ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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最高に最悪な日

その二

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 「一体何がどうなってんだべ」
 村木と小野坂を乗せた『赤岩青果店』の営業車は、幹線道路のど真ん中で足止めを食らっている。本来であれば二十分ほどで病院に着けるのだが、既に二時間以上景色が変わっていない状態だ。
「仮に動けたとしたってさ、脇道も絶対混むべ」
「まぁ、そうだな」
 小野坂は逸る気持ちを抑えながら渋滞が解消するのを待つ。今のところ母からの連絡は無いが、分娩室に入ったという報せからは三時間近く経っていた。
「歩いた方が早いレベルだな」
「けどさ、こん状況で出ささるんはかえって危険だべ」
「どのみち出れねぇか」
 『赤岩青果店』の営業車は片道二車線の右側に入っており、左車線にはトラック、中央にあたる右側には路面電車が停まっている。
「取り敢えず渋滞にはまって動けないことだけ伝えとくよ」
「んだな」
 小野坂は実母宛のケータイメールを作成している最中にメールの受信通知が届く。お袋か? そう思って開いてみると、テレビに人だかりができている画像が添付されていた。
【この近くで事故があったみたい、もしかして巻き込まれてない?】
「事故?」
 母からのメールの内容に彼は驚愕する。その言葉を受けた村木がカーナビを操作してテレビを点けると、十台以上の車がへしゃげたり横転している映像が流れていた。
「何だべ? これ?」
 村木は少しでも情報を得ようとカーナビにかじり付き、小野坂も渋滞にはまっていると返信してからテレビ中継に視線を移す。
「これ駅近くの交差点じゃねぇのか?」
「ん、渋滞の原因これだったんかい」
 渋滞の理由が分かった二人の間には一気に緊張が走る。市の中心部でこれだけの大事故が起こったとなると、市内の交通ラインは乱れに乱れていると十分考えられた。テレビ中継を見ている限り救助活動は行われている様子なのだが、二人がいる地点からだと多少距離があるため現場ほどの喧騒は聞こえてこない。
「多分緊急車両もパニック状態なんだべ」
 村木はカーナビから視線を外して後部座席に置いてあったビニール袋を引き込むと、嶺山が作ったまかないのサンドイッチを食べ始めた。
「智も今のうちにけえ」
「いやそんな呑気なことやってる場合かよ?」
「何ぬかしてんだ。どのみちすぐには動けねしたからさ、足掻く前に腹だけでも満たしとけ」
「……」
「後でまくらえるって考えは捨てらさった方がええかも知んね、何かあずましくないべ」
 村木はサンドイッチを調子良く消費し、あっという間に食べきっていた。昼過ぎに出て以降水分すらまともに摂っていない小野坂も何だかんだで腹は減っている。
「それもそうだな」
 小野坂も袋の中のサンドイッチを手にして思いっきりかぶり付く。それでもテレビ中継から流れる情報に気を取られ、とても食事を味わえる状況ではなかった。
 サンドイッチを食べ終えた小野坂は、再度母にメールをするとほぼ即レスで返信が届く。事故による怪我人も出ているようで、病院も慌ただしくなっているという内容であった。現場よりも南側にあたるこちら側もパトカーの音が聞こえてくる。警察も渋滞により迂回ルートを取らざるを得ず、いくら緊急車両とはいえ突破するのは難儀と言えた。
 到着した警察による交通規制が行われてから、救急車と消防車がガラ空きの対向車線を通過して現場へと急行している。それによって周囲の空気が緊迫し、警察の誘導によって先に路面電車の利用客が避難を開始した。
「ひょっとしたらさ、最悪車乗り捨てらさることになるかも知んねえべ」
 村木はそう言って空のビニール袋を握りしめる。小野坂はカーナビを見ながらなぁと言った。
「ガソリンの匂いしないか?」
「へっ?」
 友の言葉に村木も嗅覚に気を集中させると、ほんのわずかにガソリンの匂いが鼻に届く。現在『赤岩青果店』の営業車はエンジンを切っており、車検を受けたばかりなので余程のことが無い限りガソリン漏れは考えにくい。となれば、事故現場で被害に遭っている車からのガス漏れの匂いがここまで流れてきたと考える方が自然であった。
「智、ダッシュボードから車検証出してけれ」
「あぁ」
 小野坂は言われた通り車検証を取り出して村木に手渡す。
「今んうちに貴重品手元に集めとくべ」
 村木は後部座席に積んである自身のバッグを引っ張って膝の上に置く。小野坂はバッグすら持っておらず身軽ではあったが、ケータイ、財布、鍵がポケット内に収まっているかを確認した。
「おっちゃんに電話しとくべ」
 村木は赤岩のケータイに通話発信し、最悪車を乗り捨てねばならない可能性が出てきたことを告げる。小野坂も母江里子にメールで現状を伝えた。
 ボンッ!
 二人が家族と連絡を取り合っている間に、前方から鈍い音と小さな揺れを感じた。
「なした? 地震かい?」
 叔父との通話に気を取られていた村木は、爆発音と振動に驚いてにわかにパニック状態となっている。小野坂は前方に釘付けとなり、表情が強張っていた。
「礼っ! 前っ!」
「なしたっ?」
「二次災害起こっちまってる!」
 多少距離はあるものの、視界に映った光景に二人は恐怖する。黒煙がもうもうと上がり、炎の先端もチラチラと見えていた。ガソリンの燃える匂いが一気に強まり、煙も流れてきて視界が霞み始める。
「窓開けれ智っ! 乗り捨て確定だべっ!」
 村木の指示に小野坂は慌てて助手席ドアに付いているボタンを押すと、外の喧騒が現実としてすぐそこまで迫っていることを思い知った。救急車と消防車が対向車線を利用してひっきりなしに往復し、パトカーは渋滞で行き場を失っている一般車両に拡声器で繰り返し避難指示を出している。
「事故現場から火災発生! 車内に残っている方は今すぐ車から降りて後方へ避難してください!」
 それに合わせて二人は車を降り、多くの人だかりと共に現場から離れた。
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