ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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乱入

その五

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 侵入者は悌吾カケハシサトシと名乗った。彼は兵庫にあるとある企業経営者の専属料理人として住み込みで働いているのだが、ある日突然ヤクザ風情の男たちに付け回されるようになった。
「何したら玄人に目ぇ付けられんだよ?」
「それが……」
 その少し前、電車に乗っていた時痴漢現場を目撃し、被害女性を救出して犯人を駅員に突き出した。被害直後の彼女を放置できず自宅近所まで送り届けたまでは良かったが、それに合わせたかのように連日行く場所行く場所で後を付けられ始めた。
 警察に相談しても大柄な彼は『自分でどないかせぇ』と相手にされず、ストーキング行為も徐々にエスカレートして職場周辺にまで実害が出るようになっていた。同僚たちへの申し訳無さから居づらくなり、自分がいなくなればと逃亡劇を繰り広げて気付けば北海道に降り立っていた。
「このご時世国内じゃ巻き切れねぇぞ」
「多分無理や思います。最悪殺されるかも……」
「その前に警察行けよ、さすがに何かはしてくれるだろ」
「職場に迷惑は……」
 というよりも一度跳ね返されている不信感の方が強かった。
「そこは命優先しろって、せめて職場には連絡した方がいいんじゃねぇのか?」
「ケータイ無くしたんです、道すがらで」
 今や命の次に大事とも言えるケータイを無くしたと言う割に、悌自身は平然としている。
「おいおい、結構な無くし物だぞ。何呑気そうにしてんだよ」
「大丈夫です、ペイとかしてませんしロックは架けてますんで」
「そういうことじゃなくてさぁ。連絡先覚えてるんならそこの電話使えよ」
 奥に鎮座している黒電話を指差した小野坂の言葉に悌は首を横に振った。
「なるほどな」
 彼自身も思い当たり過ぎるので仕方が無いと納得する。さてどうするか……と思案し始めたところで玄関からチャイムが鳴った。
「どなたかしら? こんな時に」
「多分警察だよ。あんたが刃物持ってたのは俺以外にも見てる奴いるから」
「まぁ……しょうがないです」
 悌は殺されるよりはマシだと諦めたように項垂れた。
「どうしてそんなことしたのよ?」
 夢子は知らないところでの対応に不満げな表情を見せる。
「いや普通のことだろ、取り敢えず出るよ」
 小野坂は玄関にあるテレビドアフォンで来客を確認すると、箱館市警の渡部、阪田、そしてなぜか堀江の姿もあった。何で仁? そう思ったが、案外渡りに船かもと三人を迎え入れることにした。
「箱館市警です。このところ続いてますね」
「面目無いです」
 阪田と小野坂は苦笑いを向け合うしかなかった。刑事二人と堀江は『離れ』に上がり、夢子と悌に警察手帳を開示した。
「悌吾さんですね。兵庫県警から連絡がありまして」
「えっ?」
「『播州建設』さんが捜索願を出されていると」
「あっ……」
 悌はバツが悪そうに表情を歪めた。
「ひょっとして職場か?」
 そう尋ねたのは小野坂ではなく堀江であった。声に反応して顔を上げた悌は、懐かしむように少し目を細めた。
「まさかここで会うとはな、出所したとは聞いとったけど」
「出所してすぐ移住したんや」
「そうか、元気そうやな」
「あら、お知り合いですの?」
 夢子は目の前の再会に微笑みを浮かべている。
「えぇ、古い知り合いです」
 二人は京都にいた頃の悪友同士であった。企業経営者の一人息子である堀江と公務員家系の中で育った悌は、良家のしがらみに合わぬ者同士馬が合いよくつるんでいた。
 堀江はミサと交際を始めてから真面目に働くようになり、悌も調理学科のある高校に進学して直接会う機会はぐっと減っても連絡のやり取りは続けていた。
「ごめん、連絡途絶えさしてしもて」
「そんなん構へん、俺も色々あったから」
 再会話に花が咲きそうな状況を阪田が割って入る。
「積もる話もお有りでしょうが、『播州建設』さんに悌さんがここにいることは報告致します」
「えっ?」
「それは一応義務ですから。ただ強制送還の権限はありませんので要件は以上です。あと刃物を持った男がこの辺りをうろついてると通報があったのですが……」
 刃物と聞いた小野坂はチラとリビングテーブルを見ると、悌が持っていたはずのナイフはその場からきれいに無くなっていた。
「あの実は……」
 と正直に白状しようとする悌の腕を掴んで黙らせる。
「こいつ逆恨みでヤクザ風情の連中に追われてるらしくて」
「それは兵庫県警から情報を頂いております。恐らくはそいつらかと……」
 と言った渡部の上着のポケットからバイブ音が鳴り、おもむろにケータイを取り出してちょっと失礼と通話に出た。緊迫した面持ちで短い通話を終わらせると、ケータイを仕舞いこちらに向き直った。
「レンガ倉庫付近で不審者を取り押さえたと。これで一旦は解決しましたので私たちはこれで失礼します」
「すみませんお騒がせしました」
 悌は刑事二人に頭を下げた。
「なんもなんも。ただ直接連絡した方が良い気はするべよ」
 北海道出身の阪田は方言で悌を諭してから『離れ』を後にした。これでどうにか逃亡劇は終息を迎えられそうだとその場にいた全員が安堵して大きく息を吐く。
「ほな行きますわ、お騒がせしました」
 ひとまずは追われる心配の無くなった悌は、用は済んだとケロっとしていた。
「戻るんか?」
「おぅ、あんな形で出て行ってしもとるから謝罪はちゃんとしとかんと」
「そういうのは早い方がいい、あんま時間置くと行きづらくなるからな」
 小野坂は過去の自身を悔いる気持ちを乗せて言った。
「ですね。ケジメだけは」
 堀江と小野坂は悌の言い分に賛同して玄関まで見送ろうとすると、お待ちになってと夢子が引き留めた。
「せめてお食事だけでも召し上がったら?」
「俺は客やありません。それよりナイフ返してください」
 悌は大きな手を夢子の前に差し出した。
「そうは参りません、どうぞごゆっくりなさって」
「ナイフは返してやれよ」
 小野坂は妻の言動にため息を吐く。
「そうですか、ならそちらでご自由に処分してください」
「それはそれで迷惑なんだけどな」
 小野坂は人様の物を返さない妻に非があるので強く言い返せずにいる。夢子は幼少期からピントのずれたところがあり、このところ更に拍車がかかっているようで夫である彼自身ですら付いていけない時があった。
「お察しします」
「……」
 悌の呟きに小野坂は失笑するしかなかった。いずれにせよ留まる気は無いと玄関で靴を履いていると、黒電話がけたたましく鳴り響いた。世代的に聞き慣れぬ音に驚いた悌は体を震わせて振り返る。
『もしもし、先ほどはどうも……』
 電話には堀江が出ていた。
「何や電話かいな……」
「馴染み無ぇとビビる音だろうな」
「はい、あんな大きい音するんですね。すみませんお邪魔しました」
 悌はぺこりと頭を下げた。
「元気でな」
 こうして侵入者は穏便に……とはいかず、受話器を置いた堀江が玄関に駆け寄った。
「ちょっと待て吾! 状況が変わった!」
 堀江は普段以上に砕けた口調で悌を呼び止める。彼の過去を承知している小野坂はともかく、夢子は侵入者と遭遇した時以上に驚いた表情を見せていた。
「堀江さん?」
「何や仁? 血相変えて」
 むしろそちらに馴染みのある悌は平然としている。
「『播州建設』の社長さん、こっちに来る言うてるらしい。せやからそれまでここにおってくれ」
「マジかいな」
 出て行く気満々だっただけに、一気に脱力感を覚えてその場に座り込んだ。
「こうなっちまったらしょうがねぇ、入れ違うよりマシだ」
「ですね……」
 結果的に足止めを食らった悌は再び『離れ』に舞い戻る。
「まぁ。でしたらお食事にしましょ」
 夢子は嬉しそうに持参していた四角の箱をリビングテーブルに置く。一方の悌はその姿を見てうんざりしていた。
「どないしたんや?」
 表情の暗い友人に堀江が声を掛ける。
「俺ああいう女苦手なんや……」
「せやったな」
 二人は小野坂夫妻に悟られぬようこっそりと苦笑いを浮かべていた。
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