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もやもや
その三
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「たまにはいいもんだね、こういうのもさ」
雪路の誕生日プレゼントを嶺山に言伝てた村木、小野坂、角松と『アウローラ』でパンを購入した塚原は『朝市』内の回転寿司屋で遅めの朝食を摂っている。
「正、なしてこんおっさん呼んだ?」
「ん? これだべ」
角松は勤務先に近いこの店をちょくちょく利用しており、常連客として割引クーポンを持っていた。
「クーポン一つでこんおっさん誘わんでいくないかい?」
「つれないこと言わないでよ礼ちゃん、俺らマブじゃない」
「いつからそったらことになってんだべ?」
村木は嫌そうな顔で塚原を見た。
「ん? 出会った頃から皆マブ」
「何訳の分からんことぬかしてんだ? オレは断固拒否さしてもらうべ」
「今更どうでもいい」
「わちは構いませんよ」
三人は三者三様の反応を見せた。
「正ちゃんとはまともに話するの初めてだよね?」
「そうですね、顔だけは何度か合わせてるべよ」
「そうだね、智ちゃんの結婚式で挨拶させてもらった記憶はあるけど。あとは奥さんの葬儀の時か」
二人は記憶を辿りながら会話をしている。その横で加熱具材を中心に選んでいる村木と、白身魚を中心に選んでいる小野坂は調子良く握り寿司を食べていた。
「礼ちゃん刺身嫌いなんかい?」
「まくらえんこともないけどさ、加熱しささってるほうがいいべさ」
村木は玉子の握り寿司をひと口で頬張った。
「お待たせ致しました」
これまでお茶をすすっていた塚原の前に、つやつやに光るイクラと花の形にデコレイトされたサーモンが乗っている丼がそっと置かれる。彼はそれを嬉しそうに見つめながら、別の小皿でわさび醤油を作っていた。
「美味そうだべ、わちもまくらおうかいな」
角松はそれに興味を示し、同じものを注文した。
「オメェようまくらうべな」
「腹は減らさってんだ」
彼はしばし休憩と海鮮親子丼が運ばれるのを待つ。塚原はわさび醤油をかけて海鮮親子丼を黙々と食しながら、相変わらず白身魚の握り寿司をひたすら食べる小野坂を見つめていた。定期的に『オクトゴーヌ』に通っているせいか、従業員たちの顔色で気分の良し悪しが見分けられるようになっている。
「智ちゃん、何かあったんかい?」
「何か……強いて言えば親父の自覚ってヤツがいまいちピンとこねぇんだよ、俺母子家庭でさ」
小野坂は珍しく素直に応じ、箸を休めて塚原を見た。
「俺も母子家庭だったよ。祖父がいたから男手ってのはあったけど、時代差による価値観のズレがあるからあんま参考にはならなかった覚えがあるなぁ」
「ダメなやつでねえかい、おっさん」
村木は呑気そうに笑ってる塚原にツッコミを入れる。
「母子家庭で育つとさ、必要以上に父親像がどんなもんか気になるって話。誰かの育児体験談で“勉強”するしかないんだけど、所詮誰かのマネだから上手くいくとも限らないんだよね」
「まぁ……今は嫁の親父さんと話すことが多いよ。ただ彼女は嫌そうにしてる」
「なしてだ? 最高の教材でないかい」
「わちもそう思うべ、舅さんとコミュニケーションが取れるっていいことだと思うべさ」
「親父さんさ、昔借金こさえてちまって嫁自身が金に苦労してんだよ。それでも子煩悩パパだったのは見てて知ってるから」
小野坂は実家のお隣である調布家の事情を少しだけ話した。彼にとって目で見て知っている父親像は夢子の実父であり、幼少期はきょうだいのように育ってきたので舅というより父という感覚に近いものがある。
「まぁ嫁さんからしたら思うこともあるんだろね、ただ何も無いよりはいいと思うよ。あと男親って命抱えて腹痛めないだけ自覚を持ちづらいからさ、二人の子だって意識は常に持っておくことだね。“サポート”って感覚は棄てた方が良い」
「ん、そったらことこいてらんね。命に待った無しだべ」
現在シングルファーザーとして絶賛育児中の塚原と角松は我が身を振り返るように言った。塚原は刑事という仕事柄事件が起こると何日も家に帰れず、家族と離れる時間も長くなるため意思疎通が難しくなって最終的には離婚している。角松は木の葉を授かった直後に妻まどかを失い、両親の手を借りながらではあるが仕事と育児の両立に日々奮戦している。
「俺自身シフトが不規則だからさ、一緒に暮らしててもほとんど顔を合わせてないんだ」
「夜勤がある仕事だとどうしたってそうなるよ。お互い承知で結婚してるけどさ、顔を合わせる頻度が減ると普通の対話も噛み合わなくなってくるから、そこは気を付けないといけないところだよね」
「それもただの言い訳なんじゃねぇかって考えることもあるんだ。嫁が仕事で体調を悪くした日があったらしくてさ、義に『もっと夢子さんのことを大切にしろ』って言われちまって」
小野坂は重くのしかかる川瀬の言葉を反芻したせいで思わずため息を漏らす。村木は話に直接参加していないが、悩める友の姿に心を痛めていた。
「外野の綺麗事なんか放っぽらさっていいべ。あん人は智さんの頑張りと葛藤はこれっぽっちも見てないくせに、横槍だけはいっちょ前だべさな」
基本穏やかな性分の角松が珍しくキツい口調で言い切った。三人はその態度に驚きの表情を見せていたが、現役で父親業をしている塚原は理解を示して頷いた。
「そうだね。確かに過干渉な発言だから智ちゃんが気に病む必要は全く無いよ」
「最近の義君は棘があるべ、いつまでいじけてんだ」
義藤と悌の加入から態度を硬化させている川瀬に村木は怒りと呆れを覚える。角松は角松で先日の嫌な光景を思い出して更に表情が険しくなる。悩める小野坂は二人の表情に気付いてなかったが、塚原は嫌なものを感じて小野坂のことが心配になってきた。
雪路の誕生日プレゼントを嶺山に言伝てた村木、小野坂、角松と『アウローラ』でパンを購入した塚原は『朝市』内の回転寿司屋で遅めの朝食を摂っている。
「正、なしてこんおっさん呼んだ?」
「ん? これだべ」
角松は勤務先に近いこの店をちょくちょく利用しており、常連客として割引クーポンを持っていた。
「クーポン一つでこんおっさん誘わんでいくないかい?」
「つれないこと言わないでよ礼ちゃん、俺らマブじゃない」
「いつからそったらことになってんだべ?」
村木は嫌そうな顔で塚原を見た。
「ん? 出会った頃から皆マブ」
「何訳の分からんことぬかしてんだ? オレは断固拒否さしてもらうべ」
「今更どうでもいい」
「わちは構いませんよ」
三人は三者三様の反応を見せた。
「正ちゃんとはまともに話するの初めてだよね?」
「そうですね、顔だけは何度か合わせてるべよ」
「そうだね、智ちゃんの結婚式で挨拶させてもらった記憶はあるけど。あとは奥さんの葬儀の時か」
二人は記憶を辿りながら会話をしている。その横で加熱具材を中心に選んでいる村木と、白身魚を中心に選んでいる小野坂は調子良く握り寿司を食べていた。
「礼ちゃん刺身嫌いなんかい?」
「まくらえんこともないけどさ、加熱しささってるほうがいいべさ」
村木は玉子の握り寿司をひと口で頬張った。
「お待たせ致しました」
これまでお茶をすすっていた塚原の前に、つやつやに光るイクラと花の形にデコレイトされたサーモンが乗っている丼がそっと置かれる。彼はそれを嬉しそうに見つめながら、別の小皿でわさび醤油を作っていた。
「美味そうだべ、わちもまくらおうかいな」
角松はそれに興味を示し、同じものを注文した。
「オメェようまくらうべな」
「腹は減らさってんだ」
彼はしばし休憩と海鮮親子丼が運ばれるのを待つ。塚原はわさび醤油をかけて海鮮親子丼を黙々と食しながら、相変わらず白身魚の握り寿司をひたすら食べる小野坂を見つめていた。定期的に『オクトゴーヌ』に通っているせいか、従業員たちの顔色で気分の良し悪しが見分けられるようになっている。
「智ちゃん、何かあったんかい?」
「何か……強いて言えば親父の自覚ってヤツがいまいちピンとこねぇんだよ、俺母子家庭でさ」
小野坂は珍しく素直に応じ、箸を休めて塚原を見た。
「俺も母子家庭だったよ。祖父がいたから男手ってのはあったけど、時代差による価値観のズレがあるからあんま参考にはならなかった覚えがあるなぁ」
「ダメなやつでねえかい、おっさん」
村木は呑気そうに笑ってる塚原にツッコミを入れる。
「母子家庭で育つとさ、必要以上に父親像がどんなもんか気になるって話。誰かの育児体験談で“勉強”するしかないんだけど、所詮誰かのマネだから上手くいくとも限らないんだよね」
「まぁ……今は嫁の親父さんと話すことが多いよ。ただ彼女は嫌そうにしてる」
「なしてだ? 最高の教材でないかい」
「わちもそう思うべ、舅さんとコミュニケーションが取れるっていいことだと思うべさ」
「親父さんさ、昔借金こさえてちまって嫁自身が金に苦労してんだよ。それでも子煩悩パパだったのは見てて知ってるから」
小野坂は実家のお隣である調布家の事情を少しだけ話した。彼にとって目で見て知っている父親像は夢子の実父であり、幼少期はきょうだいのように育ってきたので舅というより父という感覚に近いものがある。
「まぁ嫁さんからしたら思うこともあるんだろね、ただ何も無いよりはいいと思うよ。あと男親って命抱えて腹痛めないだけ自覚を持ちづらいからさ、二人の子だって意識は常に持っておくことだね。“サポート”って感覚は棄てた方が良い」
「ん、そったらことこいてらんね。命に待った無しだべ」
現在シングルファーザーとして絶賛育児中の塚原と角松は我が身を振り返るように言った。塚原は刑事という仕事柄事件が起こると何日も家に帰れず、家族と離れる時間も長くなるため意思疎通が難しくなって最終的には離婚している。角松は木の葉を授かった直後に妻まどかを失い、両親の手を借りながらではあるが仕事と育児の両立に日々奮戦している。
「俺自身シフトが不規則だからさ、一緒に暮らしててもほとんど顔を合わせてないんだ」
「夜勤がある仕事だとどうしたってそうなるよ。お互い承知で結婚してるけどさ、顔を合わせる頻度が減ると普通の対話も噛み合わなくなってくるから、そこは気を付けないといけないところだよね」
「それもただの言い訳なんじゃねぇかって考えることもあるんだ。嫁が仕事で体調を悪くした日があったらしくてさ、義に『もっと夢子さんのことを大切にしろ』って言われちまって」
小野坂は重くのしかかる川瀬の言葉を反芻したせいで思わずため息を漏らす。村木は話に直接参加していないが、悩める友の姿に心を痛めていた。
「外野の綺麗事なんか放っぽらさっていいべ。あん人は智さんの頑張りと葛藤はこれっぽっちも見てないくせに、横槍だけはいっちょ前だべさな」
基本穏やかな性分の角松が珍しくキツい口調で言い切った。三人はその態度に驚きの表情を見せていたが、現役で父親業をしている塚原は理解を示して頷いた。
「そうだね。確かに過干渉な発言だから智ちゃんが気に病む必要は全く無いよ」
「最近の義君は棘があるべ、いつまでいじけてんだ」
義藤と悌の加入から態度を硬化させている川瀬に村木は怒りと呆れを覚える。角松は角松で先日の嫌な光景を思い出して更に表情が険しくなる。悩める小野坂は二人の表情に気付いてなかったが、塚原は嫌なものを感じて小野坂のことが心配になってきた。
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