平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

文字の大きさ
47 / 117

quarante-sept

しおりを挟む
「なぁなつ姉」
 ん? あっそう言えば何で急にここに誘ったの?
「さっき通話するっつってたのって三井さん?」
「うん、社長からの言伝で『火曜日の朝出勤したら社長室に行け』って」
「そんなのメールで良くないか?」
「それ自体はメールで来たよ。ただちょっと変なことがあったみたいで」
 私は弥生ちゃんとの通話の内容をざっくりと説明した。今日は秋都とこんな話ばっかしてるような……。
「ふ~ん、待ち伏せねぇ。心当たりは?」
 心当たり……ありそうで無さそうな。
「う~ん、霜田さんは無いな」
「そらそうだろ、あの人はる姉に目移りさえしなきゃかなりマトモだぞ。身長も低くはないけど印象に残るくらいなら百八十くらいはあるんじゃねぇの?」
「弥生ちゃん小柄だから冬樹くらいでも十分高いかなぁって思っただけ」
 まぁなぁ。秋都はナッツを口に放り込む。
「あと一二三は無いわね、顔立ち整ってないもん」
「目鼻口の配置は許容範囲内だろ? いくら阿呆でも親父のメンツ潰すようなマネはしないって」
 だわなぁ、だったら誰だぁ? と思ったところで秋都が考えもつかなかった男性の名前を出してきた。
「えっ? 何でそうなるの?」
「何でって一番やりそうだからだよ」
「アンタ二度しか会った事ないじゃない」
「んなもん回数なんか関係ねぇだろ、直観で『コイツヤベッ』的な奴って少なからずいるだろうが」
 まぁそうだけど彼に限って言えばそれは無いと思う。それをするメリットあるとは思えないから。
「そんなことして何の得になるのよ?」
「知らねぇよそんなの、例え誰であっても同じだろうが」
 絶対に彼じゃない……そんな保障はどこにも無いが私は彼を信じたかった。だからという訳でもないが、弥生ちゃんが言ってた男に見合うんじゃないかという別の男性の名前を出してみる。
「あ~可能性はゼロじゃないな」
「やるとしたら多分そっちだよ、あとはもう思い付かない」
 私は残りの酒を飲み干した。
「まぁ最後のやけっぱちだと思えば考えられなくもねぇけど、俺の中では釈然としないとだけ言っとくわ……それよりもう一杯飲むか? 今戻っても部屋の中はカオスだぞぉ」
 うん、何となく想像つく……私は頷いてグラスワインを注文した。この辺りは内陸部なのもあったり国内有数のワイン産地にほど近いのもあって葡萄作りがそれなりに盛んらしい。んで地場産業の一環としてワイン産地で修行を積んだ醸造チームが一念発起して作り上げた物だと聞いたので飲んでみたくなったという訳。
「美味しかったら買って帰ろう」
 そうだ! この前のお詫びに小瓶があればあいつらに買ってやろう。労せずして詫びの手土産が決まった私はナッツをつまみながらワインが来るのを待つ。
「ところで仕事は慣れた?」
 秋都は最近職を変えて○○市中心街にあるビジネスホテルのフロント係になった。ラブホのベッドメイキングのアルバイト経験があったので元々はアメニティ部門で応募したのだが、ルックスの良さが気に入られてフロント係での採用になった。お陰で夜勤やら二日間ぶっ続け勤務とかもあるが、夜勤自体はコンビニのバイトで経験もあるし何より愛想が良いので割と楽しく……コイツ誰とでもすぐに仲良くなれるからどこへ行こうと上手くやっていけるのだが。
「おぅ大分な。俺アメニティの方が好きなんだけど、雇って頂いてる身で贅沢は言えんわな」
 基本秋都は好き嫌いを言わない、ラブホのベッドメイキングの仕事だって何気に楽しんでやってたから。
「そう、綺麗なお客さん捕まえてナンパとかしてないでしょうね?」
「んな余裕まだ無ぇわ、けど繁華街側だから出張で来るおっさんが多い」
「それなら江戸食品辺りのホテル使わない?」
 あの辺だって何だかんだで宿泊施設は充実してる、聞くとカプセルホテルが多いそうだけど。
「何言ってんだ、仕事済ませて繁華街でハメ外すからだよ。昔に比べればかなり減ったらしいけど、自腹切って遊ぶ分には自由だから一定数は居るよやっぱり」
 はぁ……何だかんだでネオンなお遊びが好きなのね男って。
「さっきの話に戻るけどさ、一応はる姉とかの耳に入れといた方がいいんじゃねぇの? 何かあってからじゃ手遅れだぞ」
「大丈夫だって、昨日の今日でこんな話したらお姉ちゃん発狂しちゃうわよ」
 折角の旅行が台無しになっちゃうよ。
「どのみち発狂するだろ、どうせなら早い方がいいと思うけどなぁ。三井さんだってそれを承知でわざわざ連絡くれたんだから、つまりはなつ姉の身を案じてくれてんだよ」
 そうかも知れないけど、秋都だとここで話した内容を全部言っちゃいそうで変な先入観を植え付けかねない。
「取り敢えず彼を疑うのはやめてね」
 そこだけは念を押しておかないと。秋都はそんな私を呆れ顔で見てから分かったよと少々不満げに答えた。
 その直後に出されたグラスワインはとても美味しかった。どこで販売しているのかと尋ねると、近所の土産物屋さんでも買える事とワイン工房の住所を教えて頂いた。早速明日買ってしまおうかな? 因みにお値段は一本あたり千円もしないとのこと、それならケチらず標準サイズにしますか。
 秋都との話し合いの結果、部屋に戻ったら姉には伝えるという方向でまとまった。そろそろカップルと冬樹コブのカオス状態はもう収まっているだろうとバーをあとにする。
「ただいまぁ、アレ? 兄貴とふゆは?」
 部屋に戻ると姉が一人でテレビを見て地ビールを開けていた。まだ飲むか姉よ……と人の事は言えないが。
「お帰り、今露天風呂に入ってるわよ」
「そうか、じゃあ今のうちに話済ませちまおう」
 秋都と私は姉の向かいに座ると、姉は何かを察してテレビを消しビールを退けた。

「……」
 私は弥生ちゃんの通話の内容を姉に話した。姉はひと通り聞いたところで眉間にシワを寄せて右のこめかみを押さえている。
「お姉ちゃん?」
「ったく次から次へと」
 えっ? 何? どういうこと?
「はる姉、心の声がダダ漏れてるぞ」
「もう黙っておく訳にいかないわ、今からちょっとショッキングなこと話すけどいい?」
「今ここでかよ?」
 秋都はギョッとした表情をして姉を見る。何? 何か知ってんの?
「家でするよりはマシかも知れない、壁に耳ありという意味ではね」
 姉はほぅと一息ついて瞳を伏せる。化粧を落としていても色が白くてはっきりした顔立ちなので見た目はそこまで変わらずお美しい……ってこんな時に言うことではないのだが。
「風呂に入ってる二人はどうすんだよ?」
「折を見て私からちゃんと話す」
 姉はそう言って綺麗な瞳を私に向けてから本当にショッキングなことを話し始めたのだった。

「全然気付かなかった」 
「と思って言えなかったの、怖がらせたくなくて」
 ゴメンねなつ。姉は私の手をそっと握ってくれる。冷え性なので指先はちょこっと冷たかったが、ほんのりとした温もりが体中に伝わってくる。ちょっとショックだし言ってくれてもよかったのにと思う気持ちはあるんだけど、それはきっと結果論であって姉なりに私を思って今まで黙っていたんだとも思う。
「正直両方の気持ちはあるんだけど」
 そうよね、姉もそれは解っていたみたいでゆっくりと頷いた。
「なぁ、しばらくなつ姉は一人で行動しねぇ方が……」
「でもどうすんのよ? 無理があるでしょ」
 誰か彼かが一日ベッタリいるの? それ引き受ける暇人なんているの?
「このところの状況を考えたらノゾムさんたちも警戒を解いていないと思うわ、しばらくは静観しましょ……っと噂をすれば何とやらかしらね、ちょっと待ってて」
 姉は何が入るの? と聞きたくなるくらいに小さなバッグの中からケータイを取り出し通話を始める。
 「はい……えぇ、少しだけなら……えぇ、さっき聞いたわ……分かった、あなたにも迷惑掛けるわね。取り敢えず『ありがとう』と言っておこうかしら……チッ、それ以上言ったら殺すぞてめぇ」
 最後は物騒な言葉を掛けて一方的に通話を切る姉、その口調だと多分社長だな。あのホストノゾムさんと大学が同じだそうで、私が海東文具に就職する云々以前から姉とは面識があるらしい。社長はバイなのもあって当時から随分と姉にご執心で、事ある毎に『俺と付き合え』だぁ『一発ヤラせろ』だぁ言ってはああやってかわされ続けている。そろそろ懲りろよとも思うが、姉を凌ぐほどのいいお相手が見つからない限り当面は続きそうだ。
「またあのスケベ社長か?」
 秋都はそう言ってケケケと笑う。
「うん、最後のクソ台詞さえ無ければ……」
 要はまた懲りずにヤラせろとでも言ったんだなあのホスト、姉は不服そうにぶつくさ文句を言いながらケータイをバッグにしまった。
「社長も懲りないね、先輩のこと話してないの?」
 姉はその辺律儀な性格だと思うんだけど……あのホスト勝手なところで耳に蓋しやがったか。
「してあるわよ。それであのザマなんだからいい加減にしてほしいわ」
 姉はげんなりとした表情でため息を吐く。言い寄られるのはイヤみたいだけど心底嫌っている訳でもないようで……私の雇い主でもあるから強く言えないのかな?いや結構辛辣な事言ってらっしゃるからあんま関係ないのか。
「ねぇ、社長は何て?」
「えぇ、弥生ちゃんからの通話内容とほぼ被ることよ、男のモンタージュ画像を作って社内でも警戒を呼びかけるって。それと石渡組には話したって、何かあってからじゃ遅いから」
 う~ん何だか大袈裟な気もするんだけど。でも実際有事がある方が問題な訳で、背に腹は変えられないとはまさにこのこと。
「大袈裟だって思うのは分かるけど、一定の解決がされるまでは我慢して」
 姉は私の手を更に力を込めて握ってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...