも───
「なんで今更それを俺に話す気になったんだ?」
「祓い屋が左京君に手を出したからです。そのうえ、左京君に変なことを吹き込んで……だから、祓い屋は皆、敵だと判断しました。左京君にもそういった思想の人間がいると伝えなければと思いまして」
「その祓い屋は、具体的にお前になんて言ったんだ?」
「何故その祓い屋のことばかり聞くのですか?もうこの話は終わりにしましょう。さあ、鬼火達が運んできた料理も揃いましたし、食べましょうか」
鬼火……童達のことだろうか。
そう言われてもあの異常な食欲はまだ湧き上がってこない。まだ大丈夫。まだ自分のままでいられる。もうその祓い屋……使役屋のことは聞けないだろう。他に何か手がかりになることは───
「お前は───」
「小玖哉と、お呼びください」
「……小玖哉は、肉体の一部を封印されてるけど、取り返す気はないのか?」
「嗚呼……僕のことを心配してくれてるんですね……!嬉しいです……ええ、もちろん、取り戻すつもりですよ。お腹の子を守れたとはいえ、肉体が完全でなければ、貴方と同一存在に成り得ないですから」
「……待ってくれ。お腹の子?」
冷や汗が止まらない。それはつまり、左京と小玖哉の子で、そしてそれは左京の望まぬ存在で───
小玖哉は愛おしそうに腹部を撫でた。母が我が子を慈しむように、愛するように、小玖哉は目を細めて微笑んだ。
「ええ、僕達の子です。宿ったんですよ、僕の腹に。男の子か、女の子か……ふふ、楽しみです。もちろん、この子を産んでから同一存在になりましょう。大丈夫、十月十日待たずとも、僕の身体は人間とは違いますから、もっと早くに産めますよ」
「俺は───」
「イいなァ……」
ぽつりと、誰かがこぼした言葉。小玖哉でも左京でもない、誰か。
「かゾく、いっぱイだネぇ」
「こをナソう、コをなソウ」
「おネえチゃんかなァ」
「ふたごハいみコ、コろしテしマエ」
「クいブチがふえルだけだ」
「たのシみだねェ」
「おとウともイもうトモいらなイよ」
「オンなのこ?おとコのこ?」
「にギヤか、に、なルねぇ」
溢れ出すように現れる言葉、言葉、言葉。振り返ると、料理を運んでいたはずの鬼火達が踊っていた。ひらりと翻った顔の白布の合間から、爛れた皮膚と歪に弧を描いて笑う口元が見えた。
「おやおや、鬼火達も祝ってくれているようです」
「鬼火……?こいつらは何なんだ……!?」
「鬼火ですよ。彷徨える魂、あの世に行けない寂しい魂。自我も目的も無い彼らに、僕が自我を与え、役割を授け、その代わりに僕の小間使いをしてもらってるんですよ」
「なんだ、それ───」
「いイなァ、コども、いいナぁ」
「ワタしにちょうダい、コドも、ちょウダい」
「ズるい、さくヤだけ、ずるイ」
「ひとりボっチじゃなくナるネぇ」
「おとうト、ほしイなぁ」
鬼火達は軽やかな足取りで左京に近づき、左京の腕や背中にしがみついた。歪んだ声音と言葉のまま喋り続け、ニコニコと、ケタケタと、笑っている。左京にはそれが不気味で、払い除けたくても動けなかった。
「こドも、イいなァ」
「ヒトりハさびシいなぁ」
「なかマにしちャオうよ」
その言葉に、ピタリと笑い声も言葉も止まった。沈黙、そして数秒の間があってから、鬼火達は一斉に笑いだした。
「あはハはははハは!」
「なカま二しちゃオう!」
「ハはははハはは!」
「ナカま!なカま!」
「ずゥっと、いっシょだねェ!」
「キゃはハハはははハ!」
左京にしがみつく手指に力がこもる。そのまま握りつぶされそうだ。離そうともがいても外れない。腕をへし折られそうなほどの力がこめられたとき、小玖哉が指をパチン、と鳴らした。その瞬間───
「ナか───」
ぷくぅ、と鬼火達が膨らみ、風船のようにパンッと破裂した。びちゃ、と血が飛び散り、左京の顔を、身体を、真っ赤に染め上げた。鬼火達の肉片が散らばる中、左京は叫びそうになっていた。ギリギリのところで叫ばなかったのは、おそらく驚愕で声が出なかったからだろう。
「失礼しました。鬼火達が貴方を鬼火の仲間に引き込もうとしたので自害させました。身の程知らずというのは、本当に愚かですね……」
声が出ない。小玖哉はこんなにも簡単に妖の命を消し飛ばせる存在なのか。あまりにも呆気なく散った鬼火に、同情すら抱かせる間もない事実との邂逅に、左京は恐ろしくなった。
「さあ、食べましょうか。もうすぐです。もうすぐ、同一存在になれる……」
その言葉がトリガーとなり、異常な飢えと渇きに襲われた。目の前の残酷な料理の数々がご馳走に見える。左京は血に染まった顔で笑った。
左京はふと思い出したことを呟いた。以前、七緒に聞いたことがある。東海林が老廊会のOBで、明来神社の御神体もすごい、と。陽を反射する眩しい新緑に目を細めた東海林は「ええ」と頷いた。
ここは明来神社。浄楽庵のアルバイトの一環でここに手伝いに来ていた左京は、小休止ということでベンチで東海林と談笑していたのだ。
「そうなんです。ここの御神体は“碧玉鳳親尊”と呼ばれる、祓い屋界では最も尊いとされる神様の剣です。この神様は、元は祓い屋の人間だったとされているんですよ」
「へきぎょく、ほうしんの、みこと……」
「祓い屋界で有名なだけで、一般には浸透していない、マイナーな神様ですけどね」
「その神様……碧玉鳳親尊はどんな神様なんですか?」
「おや、それを聞きますか。少し長くなりますよ」
「ちょっと気になるので聞いてみたいです」
「では、なるべく手短に話しましょう。それでもそれなりに長いですよ?」
「覚悟の上です」
笑って答える左京に、東海林も微笑みを返して語り始めた。昔々の話を。
───────
昔々……そう、1200年前くらいでしょうか。神様と言えば、もっと古いイメージでしょうが、この神様は特殊な神様で、とある1人の人間が神様へと昇華したと言われています。だから、他の神様と比べると比較的若い、新しい神様なのです。
話が少しズレましたね。
そう、昔々のお話です。
平安京には既に“祓い屋”が存在しました。今よりももっと邪悪で手のつけられない妖や悪霊が蔓延っていた頃なので、当時の祓い屋は今よりずっと尊ばれていたそうです。しかし、今と違って本名で活動する祓い屋が多かったらしく、妖や悪霊に返り討ちにされる者も少なくなかったそうです。
三木 神楽という腕の立つ祓い屋がいました。三つの木と書いて、三木。そうです、三木君の御先祖です。
神楽は京の都広しと言えど、彼の隣に並べる者はいないと言われるほどに強かったんです。天皇にその才を認められ、天皇のお傍に仕えることの出来る名誉を得てもなお、世の為人の為とその出世を断り、都を守っていた君子ともされています。
神楽の実力は日本全土にその名を轟かせました。だから、全国各地の並の祓い屋では歯が立たない案件も、式神を飛ばして解決したり、自ら赴いて退治したりしていたそうです。
けれど、妖もそれでは黙っていません。
神楽の勢いに困った妖達は、彼が活躍するよりもずっと前に生粋の神様によって封じられていた悪しきものの封印を解き、人の世を壊して妖の世を作ろうとしたのです。
その悪しきものの名前は“六道転仁”。
実際、六道転仁は解き放たれました。
六道転仁の身体は八百万の怪異が集まって形作られているとされ、様々な怪異の特性を持っていたのです。呼吸は瘴気で人を病み苦しませ、体液は毒、その視線に捉えられただけで呪われるとも言われていました。
そんな六道転仁が解き放たれ、封印されていた島は一晩と経たず全滅しました。都までの道のりで、六道転仁は多くの土地と命を滅ぼしました。都にその通達が届く頃には、六道転仁はもうすぐそこ。神楽は都の被害を最小限にする為、自ら六道転仁のもとへ向かいました。
結果から申しましょう。
神楽は再び六道転仁を封じることに成功しました。七日七晩、一睡もせずに戦い続けた神楽は満身創痍で、筆で撫でられただけでも絶命しそうなほどでした。それでも完全ではない封印をより強固なものにする為に、神楽は神々に祈りました。
すると、紅玉臨臣大御神という当時いらした神様が、自分の後継神になることを神楽に約束させ、神楽を碧玉鳳親尊へと昇華させました。
神様になった神楽は碧玉鳳親尊として力を奮って、自らを共に封印することで六道転仁を完全に封印したのです。
そして、今現在、ここ明来神社に奉納されている御神体“碧玉之剣”が、その封印の証……つまり、碧玉鳳親尊と六道転仁が封印されていると言うことです。
───────
話し終えた東海林は、目を丸くして聞いている左京に「そういう言い伝えです」と付け加えた。
左京は自分なりに話を整理し、何か感想を言おうと頭を回転させるが、結局出た言葉は「すごいですね」だった。自分のボキャブラリーの無さにうんざりする。
「でしょう?そういったこともあり、この神社は祓い屋界では重要な立ち位置にいるんです」
「へぇ……その、へきぎょくの……?」
「碧玉鳳親尊、ですか?」
「はい。その神様って人間から神様になったって、強かったからとかだけでなく、きっと人としても人格者だったからこそでしょうね」
「ええ、そうですとも。六道転仁は文献に記載されているだけでも恐ろしさの分かる存在で……それを封印した功績も本当に素晴らしいものです」
そんなに素晴らしい神様の剣が御神体というのなら、是非見てみたいと思うのが正直なところだが、そんな易々と見ることが出来るはずはなく、左京は口を噤むことにした。風が心地よく吹く中、2人は沈黙を心地よいものとして受け入れていた。初夏もすぐそこの今日の陽は、暖かくもどこか力強さを感じる。日向ぼっこをする猫の気持ちが身に染みて分かる心地だ。
「さて……休憩もそろそろ終わりにしましょうか。左京君はまだお時間ありますか?」
「はい。今日は東海林さんを手伝うようにと三木さんに言われてますし、講義はもう終わっています」
「そうですか、ありがたいことです。では、掃除をお願いしても良いですか?」
「はい、おまかせください」
2人はよいしょと腰を上げた。ちょうどお賽銭を上げて参拝した男女が振り返るところで、視線が合うとお互い会釈をした。
左京は社務所へ向かって箒を取りに行き、早速掃除を始めた。掃き掃除を終えたら草むしりだ。今日は姉妹でここに仕えている巫女さん2人が忌引で来られず、人員が足りないらしい。その分もしっかり働こう、と左京は小さくファイティングポーズをした。
───────
テーブルの上には料理の数々。白布で顔を隠した童達がえっさほいさ、と料理を運んでいる。
あぁ、またこの夢か。
左京は早く覚めてほしいと願った。
「そうだ、左京君には話しておきたいことがあるんです」
今更話すことなどない。それでも小玖哉はすらすらと話し出す。
「僕がこうして左京君と同一存在になろうとするのは、とある祓い屋にその方法を教えてもらったからなんですよ」
「とある祓い屋……?」
初耳だ。祓い屋とは敵対しているはずの小玖哉に手を貸した祓い屋がいる?これは三木や七緒に知らせなければならない。その為には詳しく聞かないと…………左京は努めて冷静に問いかけた。
「それは、誰なんだ?」
「さあ……それは覚えていません。左京君以外の存在なんて興味ありませんから」
「男性か女性かも分からないか?」
「はい。いつもやり取りは使役しているらしい妖づてでしたから」
「ということは、使役屋か……」
使役屋、と呟いてみて、頭をよぎったのは七緒だった。いや、七緒がそんなことするはずがない。いや、そもそも───
「なんで今更それを俺に話す気になったんだ?」
「祓い屋が左京君に手を出したからです。そのうえ、左京君に変なことを吹き込んで……だから、祓い屋は皆、敵だと判断しました。左京君にもそういった思想の人間がいると伝えなければと思いまして」
「その祓い屋は、具体的にお前になんて言ったんだ?」
「何故その祓い屋のことばかり聞くのですか?もうこの話は終わりにしましょう。さあ、鬼火達が運んできた料理も揃いましたし、食べましょうか」
鬼火……童達のことだろうか。
そう言われてもあの異常な食欲はまだ湧き上がってこない。まだ大丈夫。まだ自分のままでいられる。もうその祓い屋……使役屋のことは聞けないだろう。他に何か手がかりになることは───
「お前は───」
「小玖哉と、お呼びください」
「……小玖哉は、肉体の一部を封印されてるけど、取り返す気はないのか?」
「嗚呼……僕のことを心配してくれてるんですね……!嬉しいです……ええ、もちろん、取り戻すつもりですよ。お腹の子を守れたとはいえ、肉体が完全でなければ、貴方と同一存在に成り得ないですから」
「……待ってくれ。お腹の子?」
冷や汗が止まらない。それはつまり、左京と小玖哉の子で、そしてそれは左京の望まぬ存在で───
小玖哉は愛おしそうに腹部を撫でた。母が我が子を慈しむように、愛するように、小玖哉は目を細めて微笑んだ。
「ええ、僕達の子です。宿ったんですよ、僕の腹に。男の子か、女の子か……ふふ、楽しみです。もちろん、この子を産んでから同一存在になりましょう。大丈夫、十月十日待たずとも、僕の身体は人間とは違いますから、もっと早くに産めますよ」
「俺は───」
「イいなァ……」
ぽつりと、誰かがこぼした言葉。小玖哉でも左京でもない、誰か。
「かゾく、いっぱイだネぇ」
「こをナソう、コをなソウ」
「おネえチゃんかなァ」
「ふたごハいみコ、コろしテしマエ」
「クいブチがふえルだけだ」
「たのシみだねェ」
「おとウともイもうトモいらなイよ」
「オンなのこ?おとコのこ?」
「にギヤか、に、なルねぇ」
溢れ出すように現れる言葉、言葉、言葉。振り返ると、料理を運んでいたはずの鬼火達が踊っていた。ひらりと翻った顔の白布の合間から、爛れた皮膚と歪に弧を描いて笑う口元が見えた。
「おやおや、鬼火達も祝ってくれているようです」
「鬼火……?こいつらは何なんだ……!?」
「鬼火ですよ。彷徨える魂、あの世に行けない寂しい魂。自我も目的も無い彼らに、僕が自我を与え、役割を授け、その代わりに僕の小間使いをしてもらってるんですよ」
「なんだ、それ───」
「いイなァ、コども、いいナぁ」
「ワタしにちょうダい、コドも、ちょウダい」
「ズるい、さくヤだけ、ずるイ」
「ひとりボっチじゃなくナるネぇ」
「おとうト、ほしイなぁ」
鬼火達は軽やかな足取りで左京に近づき、左京の腕や背中にしがみついた。歪んだ声音と言葉のまま喋り続け、ニコニコと、ケタケタと、笑っている。左京にはそれが不気味で、払い除けたくても動けなかった。
「こドも、イいなァ」
「ヒトりハさびシいなぁ」
「なかマにしちャオうよ」
その言葉に、ピタリと笑い声も言葉も止まった。沈黙、そして数秒の間があってから、鬼火達は一斉に笑いだした。
「あはハはははハは!」
「なカま二しちゃオう!」
「ハはははハはは!」
「ナカま!なカま!」
「ずゥっと、いっシょだねェ!」
「キゃはハハはははハ!」
左京にしがみつく手指に力がこもる。そのまま握りつぶされそうだ。離そうともがいても外れない。腕をへし折られそうなほどの力がこめられたとき、小玖哉が指をパチン、と鳴らした。その瞬間───
「ナか───」
ぷくぅ、と鬼火達が膨らみ、風船のようにパンッと破裂した。びちゃ、と血が飛び散り、左京の顔を、身体を、真っ赤に染め上げた。鬼火達の肉片が散らばる中、左京は叫びそうになっていた。ギリギリのところで叫ばなかったのは、おそらく驚愕で声が出なかったからだろう。
「失礼しました。鬼火達が貴方を鬼火の仲間に引き込もうとしたので自害させました。身の程知らずというのは、本当に愚かですね……」
声が出ない。小玖哉はこんなにも簡単に妖の命を消し飛ばせる存在なのか。あまりにも呆気なく散った鬼火に、同情すら抱かせる間もない事実との邂逅に、左京は恐ろしくなった。
「さあ、食べましょうか。もうすぐです。もうすぐ、同一存在になれる……」
その言葉がトリガーとなり、異常な飢えと渇きに襲われた。目の前の残酷な料理の数々がご馳走に見える。左京は血に染まった顔で笑った。
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