ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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門出

その四

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「今何ぬかそうとした?」
 村木村木の声は普段よりもやや低めで多少の怒りが込められていた。睨むというほどではないが、険しい目つきで堀江を見上げる。
「神父さんの代役が俺に務められる訳無いやんか」
「そったらことなしてこけんだべ?」
「俺は前科モンや、この手で人ひとり殺してる。結婚式いう神聖な場所におられるだけでもおこがましいのに……」
 その言葉に村木は方をすくめてため息を漏らした。
「馬鹿なんかいオメエ、そったらくだらん理由がオレに通用するとでも思ってたんかい?」
 どこがくだらんのや? 自身の罪の重さを甘く考えるなと苛立ちにも似た感情が堀江の中に湧き上がる。
「この大事な門出に俺が神父代わりなんて新郎新婦が望む訳……」
「それこそたくらんけな発想だべ、智がそったらこと気にするとでも思ってたんかい? したらなまら見当違いだべさ」
「……」
「今日ここに集まってる人らは誰もそったらこと気にしねえべ。ごんぼほる奴がおったら追ん出してやるさ」
 村木は堀江の手を押し返した。その熱意に負けた堀江は分かったと頷いた。
「ただ智君が難色示したらその場で中止するで」
「間違いしたってそったらことにはなんねえさ、したら頼んだべ」
 村木は満足げな表情で事務所を出て、出番を控えている新郎新婦の元へ向かった。大役を請け負うことになった堀江は、事務所を出てフロントに立つ。
「急なことではありますが、本日お呼びしていた神父さんが体調不良で来られなくなったと連絡がありました。力不足ではございますが、私堀江が代役を務めさせて頂きます」
 そう告げた堀江を参列者全員が温かい視線を向けて頷いてみせた。これまで準備に大わらわだった『オクトゴーヌ』『DAIGO』『アウローラ』のメンバー全員がフォーマルウェアに着替えている。飯野、調布両家の他に赤岩家、鵜飼家、角松家、塚原父子、キーボードを設置してスタンバイしている里見、そして尼崎夫妻も招待客として参列していた。
 堀江がフロントに立ったのを外から確認した村木が角松に合図を送り、彼がそれに合わせてドアを開けると白のタキシードを着た小野坂とウェディングドレス姿の夢子が姿を見せた。
 里見がキーボードで奏でるウェディングソングが館内に響く中を、新郎新婦がゆっくりと歩いていく。二人の姿にどこからともなく拍手が沸き起こり、この晴れて夫婦になることを祝福する。
 二人はフロントにいる堀江の前に立つ。堀江には視界に入るこの世界が幻覚なのではないかという感覚に陥っていた。目の前にいる新郎新婦の誓いを見届けるのが自身で良いものか……そんな迷いが頭をかすめた。
「仁」
 堀江の迷いを見透かしたかのように小野坂が声を掛けた。
「俺たちは今日から夫婦としてこの街で生きていく。ここで誓いを立てて、今後どんな家庭を作っていくのかお前に見届けてほしいんだ」
「えっ?」
「何か余計なこと考えてそうだからさ。あいつは端からこうするつもりだったんだよ」
 小野坂は村木ならこうするであろうとどこかで予測していた。自身にとって最も良い結婚式にしようとするならば、これくらいのことはしでかすとさほどの意外性は感じていない。
 彼の言葉で吹っ切れた堀江は、封書を開けて便箋を取り出した。四等分に折られた紙を広げて書かれた内容に目を通してすぐに元の封筒に仕舞い直した。
「智君。夫たる者よ。汝、健やかなる時も、病める時も、常にこの者を愛し、慈しみ、守り、助け、この世より召されるまで固く節操を保つことを誓いますか?」
「誓います」
 小野坂は決意を固めた凛々しい顔つきで頷いた。
「夢子さん。妻たる者よ。汝、健やかなる時も、病める時も、常にこの者に従い、共に歩み、助け、固く節操を保つことを誓いますか?」
 夢子は瞳を潤ませながら一度小野坂の横顔を見た。
「誓います」
「では、指輪の交換を」
 堀江は預かってたジュエリーボックスの蓋を開ける。先に小野坂が新婦の左手薬指に指輪をはめ、続けて夢子が新郎の左手薬指に指輪をはめた。
「今、この両名は天の父となる神の前に夫婦たる誓いをせり。神の定め給いし者、何人もこれを引き離すことあたわず」
 続けて向き合っている新郎新婦に両手を握らせ、その上に右手を乗せる。
「愛は寛容であり、愛は親切です。また人を妬みません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます」
 ここで一度呼吸を置いて新郎新婦を見る。二人は互いを見つめ合い、改めて愛を確認しているように見えていた。
「全てを我慢し、全てを信じ、全てを期待し、全てを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません」
 堀江は思わぬ大役をやり遂げた安堵感を胸に二人から手を離す。
「ありがとう仁」
「おめでとう智君、夢子さん」
 夢子は晴れて愛する人の妻になれた幸せを噛みしめて涙をこぼす。小野坂はこの日妻に迎えた最愛の女性に向き直った。
「良い家庭作ろうな」
「うん」
 二人は体を寄せ合って互いのおでこをくっ付け合う。改めて生涯の愛を誓い合う新郎新婦の姿を、参列者たちは微笑ましく見つめていた。
「智、夢子さん、これ頼むわ」
 フォーマルスーツ姿の嶺山と日高が三段重ねの特大ケーキを新郎新婦の前に置く。飾りリボンを巻いたナイフは凪咲が持ってきた。
「夫婦になって最初の共同作業だって、上手くやんなさいよね」
「何で上から目線なんだよ?」
 ナイフの柄を二人に向けてから手渡したが、この場にはふさわしくない不機嫌顔だ。
「多少怒ってはいるんだからねッ、どうしてアタシのこと話してくれてないのよッ?」
「必要無ぇだろ、会うことも無いと思ってたから」
「ひっどいこと言うわよね、連れ子同士って言ったってアタシらきょうだいじゃない。紹介なんてしなくていいけどいることくらい公表してくれてもよかったんじゃないの?」
「今日一日で認知されたからいいだろ」
 小野坂は面倒臭そうにしながらナイフを受け取った。この二人は仲の良し悪し以前にほとんど面識が無く、面と向かっての対話も数える程だ。しかし物怖じしない凪咲は初対面時からこの調子で、父の再婚によって兄ができたと喜びを隠さなかった。
 彼女とはほぼ真逆の性分である小野坂は、自身のテリトリーにズカズカと入り込む凪咲に苦手意識があった。箱館へ渡り村木と知り合ったことでかなり慣れてきたが、最初にきつく当たったせいで突っ張った態度が抜けきれないでいる。
「でもお兄ちゃんちょっと丸くなったね」
「そうか?」
 これまで自分がどんなに突っ張ってみせても無邪気なまでに寄ってくる義妹いもうとが煩わしくて仕方が無かったのだが、この日ばかりはその無邪気さにありがたさすら感じていた。
「うん。北海道ってどんな人でもおおらかにする力があるんだろうね、知らないけど」
「適当かよ?」
「専門家じゃないから適当に決まってんじゃない。そんなことよりさっさと切りなさいよ、ケーキ」
「お前が横でベラベラ煩くしてるからだろうが」
 好き勝手振る舞う凪咲に呆れた小野坂は、隣にいる妻にゴメンと目配せする。夢子は夫に笑顔を向けて首を振り、左手をナイフに添えた。
「ケーキ入刀始まるよ、撮影したい人こっちに来て」
 二人で一本のナイフを持って特大ケーキの前に立ち、小野坂は左腕を夢子の腰に回して優しく体を引き寄せる。ケーキを見つめる新婦はジュエリー以上に輝く笑顔を見せて、二人でケーキにナイフを下ろした。
 最初に二人で食べる分をカットして嶺山が用意していた皿に乗せる。それを小野坂が受け取り、フォークで一口分を切り分けてから夢子の口元に運んだ。今度は夢子が皿とフォークを持ち、一口分にカットして小野坂に食べさせた。
 その瞬間を逃すまいと参列者たちはケータイやカメラを新郎新婦に向けている。特に鵜飼の父泰介は、写真が趣味とあって一眼レフのデジタルカメラと三脚を持参する熱の入れようであった。
「後で何ぼでも焼き増しするべ」
「張り切り過ぎだべ父ちゃん……」
 毎度のこととは言え、誰よりもはしゃいでいる父に鵜飼は半分呆れている。堀江は泰介に歩み寄ってアルバム用と『離れ』用に貰えないか? と交渉した。
「そんだけでいいんかい? 百枚でも二百枚でも用意すっぺよ」
「そったら量要らねえべさ、何考えてんだい?」
「取り敢えず二枚で。追加が要りそうであればご連絡致します」
「ん、分かった」
 泰介は嬉しそうに返事してから再びカメラを構え、新郎新婦以外の参列者たちの表情も収めていた。号泣している調布智之、笑いながら宥めている妻美乃、仲良くケーキを食べている飯野夫妻といった親族はもちろん、シャンパン片手に盛り上がる村木ら式の設営メンバーのはしゃぐ姿にもレンズを向けている。
「ハンドメイドの良い式だべ」
 泰介はそう言いながらシャッターを切る。
「ん」
 鵜飼は父の隣に立って遠巻きで眺めている。
「アンタ混ざらんでいいんかい?」
「ん、見ささってる方がオモロイべ」
「そうかい」
「ん、さっき撮ったん後でけれ」
「おっ」
 息子の言葉に泰介のカメラマン熱が更に増していった。

 堀江は一人カウンターテーブルに戻って取り分けられたケーキを食べている。楽しそうにキーボードを演奏している里見と体を揺らしてリズムを取っている根田、どこに隠し持っていたのか里見の演奏に合わせてギターを爪弾く尼崎成義シゲヨシとその曲に合わせた英詩で歌う妻五十鈴イスズの姿を見て急激に視界が歪んだ。
 その状態を飲み込もうと大きめに残っていたケーキを一口で全て収める。口の中に入ったケーキはほろほろと溶け、甘さの中にしょっぱさも入り混じってきた。
 彼の頬に熱いものが伝い、その時初めて涙を流していることに気づく。最高潮の盛り上がりを見せているこの場で自身の泣き顔を見せたくなかったので、一人こっそりと事務所から外に出てこらえていたものを吐き出した。
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