平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

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cinqante-quatro

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 横断歩道を渡り切った突き当りに某ドーナツカフェがあるのでそこでひと休みする。先輩は空いているテーブル席に私を先に座らせ、セルフサービスは全て彼がしてくれた。あぁ千円取っておいて良かったぁ……私はパスケースから千円札を出そうとしたけど、先輩はそれを制するかのように私の手の上に大きな手を乗せてきた。
 「いいってこんくらい」
 「でも……」
 「取り敢えずは張り過ぎてる気を抜け、何があったか知らないけど泣きそうな顔してるぞ」
 「……」
 そんな顔になってたの……?私は顔を上げられなくなってあの時みたいに下を向いてパスケースを握り締めていた。先輩は何も言わず私の手を握っていてくれた。その感触からはときめきと言うより安堵に近いものを感じていた。彼は少し父に似ている、ひょっとすると姉も私もそこを好きになったのかも知れない。
 「……」
 店内は徐々にお客さんが増えていき、周囲の雑音も大きくなっていく中私たちの間でだけに流れる静寂……ここで何か話さなきゃいけないのかな?なんて事を考えつつも、今の私にはそれすらもよく分かっていないくらいに頭の整理が出来ていなかった。
 「無理しなくていいから」
 まるで私の心を見透かしたかの様な言葉を掛けてくる先輩、そういうところは高校時代から変わってないなぁと思うとちょっと安心して少しずつ余計な力が抜けていく。肩の筋肉、横隔膜の辺り、パスケースを握り締めていた指先……そして視界が歪んで熱いものが頬を伝っていく、涙腺まで緩んでしまったらしい。
 先輩は私の手を離し、スーツのポケットからティッシュを差し出してきた。ハンカチの方がサマになるんだろうけど、と苦笑いを浮かべながらそう仰る姿はやっぱり素敵だった。恋人の妹という立場もあるだろうけど、彼の笑顔からは駆け引きとか損得勘定めいたものは感じられなかった。ただただ純粋に私の事を思って寄り添ってくれている、きっと無意識にその気持ちを感じ取って安心してしまったのかも知れない。
 「……すみません、お見苦しいところをお見せして」
 良いって。彼は私の頭をそっと撫でてくれる、まるで小さな子供でもあやすかの様に。そう言えば私が何かあって泣いてた時父もよくこうしてくれてたな……そんな事を思い出していくうちに段々と気持ちも落ち着いてきた。
 「先輩……」
 「ん?」
 「……ありがとうございます」
 「いや俺何もしてないぞ」
 先輩は苦笑いを浮かべてそう答える。
 「そんな事ないです……先輩がいらっしゃらなかったら最悪車に轢かれていたかも知れないし……こうして休む事すら思い付かなくて……誰かが居てくれるだけで今は本当にありがたいんです……お蔭様で少し落ち着きました」
 たどたどし過ぎる私の言葉を聞きながら優しく頭をポンポンとしてくれる先輩。こうすると泣き止む事を学んでいた父は、私に対してはよくそこかしこをポンポンと叩いていたように記憶している。思春期と反抗期が重なった時期は恥ずかしさからやめてよとよく怒っちゃってたけど、本気で嫌だと思った事は一度も無い。
 「大分落ち着いてきたみたいだな」
 「……はい」
 「もうしばらくこうしてようか」
 えっ?私の胸はどきんと脈打つ。いえね、ときめきとかじゃないですよ、私本来横恋慕なんて一切しないですから……だって先輩は姉の恋人なんですよ、そんな誤解を招くような事する訳ないじゃないですかぁ。
 「先輩、お姉ちゃんの誤解を招くような事は……」
 「しないと思うけどな、一応連絡はしたから一緒にいる事は……やっぱりな」
 先輩は私に大丈夫だという笑顔を見せてから窓を指差した。それにつられて窓に視線をやると姉が心配そうな表情をして店内に入ってきた。
 「良かった目立つ席に居てくれて……どしたのなつ?何があったの?」
 姉は迷わず私の隣に座り、頬をさすったり髪の毛を撫でたりしてる。こういうところは母とよく似ていて、顔までそっくりなので時々男である事を忘れてしまう。
 「至君に意地悪された?」
 いえされてませんよと私は首を横に振る。
 「何でそうなる?」
 先輩は不服そうに姉を見る。
 「じゃ何でなつ泣いてんのよ?」
 「先輩が悪いんじゃないの、このところやたらとイヤな話が耳に入っちゃって……それでちょっと気持ちが沈んでて、んで駅に着いた頃がピークで信号無視しちゃったところを先輩が助けてくれて……ええっとぉ」
 先輩は何も悪くない、原因は自分自身にある事をちゃんと姉に伝えないと。
 「うん、分かってるってば。私も何か注文してこ」
 姉も一緒に寛ぐ気満々のようでちゃんと貴重品を持ってきている。今日から日曜日まで休みなんだからそのばっちりメイクはいらないでしょ?と思うが、まぁ朝のゴミ捨てだけでフルメイクする人だから通常運転ではあるのか。
 「……ったく妬けるよな」
 ‎先輩は頬杖を付いてレジに並ぶ姉の後ろ姿を見つめてる。あ~こんな状況でもナンパされてるわ、そりゃあ恋人としては嫌だよねぇ。でも何で止めないんだろ?先輩がちょっと行けばすぐに退散しそうな程度のレベルだと思うけど。
 「ならアレ止めた方が……」
 「ん?あんなのどうでもいい」
 うわぁ~余裕発言だなぁなんだけど、なら何に対して妬いてんでしょうか?私は先輩の顔を見ると思いっ切り視線が合ってしまい今ちょっとだけ恥ずかしいです。
 「それよりも強敵が目の前に……」
 へっ!?誰かいるの?と思わず後ろを確認してしまうけど壁しかない。って事は……何で!?
 「いやいや先輩、それは……」
 「あぁ、厳密に言うとなつを最優先するはるに嫉妬してる、だな。五条家にだって色んな事情があるから今の俺の感情は筋違いなんだけど、それでも独占欲とか嫉妬心とかがどうしたって出てくるんだよ」
 いや先輩、私をライバル視しないでください。違うから!私邪魔なんてしませんから!
 「さっきだってはるの奴迷わずなつの隣に座ったんだぞ、せめて迷ってくれたっていいじゃないか」
 ……何ですのそれ?ヤダちょっと可愛いを通り越してダサくない?私はイケメンの残念発言に思わず吹き出してしまった。
 「えっ!?何で笑うんだよ!?」
 先輩ったらちょっと赤くなってわたわたしてる、私の中では王子様レベルの格好良い人だったからこのギャップはかなり面白い。
 「先輩何か可愛い~」
 「三十のおっさん捕まえて可愛いは無いだろ!?」
 「そんでもってちょっとダサ~い」
 「おいっ!もう笑い過ぎだ!ったく泣いたり笑ったり忙しい奴だな」
 先輩って悪い言い方をすればちょっと人間味に欠けるクールさがあったから、こんな会話が出来るんだと思うと何だか嬉しくなってきた。
 「何か楽しそうね、どうかしたの?」
 姉がポタージュを持ってテーブルに戻ってきた。そしてまた迷わず私の隣に座ったので先輩はちょっとガッカリしてる……ように見える。
 「あのね、先輩ったらお姉ちゃんが隣に座ってくれないって……」
 「待てっ!言わないでくれ!」
 先輩は私の告げ口を制止しようと腕を伸ばしてきたが姉にあっさりと払われてた。
 「ちょっと至君、私の可愛い・・・妹に触らないでちょうだい。スケベが移ったらどうしてくれるのよ?」
 えっ!?姉といる時の先輩って一体どんななのよ!?私は思わず二人を見比べてしまう。って事は姉もスケベなんでしょうか?そこに触れるのはやめた方がいいわよね?
 「移んないだろそんなの、俺別にそこまでじゃないし」
 「あら、スウェットの下絶対貸してくれないじゃない」
 「それスケベか?」
 先輩は普通だろ?的な表情をしてるけど何故頑なに貸さないの?むしろそっちの方が疑問だわ。
 「普通に貸してもよくないですか?」
 あぁ……先輩はちょっと言いにくそうにしてるけど要は姉の細くて綺麗なお見脚を見ていたいんですよね?姉は普段からスカートメインなのにそれじゃまだ不足なんですか?
 「今度スウェットを上下とも貸してくれるんなら隣に座ってあげても・・・・いいわよ」
 「……」
 先輩、そこ悩むところじゃないですよね?
 「あらイヤなの?」
 姉はしたり顔で先輩の反応を覗ってる。
 「いやそういう訳じゃ……こればっかりは何というか男の……まぁそんなとこだ」
 「男の何なのよ?私もだけどよく分からないわ」
 「私は女ですからその辺りの事は皆目」
 私たち妹の結託に先輩は肩をすくめて参ったなと苦笑いしてる。そう言えば私一体何に落ち込んでたんだっけ?一応覚えてはいるけれど、二人の優しさのお陰でどうでもいいやと気持ちが切り替えられていた。
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