ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

文字の大きさ
66 / 174
宝物

その四

しおりを挟む
 「「「「「……」」」」」
 彼女の表情を見た五人からは先程までの笑顔が消えた。何の返事も出来ず彼女の後に続き、ずっと開けられる事のなかった手術室に通される。
 先程一人で新生児室にいたはずの角松も既にやって来ており、沢山の管を付けられて横たわっているまどかに心臓マッサージを続けている男性医師をじっと見つめていた。
 「……もう、結構です」
 赤岩はピクリとも動かない姪っ子を悲痛な表情で見つめ、医師による蘇生をやめさせる。もう助からない……覚悟を決めてというよりは、この肉体に魂が宿っていないことを悟った上での決断だった。
 赤岩の言葉で男性医師は心臓マッサージをやめる。いくら暖房が効いているとは言え十二月、本腰で行われる心肺蘇生の重みを物語るかのように彼の体は汗でびっしょり濡れていた。
 それでもやるべき仕事がまだ残っている。額から垂れる汗をタオルで拭い、胸のポケットからペンライトを取り出して患者の瞼をめくり瞳孔のチェックを行う。心拍数を示すメーターは無情にも横一線で僅かな波も見せず、左手首にはめている腕時計を見て非情とも言える現実を告げた。
 「十一時七分、ご臨終です」
 
 その後会議室のような部屋に集められた六人は、まどかの死因についての説明を受けた。
 「上腹部を擦っていた事、溶血……出血が止まらない症状が見受けられた事でHELLPヘルプ症候群と診断致しました。治療と致しまして……」
 かねてよりまどかが子供の命を最優先にする事を決めていたのは周知の事実で、緊急事態の際は帝王切開で先ずは子供を取り出す手はずであるという説明は事前に受けていた。
 腎疾患がある以上、予測可能な限りの事態を想定して細心の注意を払ってきた。ところが更なる合併症として腎不全を引き起こしてしまい、結果的にその事が直接の死因となったという診断だった。
 医師からの説明を終えて部屋から安置室に向かう途中、当分忙しなくなんべと衣子が呟く。
 「そうですね……ところで宗教は?」
 「○○宗だべ、けど元々お世話んなったお寺さんを呼ぶにしたっけ、往復九時間もかかるし移住しまってるしたからさ」
 「○○宗したら金碗さんとこと同じだ、私で良ければ早速話してくんべ」
 女性陣二人は早速葬儀に向けての会話を始める。
 「助かんべ、わちもご一緒してええかい?」
 「是非お願いすんべ。遠君は親戚に、礼はご近所さんに報してけれ」
 「「おぅ……」」
 まだ感傷から抜け切れていなかった赤岩と村木は、気のない返事をしつつもケータイをいじり始める。
 「ジジアンタもだよ、ほれしゃんとしな!正はなるべくまどかの側にいてやんな、喪主したからこん後嫌でも忙しなくなんべ」
 女性陣がきびきびと動く中、男性陣の足取りは重く角松のみを病院に残してそれぞれの役割をこなしていく。

 村木によってまどかの訃報を知った『オクトゴーヌ』の面々の間でも重苦しい雰囲気が漂っており、全員が厨房に集まって接客では見せられない暗い表情をしている。
 「……何か、実感湧かねぇな」
 「うん」
 小野坂の言葉に川瀬が頷く。
 「まどかさんがいらっしゃるの、当たり前になってましたもんね」
 きょうだいを亡くした経験のある根田はしょんぼりとした表情を浮かべている。
 「通夜か告別式、どっちかには出たいよな」
 「せやったらカフェを臨時休業にしよ、明日から二日……友引があるから三日にしといた方がええかな?」
 堀江はそう言いながら、厨房と事務所を繋ぐドアに貼られているカレンダーを見てさっさと事務所に入る。
 「礼の奴大丈夫かな……?あれで結構メンタル弱いから」
 普段は邪険に扱っていても親友なだけあって気になってしまうのだろう、ちょうど手空きになっているのをいい事にポケットからケータイを取り出す。
 「今はやめておいた方がいいですよ」
 「ん?メールなら構わなくねぇか?」
 「お葬式って案外バタバタするんです。近しい人が亡くなって精神状態が安定しない状況の中で、次から次へとやる事があって休むに休めないですから」
 これは根田自身にも憶えがあった。相手は親切で励ましや慰めのメールを送ってきてくれていたのだが、ある意味異常な精神状態の中で一大行事の渦中にいたせいかそこに構えず既読無視状態を続けたことで、変な誤解を招いて面倒な事になるケースを経験していた。
 「ん~、アイツの性格だとかえって気を揉ませるか」
 「礼さんならご自分から意思表示なさいますから、それを待ってからでもいいと思いますよ」
 「そうだな……」
 小野坂はケータイをポケットに仕舞い、無人となっているフロントに出るとまるで見計らったかの様なタイミングで雪路がやって来た。
 昼にしても早いなぁ……そう思ったがそこには触れず、いらっしゃいませ。と普段通りに接客すると、彼女はその場に立ったままぽろぽろと涙をこぼし始めた。
 「ユキちゃん?」
 「まどかちゃん……何でなん?」
 『アウローラ』にもまどかの訃報が届いた事で雪路はショック状態になっていた。この街に来て初めて出来た同性の友達だっただけに、思わぬ形で居なくなってしまった事を受け入れられずにいた。
 こんな時どうしたらいいのか……?小野坂にも分からなかったが、今にも崩れそうになっている雪路の側に駆け寄り、一番近くの椅子に座らせた。両手で顔を覆って嗚咽を上げて泣いている彼女の二の腕にそっと手を添え、宥めるように優しく擦るとどうにか泣き止んで嗚咽は治まった。
 「ホットミルク淹れたから取り敢えずひと息つこう、僕も正直気持ちがざわついてて……慣れないよこういうの」
 川瀬が厨房から出てきて五人分のカップをカウンターに並べていき、根田もそれに合わせてカウンターにやって来た。
 「まだ営業中だろ?」
 「仁君『明々後日まで臨時休業』って貼り紙出してとっとと店じまいしちゃったよ。チェックインまでにはもうちょっと時間もあるし、これくらいはいいんじゃない?」
 「早いな……」
 思わず苦笑いした小野坂自身も精神的に浮足立っていて、普段しないミスを犯しそうな怖さもありこの決断はむしろありがたかった。
 「んで仁は?」
 「電話中です、多分礼さんだと思いますよ」
 なら葬儀の日取りの話かと一同は納得の表情を見せた。
 「そっか。んじゃ飲みながら待つか」
 「そうだね、仁君は猫舌だから逆にちょうどいいんじゃない?」
 この頃になると雪路も浮かない表情こそしていたが、幾分落ち着きを取り戻していた。堀江以外の四人で先にホットミルクを飲んでいると、電話を済ませた堀江が事務所から出てきて集団の輪の中に入る。
 「葬儀の日程決まったって。明日が通夜で、友引避けて明々後日に告別式やって。場所は○○寺」
 「あぁ、金碗家と同じ宗派だったんだな」
 「みたいやね。通夜は悌君と俺、告別式は義君と智君とで参列しよか」
 「うん、通夜の時間帯だと夕食時と被るからね」
 「ですね、さすがに義さんは抜けられないですよね。ユキちゃんはどうするの?」
 「私は両方参列するつもり、お兄ちゃんにも一応許可は貰うてる」
 雪路は根田の問い掛けにそう返事し、手にしていたカップをカウンターに置いて四人の顔をじっと見つめていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二十五時の来訪者

木野もくば
ライト文芸
とある田舎町で会社員をしているカヤコは、深夜に聞こえる鳥のさえずりで目を覚ましてしまいます。 独特でおもしろい鳴き声が気になりベランダから外を眺めていると、ちょっとしたハプニングからの出会いがあって……。 夏が訪れる少し前の季節のなか、深夜一時からの時間がつむぐ、ほんのひと時の物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

借りてきたカレ

しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて…… あらすじ システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。 人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。 人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。 しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。 基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!

処理中です...