平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

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quatre-vingt-quinze

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 今日は朝から何気に忙しい。会社の契約更新をして……ウチは書類じゃなくて、会社のホームページから入力フォームに入って必要事項を記入していくやり方なのよ。んで、不備が無いと確認されたらメールで連絡が来て、人事部で署名して終わりって流れになってる。
 資源保護というかペーパーレスを実践するために考案され、最後にする署名だってタブレット上にタッチペンで書くやり方だ。コレ最初のうちは結構文句も出たんだけど、何年か続けていると慣れるというもので、今じゃ全社員が普通に馴染んでいらっしゃる。 
 でもこっちに記録が残らないってのはねぇ……一応社内のパソコンからであればプリントアウトは可能(USBに取り込んで持ち出すのは禁止)になっているけど、いざ要るか?となるとそうでもないので、何だかんだでわざわざその作業はしない。
 さて、昨夜は結局三人でピザを食べた後にお風呂に入って就寝してしまい、明生君にコンタクトは取らずじまいだった。それから日付も変わり、『テレビ観たよ』はもうネタとして古くなっているので又しても連絡を返すきっかけを失っている。
 『中途半端な繋がりは身を滅ぼすぞ』
 降谷の言葉がふと耳の中でこだまする。こうもタイミングに恵まれないってそういうことなの?それとも『タイミングは今じゃないけど、心の準備はしておいて』ってことなの?なんてことを考えてるけど答えなんて見つからず、神社のおみくじじゃないけど『今日着信があったら連絡を取る』とだけ決めた。
 
 ちょっと喉が渇いたな……部屋を出てキッチンに入ると秋都がレトルトカレーを電子レンジで温めていた。実は私コレが苦手で、かなりの確率で失敗をしてしまう。もちろんちゃんと説明書を読むし、その通りに準備して時間設定も間違えていない。
 なのに酷い時は食品が爆発して炭になり、本体ごとぶっ壊れてしまう。その度に何で?って思うんだけど、未だ原因は不明である。
 「何で上手くいかないんだろ?」 
 あれ、思考と言葉が直結しちゃった。
 「いたのか?なつ姉」
 「うん、喉乾いて」
 ついでに言えばそんなのを見せられるとお腹が空いてきました。
 「なつ姉も食うか?」
 「うん」
 折角だから自分でやってみようかな?私はレトルト食品を入れている棚から同じものを取り出した。
 「自分でする気か?」
 「うん、いつまでも出来ないまんまってのもヤバいからさ」
 やっぱり女子たるものお料理は出来るようになりたいじゃない、私、普通の女の子になるんです。
 「んじゃコレに中身移して」
 秋都が耐熱容器を出してきてくれる。私はパウチの封を切って中身を容器に移す、合ってるよね?その間に秋都のものが出来上がり、美味しそうな香りが広がってきた。
 「お~出来た出来た」 
 秋都はミトンをはめて容器を取り出し、炊飯器に入ってるご飯を皿に盛っている。私は一生懸命取説を読み、空になったレンジの中にカレーの入った容器を入れる。合ってるよね?
 「なつ姉、なるべく真ん中に置いた方がいいぞ」
 そうなの?私は再度中をチェック、ちょっとズレていたので直しておく。合ってるよね?
 「そのカレーなら五百ワットで三分だな、このボタン三回押してみ」
 秋都の指示通りワット数の書かれているボタンを三回押す。八百ワットとかあるの?一応表示盤はチェックしてるけど合ってるよね?
 「時間はこっちのボタン、長押しの方が早いけど、三分くらいだったら連打しても大してかかんないから」
 「うん」
 私は不器用そうにゆっくりボタンを押していく。十秒、二十秒、三十秒……と押しているうちに三分と表示されたのでそこでボタンから手を離した、合ってるよね?
 「なつ姉、ラップ掛けたか?」
 ん?どうだっけ?念の為開けてみると……あっ、掛けてない。
 「ほれ」
 と秋都がラップを渡してくれた。容器をフタするようにラップを掛け、再度レンジの中に置き直す。ワット数入力ヨシ、時間も三分ヨシ、あとはスタートボタンで合ってるよね?
 「ん、それでコイツ押して三分待つだけ」
 最終チェックを秋都にしてもらっていざ勝負!レンジはドゥンと音を立て、容器に光を当てている。
 「その間に飲み物、出せば?」
 うん。とお言葉に甘えて冷蔵庫に立ち、悲しく残されているレモンサイダーを手に取った。レンジの方は今のところ順調、あとは出来上がりを待つばかり……?
 「ん?」
 先に異変に気づいたのはダイニングテーブルでカレーを食ってた秋都だった。えっ?何?どしたの?
 「何でだよっ?」
 秋都が慌てた声でレンジの扉を勢いよく開ける。うわっ!何か焦げ臭い。
 「あちゃ~……」
 秋都がレンジの中を見て頭を掻いてる。私も便乗して中を見ると、私のカレールーはものの一分で黒焦げになっていた。
 「五百ワットで三分だよね?」
 「あぁ、見た限り間違ってなかったぞ」
 八百ワットでもこうはなんねぇ、秋都も首をひねっている。
 「……しゃあない、冷めるまで待とう」
 「何?焦げ臭い匂いするけど」
 と間が悪く睡眠中だった姉と、レポートを作成していた冬樹が二階から降りてきた。 
 「いや、レンジが……」
 そのひと言に姉が固まりました。

 「……で、操作そのものは合ってたのね?」
 「おぅ、俺も見てるから間違いねぇよ」
 「う~ん……」
 姉はレンジの惨劇を前に一人唸っている。私は指定席で拷問もとい尋問を受けて凹み中。一応コンセントから抜いてるけど、煙はまだプスプスと出続けている。
 「これじゃ熱くて触れないわね」
 姉は一旦レンジから離れ、掃除道具となる洗剤やスポンジを出していた。
 「まだ二年くらいだったのに……」
 そのひと言に私のメンタルは崩れました。
 ようやっと触れる程度の温度まで下がり、姉主導の元電子レンジ救出作戦が始まった。念の為姉がてつこん家に連絡してレンジの在庫を確認し、最悪の場合購入するので一つ取り置きして欲しいと言っていた。
 五条家三きょうだい(冬樹は高みの見物)がせっせとレンジを掃除中に、玄関からピンポン♪とチャイム音が鳴り響く。
 「出て、ふゆ」
 「え~面倒い~」
 冬樹はむすっとしてソファーから立とうとしない。見ての通り今アンタ以外手が離せないのよ。
 「出なさい」
 「……はぁ~い」
 姉に凄まれてようやっと重い腰を上げる冬樹、ゆらゆらとした歩行で玄関に向かい、面倒臭そうにはいと言いながら玄関を開けていた。
 『何だ俊ちゃんか~』
 ん?ぐっちー?何の用だろ?
 『うす、なつは?』
 『台所にいるよ~、上がってく~?』
 知った顔相手だから冬樹の口調も通常運転に戻ってる。
 『ん~、車停めさしてくんね?』
 『うん、そこ空いてるからいいよ~』
 冬樹の指示でぐっちーが車を動かす音が聞こえる。この男アンジェリカと違って運転はそこそこ上手いので、大した切り返しもなくスムーズに駐車できたようだ。その後冬樹に案内されて玄関から入り、キッチンに入って私たちを変な目で見つめている。
 「お邪魔します……何やってんだ?」
 えぇ、只今電子レンジを救出しております。よってお前の相手はできんのだ。
 「何でなの~?」
 姉が掃除によって明らかにされるさらなる惨劇に悲鳴を上げている。これは確実にお陀仏させてしまいました。
 『何があったんだ?』
 私が相手しないので、ぐっちーは冬樹に状況説明を求めている。内容はほとんど聞こえてこなかったので割愛させて頂きます。
 「あら俊、いつからいたの?」
 気は取り直してはいないだろうけど、顔見知りの来客に声をかける姉。そだ、アンタ何の用なのさ?
 「今っす、なつにコレ渡しに」
 と袋に入った大きめのスプレー缶、あぁ、アレね。
 「あぁ、ありがとぐっちー」
 コレは大事な用事だね。私がそれを受け取ると、この後仕事だと長居はしなかった。
 「んじゃお邪魔しましたぁ」
 まぁこんな事態だから長居もしづらいよね。
 「悪いわね、何のお構いも出来なくて」
 「いやお気になさらず~」
 ぐっちーはあっさりと帰宅していった。
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