162 / 174
算用と現状
その三
しおりを挟む
『照ん姿が見当たらんべ』
なつみから連絡を受けた塚原は仕事を放り出して自宅に戻る。留守を引き受けていた元妻は狼狽しきっており、何を聞いても曖昧な返答しかしない。
「こういったことは前にもあっただろ、留守を任せた意味が無いじゃないか!」
彼女は過去にもこういった失態を犯しており、言い争いも続いていたところなので普段以上に物言いがキツくなる。
「したってあったら調子悪そうにしてたからさ、まさか出て行くなんて……」
「多分そんなに遠くには行ってないさ。これまでは無かったけど最近は物騒になってるから、一時間して見つからなかったら捜索届出す」
「そったら縁起でもないこと……」
「そんな調子でアメリカへ連れて行く気か? あっちは銃社会なんだ、何かの間違いで射殺されることだってあり得るんだぞ」
塚原はそう言い捨てて自宅を飛び出した。まだ六歳である息子の行動範囲は限られているので、効率は良くないが片っ端から照の行きそうな場所を探し回る。思い当たる場所をいくつか巡っているうちに照の話し声がかすかに聞こえてきた。
「照?」
彼は足を止めて耳を澄ます。今彼が立っている場所には低木樹が植えられており、それが塀の役割を果たして視界を遮っていた。照の声はその向こうから聞こえててきて、誰かと話をしている様子だった。
塚原は息子の声を頼りに低木樹に沿ってゆっくりと歩く。彼が歩みを進めるごとに声は小さくなっていくが、低木樹に囲われた中にいるのは間違いないと入口を探す。話している相手が善人であればと願い歩く速度を早めると、見覚えのある公園の入口に繋がっていたので早速中に入った。
照は見知らぬ老人男性と楽しそうに会話しており、とにかく息子の無事が確認できたことに安堵した。今は元気にしている照も体調は万全といえず、楽しんでいるところに水を指すのも気が引けたが一刻も早く連れて帰った方がいいかとベンチに歩みを進めた。
「照っ」
「パパっ!」
父の呼びかけに照はぱっと顔をほころばせた。彼はベンチからぴょんと飛び降りてしっかりと着地し、体は大丈夫だとアピールしてみせる。体調が良い時でも滅多にしない動きに塚原は慌てて駆け寄り、小さな体をしっかりと抱き止めた。
「ったく心配かけて」
「ごめんなさい」
塚原は照と同じベンチに座っていた男性に頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません、息子の話し相手になって頂いていたようで」
「なんもなんも、ただワシが善人とは限らへんぞ」
彼はいたずらっぽく笑いながら塚原を見た。
「であればとっくに連れ去ってるでしょう?」
「喜寿過ぎとるジジイにそったら元気無いわ」
「どうでしょうかね? 鍛えてらっしゃるようにお見受けしますが。あなたであればこの子の一人くらい軽々と……」
「ハハハ、ワシにも孫がおりますさかい、鍛えられてはおりますわ」
老人は高笑いして頭に手をやった。塚原と照は揃ってありがとうございましたと言った。
「あなたが付いてくださっていたお陰で何事も無く済みました」
「なんもなんも。おっ、そろそろ孫迎えに行かなあかんかった。したっけな」
彼は照れ臭そうにしながらそそくさと公園を出て行った。二人はその背中を見送っていたが、塚原は思い出したようにしまった! と言った。
「なした?」
「名前伺うの忘れてた」
「カナマリさんってこいてたべ」
「字……まで分かんないか」
照は父を見上げて首を横に振った。
息子も無事に見つかり、二人仲良く自宅に戻ると、元妻は照の専属医にお説教を受けていた。
「したからアンタには親権の資格が無えこいてんだ」
「……」
なつみはカーペットの上で正座させられ、専属医は怒りに満ちた表情で仁王立ちしている。
「これで何度目だ? 全部アンタの不注意でないかい」
「すみません」
「私に謝ってもしゃあないべ、あと十分で連絡無かったら捜索届出すべよ」
「はい」
「ただいま戻りました」
塚原は二人の話に割って入るように声を掛けた。専属医の方が先に気付き、父と手を繋いで上機嫌の照のそばに駆け寄った。
「照君っ! 無事で良かったべ」
「うん、ぼく平気だべ」
「親切なご老人が話し相手になってくださったお陰で無事でした」
専属医はふっと緊張感が抜けて照の前でへたり込んだ。
「良かったベー、あと十分ほどで捜索届を出ささろうかと思ってたのさ。孝さん、お疲れしたからお茶くらいお淹れすんべ」
「いえ仕事に戻ります。たんまり残ってるんで残業になりそうです」
再び身だしなみを整え始める塚原を見て、照と専属医は残念そうな表情を浮かべている。
「そうかい。したらさ、先に連絡しささったらは?」
「それもそうですね」
塚原はソファーに投げ付けた状態のままのケータイを拾い上げ、職場となる市警に連絡を入れる。通話に出た部下に仕事に戻ると伝えたが、上司である渡部の命令により早退扱いで照との時間を大切にしろと電話を切られてしまった。
「……」
「なした? パパ」
「うん。今日はお仕事に戻らなくてよくなったんだ」
「したらおうちにおらさるんかい?」
照は父を見上げて笑顔になった。
「したから今日は照の好きなもん作っちゃる、何まくらいたい?」
「ハンバーグ!」
照は父の作る魚肉ハンバーグが大好物であった。アレルギーのため精肉が食べられず、いわし肉を細かくたたいて合挽きミンチの代用にしている。
「ハンバーグなんか食わしてんのかい? ちゃんと体のこと考えてけれ」
「アンタは黙っててけれ、魚肉だべ」
専属医はなつみの不始末にまだ腹を立てており、自然と口調も厳しくなる。この一年の間に照は自ら手伝いもするようになり、自身と過ごしていた頃よりも元気にたくましく成長していた。その後ろ姿が眩しく見えた彼女は自身の入る余地が無いことを悟り、単身で渡米することを決める。
翌朝最後に照の意思を確認すると、数日後荷物をまとめて札幌に戻っていった。それから渡米するまでの間に親権を塚原に譲渡する形で話がまとまり、照の苗字も“塚原”に変更された。
なつみから連絡を受けた塚原は仕事を放り出して自宅に戻る。留守を引き受けていた元妻は狼狽しきっており、何を聞いても曖昧な返答しかしない。
「こういったことは前にもあっただろ、留守を任せた意味が無いじゃないか!」
彼女は過去にもこういった失態を犯しており、言い争いも続いていたところなので普段以上に物言いがキツくなる。
「したってあったら調子悪そうにしてたからさ、まさか出て行くなんて……」
「多分そんなに遠くには行ってないさ。これまでは無かったけど最近は物騒になってるから、一時間して見つからなかったら捜索届出す」
「そったら縁起でもないこと……」
「そんな調子でアメリカへ連れて行く気か? あっちは銃社会なんだ、何かの間違いで射殺されることだってあり得るんだぞ」
塚原はそう言い捨てて自宅を飛び出した。まだ六歳である息子の行動範囲は限られているので、効率は良くないが片っ端から照の行きそうな場所を探し回る。思い当たる場所をいくつか巡っているうちに照の話し声がかすかに聞こえてきた。
「照?」
彼は足を止めて耳を澄ます。今彼が立っている場所には低木樹が植えられており、それが塀の役割を果たして視界を遮っていた。照の声はその向こうから聞こえててきて、誰かと話をしている様子だった。
塚原は息子の声を頼りに低木樹に沿ってゆっくりと歩く。彼が歩みを進めるごとに声は小さくなっていくが、低木樹に囲われた中にいるのは間違いないと入口を探す。話している相手が善人であればと願い歩く速度を早めると、見覚えのある公園の入口に繋がっていたので早速中に入った。
照は見知らぬ老人男性と楽しそうに会話しており、とにかく息子の無事が確認できたことに安堵した。今は元気にしている照も体調は万全といえず、楽しんでいるところに水を指すのも気が引けたが一刻も早く連れて帰った方がいいかとベンチに歩みを進めた。
「照っ」
「パパっ!」
父の呼びかけに照はぱっと顔をほころばせた。彼はベンチからぴょんと飛び降りてしっかりと着地し、体は大丈夫だとアピールしてみせる。体調が良い時でも滅多にしない動きに塚原は慌てて駆け寄り、小さな体をしっかりと抱き止めた。
「ったく心配かけて」
「ごめんなさい」
塚原は照と同じベンチに座っていた男性に頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません、息子の話し相手になって頂いていたようで」
「なんもなんも、ただワシが善人とは限らへんぞ」
彼はいたずらっぽく笑いながら塚原を見た。
「であればとっくに連れ去ってるでしょう?」
「喜寿過ぎとるジジイにそったら元気無いわ」
「どうでしょうかね? 鍛えてらっしゃるようにお見受けしますが。あなたであればこの子の一人くらい軽々と……」
「ハハハ、ワシにも孫がおりますさかい、鍛えられてはおりますわ」
老人は高笑いして頭に手をやった。塚原と照は揃ってありがとうございましたと言った。
「あなたが付いてくださっていたお陰で何事も無く済みました」
「なんもなんも。おっ、そろそろ孫迎えに行かなあかんかった。したっけな」
彼は照れ臭そうにしながらそそくさと公園を出て行った。二人はその背中を見送っていたが、塚原は思い出したようにしまった! と言った。
「なした?」
「名前伺うの忘れてた」
「カナマリさんってこいてたべ」
「字……まで分かんないか」
照は父を見上げて首を横に振った。
息子も無事に見つかり、二人仲良く自宅に戻ると、元妻は照の専属医にお説教を受けていた。
「したからアンタには親権の資格が無えこいてんだ」
「……」
なつみはカーペットの上で正座させられ、専属医は怒りに満ちた表情で仁王立ちしている。
「これで何度目だ? 全部アンタの不注意でないかい」
「すみません」
「私に謝ってもしゃあないべ、あと十分で連絡無かったら捜索届出すべよ」
「はい」
「ただいま戻りました」
塚原は二人の話に割って入るように声を掛けた。専属医の方が先に気付き、父と手を繋いで上機嫌の照のそばに駆け寄った。
「照君っ! 無事で良かったべ」
「うん、ぼく平気だべ」
「親切なご老人が話し相手になってくださったお陰で無事でした」
専属医はふっと緊張感が抜けて照の前でへたり込んだ。
「良かったベー、あと十分ほどで捜索届を出ささろうかと思ってたのさ。孝さん、お疲れしたからお茶くらいお淹れすんべ」
「いえ仕事に戻ります。たんまり残ってるんで残業になりそうです」
再び身だしなみを整え始める塚原を見て、照と専属医は残念そうな表情を浮かべている。
「そうかい。したらさ、先に連絡しささったらは?」
「それもそうですね」
塚原はソファーに投げ付けた状態のままのケータイを拾い上げ、職場となる市警に連絡を入れる。通話に出た部下に仕事に戻ると伝えたが、上司である渡部の命令により早退扱いで照との時間を大切にしろと電話を切られてしまった。
「……」
「なした? パパ」
「うん。今日はお仕事に戻らなくてよくなったんだ」
「したらおうちにおらさるんかい?」
照は父を見上げて笑顔になった。
「したから今日は照の好きなもん作っちゃる、何まくらいたい?」
「ハンバーグ!」
照は父の作る魚肉ハンバーグが大好物であった。アレルギーのため精肉が食べられず、いわし肉を細かくたたいて合挽きミンチの代用にしている。
「ハンバーグなんか食わしてんのかい? ちゃんと体のこと考えてけれ」
「アンタは黙っててけれ、魚肉だべ」
専属医はなつみの不始末にまだ腹を立てており、自然と口調も厳しくなる。この一年の間に照は自ら手伝いもするようになり、自身と過ごしていた頃よりも元気にたくましく成長していた。その後ろ姿が眩しく見えた彼女は自身の入る余地が無いことを悟り、単身で渡米することを決める。
翌朝最後に照の意思を確認すると、数日後荷物をまとめて札幌に戻っていった。それから渡米するまでの間に親権を塚原に譲渡する形で話がまとまり、照の苗字も“塚原”に変更された。
0
あなたにおすすめの小説
二十五時の来訪者
木野もくば
ライト文芸
とある田舎町で会社員をしているカヤコは、深夜に聞こえる鳥のさえずりで目を覚ましてしまいます。
独特でおもしろい鳴き声が気になりベランダから外を眺めていると、ちょっとしたハプニングからの出会いがあって……。
夏が訪れる少し前の季節のなか、深夜一時からの時間がつむぐ、ほんのひと時の物語です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
借りてきたカレ
しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて……
あらすじ
システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。
人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。
人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。
しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。
基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる