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quatre-vingt-dix-sept
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「本当ならあの時に声を掛けたかったんだ」
まだちょっとやつれてる感はあるけど、明生君の優しい笑顔はあの頃も今も変わらない。
「多分しなくて良かったと思う、一応仕事な訳だし」
「それでも僕は夏絵に会えて嬉しかった」
なら何で……そう思う気持ちもあったけど、今の私は彼の言葉が素直に嬉しかった。
「だからあの時の自分をぶん殴ってやりたくなる」
「それはもう仕方ないよ、あの時はああするしかなかったのかも知れないし」
もう後ろを見ても時間は戻らない。でも今こうして二人で会えてるんだから、これからのことを考えればいいと思う。
「変な嘘吐いたから……お姉さんにまでご迷惑を掛ける結果になって、結局その後悔がずっと付きまとってたんだ」
嘘?姉に一目惚れしたって……アレ嘘だったの?
「ごめん、君に僕の都合を押し付けたくなかったんだ。就職した君は凄くイキイキとしてて眩しかった。その点僕は半年も研修続きで、指導員や講師には毎日のように罵声を浴びせられてたんだ」
そうなの?明生君には優秀ってイメージしかなかったから、罵声を浴びせられるような事態になることすら想像できない。
「君に嫉妬していた部分もあったのかも知れない、僕は取り残されたように感じてしまったんだ。
僕は君への気持ちが分からなくなった。愛してるはずなのに憎々しさも同時に湧いてきたり、一緒にいたいのに煩わしいと思ったり……何でそんな感情を持ってしまったのかが未だに分からないんだ」
知らなかった、私の知らないところでそんなに苦しんでいたなんて。そんなことならソウルに付いて行っても良かったのかもしれないと今更ながらに思う。
「でも、君を外国へ行かせない結果になったのは良かったのかも知れない」
「えっ?」
「だって韓国って北海道と同じ気候なんだよ。それに食べ物は日本のものよりも辛い、苦手尽くしじゃないか。
それにやっぱりそれぞれ国の事情もあるからね、好きな仕事を辞めさせて苦手を強いることがどうしてもできなかったんだ。でもだからってあんな嘘を吐く必要なんて無かったんだ、遠恋という選択肢だってあったのに」
当時の僕は余裕が無さすぎた。明生君は寂しそうに視線を落とす。
「ずっと謝りたかったんだ。夏絵にも、お姉さんにも」
「もういいよ、昔のことじゃない」
「でも……」
「いいの、私も当時は『行きたくない』って思っちゃってたからお互い様なのよ」
「……」
そう、謝るのは彼だけじゃない。多分私もそんな態度を出してしまったから、彼は優しい人だからきっと察してしまったんだ。
「夏絵」
明生君は伏せていた顔を上げる。私の心臓はトクンと鳴った。
「ん?」
なるべく平静にって思ってたけど、ほんの少し声はうわずっていた。
「やり直せないか?友達からでもいいから」
「えっ?」
私は我が耳を疑った。少し前に聞いていたら『何を今更』って思っていたかもしれない、でも今なら……。
「うん、友達から」
私は彼に向けて頷いていた。
カフェで休んでからホテルに入り、二十六階にある星付きレストランに誘われた私。ここって確か……。
「夏絵はもう観た?プロジェクションマッピング」
あぁ、あの郡司と行ったというか強引に連行されたアレだな。
「うっうん、一度知り合いと……」
あ~今となっては黒歴史、不可抗力の部分はあったけど今更ながらに後悔してる。
「そっか、でもプログラム変わってるらしいよ」
「それなら観てないよ、十一月の終わりくらいだったから」
年明けで一旦終了して、バレンタインシーズンに合わせて再開させてるっていうのは聞いてるけど、アレがあったせいか興味が持てず、それ以上の情報は知らない。
「なら大丈夫かな?一応予約してるんだ」
明生君はひと足先に店内入口に入り、女性従業員さんとスマートなやり取りをしている。
「佐伯様ですね、お席へご案内致します」
彼女の案内で奥に入り、ガラス張りの壁(と敢えて表現、窓レベル超えてるから)に面した横並びの席に到着した。うわっ、前の席よりもよく見える、私は県庁所在地の夜景にちょっと興奮していた。
「キレイ……」
もうこの夜景だけで眼福モノだ、前回はそんな余裕全然無かった。
「まだ始まってないよ」
「そうなんだけど、滅多に観ないから」
「うん、そうだね」
彼は隣で優しく微笑んでくれていた。
それから程なくして食前酒、オードブルとお料理が次々と運ばれてくる。こんな豪華な食事久し振りだぁなんてはしゃぐのは心の中だけにして、六年ぶりに彼との食事を楽しんでいた。
前回は味がよく分からなかったけど、今日は味覚も至福の時を味わっていた。姉の手料理もご近所さんの料理店も美味しいけど、それとは違う贅沢さが心も体も豊かになっていくように感じられた。
「夏絵は美味しそうに食べるね」
うん、基本食べるの好きだから。これがてつことかに言われると『卑しいとでも言いたいのか?』ってなっちゃうんだけどね。
「うん、凄く美味しい」
「良かった、君の食べっぷりは見ていて気持ちいいよ」
いえちょっと待って、多分褒めてくれてると思うんだけど何か釈然としない。
「私そんなに大食い?」
う~ん、職場でもそういうイメージ付いちゃってるんだよね。ほぼ水無子さんに。
「そうじゃなくて、見ていて幸せになれるってこと」
……ならいいのかな?でもこんなに美味しいものはきちんと味わいたい、そう思いながら私は完食したのだが、明生君はほとんど口を付けず、メインディッシュで出されたお肉は一口も食べていなかった。
それ捨てちゃうの?テイクアウトシステムがあれば持って帰るのに……そう言えば弥生ちゃんが【ドッグイヤー】って箱を時々持ち歩いていることを思い出す。彼女は元々少食だから、お店の許可が頂けたらそれに残ったお料理を詰めてもらって持ち帰っている。
『これの廃棄が減るだけで資源の無駄遣いにならないと思うのよね』
正直に言えばこの点が気になって、しばらくデートに集中できていなかった。けどここでそれを言ってしまうと彼を傷付けてしまいそうな気もした。体調が良くないのかも知れないから今日は見なかったことにしよう……私は残されたお料理の残像を振り払い、始まったばかりのプロジェクションマッピングに視線を移した。
まだちょっとやつれてる感はあるけど、明生君の優しい笑顔はあの頃も今も変わらない。
「多分しなくて良かったと思う、一応仕事な訳だし」
「それでも僕は夏絵に会えて嬉しかった」
なら何で……そう思う気持ちもあったけど、今の私は彼の言葉が素直に嬉しかった。
「だからあの時の自分をぶん殴ってやりたくなる」
「それはもう仕方ないよ、あの時はああするしかなかったのかも知れないし」
もう後ろを見ても時間は戻らない。でも今こうして二人で会えてるんだから、これからのことを考えればいいと思う。
「変な嘘吐いたから……お姉さんにまでご迷惑を掛ける結果になって、結局その後悔がずっと付きまとってたんだ」
嘘?姉に一目惚れしたって……アレ嘘だったの?
「ごめん、君に僕の都合を押し付けたくなかったんだ。就職した君は凄くイキイキとしてて眩しかった。その点僕は半年も研修続きで、指導員や講師には毎日のように罵声を浴びせられてたんだ」
そうなの?明生君には優秀ってイメージしかなかったから、罵声を浴びせられるような事態になることすら想像できない。
「君に嫉妬していた部分もあったのかも知れない、僕は取り残されたように感じてしまったんだ。
僕は君への気持ちが分からなくなった。愛してるはずなのに憎々しさも同時に湧いてきたり、一緒にいたいのに煩わしいと思ったり……何でそんな感情を持ってしまったのかが未だに分からないんだ」
知らなかった、私の知らないところでそんなに苦しんでいたなんて。そんなことならソウルに付いて行っても良かったのかもしれないと今更ながらに思う。
「でも、君を外国へ行かせない結果になったのは良かったのかも知れない」
「えっ?」
「だって韓国って北海道と同じ気候なんだよ。それに食べ物は日本のものよりも辛い、苦手尽くしじゃないか。
それにやっぱりそれぞれ国の事情もあるからね、好きな仕事を辞めさせて苦手を強いることがどうしてもできなかったんだ。でもだからってあんな嘘を吐く必要なんて無かったんだ、遠恋という選択肢だってあったのに」
当時の僕は余裕が無さすぎた。明生君は寂しそうに視線を落とす。
「ずっと謝りたかったんだ。夏絵にも、お姉さんにも」
「もういいよ、昔のことじゃない」
「でも……」
「いいの、私も当時は『行きたくない』って思っちゃってたからお互い様なのよ」
「……」
そう、謝るのは彼だけじゃない。多分私もそんな態度を出してしまったから、彼は優しい人だからきっと察してしまったんだ。
「夏絵」
明生君は伏せていた顔を上げる。私の心臓はトクンと鳴った。
「ん?」
なるべく平静にって思ってたけど、ほんの少し声はうわずっていた。
「やり直せないか?友達からでもいいから」
「えっ?」
私は我が耳を疑った。少し前に聞いていたら『何を今更』って思っていたかもしれない、でも今なら……。
「うん、友達から」
私は彼に向けて頷いていた。
カフェで休んでからホテルに入り、二十六階にある星付きレストランに誘われた私。ここって確か……。
「夏絵はもう観た?プロジェクションマッピング」
あぁ、あの郡司と行ったというか強引に連行されたアレだな。
「うっうん、一度知り合いと……」
あ~今となっては黒歴史、不可抗力の部分はあったけど今更ながらに後悔してる。
「そっか、でもプログラム変わってるらしいよ」
「それなら観てないよ、十一月の終わりくらいだったから」
年明けで一旦終了して、バレンタインシーズンに合わせて再開させてるっていうのは聞いてるけど、アレがあったせいか興味が持てず、それ以上の情報は知らない。
「なら大丈夫かな?一応予約してるんだ」
明生君はひと足先に店内入口に入り、女性従業員さんとスマートなやり取りをしている。
「佐伯様ですね、お席へご案内致します」
彼女の案内で奥に入り、ガラス張りの壁(と敢えて表現、窓レベル超えてるから)に面した横並びの席に到着した。うわっ、前の席よりもよく見える、私は県庁所在地の夜景にちょっと興奮していた。
「キレイ……」
もうこの夜景だけで眼福モノだ、前回はそんな余裕全然無かった。
「まだ始まってないよ」
「そうなんだけど、滅多に観ないから」
「うん、そうだね」
彼は隣で優しく微笑んでくれていた。
それから程なくして食前酒、オードブルとお料理が次々と運ばれてくる。こんな豪華な食事久し振りだぁなんてはしゃぐのは心の中だけにして、六年ぶりに彼との食事を楽しんでいた。
前回は味がよく分からなかったけど、今日は味覚も至福の時を味わっていた。姉の手料理もご近所さんの料理店も美味しいけど、それとは違う贅沢さが心も体も豊かになっていくように感じられた。
「夏絵は美味しそうに食べるね」
うん、基本食べるの好きだから。これがてつことかに言われると『卑しいとでも言いたいのか?』ってなっちゃうんだけどね。
「うん、凄く美味しい」
「良かった、君の食べっぷりは見ていて気持ちいいよ」
いえちょっと待って、多分褒めてくれてると思うんだけど何か釈然としない。
「私そんなに大食い?」
う~ん、職場でもそういうイメージ付いちゃってるんだよね。ほぼ水無子さんに。
「そうじゃなくて、見ていて幸せになれるってこと」
……ならいいのかな?でもこんなに美味しいものはきちんと味わいたい、そう思いながら私は完食したのだが、明生君はほとんど口を付けず、メインディッシュで出されたお肉は一口も食べていなかった。
それ捨てちゃうの?テイクアウトシステムがあれば持って帰るのに……そう言えば弥生ちゃんが【ドッグイヤー】って箱を時々持ち歩いていることを思い出す。彼女は元々少食だから、お店の許可が頂けたらそれに残ったお料理を詰めてもらって持ち帰っている。
『これの廃棄が減るだけで資源の無駄遣いにならないと思うのよね』
正直に言えばこの点が気になって、しばらくデートに集中できていなかった。けどここでそれを言ってしまうと彼を傷付けてしまいそうな気もした。体調が良くないのかも知れないから今日は見なかったことにしよう……私は残されたお料理の残像を振り払い、始まったばかりのプロジェクションマッピングに視線を移した。
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