平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

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cinqante-trois

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 まこっちゃんから聞いた話といい、社長に見せられたモンタージュ画像といい、このところ耳に入ってくる情報は少なからず私の心にダメージを与えていた。だからと言ってそれのせいにして仕事でまで迷惑を掛けちゃいけない、と変な気を張っていたところで仕事以外でちょいちょいポカをやらかすようになっていた。通勤中に知らない人とぶつかったりお気に入りのボールペンを無くしたり、何かに引っ掛けてストッキングを破っちゃうし……まだあるけど挙げ出したらきりが無い。
 「なつ、顔色良くないわよ」
 と心配してくれる姉、今日行けば土日休めるからと仕事に出掛けたは良いが、折角作ってくれてたお弁当とお財布を忘れてしまった。私は姉のケータイに通話して確認すると両方自宅に置きっ放しになってると教えてくれた。
 『何処かに落とさなかっただけ良かったじゃない。お弁当ならふゆに食べさせるから。パスケースに小銭は入れてるんでしょ?』
 「うん、最悪Q○○カードがあるから」
 取り敢えずそれで姉との通話を切り、午前の仕事を終えてコンビニに向かおうと小銭をチェックしたが八十三円しかない、そうそうQ○○カードと思い中を見たけど……無いっ!
 「?どうしたの?夏絵」
 と水無子さん、うぅっ、お昼買うお金すら無い……。
 「実は今日お弁当もお財布も忘れちゃいまして……」
 「珍しい事もあるものね、お財布はともかくお弁当は絶対忘れないあんたが」
 今私絶不調なんです、その言い分は事実ですが食い意地張ってるみたく言わんでください。
 「そんくらい奢るわよ、ほれしゃんとしろー」
 水無子さんは丸くなってる私の背中をパンと叩いてくる。
 「そうだ夏絵さん!僕千円借りっぱなしでしたよね?」
 と背中合わせのデスクにいる仲谷君がポケットに入れてる長財布を開けて千円札を取り出した。え~っと、何だっけ?
 「ほら先月百貨店の物産展でお弁当買って頂いたじゃないですか、そのお金まだ返してなかったんで」
 あ~そうだ!コイツ競馬で大負けしてそん時金欠だ何だで泣きが入ってたわ。大した勝負師でもないくせにギャンブルなんてするなよ……ってそれはいっか。
 「先週末競馬で三万五千円勝ったんですよ!ですから借金返済しますっ!」
 「だったら週明けに返せよお前……」
 あ~これぞ天の助け!水無子さんのごもっともな突っ込みも気にならず、私は反射的に後輩からお金を受け取った。
 「これでマトモなお弁当が買える~」
 私は千円札を両手で挟んで神に感謝とお祈りもどき。
 「それは取っときな、やっぱり今日は奢る」
 「そんなの悪いですよぉ」
 「何言ってんの、あんた最近絶不調みたいだから国道沿いのレストランに行こう。美味しいもの食べて気分替えなさい」
 ううぅ、優し過ぎるぜ先輩。私は彼女のお言葉に甘え、徒歩五分程にある星付きレストランでランチを頂いてちょっと気分は上向きになった。

 水無子さんのお蔭で午後の勤務は通常運転で乗り切り、定時で上がって駅に向かう途中一組のカップルが視線に止まる。今日はプレミアムフライデーと言うやつですか?いやぁお若いねぇなんて思ってただけなのですぐに視線は外したのだが、どうもこのまま歩くと交錯しそうなので私はちょっとペースを落とす。
 とっとと歩いちゃってくださいねぇなんて思ってたら、ほぼ背中を向けていた男性がこちらに顔を向けてきた。えっ?その男性に見覚えがあった私は思わず足を止めてしまい、どうしても視線が外せなくなってしまう。私の動きに気付いた上での行動なのかは不明だが、その男性は固まっている私に向けてニヤリと笑ってきたのだった。
 【女はお前だけじゃないんだよ】
 ちょっと挑戦的な視線に私はまたしてもショックを受け、昼間に戻っていたテンションは週明け以上の底にまで突き落とされてしまっていた。
 
 この後どうやって駅に着いたのか、どうやって乗り換えたのか、どうやって駅を降りたのかという一連の行動を一切覚えていない状態で、気付けば何事も無く最寄り駅まで戻ってきていた。帰ったらすぐに寝よう……そう思いながらどうにか気力を振り絞って歩いていたのだが、あの挑戦的な表情が強烈に脳裏に残ってて周囲の状況に気を配れずにいたところ……。
 「なつっ!!!」
 私は物凄い力で腕を捕まれ、体はぐっと後方に引き戻されてドン!と衝撃が加わる。感触としては固いけど人工的ではない、そして温かい……誰かに抱き締められてる感触で我に返り、顔を上げると国分寺先輩だった。
 「信号赤だぞ、死ぬ気か?」
 えっ……?今は背後になっている進行方向を見てギョッとした。歩行者信号が赤に変わってさほど時間が経っていないのか車はバンバン走っており、脳内思考に気を取られ過ぎて信号が変わってた事にすら気付いていなかった自分自身にゾッとする。これ先輩が居なかったら最悪轢かれてたな……そう思うと怖くなって脚がガクガクと震えてくる。
 「……」
 「なつ?」
 「……だ、大丈夫です」
 「全然そうは見えないけど」
 先輩はなかなか体を離してくれない。姉の知り合いとかに見られて変な誤解を受けたらなんて考えてる間に信号が青に変わったようで、彼は私の手を引いて横断歩道を渡り始めた。
 「先輩逆方向なんじゃ……」
 「そうだけど放っておける訳ないだろ?」
 この道は交通の要所なだけあって幅が広く、横断歩道もかなり長い。時には一度で渡り切れず、中央分離帯のスペースで一旦停まって次の青信号まで待つという状況も珍しくない。
 「脚が動いてない、一旦停まるか?」
 確かに私の脚はほとんど上がっておらず、先輩に引っ張ってもらってようやく歩けてる……引きずってるといった感じだ。ほぼ同じ列に並んでいた人たちはとおに渡り切っており、私たちはかなりの遅れを取っていた。
 先輩の言葉に私は頷き、多分ギリギリで渡ろうとしてきた人たちに混じって中央分離帯で次の青信号を待つことにする。私はこの待ち時間で何とか自力で歩けるようにと呼吸を整える。
 「渡り切ったら何処か店に入るか」
 先輩は車の走行音で騒がしい中、少し声を張り上げてそう言ってきた。えっ?それは駄目でしょ、だって姉の知り合いにでも見られたら……私はいいと首を横に振った。
 「その状態で帰るとはるがかえって心配する」
 結局はそこかよと若干やさぐれた感情を持ってしまうも先輩の言う通りかも知れない、そう考えている間に再び青信号になったので、私たちは取り敢えず残り半分の横断歩道を渡り切る事にした。
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