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幸福編
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年が明けて二週間ほどが経った土曜日の午後、かねてより交際していた嵯峨丞尉と南愛梨との結婚式が開かれていた。二人はチャペルで永遠の愛を誓い合い、丞尉の幼馴染みとして参列している波那を含めた参列者からも惜しみない祝福を受けていた。
式も佳境を迎え、いよいよ独身女性にとってはメインイベントとも言える新婦のブーケキャッチで場の雰囲気はにわかに色めき立っている。麗未をはじめとした同級生や奈良橋ら職場関係の独身女性が参加し、十五名ほどが決められた枠内に収まってブーケを狙っていた。
そして愛梨が小高い台の上に立ち、ギャラリーに背を向けてブーケはふわりと宙を舞う。弧の字を描いて向かった先は……女性たちを飛び越えて、見守る側だったはずの波那の手の中にすぽっと収まった。会場内はちょっとしたハプニングに一瞬静かになったのだが、それでも畠中との交際を知っている者たちも居るせいか周囲からは拍手が沸き起こった。
「……これって良いのかな?」
波那は気恥ずかしそうに隣に居る畠中を見上げる。
「ありがたく貰っときな」
うん。波那は頬をピンクに染めてブーケを見つめていると、愛梨が嬉しそうに歩み寄って、おめでとう。と声を掛けてきた。
「次は波那ちゃんだね、これ受け取った方が年内に結婚出来るよう祈願してもらってあるの」
「ありがとう」
「ってかお前ヨメに行く気か?」
新郎である丞尉もやって来て友人のゲイカップルを見て笑う。
「その表現は正しいのかな?両方が男なだけに」
二人は悩ましい表情でお互いの顔を見合わせている。
「ったく、人の結婚式でラブラブしてんじゃないよ」
「良いじゃないの、ブーケを受け取れて嬉しかったのよ」
丞尉の呆れ顔を愛梨がたしなめていると、丞尉が職場の同僚らしき男性に呼ばれ、新婚夫妻は大きな男性集団の中に入っていった。しばらくするとそこで新郎の胴上げが始まり、他のギャラリーたちがそちらに移動していく。二人はその場に留まり、遠巻きに胴上げを見つめていた。
畠中は傍らに立っている波那の左手を取り、空いている手でポケットを漁る。丞尉の胴上げに気を向けさせる様話し掛けながら用意していた指輪を波那の左手薬指にそっとはめた。
え?左手薬指の感触に気付いた波那は恋人の顔を見る。畠中はにこやかな表情を見せて、波那。と呼び掛けた。
「近い将来、一緒に暮らさないか?自分の家庭ってやつを作ってみたいんだ」
「……本当に僕で良いの?」
「当たり前だろ、お前以外の奴にこんな事言う気ねぇよ」
畠中は恋人の細い顎にそっと手を当てる。波那は笑顔を見せつつも泣きそうな表情も見せて何とも言い難い顔になっていた。
「ありがとう。凄く嬉しい……」
波那は畠中に体を寄せ、皆が胴上げに気が行っているのを良い事に短いキスをする。そしてコクンと頷き笑顔を見せた。
良かった。畠中は滅多に見せない満面の笑みで恋人の小さな体を思いきり抱き締める。二人は人様の結婚式を拝借して永遠の愛を約束し、いつまでも離れようとしなかった。
それから時は流れ、二人が交際を始めてから間もなく一年が経とうとしていた。交際までの紆余曲折が嘘みたいに順調に愛を育み、双方の家族にも祝福されて幸せ一杯の日々を過ごしていた。
そして年の瀬間近のこの日、遂に約束を実現すべく波那と畠中は同姓を名乗れる様戸籍を変え、居住地は畠中の自宅に移す事にして朝から引っ越し作業に追われていた。彼の弟泰地と伽月の手伝いもあって作業は良いペースで進み、引っ越し業社で働いている泰地のお陰で部屋の家具の配置はほぼ終わっている。
「僕もう疲れたよぉ??」
大柄とは言ってもまだ小学生の伽月はリビングのソファに座り込む。波那は用意していたお弁当を出して皆に休憩を促した。
「少し休まない?お弁当作ったんだ」
波那が星哉と泰地を呼びに行き、その間伽月が食事の支度をしてくれていた。四人はお弁当を囲んで座り、畠中の合図で食事を摂り始める。特に伽月は波那の料理が大好きで、パクパクと勢いよく食べて一気に元気になっていく。
「ねぇ波那ちゃん、デザートあるの?」
「うん、あんこが残ってたからどら焼作ったんだ」
ホント!?伽月の瞳がパッと輝き、波那はクーラーボックスから紙の包みを取り出した。手作りのどら焼は少しずつ大きさも焼き色も違っていて、自家製らしくラップで個包してある。
「食べてもいい?」
うん。波那の言葉に早速それを一つ手に取り、ラップを剥がしてかぶり付くと、幸せそうな表情を浮かべながらモグモグと口を動かしている。凄い食欲。と泰地は苦笑いしていたが、お前も結構食ってるよ。と兄に茶化されてばつ悪そうに頭を掻く。
食事を終えてまったりとした時間を過ごしていると玄関のチャイム鳴る。来た。畠中は待ってましたとばかりいそいそと玄関に向かってドアを開けると、夏に札幌支社から戻って営業五課の課長に就任した沼口が大きなペット用のボックスを持っていた。
「結婚祝い、約束してたやつ」
「ありがとうございます。散らかってますけどどうぞ」
早速上司からボックスを受け取り、波那たちの居るリビングに案内する。お邪魔します、部屋の中を見回しながらリビングに入ると波那が既にお茶を用意しており、畠中は二人の弟と共にボックスを開けて中を覗き込んでいる。
「悪いな、バタバタした時間に邪魔して」
「大丈夫だよ、必要な作業は終わってるから。沙耶果ちゃんは元気にしてる?」
「あぁ、相変わらずだよ。それより随分と若い友達が居るんだな」
「あぁ、こいつら弟なんです」
畠中は一旦沼口に向き直って泰地と伽月を紹介する。二人は沼口の方を向き、こんにちは。と頭を下げた。
「初めまして、沼口昇です。この二人と同じ会社の者です」
「泰地と申します。こっちは伽月、兄がいつもお世話になっております」
沼口は部下と違ってとても礼儀正しい二人を見ながら波那に、ホントに兄弟か?と訊ねる。
「うん、事情があって長い間別々暮らしてたんだけど」
「そっか、雑な話し方を想像してたからな」
「あの、俺そんなに雑いですか?」
畠中はボックスの中を気にしつつも、上司の言い分に若干不服そうに顔を上げる。
「雑だろ、小田原さんに対する話し方は目に余るぞ。あの人ああ見えて結構気難しいのによく怒られないよな、お前」
「そうなんですか?俺てっきり緩い人なのかと……」
彼は沼口と波那を交互に見る。
「気難しいと言うか人見知りは凄く激しいよ。ただ感情で好き嫌いを分ける様な事はなさらないから気付いてない人も多いと思う」
「結構居るんだよ、ナメてかかって地雷踏む奴が。まぁでもご家族との交流があるんなら大丈夫だと思うけど、三兄弟の勉強見てやってんだろ?」
「はい、月に一度。最近は三兄弟が家に来る事も」
「何だ、相当信頼されてるじゃないか」
沼口と波那は安心した様に頷き合い、畠中は再びボックスの中を覗いている。最初は何の音沙汰も無かったボックスから微かに音が聞こえてきて、中から子犬がおどおどした様子で顔を出してきた。
「珍しい色ですね」
その子犬の姿形はゴールデンレトリバーなのだが、シベリアンハスキーの様な模様で毛の色が青みがかっている。
「あぁ、レトリバーとハスキーの雑種なんだ。畠中ご希望のメスはその子だけで、早い者勝ちで兄貴から頂いてきた」
畠中は手の中で微かに震えている子犬を優しく撫でてやり、伽月も、可愛いね。と興味を示している。
「でかくなるからそれは覚悟しとけよ」
「はい、波那でも散歩出来るよう躾しますんで」
「大丈夫なの?お兄ちゃん」
伽月は心配そうに兄の顔を見る。
「大丈夫だよ、大型犬の方が従順なんだ」
「僕も出来る時はお手伝いするね」
その時は頼むよ。畠中は弟の背中をぽんぽんと叩き、子犬を波那にも見せに行く。
「名前、俺が付けて良いか?」
「もう考えてあるんだね、何て名前?」
波那は畠中から受け取っている子犬を抱いて嬉しそうに頭を撫でる。
「"ミソラ″。この名前が付けたくて沼口さんにはメス犬をお願いしてたんだ」
「良い名前だと思うよ、毛の色にも合ってるし」
波那は子犬に向かって″ミソラ"、と呼びながら首筋を指で撫でると、彼女は目を閉じて喉を鳴らしている。今度は伽月が″ミソラ″の名を呼ぶと、垂れている耳を微かに持ち上げて早くも自身の名前を認識した様だ。
「気に入ったみたいだよ、名前」
良かった。畠中はホッとした笑顔を見せ、波那に抱かれている"ミソラ″の頭を撫でた。こうして小泉家の仲間入りを果たした青毛の子犬は、以後大切に育てられる。≪終≫
式も佳境を迎え、いよいよ独身女性にとってはメインイベントとも言える新婦のブーケキャッチで場の雰囲気はにわかに色めき立っている。麗未をはじめとした同級生や奈良橋ら職場関係の独身女性が参加し、十五名ほどが決められた枠内に収まってブーケを狙っていた。
そして愛梨が小高い台の上に立ち、ギャラリーに背を向けてブーケはふわりと宙を舞う。弧の字を描いて向かった先は……女性たちを飛び越えて、見守る側だったはずの波那の手の中にすぽっと収まった。会場内はちょっとしたハプニングに一瞬静かになったのだが、それでも畠中との交際を知っている者たちも居るせいか周囲からは拍手が沸き起こった。
「……これって良いのかな?」
波那は気恥ずかしそうに隣に居る畠中を見上げる。
「ありがたく貰っときな」
うん。波那は頬をピンクに染めてブーケを見つめていると、愛梨が嬉しそうに歩み寄って、おめでとう。と声を掛けてきた。
「次は波那ちゃんだね、これ受け取った方が年内に結婚出来るよう祈願してもらってあるの」
「ありがとう」
「ってかお前ヨメに行く気か?」
新郎である丞尉もやって来て友人のゲイカップルを見て笑う。
「その表現は正しいのかな?両方が男なだけに」
二人は悩ましい表情でお互いの顔を見合わせている。
「ったく、人の結婚式でラブラブしてんじゃないよ」
「良いじゃないの、ブーケを受け取れて嬉しかったのよ」
丞尉の呆れ顔を愛梨がたしなめていると、丞尉が職場の同僚らしき男性に呼ばれ、新婚夫妻は大きな男性集団の中に入っていった。しばらくするとそこで新郎の胴上げが始まり、他のギャラリーたちがそちらに移動していく。二人はその場に留まり、遠巻きに胴上げを見つめていた。
畠中は傍らに立っている波那の左手を取り、空いている手でポケットを漁る。丞尉の胴上げに気を向けさせる様話し掛けながら用意していた指輪を波那の左手薬指にそっとはめた。
え?左手薬指の感触に気付いた波那は恋人の顔を見る。畠中はにこやかな表情を見せて、波那。と呼び掛けた。
「近い将来、一緒に暮らさないか?自分の家庭ってやつを作ってみたいんだ」
「……本当に僕で良いの?」
「当たり前だろ、お前以外の奴にこんな事言う気ねぇよ」
畠中は恋人の細い顎にそっと手を当てる。波那は笑顔を見せつつも泣きそうな表情も見せて何とも言い難い顔になっていた。
「ありがとう。凄く嬉しい……」
波那は畠中に体を寄せ、皆が胴上げに気が行っているのを良い事に短いキスをする。そしてコクンと頷き笑顔を見せた。
良かった。畠中は滅多に見せない満面の笑みで恋人の小さな体を思いきり抱き締める。二人は人様の結婚式を拝借して永遠の愛を約束し、いつまでも離れようとしなかった。
それから時は流れ、二人が交際を始めてから間もなく一年が経とうとしていた。交際までの紆余曲折が嘘みたいに順調に愛を育み、双方の家族にも祝福されて幸せ一杯の日々を過ごしていた。
そして年の瀬間近のこの日、遂に約束を実現すべく波那と畠中は同姓を名乗れる様戸籍を変え、居住地は畠中の自宅に移す事にして朝から引っ越し作業に追われていた。彼の弟泰地と伽月の手伝いもあって作業は良いペースで進み、引っ越し業社で働いている泰地のお陰で部屋の家具の配置はほぼ終わっている。
「僕もう疲れたよぉ??」
大柄とは言ってもまだ小学生の伽月はリビングのソファに座り込む。波那は用意していたお弁当を出して皆に休憩を促した。
「少し休まない?お弁当作ったんだ」
波那が星哉と泰地を呼びに行き、その間伽月が食事の支度をしてくれていた。四人はお弁当を囲んで座り、畠中の合図で食事を摂り始める。特に伽月は波那の料理が大好きで、パクパクと勢いよく食べて一気に元気になっていく。
「ねぇ波那ちゃん、デザートあるの?」
「うん、あんこが残ってたからどら焼作ったんだ」
ホント!?伽月の瞳がパッと輝き、波那はクーラーボックスから紙の包みを取り出した。手作りのどら焼は少しずつ大きさも焼き色も違っていて、自家製らしくラップで個包してある。
「食べてもいい?」
うん。波那の言葉に早速それを一つ手に取り、ラップを剥がしてかぶり付くと、幸せそうな表情を浮かべながらモグモグと口を動かしている。凄い食欲。と泰地は苦笑いしていたが、お前も結構食ってるよ。と兄に茶化されてばつ悪そうに頭を掻く。
食事を終えてまったりとした時間を過ごしていると玄関のチャイム鳴る。来た。畠中は待ってましたとばかりいそいそと玄関に向かってドアを開けると、夏に札幌支社から戻って営業五課の課長に就任した沼口が大きなペット用のボックスを持っていた。
「結婚祝い、約束してたやつ」
「ありがとうございます。散らかってますけどどうぞ」
早速上司からボックスを受け取り、波那たちの居るリビングに案内する。お邪魔します、部屋の中を見回しながらリビングに入ると波那が既にお茶を用意しており、畠中は二人の弟と共にボックスを開けて中を覗き込んでいる。
「悪いな、バタバタした時間に邪魔して」
「大丈夫だよ、必要な作業は終わってるから。沙耶果ちゃんは元気にしてる?」
「あぁ、相変わらずだよ。それより随分と若い友達が居るんだな」
「あぁ、こいつら弟なんです」
畠中は一旦沼口に向き直って泰地と伽月を紹介する。二人は沼口の方を向き、こんにちは。と頭を下げた。
「初めまして、沼口昇です。この二人と同じ会社の者です」
「泰地と申します。こっちは伽月、兄がいつもお世話になっております」
沼口は部下と違ってとても礼儀正しい二人を見ながら波那に、ホントに兄弟か?と訊ねる。
「うん、事情があって長い間別々暮らしてたんだけど」
「そっか、雑な話し方を想像してたからな」
「あの、俺そんなに雑いですか?」
畠中はボックスの中を気にしつつも、上司の言い分に若干不服そうに顔を上げる。
「雑だろ、小田原さんに対する話し方は目に余るぞ。あの人ああ見えて結構気難しいのによく怒られないよな、お前」
「そうなんですか?俺てっきり緩い人なのかと……」
彼は沼口と波那を交互に見る。
「気難しいと言うか人見知りは凄く激しいよ。ただ感情で好き嫌いを分ける様な事はなさらないから気付いてない人も多いと思う」
「結構居るんだよ、ナメてかかって地雷踏む奴が。まぁでもご家族との交流があるんなら大丈夫だと思うけど、三兄弟の勉強見てやってんだろ?」
「はい、月に一度。最近は三兄弟が家に来る事も」
「何だ、相当信頼されてるじゃないか」
沼口と波那は安心した様に頷き合い、畠中は再びボックスの中を覗いている。最初は何の音沙汰も無かったボックスから微かに音が聞こえてきて、中から子犬がおどおどした様子で顔を出してきた。
「珍しい色ですね」
その子犬の姿形はゴールデンレトリバーなのだが、シベリアンハスキーの様な模様で毛の色が青みがかっている。
「あぁ、レトリバーとハスキーの雑種なんだ。畠中ご希望のメスはその子だけで、早い者勝ちで兄貴から頂いてきた」
畠中は手の中で微かに震えている子犬を優しく撫でてやり、伽月も、可愛いね。と興味を示している。
「でかくなるからそれは覚悟しとけよ」
「はい、波那でも散歩出来るよう躾しますんで」
「大丈夫なの?お兄ちゃん」
伽月は心配そうに兄の顔を見る。
「大丈夫だよ、大型犬の方が従順なんだ」
「僕も出来る時はお手伝いするね」
その時は頼むよ。畠中は弟の背中をぽんぽんと叩き、子犬を波那にも見せに行く。
「名前、俺が付けて良いか?」
「もう考えてあるんだね、何て名前?」
波那は畠中から受け取っている子犬を抱いて嬉しそうに頭を撫でる。
「"ミソラ″。この名前が付けたくて沼口さんにはメス犬をお願いしてたんだ」
「良い名前だと思うよ、毛の色にも合ってるし」
波那は子犬に向かって″ミソラ"、と呼びながら首筋を指で撫でると、彼女は目を閉じて喉を鳴らしている。今度は伽月が″ミソラ″の名を呼ぶと、垂れている耳を微かに持ち上げて早くも自身の名前を認識した様だ。
「気に入ったみたいだよ、名前」
良かった。畠中はホッとした笑顔を見せ、波那に抱かれている"ミソラ″の頭を撫でた。こうして小泉家の仲間入りを果たした青毛の子犬は、以後大切に育てられる。≪終≫
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トラウマを抱えた人達が乗り越え幸せを掴む、自分も頑張らなきゃと。思わされました。
感想頂きとっても嬉しいです。本当に読んでくださった方がいらっしゃるんだな、と実感し、完結はしましたが凄く励みになります。ありがとうございました。