コーヒーゼリー

谷内 朋

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幸福編

ー32ー

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 コーヒーゼリーを購入した二人は畠中の自宅に居た。リビングのソファに並んで座っている波那は少々不安そうに、畠中は嬉しそうに小さな陶器のカップの中を見つめていた。
 食べられるかな?でもこのコーヒーゼリー凄くキレイ……。波那はカップを両手でくるみ、プルプルとした黒褐色のゼリーに白いホイップクリームがちょんとデコレイトされているだけのシンプルな仕上がりのそれにスプーンを挿し、一口分をすくい取る。
 でもこれって『賭け』なんだよね……。一瞬その事が頭をよぎったが、いずれにせよ嘘の感想を述べるつもりなど無かった。一口分のコーヒーゼリーにホイップクリームを少し付けてから恐る恐る口に入れると波那の表情がぱっと変わる。
 想定内の味ではあったが、魅惑的な香りの中にコーヒーのほろ苦さとホイップの甘さが絶妙に絡み合い、何故かこれまでの苦手意識は一瞬で払拭される。過去に何度かチャレンジした味とさほど変わらないのに、この時食べるコーヒーゼリーは特別な物に感じられた。
 「美味しい……」
 波那はコーヒーの香りに包まれたくて更に一口分をすくい取り、今度はゼリーのみを口に入れる。個人的にはホイップを付けた方が好みだったが、それでも苦手な酸味が抑えてあるので彼にとっては食べ易かった。
 「もう少し奥まで挿してみてください、中からトロッとしたクリームが出てくるんです」
 それもまた美味しいですよ。畠中のカップの中は既に半分以上無くなっており、黒褐色に白がじんわりと染みて少し色が変わっていた。相変わらず早食いなんだから……。笑いそうになるのをぐっと堪え、言われた通りスプーンをくっと挿してすくい上げるとトロッとしたコーヒーフレッシュの様なクリームが滲み出てきた。
 三口目の味は先程までの二口以上に強調された苦味と甘味がまるで自分たちの様だな。と、隣で嬉しそうにコーヒーゼリーを食べている畠中の美しい横顔をじっと見つめていた。波那も幸せそうな表情でコーヒーゼリーを少しずつ消費し、気付けば最後の一口分を残すのみとなっていた。そしてその一口を食べ切って、ごちそうさまでした。と手を合わせると、隣でその経緯を見つめていた畠中はにやっと笑って、俺の勝ちです。と言ってきた。
 「……そうですね、とても美味しかったので仕方ありません」
 「でしたら今日一日俺に付き合ってください」
 良いですね。畠中は念押しする様に波那の瞳を見つめてから、有無を言わせず肩と膝裏に手をかけるとお姫様抱っこをして寝室に連れ込む。
 「あのっ、三十男にお姫様抱っことかやめてください!」
 「貴方は『賭け』に負けたんです。……取り敢えず服脱いでください」
 畠中は波那をそっとベッドに下ろすとさっさと服を脱ぎ始める。まだ夜になってないじゃない。そう言いたかったが、ここで嫌だとごねたところで『賭け』に負けた事を引き合いに出されるだけなので仕方無く言う通りにする。
 基本的に何事もてきぱきとこなすタイプの畠中は、あっと言う間に均整の取れた逆三角の体型を晒してベッドに乗る。まだ上半身しか脱ぎきっていない波那の前に座って、ズボンを下着ごと一気に脱がして押し倒す様にベッドに寝かせた。
 「……」
 畠中は仰向けになっている波那の髪の中に左手を入れ、頭を撫でながら唇を重ね合わせる。波那は瞳を閉じてうっとりとしており、畠中が入れてきた舌に自身の舌を絡ませる。
 んんぅ……。畠中の右手は波那の体を這い、脇腹を通った時に口を塞がれながらも声を上げる。その手は下腹部を伝って股間に辿り着き、まだ閉ざされている内腿に手を入れて長い指の先端で性器を軽く触る。
 畠中はキスを解いて首筋に顔を埋め、耳元から首筋、そして胸元にかけていくつものキスマークを付けていく。波那の内腿は次第に弛み、畠中の指を受け入れて少しずつ欲情していく。畠中の指が体の中に入ると、ピクンと反応してあっと声を上げる。本当ならもっと慣らしてからセックスに興じるところだったが、逸る気持ちを抑え切れず馴染み切らないうちに体を繋ぎ合わせてしまう。
 「やぁ……っ!待ってぇ……」
 久々の挿入を痛がる波那を気遣い、普段以上にゆっくりと腰を動かして体中を優しく愛撫する。それで落ち着きを取り戻した波那は、吐息混じりの声を上げながら体は次第に馴染んでいく。
 「……ね、ご……めん……」
 波那は畠中の腕の中で譫言の様に謝っていた。畠中の心はチクリと痛んだが、敢えて聞こえない振りをしてそのまま腰を動かし続ける。しかし波那の譫言はそれで終わらず、何かにすがる様に首根っこに腕を回し、ごめんね。と呟いてしっかりとしがみ付く。
 「……もう、逃げたりしないから……」
 その言葉に畠中の動きが止まる。なら何であの時俺に別れを告げたんだ?急速に熱が冷めて体を離し、瞳を閉じて呼吸を乱している波那を見下ろしている。
 「その懺悔は誰に対する言葉ですか?」
 え……?波那は急激に態度を変えてきた畠中に驚きの表情を見せて腕をほどく。
 「只でさえ『処女』でなかった事にがっかりさせられてるというのに、今俺としてる事を棚に上げて貴方他の誰の事を考えているんです?」
 誰のせいだと思ってんだ!?波那もその言い草に怒りが込み上げてきてすぐ傍にあった枕を掴むと畠中の顔面に思いっきり投げ付けた。
 「ってぇな!何すんだよ!?」
 「バカ!全部あなたのせいじゃないか!」
 「バカはどっちだ!?別に今更謝って欲しかねぇんだよ!散々俺の気持ち振り回しといて出てきた言葉が『ゴメン』かよ?俺の事ナメてんのか?」
 二人はこの一年で溜め込んでいた小さな不満を噴出させ、甘い時間になるはずが大喧嘩に発展してしまう。
 「ナメてるのはどっち?あなただって僕の事振り回してきたじゃない、初めての時だって強引に押さえ付けてきたくせに」
 「結果的に馴染んだんだから良いじゃねぇかよ。手の届くところまでは寄って来るくせに、掴もうとした途端どっか行っちまうんだよ、お前は。この短期間で俺から何度逃げた?ったくこんな奴初めてだよ」
 「僕だってこんな強引な人……」
 畠中は波那の言葉を遮って強引に唇を奪う。まだ怒りの治まらない波那は体をばたつかせて必死に抵抗するが、力勝負では勝てず結局押さえ込まれてしまう。ううぅ……!もがけばもがくほど体の自由は利かなくなり、畠中に主導権を握られた波那はそのままベッドの上で組み敷かれて体を重ね合わせる結果となる。
 「もう、嫌い……、あなたなんか……」
 「だったら力ずくでも逃げてみろ、本当に嫌ならな……」
 畠中は身を捩らせている波那の上で腰を突きながらわざと意地悪な口調で挑発する。いやぁ……!口では繰り返しそう言っていたが、体は彼とのセックスを受け入れていた。
 ああぁ……。波那は麻酔薬を受けた時の様に頭がぼんやりとしていた。抵抗する力も段々と弱まっていき、股間がじわじわと濡れてきてすっかり欲情している。
 しかし畠中はそんな姿を淋しそうに見つめていた。嫌われているのならそれも仕方が無い、ただ欲情を抜きにした本当の気持ちを知りたかっただけに今の波那の本心が見えなくなっていた。
 「波那……、どこにあんだよ?本当の気持ちは」
 悲痛とも言える声色に波那は瞳をうっすらと開けて畠中を見る。普段はどちらかと言えば前衛的で自信満々な彼が見せたその表情は、まるで何かに怯えて縮こまっている小さな子供の様だった。波那は畠中の頭に手を回し、そっと胸に抱き締めると、ここにあるよ。と囁く。
 「……俺が欲しいのはそんなんじゃねぇ……」
 「分かってるよ。でも何かは感じない?」
 抵抗して離れようとする畠中だったが、波那に優しく頭を撫でられているうちにおとなしくなる。波那の少しばらつきのある心臓音を聞きながら、細く小さな体に腕を回して力強く抱き締めた。
 星哉……。その声に導かれ、畠中は頭を上げて体を動かす。二人はお互いを見つめ合い波那は先の細い指で畠中の唇をなぞる。
 「……時には言葉を使う事も必要だよね……」
 波那は両手で畠中の頬を包み、あなたが好き。と言った。しかし畠中は微動だにせず、ただじっと大きな瞳を見つめている。星哉。再び彼の名を呼んだ波那は、曇りの無い笑顔を見せて口を開いた。
 「愛してる……」
 その言葉を合図にしたかの様に畠中は波那の唇を塞ぐ。波那は瞳を閉じて逞しい体にしがみつき、隙間のあった心がどんどん満たされていくのを感じていた。一度唇が離れ、波那はもう一度愛してる。と囁くと、大した前戯もしないうちに欲情していた二人は体を重ね合わせていた。
 「ああぁ……ん、星哉……星哉ぁ……」
 畠中はベッドの上で乱れていく波那に何度もキスをし、何度も腰を突いて結合を強めていく。その度に波那の体は揺れ、固くなった性器は熱を帯び始める。これまでの経験で彼の性感帯を見付け出していた畠中はわざと結合を弛め、穴の浅い部分を何度も刺激させる。
 「いやぁっ!そこはダメぇ……!」
 波那は体中を紅く染めて恥ずかしがりながら体を捩らせる。
 「『ダメ』じゃなくて『好き』の間違いだろ?お前ここを弄ると感じるんだよ」
 「それを言葉にしないでぇ……。……くっ、……ああぁん……!」
 彼はイヤイヤと首を振るが、体は抵抗しないどころか刺激を求める様に脚を広げている。そろそろイキそうだな、畠中は冷静に波那の性器を掴んで尖端部分を弄ると一気に結合を強め、奥まで挿入して何度か腰を突いているうちに二人の股間が一気に熱くなる。
 「あっ、あっ、あっ、あっ……ううぅん、ああぁっ!」
 波那の体の力は一気に抜けてベッドに沈んでいく。畠中は零れた精液をティッシュで拭き取ると彼の体をうつ伏せにした。
 「俺まだイッてねぇんだ、それまでは付き合ってもらうからな」
 「いやっ、……もう無理……」
 波那には体を起こす体力すら残っておらず、畠中は無抵抗状態の背中に唇を這わせて再度股間に手を入れる。時折んんっ、と声をあげるものの体はほとんど動かせず、何から何までされるがままになっていた。
 畠中は波那の腰を持ち上げて膝を付かせると、性器を挿入して先程よりも激しく腰を振り始める。
 「あぁ……あぁ……あぁ……」
 波那はうつ伏せになって喘ぎ声を上げ、弱々しいながらも欲情し始める。畠中は珍しく呻き声を上げながら何度も腰を動かし、自身の性器が絶頂に近付いているのを冷静に感じていた。
 これ以上波那に負担はかけられない。ここは時間をかけずに一気にぐっと腰を突くと、波那の体の中で射精して体力はガクッと落ちる。性器も元の大きさに戻り、波那の体は再びベッドに崩れ落ちた。
 畠中は仰向けに寝転んでしばらく体を休めていた。隣に居る波那はまだぐったりとしている。畠中は小さな体を抱き起こして少し汚れてしまったシーツを外してくしゃっとまとめると、そこに波那の腰を置いて寝かし付けた。
 「ありがとう……」
 「波那、疲れたか?」
 「うん、少し休ませて……」
 波那は逞しい体に身を委ねて瞳を閉じる。少し経つと小さく寝息を立てて眠り始め、久し振りに見る天使の寝顔に畠中は欲情してしまう。気持ちゆっくりと仰向けにしてキスをすると、その感触に気付いてか瞳をうっすらと開ける。
 「……ん……何?」
 「第二ラウンドだ」
 野獣化した畠中は寝起き状態の波那を襲う。ダメッ!と抵抗はしたもののあっさりと惨敗し、惚れた弱みも手伝ってこの日は一晩中彼の欲情に付き合わされる羽目となった。
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