平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

文字の大きさ
8 / 117

huit

しおりを挟む
 ……しょうがない。
 私はケータイをバッグに仕舞い、明らかにおかしな緊張感を持って再び店内に入る。入口付近で満田君が待ち構えていたが、正直今は一人にしててほしい。
「あの、僕ご案内しましょうか?」
「いえ、大丈夫。お仕事に集中なさって」
 彼の親切をいともあっさりと断って私は二階に上がる。確か文庫本は新旧問わずこの階のはず……うん、変わってない。取り敢えず何だっけ? “アベノセイメイ”がどうとか言う結局何だか良く分からん文庫本を探すとしますか。無きゃ『無かった』で良いんだし、高すぎれば『持ち合わせが無かった』でも別に良いんだから。文庫本、しかも中古に何千円何万円も出したくない。
 まずは古本の棚を物色……ん? ものの十秒もしないうちに見付かったよ。こんな簡単に見付かるものなの?プレミアが聞いて呆れるわ、なんて手に取って値段をチェック……嘘っ、三万二千円? こんなのに? ガチ話だった事に若干引く。私はこそっと元の場所に戻し、素知らぬ顔をしていかにも安売りっぽいワゴンの所へを移動した。中にはかつてめちゃくちゃ愛読していた小説や、一度買ったけどブ○○○フに売りに出した懐かしの小説がちらほら見受けられた。
 ふふふっ、久しぶりに読んでみようかな? 百円均一にほど近い値段設定みたいだし、車で来てるから二~三冊ほど買おうかな? なんて思いはすぐに打ち砕かれ、再び“アベノセイメイ”がのほほんと姿を見せた(正確には私の視界に入っただけなんだけどね)。
 うぐっ、どうしよう、見なかったことにしようか。と思いつつも怖い物見たさにそれを手に取ってしまう。一応透明な袋に入れてあるけどボロっちいなぁ……これはさすがに駄目だよね、なんて思ってたらまたしてもケータイが震え出す。今度はメール、一旦そいつを元に戻してバッグに手を入れてケータイを掴む。やっぱり冬樹だ。
【破れててもページ抜けてても良いからねぇ、それでも三千円くらいはすると思うよ】
 良いの? 破れててセロテープベタベタ貼ってるようなのでも良いの?
【あったけど、袋に入ってて中身確認出来ない】
 取り敢えずメールを返して再びそいつを手に取り値段チェック……おおっ、千二百円! これって買いじゃない? って普通の文庫本だったら詐欺レベルだ、もう表紙の時点でセロテ貼ってあるし。こんなの古本屋でも捨てるレベルだろ? それを千二百円で売ろうってか? んでもってそれを買おうとしてる(いや、正確には買わされようとしてる)私はかなり頭がおかしいと思う。
【多分相当ボロっちいだろうね、因みにいくら?】
 冬樹、こんなボロ本に千二百円だよ……私は正直に値段を教えるとものの一分しないうちに【買う!】と言うレスが。イヤイヤ、買うの私だからね、千二百円徴収するからね。
【分かった、お金は徴収するからね】
【了解、月末ね】
 しょうがない、冬樹のおかしな熱意に根負けした私は“歴史旅行家アベノセイメイは見た!偉人の裏側あんな事こんな事日本史編”を手に取って店員さんに声を掛けた。
「すみません、このまま四階に上がってもいいですか?」
「構いませんよ、LPレコードのお会計も一階か二階であればまとめてのお支払いで大丈夫です」
 どうも。私は例の物も含めた四冊の文庫本を持って四階に上がる。姉にも土産を買っていこう……私はさも慣れてます的な手つきでLPレコードを物色している。
 姉の好みは大体理解しているし、冬樹みたくおかしな趣味してないから寧ろ私の趣味が格好良くすら映る(ような気がするだけ)。彼女は洋邦問わず半世紀ほど昔のミュージシャンがお好みの様だ。あとはクラシック音楽も時々聞いてるみたいで、この前は体育祭で流れてそうな曲を聞いていた。“近代クラシック”ってジャンルがあるらしいんだけど、名前までは忘れちゃった。
 あっ、そうだ! 最近超有名ロックバンドのLPレコードの劣化がどうとか言ってたなぁ、えぇっと確かビ○○○ズと同年代に活動してたとか……って事はこの辺かな? 私はそのバンドのLPレコードを物色していると……ありました。今日は捜し物がすぐに見つかる(“アベノセイメイ”は正直どっちでも良かった)、ついでだから秋都にも何か……と思ったけどあいつは本を読まない。ついでに言うと漫画もいわゆる下ネタ系(巨乳爆乳系のお姉ちゃんがニャンニャンしてるやつ)のものしか読まない。せめて少年向けの物でも読んでてくれたら買っていこうと思えるけど……ちょっとフザケてドリルでも買ってやるか、これ以上馬鹿にならないように。確か学習向けの本は三階だったな。
 買うものを決めた私は三階に降りて小学生向けの国語ドリルを一冊チョイス、秋都は書く文字も汚ければ読み書きも怪しいから、書き取りの練習もあるこれくらいがちょうど良いかも。
「さて、支払いしてきますか」
 誰もいないのを良いことにぼそっと独り言が出てしまったけれど、それくらいに今日は充実したお買い物が出来た様な気がする。“アベノセイメイ”が無ければの話だけど……これレジに持ってくの恥ずかしいなぁ。
 私は二階まで降りてレジに並ぶと、さっき声を掛けた男性店員さんがいらっしゃいませ、と言ってきた。多少の抵抗を感じつつも商品を置くと、彼は“アベノセイメイ”を見てちょっとびっくりしたような表情を見せた。そりゃそうよね、三十路手前のOLが買う本じゃないものね。
「お客様、こちらの商品は?」
「そこのワゴンセールの所で見つけました」
「えぇっ? あっあのっ、中をチェックさせて頂いても宜しいですかっ?」
 え? 何? 店員さん随分と慌ててるなぁ。
「構いませんよ」
「でっでは、失礼しますっ」
 ん? どうしたの? 店員さんまで霜田口調になってますよなんて思ってたら彼は丁寧に袋を開けてページをペラペラとし始めた。しっかし随分とボロっちい本で、殆どのページにセロテがベタベタ貼ってあって、所々ズレちゃって読むの大変そうだわ……冬樹が。
「こっ、これはマ……失礼致しましたっ。奇跡的に・・・・乱丁は見受けられませんでしたが、殆どのページに破損後の修復がされますね。しかし誰が……いえ、こっちの話です」
 店員さんは一通り本のチェックを終えると丁寧に袋に戻した。
「おっお待たせ致しました。お会計させて頂きます」
 ん? 結果どうだったのかな? 普通ならここまでくたびれてての千二百円はぼり過ぎなんだぞお兄さん、そこんとこ分かってます?
「あの、この本何かありましたか?」
 私はそれとなく控え目に訊ねてみる。すると店員さんはえぇまぁ、と私の方を見た。
「いえ、普通ではあり得ない程の状態だとお思いでしょうが……こちらの商品に限って申せることは、乱丁が無いだけでも“奇跡”と言えるんです」
「奇跡、ですか?」
「はい、それどころか“傷モノ”である事が一種のステイタスとなっている変わり種でもあるんです。変な話このような値段を付ける事はまずありません、これはお客様の運が良かったとしか言いようがありません」
 そ、そぉなのぉ? 冬樹の奴なんちゅう本買わせてんだまったく。
「運が良かった、ですか」
「はい、この値段設定は完全にこちらのミスによるものです。こんな事お客様には一切関係の無い話なのですが、この事はご内密にして頂けないでしょうか?」
「分かりました、内緒にしておきます」
「あっありがとうございますっ!」
 う~ん、何か変な事共有をしてしまった様な気もするけど、明らかにもっと高い値段設定のはず(このボロさでかよ?)の商品が捨て値同然で売られていくのがいたたまれなかった、って事でいいのよね? これは冬樹にも話しておこう、この本ごときでこの店の存亡(大袈裟)に関わる事態になったらそれも困る。
 私たちはこれ以上その事に触れず滞りなく会計を済ませるとまたしてもケータイがバッグの中で震えてる。それにしても今日はケータイが大忙しだな、と思ってチェックするとメールが一件。
【五階のカフェでお待ちしてます】
 そっか。今日はデート・・・、でしたよね?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...