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参
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夜になり、松井と藤巻は天体観測を開始した。
「やっぱり空気のきれいな所は見え方もクリアですね」
瀬戸内在住の松井は東北の夜空に感激する。夜の明かりで二等星~三等星がやっと見える程度からの地域在住の者からすると天国のような条件だった。
「それでも見えづらくなりました」
藤巻は少し寂しそうにそう漏らす。最初は窓越しから空を眺め、次はパソコン画面を通して星空観察をしていたのだが、松井はどうしても外に出て星空を見たいという衝動に駆られていた。
「しばらく外に出ます」
「寒いですからコレ持ってってください」
藤巻は雑魚寝用に準備していた毛布を手渡した。
松井はそれを抱えていそいそと外に出ると、瀬戸内の平野部と違って空気がひんやりとしている。夜はまだまだ冷えるといった感じだったが、それすらも気にならない程すっかり星空に夢中になっていた。
「コーヒー、飲まれます?」
松井は突如現れた伊勢に驚いて、思わずビクンと肩を震わせてしまう。その態度にムッとした表情を浮かべつつ、白いマグカップをすっと差し出した。
「どうも」
彼女の勢いに負けたかのようにカップを受け取る松井。
「そこまでビックリする事ですか?」
伊勢は気に入らなさそうに毒吐きながらも松井の隣にちょんと座る。パステルカラーのもこもこな上着を着用した小柄な女性なので見た目こそ“可愛らしい”のだが、妙にハキハキしていて気の強さが滲み出ている彼女に対しては、寧ろうざったいという感情を持ってしまっていた。
二人は会話無く空を眺めていた。伊勢は冷えた体を温めようとコーヒーをすする。松井は極度の猫舌のためなかなか口を付けようとしない。
何? 気に入らない訳? 事情を知らない彼女は勝手にイライラを募らせるのだが、隣の男性は時折息を吹きかけて口を付けるも熱くて中断、を繰り返していた。
「あのっ、私の事嫌いですか?」
勢い任せの問いかけに松井は隣の女性の方に顔を向け、はい? ときょとんとした表情を見せる。
「だって、目もまともに合わせてくれないじゃないですかっ」
いやそういう訳じゃないんだけど……松井は自身の態度が誤解を招いていたことにようやく気付く。
「あぁ……顔だけは死んだ妻にそっくりで。正直最初は驚きました」
「だけって必要ですか?」
子供っぽく膨れる伊勢の態度に思わず笑ってしまう。
「もういいです、先に戻ります」
一人で勝手に怒って勝手に話を切り上げる伊勢の背中に、松井はあの、と声を掛けた。
「嫌いではないですよ」
「へっ?」
「質問にまだ答えていませんでしたから。ただ、好きでもありませんが」
「ひと言多くないですか?」
彼女はぶすっとした顔を見せてから屋内に入っていった。一人になった松井はようやくコーヒーに口を付ける。すっかり冷めてしまっているが、彼にとっては最適温度となっていた。
その味は長らく封じ込めていたものをチクチクと疼かせるものであった。それに刺激されて少し胸の苦しみを覚えていたのだが、同時に体の隅々まで血液が流れ出してほっこりと温まる感覚をじっくりと噛みしめていた。
「やっぱり空気のきれいな所は見え方もクリアですね」
瀬戸内在住の松井は東北の夜空に感激する。夜の明かりで二等星~三等星がやっと見える程度からの地域在住の者からすると天国のような条件だった。
「それでも見えづらくなりました」
藤巻は少し寂しそうにそう漏らす。最初は窓越しから空を眺め、次はパソコン画面を通して星空観察をしていたのだが、松井はどうしても外に出て星空を見たいという衝動に駆られていた。
「しばらく外に出ます」
「寒いですからコレ持ってってください」
藤巻は雑魚寝用に準備していた毛布を手渡した。
松井はそれを抱えていそいそと外に出ると、瀬戸内の平野部と違って空気がひんやりとしている。夜はまだまだ冷えるといった感じだったが、それすらも気にならない程すっかり星空に夢中になっていた。
「コーヒー、飲まれます?」
松井は突如現れた伊勢に驚いて、思わずビクンと肩を震わせてしまう。その態度にムッとした表情を浮かべつつ、白いマグカップをすっと差し出した。
「どうも」
彼女の勢いに負けたかのようにカップを受け取る松井。
「そこまでビックリする事ですか?」
伊勢は気に入らなさそうに毒吐きながらも松井の隣にちょんと座る。パステルカラーのもこもこな上着を着用した小柄な女性なので見た目こそ“可愛らしい”のだが、妙にハキハキしていて気の強さが滲み出ている彼女に対しては、寧ろうざったいという感情を持ってしまっていた。
二人は会話無く空を眺めていた。伊勢は冷えた体を温めようとコーヒーをすする。松井は極度の猫舌のためなかなか口を付けようとしない。
何? 気に入らない訳? 事情を知らない彼女は勝手にイライラを募らせるのだが、隣の男性は時折息を吹きかけて口を付けるも熱くて中断、を繰り返していた。
「あのっ、私の事嫌いですか?」
勢い任せの問いかけに松井は隣の女性の方に顔を向け、はい? ときょとんとした表情を見せる。
「だって、目もまともに合わせてくれないじゃないですかっ」
いやそういう訳じゃないんだけど……松井は自身の態度が誤解を招いていたことにようやく気付く。
「あぁ……顔だけは死んだ妻にそっくりで。正直最初は驚きました」
「だけって必要ですか?」
子供っぽく膨れる伊勢の態度に思わず笑ってしまう。
「もういいです、先に戻ります」
一人で勝手に怒って勝手に話を切り上げる伊勢の背中に、松井はあの、と声を掛けた。
「嫌いではないですよ」
「へっ?」
「質問にまだ答えていませんでしたから。ただ、好きでもありませんが」
「ひと言多くないですか?」
彼女はぶすっとした顔を見せてから屋内に入っていった。一人になった松井はようやくコーヒーに口を付ける。すっかり冷めてしまっているが、彼にとっては最適温度となっていた。
その味は長らく封じ込めていたものをチクチクと疼かせるものであった。それに刺激されて少し胸の苦しみを覚えていたのだが、同時に体の隅々まで血液が流れ出してほっこりと温まる感覚をじっくりと噛みしめていた。
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