ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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火種

その一

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 朝食時刻になっても『オクトゴーヌ』厨房内に川瀬の姿は無い。カフェ内の支度は堀江、雪路、そして搬入で来ていた村木も残って準備を手伝っている。
 厨房内ではカケハシと小野坂が汗を滲ませながら調理に取り組んでおり、川瀬との違いはあれどそれなりに見栄えの良い朝食ができ上がっていた。
「いかがでしょうか?」
「良くできてると思う、この程度のズレはしょうがねぇよ」
 研修段階で調理担当という大役を担うことになった悌だが、そのプレッシャーをものともせず機敏な動きで業務をこなしていた。その隣でサポートをしていた無資格の小野坂を見下すこと無く、川瀬はどうしていたのかを聞き出して『オクトゴーヌ』の味を覚えようとしていた。
 初めて共に業務をこなしたのだが、お互いやり辛さを感じること無く作業を進めていた。堀江も厨房の様子が気になって時々覗いてみたのだが、特にぶつかり合ったりせずコミュニケーションもしっかりと取れている。
 こちらの方はどうにかなっているが、普段の川瀬であればこのような事態はまず起きなかった。彼は『オクトゴーヌ』メンバーの中で誰よりも繊細で、むしろ自身が遅刻欠勤をせず体調管理にも気を付ける性分だ。それなのに十分置きに鳴らしているケータイや黒電話に一切反応しない……何か異変でもあったのかと心配になってくる。
「どない仁さん?」
 『アウローラ』の開店準備をしている雪路が堀江に声を掛けた。
「う~ん、反応無しや」
「どないしたんやろ? 普段なら雨粒一つで目覚ますような人が……具合でも悪いんかなぁ?」
 雪路は『離れ』の方向を見やる。堀江はかも知れんと言いながらケータイをポケットに仕舞い、この日も朝市に出掛ける客がいるので鍵を預かるために堀江が待ち構えている。それからほどなく一組の宿泊客が階段を降りてきた。 
「おはようございます」
 堀江は男性二人組の客に挨拶をする。
「「おはようございます」」
 二人も挨拶を返すと、ヒマワリの花のキーホルダーを付けた鍵を差し出してきた。
「朝市へ行ってきます」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
 堀江がそれを受け取ると、客人はガイドブックを手にペンションを出て行った。それから数分経った午前六時過ぎ、【サルビア】ルームで連泊中の女性客がワンピース姿でカフェに降りてきた。
「おはようございます」
「おはようございます、お席へご案内致します」
 堀江はフロントを出て料理を並べてある席へ案内する。実はこの女性客は前夜の夕食に『味が濃すぎる』とクレームを付けており、多少の緊張感を持って応対する。
「今日は昨日の方と薫りが違いますね」
 お気付きみたいやな……堀江は正直に話した方が無難であろうと直感した。
「申し訳ございません。本日担当の者が体調不良のため、別の者に任せております」
「そうなんですね」
 彼女はそれで機嫌を損ねるでもなく並んでいる朝食を見る。
「あの、撮影しても宜しいですか?」
「えぇ、構いませんよ」
 女性客は手に持っているケータイで料理を撮影してから、手を合わせて頂きますと言った。
「ごゆっくりどうぞ」
 堀江は一礼してから席を離れてフロントに戻る。女性はまず水を一口を飲んでからミネストローネを手に取った。スープをスプーンですくってからそっと口を付けると、ほんの少し笑みを浮かべて二口三口と食事を進めていく。
 それから立て続けに【コスモス】ルームを使用しているビジネスマン風の男性客がスーツ姿でカフェに現れ、堀江は再度フロントを出て女性客の隣の席を案内した。
「おはようございます、こちらの席へどうぞ」
「どうも」
 男性はビジネスモード全開できびきびした動きを見せ、席に着くとすぐさま手を合わせてバターロールを手に取った。彼は昨日のチェックインの際、薫りにつられたと言って『アウローラ』のパンを何個か購入していた。
「すみません。パンのおかわりは可能ですか?」
 男性客はその他の食事にはほとんど手を付けず、三個置いていたバターロールを完食していた。
「はい、何個お足ししましょうか?」
「二個お願いできますか?」
「かしこまりました」
 バターロールのオーダーを受けた堀江は雪路にそのことを伝えると、専用のカゴにトングでバターロールを二個入れて接客対応する。男性客は彼女の美しさに見惚れており、嬉しそうにパンを褒めちぎっていた。
「あん人他の飯まくらえてんのかい?」
 村木は厨房から客席を覗き見してお節介なことを言っている。
「さっきソーセージを挟んで食べてらしたわ」
 接客から戻ってきた雪路は笑いながらそれに付き合っていた。調理担当が悌に代わっても業務は順調に遂行されており、堀江はフロントに立って客席の動きを見ながらいつでも動けるようにしている。
 ただ頭の片隅には川瀬のことがあり、隙を見てケータイと黒電話を交互に鳴らしていた。黒電話の呼出音は隣のペンションにも届くほどであるが、相変わらず無反応のままであった。
「すみません」
 思考があさっての方向に行きかけた矢先、女性客から声が掛かる。
「はい、いかがなさいましたか?」
 ひょっとして不備があったか……クレームの件は緊急代理の悌にまで話を通していなかった。
「担当のシェフの方とお話させて頂けますか?」
「かしこまりました、少々お待ちください」
 堀江は一礼してから厨房に入って悌を呼ぶ。
「接客第一号や、フォローはするから付いてきて」
「はい」
 彼は“本日のシェフ”を連れてカフェに出る。その様子を何事かと興味を示して、付いていこうとする村木を慌てて小野坂が止める。
「お前どこまで付いていく気だよ?」
「さすがに客席までは行かねえべさ」
 そうは言いながらも、カフェの方向をチラチラと見ている友に小野坂はしょうがねぇなとため息を吐いた。
「フロントに立ってろ。そろそろ朝市へ行かれるお客様がもう一組いらっしゃるから応対頼む」
「ん、分かった」
 村木はにっこり笑って厨房を飛び出していった。
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