ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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換気

その二

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 採用試験が始まって約二時間が経過し、義藤はまず奥の一部屋をきれいに空けて掃除を済ませていた。
「何でこんなにベッドがあんの?」
「ペンションで使うてたベッドやねん。これを組み立てたら最大三十二名泊まれるようになってるんや」
「そうなのかぁ?」
 部屋の外に放り出してあるベッドの組み立て部品の一つをさっと拭く。
「今年は使うことになりそうなんやけど、それは別の日を設けてあるからとにかく今日中に二部屋空けよ」
「うん……ただ腹減ったなぁ」
 その言葉に合わせたタイミングで昼のサイレン音が鳴った。
「ほなお昼にしよか、賄い取ってくるから手ぇ洗うてき」
「うんっ」
 義藤はお昼お昼♪ と鼻歌を歌いながらバケツを持って一階に降りていく。堀江もそれに付いていき、キッチンで手を洗っていると根田が気を利かせて三人分の賄い飯を持って『離れ』に入ってきた。
「お昼持ってきましたぁ、一緒に食べましょ」
「ありがとうスナオ君」
 堀江はそれを受け取ってそれぞれに配膳していく。一階の洗面所から移動してきた義藤は、賄い飯を見てうひょー! と声を上げた。
「うんまそーっ♪」
「今日は忠さんが作ってくださいました。義さん今がピークなので」
「そっか、じゃ食べよか」
「ハイ」
 根田は大きめの急須にポットの湯をなみなみと入れてからテーブルの中央に置く。堀江は色が付いただけの薄いものを好むのでさっさと自前のカップに茶を淹れた。
「義藤さんはどうされます? ボクは濃いのが好きなのでもう少し待ちますけど」
「じゃあ今のうちに淹れとく」
 と自身で湯呑み茶碗に茶を淹れた。根田はそれから更に二分ほど待ってから、しっかりと色の付いた茶をマイカップに注ぎ入れた。三人は同じタイミングで手を合わせてから食事を始める。
「美味ぇ! 旦那『菓子作りの方が得意』って言ってたのに」
「えぇ、忠さんはオールマイティーですよ」
「さすが旦那っ、この味付け結婚式ん時食った!」
 義藤は、ブロッコリーと海老のガーリック炒めをパクついている。
「そんなん覚えてんの?」
「おぅ。変わってるらしいんだけどさ、オレ記憶の持続力があるみたいなんだ。だから味とかもある程度の年数は覚えてられるんだよ」
「へぇ。生まれた瞬間の記憶とか持ったまま大人になる方たまにいらっしゃいますよね? そういう類なんでしょうか」
「多分。オレも覚えてるよ、飯ん時にする話じゃないから別の機会にってことで」
「興味はあるけどそれもそうやな」
 と和やかな雰囲気の中、普段は一度自宅に戻る北村が珍しく賄いを持って『離れ』に入ってきた。
「こんにちは、わたしも混ぜてもらっていいかい?」
「「もちろんです」」
「皆で食べよみっちゃん」
 彼女はその他にもパンを幾つか皿に乗せており、根田の隣の席に落ち着いた。
「そのパン買われたんですか?」
「いんや新作の試食用だべ。まくらうかい?」
 北村は全員に届くようパンの皿を中央に置く。
「遠慮無く頂きます」
「ハイ、ありがとうございます」
「わーい、ありがとみっちゃん」
 三人はそれぞれ一個ずつ見慣れぬパンに手を伸ばした。堀江が手に取ったパンは粉チーズが振ってあるやや固めのもので、中にはプチトマトが丸々一個入っていた。
「ニンニクが効いてますね」
「ウチの常連さんニンニク好きみたいなのさ、したからコレは一定数の売上が見込める思うべ」
 堀江はそれをあっという間に平らげる。味わっていない訳ではないのだが、早食いは時として誤解を招くこともある。
「仁っちぃ、ちゃんと味わってる~?」
「うん、そのつもりやけど」
「にしても飯早すぎだよぉ。胃に負担がかかるって父ちゃんも言ってたぞ」
「旦那もだべ、しょっちゅう胃が痛ぇこいてるさ」
「う~ん」
 二人の言葉に堀江は腹部を軽くさすると、根田がその動きを見てくすっと笑った。
「休みの日だけでもゆっくりお食事されてはいかがでしょうか?」
「うん、そうするわ」
 堀江は息を吐いてお茶をすする。義藤はレモンの形をしたパンを食べていた。
「レモンと言ったら広島だよな」
「ん、森君とこの嫁さんのご実家が広島のレモン農家なんだべ。本人は『パーネ』へ行かさったけどさ、ご家族は今でも時々買いに来てくださるしこうして協力もしてくれんだべよ」
「そうなんですね」
「ん、そのお陰でこれが出来らさったのさ」
「うん、夏に売れそうだよな。冷やしたらもっと美味くなると思うぞ」
 義藤はそれっぽいことを言いながら美味しそうに食べている。根田は砂糖のかかったひねりのある棒状のパンを食べていた。
「これは索餅さくべいでしょうか?」
「ん、そったらことこいてたべ。揚げパンみたいでシンプルしたから祭り向きかも知んないべ」
「確かにシンプルですね、食べるのは初めてですが中華街で売ってそうな揚げパンに似ていますね」
 根田も索餅を完食し、残りの賄いも平らげてからごちそうさまでしたと手を合わせた。
「そう言えば三階を二部屋空けることになってるんですよね?」
「うん、一部屋空いたで」
「えっ! ホントですかっ?」
 三階の鬱蒼振りを知っている根田は本気で驚いている。
「見てくる? 採点がてら」
「ハイ、行ってきます」
 と嬉しそうに立ち上がり、食器を片付けてから三階に上がっていった。
「仁っち、そろそろ始めない?」
「休憩も仕事のうち、時間内はきっちり休むこと」
「はぁい」
 それでも掃除を始めたそうにしている義藤を見ていた北村は若いっていいね、と笑う。
「私らみたいなオバちゃんになるとどう休むか頭ひねってるべよ」
「オレも学校ではそうだったけど掃除は別だよ」
「掃除、好きなんかい?」
「うんっ! やったらその分の頑張りが見えるし、キレイな場所で過ごした方がウィンウィンじゃんか」
 義藤は結局待ちきれないと食器を持って立ち上がった。
「これ洗ったら行くぞ仁っち!」
「今日は疲れてないからええけども……」
 義藤につられ、結果的に休憩時間が短くなった堀江は失笑しながらも付き合うことにする。義藤は口数こそ多いが、仕事は黙々とこなしていくタイプであった。洗い物も同様ほとんど音を立てず、手早く済ませて嬉々として三階に上がっていく。「あん子、ようくっちゃる割に仕事は丁寧だべね」
 北村は息子を見るような眼差しで若者の後ろ姿を見ている。
「えぇ、それは感じました。試験が始まると必要以外のことは喋りませんでしたね」
 堀江は彼の口数の多さがネックになるであろうと考えていた。しかしその懸念は良い意味で裏切られ、川瀬以外の従業員とは既に打ち解けている。
「『オクトゴーヌ』ん子ら皆大人しいしたからさ、あったら性分の子一人くらいおらさってもいいと思うべ」
 北村は『オクトゴーヌ』の若きオーナーを見てそう言った。
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