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好意と嫌悪
その四
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堀江は着替えのため『離れ』に入ると、川瀬が思い詰めた表情でソファーに座っている。どないしたんかな? 気にはなったが、敢えて声を掛けずに二階に上がろうとすると背後から声が掛かる。
「オーナー、ちょっと宜しいでしょうか?」
その声には変な緊張感があり、堀江は彼の言霊の固さ一瞬ドキリとする。
「うん、えぇよ。降りた方が良い?」
「いえ、出来れば上でお願いします」
川瀬の希望で二階に上がった二人は堀江の部屋に入る。
「どないしたん? 改まって」
堀江はにこやかに言うと、川瀬は手にしている封筒を差し出した。何? それに視線をやると【退職願】と書かれており、一瞬思考が止まる。堀江は訳の分からなさ気な顔を向け、どういう事? と訊ねる。
「もうここに居る事か出来ません」
「ゴメン、ちゃんと説明してくれる?」
一度脳の働きが止まってしまった彼は何も考えられず、説明を求めることしか出来なかった。川瀬は一つ深呼吸して、ほぼ無表情で堀江の顔を見つめている。
「あなたに前科があるだけなら何の問題もありませんでした。ただその相手が友達となると話は別なんです」
「友達? まさか彼が?」
堀江は体に力が入らなくなって頭がフラフラしてくる。それでも体に力を込めて話を聞こうとするも、その時の情景がフラッシュバックされて思考がまとまらない。
「トウマは二十歳だったから被害者としても加害者としても名前が公表されて、遺された人たちの未来は悲惨だったよ。僕を含めた友人たちだってそう、彼と同じ施設に居たってだけで白い目で見てくる人もいたからね」
「その事と義君とは……」
「関係無いって言いたいんでしょ? でも世間はそこまで優しくないんだよね。近所で言われるだけならまだしも、生まれ故郷で言われた時はさすがに立ち直れなかったよ。『人殺しと同じ施設で育ったの?』って……今でも忘れられない」
川瀬は冷ややかな口調で自身が経験した“差別”を淡々と語る。
「育った施設も非難されたんだ、園長先生がマスコミに糾弾されてた姿はテレビで見たよ。何も悪くない園長先生が何十人もの人間に囲まれてて……見てられなかったよ。終いには殺されてもやむ無しなんて事まで言われ始めて、被害者としての側面もあるのに何でそこまで踏みつけられなきゃならなかったんだ?」
川瀬は表情とは裏腹に言葉遣いが徐々に感情的になる。堀江はどうすることも出来ず、動揺しているなりに彼の話を真剣に聞いていた。
「義君……」
「あなたの人間性が嫌いな訳ではありませんが、友達を殺した犯人としてどうしても許せません」
川瀬は一方的に言いたいことを言うと部屋から出て行ってしまう。その後ペンションには戻らず、何処かへ姿をくらませた。
夕食の仕込み時間になっても川瀬はペンションに戻らない。しばらくはそのまま待っていたが、休憩の取れない小野坂のことを考えると、その場凌ぎでごまかすよりもきちんと話しておいた方がいいように感じた。
その時間になると根田もバイト先となっている『クリーニングうかい』から戻っており、今は堀江と小野坂で仕込み作業に取り掛かっている。
その前に無理を承知で村木の叔父赤岩に連絡を取っており、川瀬を体調不良ということにして翌日までの代役を頼んだ。フロント業務は根田に任せ、仕込み中のうちに小野坂には本当のことを話すことにする。
「智君、実は……」
「義と何かあったのか?」
「うん」
小野坂は何か勘づいている口振りだったので、自身が手に掛けた相手が川瀬の友人であったことを打ち明けた。そう……彼は驚いていたが状況は理解しており、大丈夫だよとそのまま作業を続ける。しばらく待っていると赤岩が村木を連れて『オクトゴーヌ』に入ってきた。
「義君が体調不良なんて珍しいべ。『DAIGO』時代でも一度も無かったのに」
「ご無理言うて申し訳ありません」
「なぁに気にすることねっぺ。困った時はお互い様さ」
赤岩は早速厨房に入り、村木は根田と共にフロアの仕事をして表面上はどうにか事なきを得た。
夜八時にもなるとペンション内は静かになる。堀江はフロントを小野坂に任せて、出掛けてくると言った。
「こんな時間にどこへ?」
「『DAIGO』。もしかしたらそっちに行ってるかも知れんから」
「分かった」
小野坂は堀江を見送り、『オクトゴーヌ』の留守を預かる。
この日『DAIGO』は店休日で、オーナーである大悟は隣接する自宅でくつろいでいる。彼の母旦子も台所にいて、夕食の後片付けをしているところだった。
「こんばんは、堀江です」
「こんな時間になした?」
大悟は堀江の様子を見て表情が曇る。旦子も気になって後片付けを中断し、二人の居る居間に入った。
「義君に何かあったかい?」
「実は、昼に退職願を出されてしまいまして」
相原親子はいきなりの展開に顔を見合わせる。
「なして?」
「俺の犯した罪が原因なんです。まさかこんな形で義君を苦しめていたなんて……どう謝ってええのか、未だに言葉が見つかりません」
「そうかい」
二人はそれで事情が飲み込めた様子だった。堀江たち『オクトゴーヌ』の面々は川瀬の出身地すらまともに知らないのだが、かつてはここに住み込みで働いていたので、彼の事情はこの親子の方がよく知っていた。
「それで、もしかしたらそちらを訪ねてるんやないかと思ったんですが」
「いや、来てねっぺ」
旦子は首を横に振る。
「してさ、営業ん方はなしたんだ?」
「今日と明日は赤岩さんにお願いしました。その後の事は何も……」
「んだべな、急な話したっけ。最悪ん時は明後日からしばらくウチの一人貸すべ」
大悟の厚意はありがたかったが、どうしても自身のオーナーとしての力不足が情けなくて、感謝の気持ちよりも謝罪の気持ちの方が強く顕れる。
「何から何までご面倒をお掛けして申し訳ありません。本当ならオーナーとして自分で解決すべき事やのに」
「何吐かしてんだ、年寄りなんてこういう時に利用すればいいんだべよ。何でも一人で出来るほど世の中甘くねしたから」
旦子は大きな体を丸くしている堀江の肩を叩く。彼は小さな声ですみませんと頭を下げることしか出来なかった。
「オーナー、ちょっと宜しいでしょうか?」
その声には変な緊張感があり、堀江は彼の言霊の固さ一瞬ドキリとする。
「うん、えぇよ。降りた方が良い?」
「いえ、出来れば上でお願いします」
川瀬の希望で二階に上がった二人は堀江の部屋に入る。
「どないしたん? 改まって」
堀江はにこやかに言うと、川瀬は手にしている封筒を差し出した。何? それに視線をやると【退職願】と書かれており、一瞬思考が止まる。堀江は訳の分からなさ気な顔を向け、どういう事? と訊ねる。
「もうここに居る事か出来ません」
「ゴメン、ちゃんと説明してくれる?」
一度脳の働きが止まってしまった彼は何も考えられず、説明を求めることしか出来なかった。川瀬は一つ深呼吸して、ほぼ無表情で堀江の顔を見つめている。
「あなたに前科があるだけなら何の問題もありませんでした。ただその相手が友達となると話は別なんです」
「友達? まさか彼が?」
堀江は体に力が入らなくなって頭がフラフラしてくる。それでも体に力を込めて話を聞こうとするも、その時の情景がフラッシュバックされて思考がまとまらない。
「トウマは二十歳だったから被害者としても加害者としても名前が公表されて、遺された人たちの未来は悲惨だったよ。僕を含めた友人たちだってそう、彼と同じ施設に居たってだけで白い目で見てくる人もいたからね」
「その事と義君とは……」
「関係無いって言いたいんでしょ? でも世間はそこまで優しくないんだよね。近所で言われるだけならまだしも、生まれ故郷で言われた時はさすがに立ち直れなかったよ。『人殺しと同じ施設で育ったの?』って……今でも忘れられない」
川瀬は冷ややかな口調で自身が経験した“差別”を淡々と語る。
「育った施設も非難されたんだ、園長先生がマスコミに糾弾されてた姿はテレビで見たよ。何も悪くない園長先生が何十人もの人間に囲まれてて……見てられなかったよ。終いには殺されてもやむ無しなんて事まで言われ始めて、被害者としての側面もあるのに何でそこまで踏みつけられなきゃならなかったんだ?」
川瀬は表情とは裏腹に言葉遣いが徐々に感情的になる。堀江はどうすることも出来ず、動揺しているなりに彼の話を真剣に聞いていた。
「義君……」
「あなたの人間性が嫌いな訳ではありませんが、友達を殺した犯人としてどうしても許せません」
川瀬は一方的に言いたいことを言うと部屋から出て行ってしまう。その後ペンションには戻らず、何処かへ姿をくらませた。
夕食の仕込み時間になっても川瀬はペンションに戻らない。しばらくはそのまま待っていたが、休憩の取れない小野坂のことを考えると、その場凌ぎでごまかすよりもきちんと話しておいた方がいいように感じた。
その時間になると根田もバイト先となっている『クリーニングうかい』から戻っており、今は堀江と小野坂で仕込み作業に取り掛かっている。
その前に無理を承知で村木の叔父赤岩に連絡を取っており、川瀬を体調不良ということにして翌日までの代役を頼んだ。フロント業務は根田に任せ、仕込み中のうちに小野坂には本当のことを話すことにする。
「智君、実は……」
「義と何かあったのか?」
「うん」
小野坂は何か勘づいている口振りだったので、自身が手に掛けた相手が川瀬の友人であったことを打ち明けた。そう……彼は驚いていたが状況は理解しており、大丈夫だよとそのまま作業を続ける。しばらく待っていると赤岩が村木を連れて『オクトゴーヌ』に入ってきた。
「義君が体調不良なんて珍しいべ。『DAIGO』時代でも一度も無かったのに」
「ご無理言うて申し訳ありません」
「なぁに気にすることねっぺ。困った時はお互い様さ」
赤岩は早速厨房に入り、村木は根田と共にフロアの仕事をして表面上はどうにか事なきを得た。
夜八時にもなるとペンション内は静かになる。堀江はフロントを小野坂に任せて、出掛けてくると言った。
「こんな時間にどこへ?」
「『DAIGO』。もしかしたらそっちに行ってるかも知れんから」
「分かった」
小野坂は堀江を見送り、『オクトゴーヌ』の留守を預かる。
この日『DAIGO』は店休日で、オーナーである大悟は隣接する自宅でくつろいでいる。彼の母旦子も台所にいて、夕食の後片付けをしているところだった。
「こんばんは、堀江です」
「こんな時間になした?」
大悟は堀江の様子を見て表情が曇る。旦子も気になって後片付けを中断し、二人の居る居間に入った。
「義君に何かあったかい?」
「実は、昼に退職願を出されてしまいまして」
相原親子はいきなりの展開に顔を見合わせる。
「なして?」
「俺の犯した罪が原因なんです。まさかこんな形で義君を苦しめていたなんて……どう謝ってええのか、未だに言葉が見つかりません」
「そうかい」
二人はそれで事情が飲み込めた様子だった。堀江たち『オクトゴーヌ』の面々は川瀬の出身地すらまともに知らないのだが、かつてはここに住み込みで働いていたので、彼の事情はこの親子の方がよく知っていた。
「それで、もしかしたらそちらを訪ねてるんやないかと思ったんですが」
「いや、来てねっぺ」
旦子は首を横に振る。
「してさ、営業ん方はなしたんだ?」
「今日と明日は赤岩さんにお願いしました。その後の事は何も……」
「んだべな、急な話したっけ。最悪ん時は明後日からしばらくウチの一人貸すべ」
大悟の厚意はありがたかったが、どうしても自身のオーナーとしての力不足が情けなくて、感謝の気持ちよりも謝罪の気持ちの方が強く顕れる。
「何から何までご面倒をお掛けして申し訳ありません。本当ならオーナーとして自分で解決すべき事やのに」
「何吐かしてんだ、年寄りなんてこういう時に利用すればいいんだべよ。何でも一人で出来るほど世の中甘くねしたから」
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