蠱毒の贄は夢を見る

庭坂なお

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29話

悲鳴。怒号。血。肉片。死体。肢体。
広い屋敷にはそれらが飛び交い、飛び散り、蔓延はびこっていた。その彩りはまるでレッドカーペットのように、されどこの惨状を生み出した者にとってはバージンロードのように、彼のゆく道を辿っている。
真正面の正門から続く赤いバージンロードは、目的地に向けてまっすぐに描かれていた。目的地───封印されていた3つのうち最後の右脚のある部屋へ。
また1人、祓い屋の首がぶ。
また1人、祓い屋の心臓が貫かれる。
また1人、祓い屋の胴体が裂かれる。
無慈悲に命を消していく小玖哉は、笑みを浮かべていた。その場に似合わぬ、うっとりと紅潮させた表情で。

「祓い屋を殺せば殺すほど、左京君との距離が縮まっていく……嗚呼、なんて幸せなんだろう」

脚をもつれさせながら祓い屋が逃げる。助けを呼ぶという使命感はとうになく、ただ生き残りたい思いのみで彼は走る。そんな脚を、黒い異形が噛みちぎった。

「あ゙ァ……ッ!!」

祓い屋は突然の激痛に喘ぎ地面に倒れ込む。それから左脚を失ったことに気づいて悲鳴を上げた。痛々しい声に、黒い異形が集まってくる。それに気づいた祓い屋は、懐から祓札を取り出し、必死の抵抗を見せた。

「い……っ、伊涜いどっ!」

祓い屋の言葉に呼応して、札から紫の狼が現れる。狼は黒い異形に向かって駆け、牙を剥き───大口を開けた異形にバクリと喰われた。

「は、え……?」

彼の扱える祓術の中で一番強力な狼型式神の消失に、彼は間の抜けた声をこぼした。ゴシャ、ミチ、ボキ、と咀嚼音が聞こえる。異形が満腹感を表すように口を開くと、そこに式神の影も形も無かった。絶望と驚愕に何も行動出来ない祓い屋の背後に、別の異形が口を開く。

『いたダきマァす』

「え」

その声に振り向くこともないまま、祓い屋は上半身をバクリと喰われた。ちぎれた下半身から血が噴き出す。異形は咀嚼する。気味の悪い肉骨が砕ける音の後、それはごくんと嚥下された。

『ごチそうサまぁ』

異形がわらう。
その一連の様子を、退屈そうに見つめる小玖哉は、ぽつりと呟く。

鬼火おにびに力を与えてやったはいいけど……やっぱり知能は低いな」

魂の発火体と呼ぶべき鬼火のかつての面影はとうになく、黒く歪な異形と化したそれは、他に祓い屋がいないか徘徊を続ける。小玖哉はそれを放置して奥へ進む。あと1人、人間の気配がする。そしてそのすぐ傍に封印された自分の一部の気配もある。小玖哉は最後の部屋の襖を開けると、開く途中の襖ごと小玖哉を槍が貫いた。見えたのは1人の青年だった。

「小玖哉なる者、覚悟!」

青年は槍から手を離すと、祓札を薙いだ。祓札が揺らめき、無数の炎が宙を舞う。炎は狐の姿になり、小玖哉に襲いかかる。ごぅ、と燃えるそれを、小玖哉は水に変化して消火する。青年が次の祓札を取り出す前に、小玖哉は落ちていた槍を彼めがけて投擲とうてきした。人外の異常な膂力りょりょくでもって射出された槍は、青年が反応する前に彼の心臓を刺し貫いた。貫通した槍は青年の背後の壁に深々と突き刺さり、青年は壁に磔のまま絶命した。

「人間ってこんなに脆いんだよね……ついこの間まで左京君がこんなのと同じだったと思うと……あぁ、恐ろしい」

小玖哉は周囲を見回し、封印された肉体の一部を探す。部屋の奥にある札が貼ってある金庫に気配を感じ、小玖哉は札に触れる。瞬間、札に触れた手指がバチンと音を立てて弾かれた。指が黒く焦げて消失しているのを見て、小玖哉は大きなため息を吐いた。

「面倒なことしてくれるなぁ」

札に再生した手をかざし、小玖哉は札に神力を流し込む。人の創りし札は神力の圧倒的な力の奔流を受け、自ら発火し消え失せた。神の力を前に脆い人造のものに、小玖哉は何をも思わない。せめて言うならば、『肉体が取り戻せる』という喜びにも似た達成感はあったのだろうか。それさえも希薄なまま、小玖哉は金庫を腕力と握力で裂いた。紙粘土をちぎるような軽々しい動きは、その場に人間がいたのならば力の差におののく他なかっただろう。

「あぁ、あった」

まるでどこに置いたか忘れたものを数分経たず見つけたような軽い感想をこぼし、小玖哉は右脚を手に入れる。右脚の輪郭がぐにゃりと歪み、触れていた左手に癒着し始める。小玖哉の全身の輪郭もおぼろげになり、やがて歪んだそれが正しく戻る頃には、本来の小玖哉の背丈を取り戻しており、当初と違うのは性別だけとなった。

「これであとは祓い屋を全滅させるだけ……そうしたら…………ふふ、嗚呼ああ……左京君とひとつになれる……!」

恍惚とした表情で小玖哉が笑う。左京のことを想うと、ここまでに手をかけた手間暇など些事なことだと思う。
左京が自分に微笑みかけてくれる未来を想像する。
左京が自分に愛の言葉を掛けてくれる希望を妄想する。
それを想うだけで込み上げてくる幸福感に、今までの何もかもが報われた気がして小玖哉の全てが肯定される。

「ふふ……ははは……っ!左京君、左京君……!左京君左京君左京君左京君!早く迎えに行きたい……!早く同一存在になりたい……!でも、邪魔者を消さないと、また左京君が洗脳されてしまう。脅されてしまう。だから、祓い屋を1人残らず殺さないと。それから、ゆっくりと2人だけで…………嗚呼、考えるだけでこんなに幸せなのだから、そうなったあかつきには……」

小玖哉はほぅ、と感嘆の息を吐く。紅潮した頬、潤んだ瞳、悩ましげな眉に、持ち上がる口角。恋する乙女とたがわないその姿だが、その思考も想いも歪んだもの。
彼───彼女の愛は進んでいく。
誰一人、それを正すことも出来ぬまま。
誰一人、それを理解することも出来ぬまま。



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