49 / 174
命を宿す
その二
しおりを挟む
村木が赤岩からの連絡で一目散に自宅兼店舗に舞い戻る。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさぁい」
赤岩の妻である香世子は、普段と変わらない調子で帰宅した甥っ子を迎え入れた。
「“まどか”は?」
「お風呂入ってんべぇ」
彼女は独特のおっとりした口調で受け答えをする。村木は電話で聞いている内容と彼女の態度が違いすぎて、少しばかり解せないと言いたげな表情を見せた。
「アイツ妊娠してるって……」
「んだぁ、二十五週目だってさ。お腹もでっかくなり始めてる」
村木にしてみれば衝撃的な話なのに、香世子の口から紡がれる言霊には緊張が全く感じられない。
「えっ? なしてだ?」
「なしてぇ? こかれても男の方とセックスしたからしょ?」
「いや、そういうことでねくて」
欲しい答えが返ってこないことでイライラする村木は、どう納得してよいものかと思案しているところに別の部屋から赤岩が姿を見せた。
「そのイライラ、“まどか”にぶつけんでねえぞ」
「したってさ、いきなり妊娠てなしてだ?」
「しゃあないべ、デキたもんとやかくぬかすでね。本人は産んで育てるって決めてるしたから尊重してやるべきだ」
「それは構わんしたって、父親にあたる男は何してんだ?」
「別れたってこいてる。詳しい事情は俺にも分からん」
赤岩は“まどか”という女性の選択を受け入れる心づもりの様子で、その事に関する異論は勿論無い。しかし彼の頭の中にはいくつかの『なして?』が癖のように涌いてきて、それを解決しておかないと気持ち悪くて仕方が無い。
「仕事は?」
「辞めた、ぬかしてる」
「親にはくっちゃってんのかい? まぁ物別れしてそうしたけどさ」
その問いには赤岩も困った表情を見せてまぁなと答える。
「さっき姉さんに電話したら『もうちょびっとなりふり考えれ』とさ」
「それしかぬかすこと無えのかい? したっけ兄貴らは?」
「カズアキんとこは転勤さ決まってわやにしてるらしくてな、ヒデツグんとこは本人が出張で留守だったんだと。あそこも嫁さん身重したっけ、さすがにこけんかったとさ」
「二人とも家庭があるしたからしゃあないかぁ」
村木は諦め口調でそう言った。
「まぁ小樽に居たしたから近くの札幌を頼るんは普通の事だべ」
「問題は姉さんだべ」
赤岩は一つため息を吐くと、お風呂いただきましたぁ!女性の明るい声が響き渡る。キッチンに居た香世子が風呂場へと走っていったので赤岩が代わりにキッチンに入った。
ここ『赤岩青果店』を訪ねた“まどか”という名の妊婦は村木の二つ年下の妹で、専門学校を卒業して小樽の観光名所で土産物屋の販売スタッフとして働いていた。彼女は幼少期から男の子たちとよく遊ぶお転婆娘で、すぐ上の兄である村木とは気が合い仲が良かった。その性格が一時期ヤンチャな方向に進行して両親とは事ある毎に衝突を繰り返していた。
彼らからしてみれば一人娘ということもあってか何とかおしとやかに育てたかったようなのだが、社交的で逞しい彼女は人に好かれて友達も多かった。時折すっとんきょうな行動を起こして周囲を困惑させる事もあるのだが、村木は兄としてそんな妹が可愛くもあり誇らしくも思っていた。
この日から村木まどかはこの街での生活をスタートさせ、早速店の手伝いをするようになった。販売員としての経験を活かし、社交的な性格の彼女は従業員にも常連客にも好かれてすぐ生活にも馴染んでいく。表向きは元気そうにしていたが、それでも顔色がすぐれないのを気遣う香世子は何かと世話を焼き、病院へも付き添っている。
「私妊娠検診の経験さ殆ど無いしたって、どうも時間が長いような気もするんだべねぇ」
かつて二度妊娠したものの、週の浅いうちに流産していた彼女は不思議そうに首を傾げた。
「本人は何て?」
「『至って順調!』ってこいてる。踏み込んで聞いたらかえって警戒されそうでさぁ」
この話は赤岩夫妻の間で留めておくことにし、二人は姪っ子からのアクションを待つ事にした。
「カヨちゃん、どっか美味いパン屋さん、知らないかい? 」
まどかは小さい頃からパンが大好きで、徒歩圏内で行けるパン屋が無いためか禁断症状にも似た感じでパンを欲していた。しかもスーパーやコンビニで売っている物ではなく、パン屋の物をという妙なこだわりを持っている。
「したら『アウローラ』が良いんでないかい?四月にオープンしたばっかししたって、今じゃ『パーネ』よか人気あんべぇ」
「『パーネ』の評判ここんとこがた落ちだべ、小樽でも専らの噂だ」
こしあんパン好きだったんだけどなぁ……まどかはこれも時代の流れかと少し寂しそうに呟いた。
「『パーネ』はどうする?」
「止めとく、不味いんならまくらいたくね」
「まぁ方向も違うしさぁ、ついでに『オクトゴーヌ』にも行ってみるかい?」
「『オクトゴーヌ』? 何だそれ?」
「教会近くのペンションだ、従業員さんは全員二十代のイケメン揃いだべぇ」
イケメン揃い……妊婦とは言え独身でお年頃のまどかは「オクトゴーヌ」に興味津々だ。この日は日曜日、女性陣は休日となっているので朝から路面電車に乗って出掛けることにする。
「街の雰囲気だいぶ変わってんべ」
まどかは八年振りに散策する街を楽しそうに見回している。
「新幹線開通のお蔭だべさ、久し振りに活気付いてる」
ずっとこうだと良いけど……永らくの不景気を見てきている香世子にとっても地元の活性は喜ばしいことだった。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさぁい」
赤岩の妻である香世子は、普段と変わらない調子で帰宅した甥っ子を迎え入れた。
「“まどか”は?」
「お風呂入ってんべぇ」
彼女は独特のおっとりした口調で受け答えをする。村木は電話で聞いている内容と彼女の態度が違いすぎて、少しばかり解せないと言いたげな表情を見せた。
「アイツ妊娠してるって……」
「んだぁ、二十五週目だってさ。お腹もでっかくなり始めてる」
村木にしてみれば衝撃的な話なのに、香世子の口から紡がれる言霊には緊張が全く感じられない。
「えっ? なしてだ?」
「なしてぇ? こかれても男の方とセックスしたからしょ?」
「いや、そういうことでねくて」
欲しい答えが返ってこないことでイライラする村木は、どう納得してよいものかと思案しているところに別の部屋から赤岩が姿を見せた。
「そのイライラ、“まどか”にぶつけんでねえぞ」
「したってさ、いきなり妊娠てなしてだ?」
「しゃあないべ、デキたもんとやかくぬかすでね。本人は産んで育てるって決めてるしたから尊重してやるべきだ」
「それは構わんしたって、父親にあたる男は何してんだ?」
「別れたってこいてる。詳しい事情は俺にも分からん」
赤岩は“まどか”という女性の選択を受け入れる心づもりの様子で、その事に関する異論は勿論無い。しかし彼の頭の中にはいくつかの『なして?』が癖のように涌いてきて、それを解決しておかないと気持ち悪くて仕方が無い。
「仕事は?」
「辞めた、ぬかしてる」
「親にはくっちゃってんのかい? まぁ物別れしてそうしたけどさ」
その問いには赤岩も困った表情を見せてまぁなと答える。
「さっき姉さんに電話したら『もうちょびっとなりふり考えれ』とさ」
「それしかぬかすこと無えのかい? したっけ兄貴らは?」
「カズアキんとこは転勤さ決まってわやにしてるらしくてな、ヒデツグんとこは本人が出張で留守だったんだと。あそこも嫁さん身重したっけ、さすがにこけんかったとさ」
「二人とも家庭があるしたからしゃあないかぁ」
村木は諦め口調でそう言った。
「まぁ小樽に居たしたから近くの札幌を頼るんは普通の事だべ」
「問題は姉さんだべ」
赤岩は一つため息を吐くと、お風呂いただきましたぁ!女性の明るい声が響き渡る。キッチンに居た香世子が風呂場へと走っていったので赤岩が代わりにキッチンに入った。
ここ『赤岩青果店』を訪ねた“まどか”という名の妊婦は村木の二つ年下の妹で、専門学校を卒業して小樽の観光名所で土産物屋の販売スタッフとして働いていた。彼女は幼少期から男の子たちとよく遊ぶお転婆娘で、すぐ上の兄である村木とは気が合い仲が良かった。その性格が一時期ヤンチャな方向に進行して両親とは事ある毎に衝突を繰り返していた。
彼らからしてみれば一人娘ということもあってか何とかおしとやかに育てたかったようなのだが、社交的で逞しい彼女は人に好かれて友達も多かった。時折すっとんきょうな行動を起こして周囲を困惑させる事もあるのだが、村木は兄としてそんな妹が可愛くもあり誇らしくも思っていた。
この日から村木まどかはこの街での生活をスタートさせ、早速店の手伝いをするようになった。販売員としての経験を活かし、社交的な性格の彼女は従業員にも常連客にも好かれてすぐ生活にも馴染んでいく。表向きは元気そうにしていたが、それでも顔色がすぐれないのを気遣う香世子は何かと世話を焼き、病院へも付き添っている。
「私妊娠検診の経験さ殆ど無いしたって、どうも時間が長いような気もするんだべねぇ」
かつて二度妊娠したものの、週の浅いうちに流産していた彼女は不思議そうに首を傾げた。
「本人は何て?」
「『至って順調!』ってこいてる。踏み込んで聞いたらかえって警戒されそうでさぁ」
この話は赤岩夫妻の間で留めておくことにし、二人は姪っ子からのアクションを待つ事にした。
「カヨちゃん、どっか美味いパン屋さん、知らないかい? 」
まどかは小さい頃からパンが大好きで、徒歩圏内で行けるパン屋が無いためか禁断症状にも似た感じでパンを欲していた。しかもスーパーやコンビニで売っている物ではなく、パン屋の物をという妙なこだわりを持っている。
「したら『アウローラ』が良いんでないかい?四月にオープンしたばっかししたって、今じゃ『パーネ』よか人気あんべぇ」
「『パーネ』の評判ここんとこがた落ちだべ、小樽でも専らの噂だ」
こしあんパン好きだったんだけどなぁ……まどかはこれも時代の流れかと少し寂しそうに呟いた。
「『パーネ』はどうする?」
「止めとく、不味いんならまくらいたくね」
「まぁ方向も違うしさぁ、ついでに『オクトゴーヌ』にも行ってみるかい?」
「『オクトゴーヌ』? 何だそれ?」
「教会近くのペンションだ、従業員さんは全員二十代のイケメン揃いだべぇ」
イケメン揃い……妊婦とは言え独身でお年頃のまどかは「オクトゴーヌ」に興味津々だ。この日は日曜日、女性陣は休日となっているので朝から路面電車に乗って出掛けることにする。
「街の雰囲気だいぶ変わってんべ」
まどかは八年振りに散策する街を楽しそうに見回している。
「新幹線開通のお蔭だべさ、久し振りに活気付いてる」
ずっとこうだと良いけど……永らくの不景気を見てきている香世子にとっても地元の活性は喜ばしいことだった。
0
あなたにおすすめの小説
二十五時の来訪者
木野もくば
ライト文芸
とある田舎町で会社員をしているカヤコは、深夜に聞こえる鳥のさえずりで目を覚ましてしまいます。
独特でおもしろい鳴き声が気になりベランダから外を眺めていると、ちょっとしたハプニングからの出会いがあって……。
夏が訪れる少し前の季節のなか、深夜一時からの時間がつむぐ、ほんのひと時の物語です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる