平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

文字の大きさ
46 / 117

quarante-six

しおりを挟む
「ちょっと飲まね? 最上階にバーがあるんだと」
 秋都は私に向けて何かをポンと放り投げてきた。お前ちゃっかりしてんな、それは普段愛用している財布だったからだ。
「うん、いいよ」
 私たちは本館に続く渡り廊下を渡ってエレベーターに乗ると、どこからともなく悲鳴というか歓声というかはしゃぐ女性数人の声。
「キャーッ! ナルセジョウよーっ!」
 えっ? ナルセジョウって最近人気急上昇中の俳優じゃないの! どこよ? どこどこ? 私はミーハー根性丸出しで思わず頭を出して周りをきょろきょろと見回してしまう。
「イヤーッ! 女連れてるじゃない! しかもブスだし!」
 えっ? ナルセジョウって既婚だよ、女連れてたら大問題じゃないの! いや、嫁さん一般人だから顔なんて知らないけど失言だよその発言、嫁さんの可能性だってある訳だから……なんて思ってたら黄色い声の集団が私たちの乗っていたエレベーターに乗り込んできて秋都を囲んでしまった。当然私は隅に追いやられて満員電車の再現をさせられている気分だ。
「やっぱり本物って素敵だわ~」
「テレビより実物の方が格好いいわね」
 おいあんたら人違いなんだが。本物にもそれをするのか?
「ちょっと待ってくれ! ひとち……」
「既婚なのは良いけど女の趣味悪過ぎですよ~」
 それ人違いでも感じ悪いぞ女ども。
「いやだから俺はナルセジョウじゃねぇ」
「そんなので騙される訳無いじゃないですかぁ、一旦は否定するのよね芸能人って」
「マジで別人なんだって!」
 秋都は財布から免許証を取り出し女どもに見せた。そいつらは秋都の免許証をガン見していたが一人がとんでもないことを言い出した。
「あぁ、本名が別にあるパターン?」
 いや待て、お前ら本当にファンか? ナルセジョウは本名で活動してるし秋都とは歳も違うはず、公式ホームページ見た事ないのか? 私も無いけど睦美ちゃん彼の大ファンだから多少の事は知っている。
「違うっ! 俺は一般人だ! 何でこうなるんだよ!」
「素直に認めればいいんですよ、ね~」
「んなこと出来るか! 詐欺罪でしょっ引かれるわ!」
「へ~ナルセさん意外と面白~い」
 この不毛な会話いつになったら終わるんだ?と思ったらお客様、と声を掛けられる。
「如何なさいました?」
「何でもありませ~ん」
 おい、勝手に従業員さんを追っ払わないでくれ。
「何でもなくねぇ! 俺らバーに行きてぇのに俳優と間違えられて足止め食らってんだよ!」
 アルコール切れの秋都は不機嫌全開で誰彼問わずバーに行きたいと訴えかける。従業員さんは秋都の顔をじっと見て、確かに似てらっしゃいますねと呑気そうだ。
「その方でしたら今頃北海道で映画の撮影中と昼間ワイドショーで……」
 は? 従業員さんの言葉で女どもが一斉に固まる、まさに瞬間冷却レベルだな。女どもは何を思ったかケータイをチェックし始め、一人また一人とエレベーターを降りていく。全員がエレベーターを降りたところで店員さんが秋都に目配せをしてきたのだが、その意図が分かっていない秋都おバカはキョトンとしている。私が慌てて閉ボタンを押してようやくエレベーターが動き出し、それでやっと従業員さんの心遣いに気付く鈍感っ振りだ。
「さっすが高級旅館の従業員さんだな、客のあしらいがスマート……」
「ってあんた気付いてなかったじゃないの」
「俺がそれに気付けるほど賢いと思ってんのか?」
 えぇそうでしたね。

 ひと悶着あったものの最上階のバーに到着した私たちは、カウンター席でゆっくりとお酒を飲む。そう言えば秋都とこうしてお酒を飲むってそう無かったように思う、旅ならではの貴重な時間かも知れないな。
「いやぁ参った、ああいうのたま~にあるけどあんなしつこいの初めてだわ」
 あれだけ揉みくちゃにされて身分を証明しても信じてもらえないって私なら結構凹むと思うのだが、本人はさほど引きずる性格ではないので既にケロッとしている。私だってああいった扱いは何度となくあるが毎度凹みますよ~、少ないながらも一応乙女のハートを持ち合わせていますから。
「私の添え物人生はいつまで続く事やら……」
「何言ってんだ? なつ姉は無自覚過ぎんだよ」
「何で? この平凡振りは充分自覚アリだけど」
 こっちは真面目に答えてんのに秋都ははぁ~っと大袈裟なため息を吐く。
「そういうところが隙を作るんだよ。男は『イケんじゃね?』と思って近付くけどイマイチどう思ってくれてんのかが分かんねぇ、普通の奴はそこで諦めるからなつ姉にはそれそのものが伝わってない」
 ん? 言ってることがいまいち分かんないんだけど。
「変な自信家はそこで諦めねぇ、放っておいても女が寄ってくるタイプの男からするとそういう女は落とし甲斐があると喜んでかえって変な火焚き付けてアプローチをかけてくる」
「ねぇそれ何の例え話?」
「例え話でも何でもねぇけど……無自覚って怖ぇな」
 秋都は勢い良く酒を引っ掛けておかわりを注文してる。
「宜しければこちらもどうぞ」
 バーテンダーさんがつまみとしてナッツを出してくれる。
「「あっ、頂きます」」
 私たちが同じタイミングで礼を言って同じタイミングで一粒つまんで口に入れるとバーテンダーさんに笑われる。
「ごきょうだいってどこかしら似るものなんですね」
 まぁ話の端々できょうだいなのは分かるのかな? 顔は姉や冬樹も含め誰とも似てないからパッと見では分からないで有名なんだけど。考えてみればマトモに似てるのって姉と冬樹だけなのよね。
「そうですか? あまり似てないと思うんですが」
「いえいえ似てらっしゃいますよ、髪質とか爪の形とか」
 そうなのかなぁ……私たちは思わず指先を見つめてしまう。
「似てるか?」
「う~ん、どうだろう?」
 秋都の爪はめちゃくちゃデカい、手も大きいから当たり前か。私も女にしては大きいからそういう意味では似てるかな?
「爪の見方、タイミングなんて全く同じでしたよ」
 ん? そこ気にしたこと無かったけど……改めて秋都の手元を見ると私と全く同じ形で手の平を上に指を折り曲げていた。
「そうなんですかね? こういうのっていくつかのタイプで分類されそうですけど」
「そこに育った環境や家庭ごとの生活習慣が入ってくると個々で微妙に違いが出るものだと思いますよ。爪の見方でSかMかが分かるなんて話も聞きますがね」
 へぇ、私たちはそのまま爪を見つめながら手元にある酒をちびリと飲んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...