コーヒーゼリー

谷内 朋

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幸福編

ー33ー

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 その日を境に事実上カップルとなった波那と畠中。小泉家では年の瀬となった十二月三十一日、波那と早苗はおせち作りの最終仕上げに精を出していた。この日は朝からそれに時間を取られ、ある程度の事は事前に済ませているとは言え他の事はそっちのけになっている。今回の年末年始、麗未は仕事納めと同時に丞尉夫妻と正木と共に、日本最北端の岬で初日の出を見る。とキャンピングカーを利用する張り切りっ振りで出掛けている。
 近所に住む千景と里佳子は夫の実家で正月を過ごし、海外勤務の愁と遼の双子はそのまま現地に留まっている。ホテルマンの時生は年末年始など関係無く仕事が入っているのだが、今晩の仕事明けで帰省し、正月の勤務は夜勤にしてここで年越しを迎える予定となっている。
 「波那ぁ、星哉君迎えに来るんだよね?」
 「うん、夜になってからだよ」
 交際を始めて僅か一月程なのだが、波那は既に恋人として家族に畠中を紹介しており、早苗や時生、麗未の他にも、津田や丞尉などの幼馴染みらとも交流を始めていた。津田だけは思うところがあって今尚二人の交際にケチを付けているものの、概ね歓迎ムードですっかり受け入れられている。
 昼を少し過ぎた頃、玄関から、ただいま。と久し振りに聞く声が響く。
 「はぁい」
 波那が玄関に出ると、長兄一徹が恋人の神尾桂を伴って大荷物で立っていた。
 「お帰りなさい、二人とも疲れたでしょ?」
 「そうでも無いよ。はい、お土産」
 一徹は波那に紙袋を手渡して家に上がる。桂も彼の後に続き、お邪魔します。と上がってきた。
 「『ただいま』でしょ、桂君。来月からここで暮らすんだから」
 波那が笑いながら言うと、桂は、良いの?と言いたげな顔をした。
 「桂君は『家族』なんだよ、遠慮しないで」
 「うん、ありがとう」
 この度一徹の隣県への転勤が決まり、幸い通勤に困らない距離なのでこれを機に実家に戻る事にした様だ。そして恋人桂との交際も十年を迎えるそうで、彼の家族にも了承を得て二人仲良く来月からここで新生活を始める。
 一徹と桂は真っ先に仏壇の前に座って父に帰省の報告をする。そんな二人の背中を早苗が感慨深げに見つめていた。
 「形はどうあれ、『家族』が増えるって幸せな事ね」
 早苗は父子家庭一人っ子の環境で育ち、父もまた幼いうちにきょうだいを亡くしてほぼ一人っ子状態だった。二人は一人っ子だとどうしても多少の寂しさはあるから、と子供は二人以上欲しいと考えていた様だ。その願いが叶って八人の子供を授かり、早苗は毎日の様に夫と巡り会わせてくれた神様に感謝しています。と仏壇の前で手を合わせている。そんな背中を見てきている波那は、うん。と頷いて母の言葉に同調した。

 北海道にある日本最北端の岬に到着した麗未ら四人は、丞尉主導の元夕食の鍋を作り始めていた。今ではすっかり料理上手の愛梨も手伝って、夫婦仲良くキッチンに立っている。正木は車内の清掃をしつつ、ここへ来て体調を崩してしまっている麗未が気が気でない様だ。
 「麗未さん、ご気分はいかがでしょうか?」
 「……大分楽になった。ゴメンね、肝心なところでこんなになっちゃって」
 口では『楽になった』と言ってみせるが、明らかに顔色は悪い。
 「もうじき出来るからさ、薬飲むならちゃんと食っときな」
 朝から何も食ってないんだからさ。丞尉は残ったご飯を小さな鍋に入れておじやを作ってくれていた。
 「久し振りだったから念の為病院行ったんだけど……」
 麗未は婦人科系の病気で手術を受けており、現在も年に一~二度通院をしている。それが元で子供を授かりにくくなっており、恋人と別れたのもそこが小さな火種となって数年のタイムラグを経て炎上してしまった。
 「そのお陰でお薬処方してもらえたんだから。備えが出来たと思おうよ」
 愛梨は夫が作ったおじやを持って麗未の元にやって来た。正木がそれを受け取り、麗未の前に設えておいたテーブルの上に置いた。
 「そうですよ。予定よりも早く到着していますし、カウントダウンまでまだ七時間ほどありますから」
 麗未はゆっくりと体を起こし、傍らにあったケータイで時刻を確認すると、ホントだ。と微かに笑ってみせた。
 「予定では六時到着だったもんね。検査では異常無しだったからイケると思ったんだけどなぁ……」
 「今のうちに食べて休めば間に合いますよ」
 正木は麗未が座り易いようにクッションを背中に敷いてやる。ありがとう。彼女のその言葉に耳まで真っ赤にして照れていたのだが、それでも離れる事無く優しく体を支えていた。
 利き酒イベント以来、二人は頻繁に会うようになっていた。まだ交際には至っていないのだが、それでもクリスマスイブはレストランを予約して二人きりで過ごし、着実に関係を深めている。
 麗未は少しずつおじやを食べ始める。空っぽの胃の中に温かさが染み渡り、心も体もほっこりと温まってくる。美味しい。彼女は丞尉にそう言うと、段々と食欲が湧いてきてゆっくりながらも食事を楽しんでいる。
 「あ~、温まったら元気になってきた」
 気付けば鍋の中のおじやは綺麗に無くなっており、正木が用意してくれている白湯で処方してもらった薬を飲んだ。
 「ごちそうさまでした、美味しかった」
 麗未は自分で片付けようと布団から出ようとしたが、正木がそれを制止して食器は全て彼が片付けてくれる。
 「もう一眠りしておいた方が良いですよ、北海道の夜は長いですから」
 「じゃあお言葉に甘えて休ませてもらうね」
 麗未は再び横になって布団を被り、カウントダウンに備えて休む事にした。

 「俺こんな年末年始初めてだわ」
 中林は正月休みを利用して、恋人である千郷を訪ねに信州へやって来ていた。しかし今回は新カップルの交際振りを見たがった毛利と津田も付いて来ており、なかなか賑やかな状態となっている。
 「今更何なんですが、実家のあるあなたたちが何でここに居るんすか?」
 「別に良いじゃない、クリスマスに戻ったばっかだもん」
 「家は姉と妹二人家族が居るから今頃うるさいくらいだよ、俺だけ独身だから案外肩身狭いんだ」
 二人して尤もらしい言い訳をしているところに、台所に立っていた千郷が熱燗を、理彦は年越しそばを持って居間に入ってきた。
 「はい、年越しそば。ゆう君と津田さんと母さんはネギ無しね」
 「へぇ、『ゆう君』って呼んでんだぁ」
 毛利は中林の隣に座った千郷を見てニンマリする。
 「はい。どこか変ですか?」
 千郷は毛利の詮索にキョトンとしており、中林は渋い表情で、下衆。と軽く睨む。
 「それくらいは良くないか?津田っちみたいにあっちのカップル見て文句タラタラ言ってるよりは」
 中林は、まぁな。と言って理彦と匠のカップルと話をしている先輩を見る。毛利から聞いているだけなのだが、下手に波那を幼少期から知っていて思うところも色々ある様で、浮気の末の交際なだけに未だ畠中が気に入らないらしいのだ。
 ひょっとしたら俺と付き合ってた時もこんな気持ちだったのだろうか?告白劇までやらかしたみたいだし、見た目とは違って案外嫉妬深いと言うか独占欲が強いと言うか……。
 「総さん意外と中身ガキなんすね?」
 後輩の呟きに反応した津田は、何か言ったか?と振り返る。いえ。中林はしれっとした態度で首を振り、出来立ての年越しそばを少しずつ食べ始める。毛利は千郷から交際の状況を聞き出しており、隣に居る恋人はさして気にせず正直に答えていた。
 「この男の質問に真面目に答える必要無ぇぞ」
 「隠す様な事してないからね、そこまで気にしなくて良いんじゃない?」
 千郷はそう言いながらそばをすする。毛利はミッション系の生活をしてきたせいか日本式の正月に馴染みが薄いのだが、ご当地ブランドとも言えるこのそばは気に入った様で美味しそうに食べている。
 「来年から店でも年越しそば出してみようかな?」
 「え?お店休みじゃなかったんですか?」
 「うん、基本無休だよ。だからクリスマスも正月も休み取ったらマスターに文句言われちゃって。今頃一人で店立ってくだ巻いてんじゃないかな?」
 そんな話をしていると年末恒例の歌番組が始まり、津田はテレビに気を取られ始める。と言うのは、この年司会を担当する女優の大ファンで、ここで観るにも関わらず自宅でも予約録画をする念の入れようだ。
 「この女優さん、大河ドラマに主演なさった方ですよね?僕も結構観てたんです」 
 千郷もテレビ画面に顔を向ける。
 「千郷は子供の頃から大河ドラマとか時代劇の方が好きだからな」
 「だって歴史の勉強になるじゃない、それに僕もこの女優さん割と好きなんですよ」
 千郷は津田の好みに同調し、酒を飲みながらテレビに夢中になる。他の面々もテレビに視線を向け、年末らしい一家団欒を楽しんでいた。
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