ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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今年もアイツがやって来る

その五

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 いよいよ最終日早朝、夜勤時から“ヅケカツ定食”の下ごしらえを始めていたカケハシの元に、村木がいつもより少し早く『オクトゴーヌ』にやって来た。
「おはようさ~ん、マグロだけ先に持って来ささったべ」
 と発泡スチロール製の箱を堀江に差し出した。
「ありがとう、助かるわ」
「なんもなんも、オレがまくらいたいくらいだべ」
「多分使い切られへんから昼の賄い用も作ろか。吾、昼分もお願いしてええか?」
「分かりました」
 悌は堀江経由で受け取ったマグロを早速切り分けている。それを金属製のバッドに並べてから先に煮切っておいたヅケダレを流し入れていく。
「短くても二時間は漬け込めますね。味は十分しゅませると思いますが、別ダレとわさびを添えておきます」
 彼は堀江から聞いていたレシピからわさびを外している。好みの分かれる食材であることを考慮し、付けダレを別に用意する方が良いと考えていた。
 マグロを漬け込んでいる間に米を研ぎ、味噌汁と浅漬けの調理も進めていく。そうこうしているうちに空は明るくなり、杣木がセットした目覚まし時計のアラームが鳴り始めた。
「六時やな。荘君、杣木さん起こしに行くで」
「はいっ」
 堀江は中華鍋とおたまを持ち、義藤を伴って二階へ上がる。直後金属音は響き渡ると、部員たちの歓喜の声が聞こえてきた。
「まぐれやなかったみたいやな」
 悌は一旦上を気にしてから、醤油色に染まったマグロに小麦粉、卵、パン粉を付けていく。テーブルメイクを終わらせて厨房に入った根田は、和食用の食器と漆器のお膳を並べ始めた。
「智君の手を煩わせんで済んだんは救いやったな」
「オレ智っちの後釜になれんじゃね?」
 調子に乗る義藤を堀江が軽く小突く。
「調子に乗り過ぎんこと、気ぃ抜いたらあかんで」
「はいっ」
 二人が仲良く厨房に入ると、悌は衣を付けたヅケを油で揚げ始める。
「ほな荘君はそこの洗いもん頼んでいい? それが終わったら外の掃除な」
「はいっ」
「配膳はスナオ君と俺でやろう。そっち終わったら吾も合流して」
「「はい」」
 堀江の指示の元それぞれが自身の役割をこなしていくと、朝食時刻に合わせて学生たちが次々と客室から降りてきた。
「何か和食っぽい匂いがすっペ」
「やっぱし朝にご飯と味噌汁って良いよなぁ」
「こういう時日本人だなって感じるよ」
 これから出す“ヅケカツ定食”への感触は上々と見た堀江は、悌の起用に対し前回以上の手応えを感じていた。これで彼の腕前が認められたらメニューの幅が一気に広がる……『オクトゴーヌ』にとっても飛躍の一歩になるのではと考えているところだ。
「いよいよやな」
 堀江はやや緊張気味の従業員に声を掛けた。
「代役の時より緊張してます」
「きっと上手くいきますよ、お夜食好評じゃないですか」
「そうだぞボス、いっつも美味い賄い作ってくれんじゃん」
 根田と義藤に励まされ、どうにか気持ちを取り直して最後に揚がったヅケカツを盛り付けた。
「お待たせ致しました。最終日は和食に致しております、どうぞお召し上がりください」
 堀江は客人たちに声を掛けながら“ヅケカツ定食”をテーブルに並べていく。根田と悌もそれに続き、義藤はせっせと洗い物に精を出していた。
「かつて召し上がったものとは違うと思いますが……」
 杣木には悌が担当し、ひと言添えてから“ヅケカツ定食”を置く。
「なんもなんも。これがまくらえるだけで来た甲斐があったってもんだべさ」
 杣木は目の前の定食に目を細めると、思い立ったように立ち上がった。
「ここではかつて和食メニューも出されておりました、その代表の一つがこの“ヅケカツ定食”です。僕のわがままに応えてくださったペンションの皆様には感謝の気持ちで一杯です」
「監督ー、まんま冷めちまうべ」
「温いうちに頂きましょうよ」
 腹を空かせている部員たちは待ちきれないとばかり音頭を要求してくる。杣木はその声に失笑し、椅子に座り直して手を合わせた。
「したらまくらうべ」
「「「「「頂きますっ!」」」」」
 二十八名が一気に食事を摂り始め、カフェ内が少しばかり賑やかになる。彼らは思い思いの順に箸を進めており、“ヅケカツ定食”は好評と見えて所々で美味いという声が聞こえてきた。
 杣木もこれまでに無く食欲旺盛で、ヅケカツにはわさびを乗せて食べている。彼は食事で初めて笑顔を見せ、学生たちとほとんど変わらないペースでまたたく間に完食した。
「監督、余ってたら食べますよ」
 部内一の大食漢である三年生部員が杣木に声を掛ける。
「今日はいいべ、全部まくろうたからさ」
「えっ! マジですか?」
「アンタおこぼれ貰おうと思うてたんかい?」
「卑しいなぁ」
 同朋たちにからかわれてバツ悪そうにしていたが、別の部員から一切れのカツを貰い受けると満足げに席に戻った。
「良かったな、好評で」
「ホッとしました」
 悌は自身の出した料理を喜んで食べている若者たちを見ながら胸をなで下ろした。

 チェックアウトの時間が近付くと、道立大学自転車部御一行は身支度を済ませて外へ飛び出していく。
「「「「「お世話になりました」」」」」
 彼らは礼儀正しく頭を下げ、フロントに立っている堀江、カフェに出ている根田、義藤はありがとうございましたと応対する。チェックアウトの手続きは顧問が担当し、それが済む頃一番最後に杣木がゆっくりと階段を降りてきた。
「“ヅケカツ定食”、あれはあれで美味かったべ」
「ありがとうございます」
「調理担当の子にもお礼こいてけれ」
「承りました」
 堀江の返事に杣木は笑顔で頷き、カフェに出ている義藤にも声を掛けた。
「面倒掛けたべ、来年も会おうな」
「はいっ、目覚ましはお任せくださいっ」
「ん、頼もしいべ」
 杣木は義藤の頭に手を置き、近くにいる根田にも声を掛けた。
「根田君もお世話になったべ、去年とは見違えるほど成長しささってるべ」
「光栄なお言葉ですが、まだまだだと思います」
「そったらこと無いべ。それとさ、小野坂君にも宜しく伝えてけれ」
「承りました、来年ですと家族が増えていると思いますよ」
「そうかい、したら是非お会いしたいべ」
「ハイ、その日を楽しみに致しております」
 杣木はひと通り従業員たちに声を掛けると颯爽とペンションを出る。三人の入口前まで出て、自転車を走らせ始めた団体客の背中を見送っていた。
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