平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

文字の大きさ
96 / 117

quatre-vingt-seize

しおりを挟む
 結局新しい電子レンジを迎え入れる必要性が出てきたので、姉が改めて中西電気店に電話を入れていたが、昨夜のことがあった私は少々気まずい思いがあった。
 どうか瀬田さんか先代でありますように~なんて心の中で神頼みなんぞしつつ、ご近所の電気屋さんが来るってだけで変な緊張をしている私。 
 「どうしたのなつ?」
 姉は何かに気付いているのか私を見て変な顔をしている。実は昨夜のことは飲みに行ったという事実しか伝えていない。家族を使った嘘を吐いてしまったがばっかりに、普段なら聞かれなくても話す事案なのにどうしても言えなかった。
 「ん?どうもしないよ。電話誰が出てくれたの?」
 基本中西電気店は電話応対してくれた人が対応してくれる感じになっている。ここでてつこでなければ大丈夫。
 「えっ?先代だけど……」
 ならよほどでない限り先代が濃厚だと思う。それが分かっただけでも何となくほっとした。

 それから一時間もしないうちに玄関からチャイム音が鳴る。きっと中西電気店だと姉が応対してくれる。
 『ごめんください、電子レンジ持ってきたよ』
 『すみません助かります。あの、壊れた分なんですが……』
 『もちろん引き取らせて頂きますよ。ではお邪魔します』
 『えぇどうぞ。杏璃も来てたの?』
 『うん、家にいても暇だから』
 今日は土曜日だから学校お休みなのね。最近小学生以下は一人で外出させないでってチラシ家にも入ってたな。うちに上がって来られた先代は早速箱を開けてレンジを設置してくださる。使い方は秋都が説明を聞き、姉は杏璃と何やら話をしている。
 「済まないがはるちゃん、しばらく杏璃預かってくんないか?今日は社長がいねぇから迎えは行けても夜になる」
 えっ?てつこいないの?土日は絶対に休まないのに珍しいこともあるものだ。
 「構いませんよ、何でしたらある程度のお時間にお送りしますが」
 「悪いね、五条さんのご都合の良い方で」
 分かりました。先代はそれで安心なさったように仕事に戻られ、杏璃は込み入った話があるからと姉を連れて客間に入っていった。
 「んじゃ僕レポート書いてこ~」
 大学の進級レポートってそれなりに大変だったからね、かなり前だけど私も憶えがあるなぁ。あの頃は一番広い部屋を借りていた明生君宅によくお邪魔していた。
 彼のご実家は所謂旧家というやつで、それなりに由緒正しいお家柄だ。彼は私なんかよりも成績優秀で、勉強の面でもとても頼りになった。何度かに一度はお泊りさせて頂き、それなりに甘い時間を過ごした思い出もある。
 けどそう言えば彼は大学在学中家へ一度も訪ねてこなかった。私も彼のご実家は場所こそ知っているが、実際ご家族にお会いしたことは一度も無い。
 『僕たちまだ一人前じゃないから』
 当時はそうだよねと納得してたけど、今思い返せば何となく変な気がする。ご家族の話もしなかったし、旧家だなんだっていうのも小久保か亘理に聞いただけだと思う。
 『あいつんとこの親小煩いからな、俺らに対してあんま良い顔しないんだ』
 『取り敢えずは今言ったこと黙っててくんね?後で揉めんの面倒だから』
 まぁそういうことならと私も彼の前ではご家族絡みの話題は避けてきたし、明生君も五条家のことを根掘り葉掘り訊ねてこなかったと思う。
 そう考えたら彼は私を恋人として相応しいと思ってなかったのかな?とも思える。それなら……友達にはちゃんと紹介してくれてたからそんなことも無いのかな?
 それに今はお互い大人と言える年齢になった。彼の言葉に偽りがないのであれば、ご家族にも認めて頂けるのではないか?という甘い考えも頭をよぎる。
 「まぁ、それも今更なんだけど」
 独り言を呟き、一人部屋の中でゴロゴロと過ごす私。そんなまったりとした時間をぶった斬るケータイのバイブ音、もう誰よ?面倒臭い。 
 「どっこいしょ」
 私は無理やり体を起こしてケータイを掴み、誰だよと画面を見ると明生君だった。本当に来ると思わなかった、私は勢い一択で通話ボタンを押す。
 「はい」
 『……夏絵?』
 少し間を置いてから、懐かしいあの声が耳元に届いた。

 久し振りに体が軽い。
 今凄くふわふわしてる。
 一年振りに出したお気に入りのワンピースに袖を通し、いつも以上に念入りにお化粧を施している。普段付けない香水を少し振り、バッグも靴もワンピースに合わせて買ったお気に入りのアイテムだ。
 普段は使わない、とっておきの時にだけ使うアイテムを身に着けると凄く気分がいい。何なんだろうこの気持ち、一過性のときめきとは違う至福の時……周りの景色はいつも通りだけど私だけはいつもと違う、何か違う者に生まれ変わったような感覚がある。

 『この後、会えないかな?』

 たったこれだけの言葉が幸せな気持ちにさせてくれる、このところ続いていたイヤ~な塊が一瞬にしてほどけていく。これまでのこだわりが馬鹿みたいだ、もっと早く素直になればあんな嫌な思いをしなくて済んだのに。
 私はウキウキした気持ちを乗せて駅に入り、待ち合わせ場所であるランドマークホテルに向かう。今日は奇しくもバレンタインデー、先に『文子洋菓子堂』に入って滑り込みでマカロンを買っている。
 彼はこのマカロンがお気に入りで、アルバイトをしてお金を貯めて初めてあげた本命チョコだった。彼のために買ったのに、『一人で食べるよりは』と言って半分分けてくれた。
 思い返せば彼との思い出は沢山ある。五年分の悲喜こもごもを、これまでの私は全部否定して忘れようとしていたの?何て勿体無いことをしてきたんだろう、あの時はああするしかなかったのかも知れないって何で考えられなかったんだろう?
 待ち合わせ場所との距離が近づくにつれ、少しずつ心拍数が上がっていくのを感じてる。脳内で余計なBGMもかからず、世界は淡々と時を刻んでいく。

 一度電車を乗り換え、普段仕事では使わない方向の電車に乗る……たったこれだけのことがドラマチックに感じられ、シンデレラにでもなったような気分になる。快速急行に乗っているのになかなか目的地に着いてくれない、待ち遠しい、彼に会いたい。
 『間もなくランドマーク前、ランドマーク前でございます』
 待ちに待った待ち合わせ場所最寄り駅に到着し、逸る気持ちを抑えながらも早足で目的地に向かう。私はホテルと直結しているホテル三階の改札口から外に出ると、すぐ前のオープンカフェであの時と変わらない笑顔で私を迎えてくれる彼。
 「ごめん、待った?」
 その笑顔を見た瞬間、六年という時間があっという間に取り戻された。
 「そんなに待ってないよ、先にここで休もう」
 私たちはカフェに入り、久し振りに向き合って座った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...