平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

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cinqante-huit

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 「ただいまぁ」
 無事てつこに送ってもらい、家に入るとキッチンからいい匂いが漂ってくる。今日は姉がいるし先輩もいらっしゃるみたいだ(玄関に革靴が置いてあった)から張り切ってらっしゃるみたいだ。休みの日にまで御三丼しなくてもいいと思うんだけど『好きでやってる』との事なので私たちはその恩恵にのうのうと預かっている。
 ‎『おかえりなつ、もうじきに出来るから顔洗って着替えといで』
 ‎うん。私はキッチンを覗かず洗面所に直行、メイクを落としてから二階に上がる。
 ‎それにしても杏璃の母親には困ったもんだ……十年前にお父さん(てつこのお兄さん)がご病気で亡くなられ、二年後くらいに再婚を理由に娘が邪魔だと施設にぶち込んだ。それを知った中西家は『せめてひと言相談してほしかった』と当時四歳の杏璃を迎えに行って最終的にはてつこの養女に収まった。
 ‎他所様のことではあるけど子供を何だと思ってるんだ?と怒りさえ湧き上がってくる、ここへ来てすぐの頃の杏璃は挨拶だけで怯えるような子でほとんど笑顔を見せなかった。同世代のお友達で慣れさせようと幼稚園に入れてみてもなかなか馴染めず、ちょうど輝を妊娠してた梅雨ちゃんが『赤ちゃんに触れさせてみたら?』という案を出して杏璃を育児に参加させた。これが杏璃には合ってたみたいで、輝の面倒を積極的に看るようになった事で少しずつ幼稚園に馴染めるようになってきた。
 ‎そういった杏璃の苦労というか愛情に恵まれなかった寂しさとかを傍目とは言え見てきている私たちから言えば『一体どこまで勝手なんだ?』と言ってやりたい気持ちもある。
 ‎さっきの話だけでもてつこが結婚に興味があるとも思えず、そこに付け込んで自分が優位に立てるような条件を押し付けてきたに決まってる。中西家はあくまでも親戚であり実の親子とはどうしても違うのだ。血縁というものがそこまで重要だとも思わないけど、行政的に言えば心情よりも血、なんだろうなとも思えなくはない。
 ‎血縁という絆がいい方向に回っているご家庭であればそれも全然いいと思うけど、世のご家庭必ずしもそうではないのが実情だ。もっと心情に寄り添った解決法って無いのかな?思春期と反抗期が入り混じってきてる杏璃にとって望まざる環境の変化だってことすら分かんないのかな?あの母親。結局自分の事しか考えてないのよね、自分がいい風に見えてりゃあとはどうでも良い……んだろうなぁ、肝心なところ見向きもしないでいいとこ取りしようとしてるだけにしか見えないもの。
 ‎まぁ私がこんな事を思い巡らせてても多分何にも出来ないし、中西家にとってもきっと迷惑だろうなと思う。てつこの良さを分かってくれる素敵な人が見つかるといいな……それで脳内思考を一旦リセットしてから着替えを済ませ、ちょっとだけでもお手伝いをしようと下に降りてキッチンに入るともう何もかも支度が終わって先輩と冬樹も指定席に座っていた。
 ‎「も~遅いよなつ姉ちゃあん」
 ‎五条家一の大食漢冬樹が口を尖らせてぶーたれてる。秋都居ないけど……もう出掛けたんだね。
 ‎「秋都早出だって、手当付くって張り切って出掛けたわよ」
 ‎「そっか。今度こそ正社員に昇格出来るといいね」
 ‎「本人はそこ望んでないみたいなのよね。今の勤務先正社員になると日勤か夜勤のどちらかに絞らなきゃいけないみたいで」
 ‎シフト制がお気に入りみたいでね。姉はそう言って笑ってる。以前にも話したけど秋都はかなり真面目で短くても二~三年は一箇所で働いている。ほとんどが非正規雇用だったので会社都合で切られたりっていうのもあったけど、本人は『働かせてくれりゃ何処でもいい』と職種には一切のこだわりが無い。
 ‎『なるだけ長く働きたい、何でもいいから生涯現役で仕事出来るのが理想なんだよな』
 ‎それなら起業して経営者になる(自営業)か自由業くらいだと思うよ、私が思い付く限りでは。定年退職したくないって事を言ってるのであれば。
 ‎「とりあえず頂きましょ、後でおやつもあるし」
 ‎おやつ?なになに?食事前だというのに私はおやつに興味がいってしまう。
 ‎「昼間高階君が家に来たのよ、先週異動でこっちに来たから挨拶がてら手土産を……ね」
 ‎「えっ!?部長こっちに越してきたの?」
 ‎「えぇ、単身でだそうよ。ご家族は北の大地に残ってらっしゃるって」
 ‎そうなんだぁ……部長は大学までこっちにいて(因みに大学も同じでそっちでも恩さん共々先輩であります)、就職を機に北の大地にご家族共々移住されたって聞いてる。確か結婚相談所だったと思うけど会社名までは憶えてないなぁ。
 ‎「部長かぁ……十年近く会ってないなぁ」
 「面白いくらいにまんまだったよ~、ちょっとオッサンになってたくらい」
 ‎冬樹は姉お手製の麻婆春雨をご飯に乗っけてご満悦の表情だ。
 ‎「全然変わってなくて安心した」
 ‎「先輩もお会いになったんですか?」
 ‎「あぁ、職場最寄り駅でばったり。はるのご飯が食べたいって仰ってたから昼ここにお連れしたんだ」
 ‎そっかぁ、部長は姉の作る料理大好きだったもんね。時にはご家族も連れてきたり……そう言えば皆様お元気にしてらっしゃるのかな?妹さんって確か冬樹と同い年で今頃大学生になってるのか。当時は兄妹そっくりだったけどさすがに女の子だからガテン系にはなってないわよ……ね。私は部長のお土産を楽しみにしつつ姉の手料理を美味しく頂いた。
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