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それから一週間後、松井は猛を伴って故郷の地に立っていた。ここ所謂海無し県であり、瀬戸内と違い早くも広葉樹の葉が紅や黄色に色づき始めてすっかり秋本番といった感じである。
「十月に紅葉なんだね、この辺ってだいたいこの時期なの?」
猛は太平洋側の気候しか知らないので、紅葉といえば十一月下旬という感覚がある。
「そうだな。内陸部は朝晩の冷え込みが激しいから、瀬戸内よりはずっと早いよ」
そんな話をしながらぶらぶら歩いていると、一人の老女に声を掛けられた。
「お客さん、ここには何用で?」
「観光です」
「こんな所何も無いすけぇな」
「県庁所在地から少し足を伸ばしました」
松井は笑顔でしれっとかわす。正直に里帰りって言えばいいのにと父を見る猛だったが、取り敢えず二人のやり取りを黙って観察することにする。
「ところで、お二人さんはきょうだいかいね?」
「いえ、親子です」
「大っきい息子さんがおんさるんだね。長旅はえらかったでしょう、お茶でも飲んでいきんせぇ」
老女はすぐ側にある昔ながらのお茶処を指差して二人を誘う。
「いえ」
「俺喉乾いた、寄せてもらおうよ」
辞退しようとする父の言葉を遮り、猛は嬉しそうに誘いに乗る。息子の軽い悪乗りに押された形で結局その店に入ることになったが、意気揚々と入店する猛に対して松井は入り口前で足を止めてしまう。
「どうかしんさった?」
松井の異変に気付いた老女が振り返って声を掛けてくる。
「いえ、何でもありません」
彼は無理矢理口角を上げ、一番奥のテーブル席を陣取った息子の元へを歩く。二人が席に着いたタイミングを見計らったかのように、五十代くらいの女性がいらっしゃいませ、とオーダーを取りに来た。松井はホットコーヒーを、猛は三色団子セットを注文した。
「いいお店だね」
「そうだな」
観光気分ではしゃぐ猛に対し、松井の表情は固く更に口数が減る。その空気感に割って入るかのように、先程の老女が二人の方に歩み寄ってきた。
「お兄さん、昔ここに居りんさったんでしょ?」
「えっ?」
「孫の友達ん中に見た顔だすけ」
彼女は松井の顔を見てにっこりと微笑みかけてきた。松井は目を見開いて老女を凝視している。
「谷岡くん、だったっけね?」
「いえ」
「祖母ちゃん!」
と男性の声が店内に響き渡る。三人はその声に反応して裏口に視線をやると、小柄で丸い体型の男性が店内に入ってきた。
「お帰り、早かったなぁ」
老女は彼の態度にも全く動じておらず、淡々とした口調で接している。
「もーっ、お客様のことあれこれ尋ねるのやめんせぇって言っとるだらぁ。すみません、祖母が失礼致しまして」
「いえ、お気になさらず」
親族間の遠慮のない言い合いに猛が割って入る。男性は猛の顔を見て僅かに顔色を変え、向かいの席にいる松井の方に視線を移した。
「輝男?」
「……」
男性の呼びかけに応えない父を見て、猛は彼が曽我であることを確信する。
「二十八年振り、になるか」
彼は別段気にする様子もなく会話を続ける。松井はそうだな、と呟くような小声でようやく返答した。
「ってことは曽我政人さんですか?」
「えぇ。君もしかして……」
「息子の松井猛です」
「松井? その苗字どうしたん?」
曽我は聞き覚えのない苗字に反応を示す。
「婿入りした」
「あぁそういうこと?」
彼は納得したように笑顔を見せた。
「立ち入ったこと聞くけど、どうして急に?」
「ちょっと思うところがあって」
「そこ濁さなくていいじゃない父さん」
ここへ来て覚悟がブレ始める松井に、猛が窘めるような言葉をかける。
「おじさんのこと、聞いたんだな。あの大学病院に入院なさってるよ」
「ん、一応知ってる」
「なら今日中に行こう、六時まで面会できるすけ」
この日に行くつもりのなかった松井は、急展開に付いていけずえっ? と声を漏らす。
「いいんじゃない? あんま先延ばしにするよりは」
「けど急に行って……」
「って言い訳してあわよくば、なんて考えてないよね? 曽我さん、団子食べてからでもいいですか?」
「構わないよ。急な見舞いに気が引けるんなら、おばさんに連絡しとくすけ」
曽我は祖母である老女を連れて席を離れる。それから程なくコーヒーと三色団子セットが運ばれてきたが、松井は変な緊張感からかコーヒーを楽しむことができなかった。
「十月に紅葉なんだね、この辺ってだいたいこの時期なの?」
猛は太平洋側の気候しか知らないので、紅葉といえば十一月下旬という感覚がある。
「そうだな。内陸部は朝晩の冷え込みが激しいから、瀬戸内よりはずっと早いよ」
そんな話をしながらぶらぶら歩いていると、一人の老女に声を掛けられた。
「お客さん、ここには何用で?」
「観光です」
「こんな所何も無いすけぇな」
「県庁所在地から少し足を伸ばしました」
松井は笑顔でしれっとかわす。正直に里帰りって言えばいいのにと父を見る猛だったが、取り敢えず二人のやり取りを黙って観察することにする。
「ところで、お二人さんはきょうだいかいね?」
「いえ、親子です」
「大っきい息子さんがおんさるんだね。長旅はえらかったでしょう、お茶でも飲んでいきんせぇ」
老女はすぐ側にある昔ながらのお茶処を指差して二人を誘う。
「いえ」
「俺喉乾いた、寄せてもらおうよ」
辞退しようとする父の言葉を遮り、猛は嬉しそうに誘いに乗る。息子の軽い悪乗りに押された形で結局その店に入ることになったが、意気揚々と入店する猛に対して松井は入り口前で足を止めてしまう。
「どうかしんさった?」
松井の異変に気付いた老女が振り返って声を掛けてくる。
「いえ、何でもありません」
彼は無理矢理口角を上げ、一番奥のテーブル席を陣取った息子の元へを歩く。二人が席に着いたタイミングを見計らったかのように、五十代くらいの女性がいらっしゃいませ、とオーダーを取りに来た。松井はホットコーヒーを、猛は三色団子セットを注文した。
「いいお店だね」
「そうだな」
観光気分ではしゃぐ猛に対し、松井の表情は固く更に口数が減る。その空気感に割って入るかのように、先程の老女が二人の方に歩み寄ってきた。
「お兄さん、昔ここに居りんさったんでしょ?」
「えっ?」
「孫の友達ん中に見た顔だすけ」
彼女は松井の顔を見てにっこりと微笑みかけてきた。松井は目を見開いて老女を凝視している。
「谷岡くん、だったっけね?」
「いえ」
「祖母ちゃん!」
と男性の声が店内に響き渡る。三人はその声に反応して裏口に視線をやると、小柄で丸い体型の男性が店内に入ってきた。
「お帰り、早かったなぁ」
老女は彼の態度にも全く動じておらず、淡々とした口調で接している。
「もーっ、お客様のことあれこれ尋ねるのやめんせぇって言っとるだらぁ。すみません、祖母が失礼致しまして」
「いえ、お気になさらず」
親族間の遠慮のない言い合いに猛が割って入る。男性は猛の顔を見て僅かに顔色を変え、向かいの席にいる松井の方に視線を移した。
「輝男?」
「……」
男性の呼びかけに応えない父を見て、猛は彼が曽我であることを確信する。
「二十八年振り、になるか」
彼は別段気にする様子もなく会話を続ける。松井はそうだな、と呟くような小声でようやく返答した。
「ってことは曽我政人さんですか?」
「えぇ。君もしかして……」
「息子の松井猛です」
「松井? その苗字どうしたん?」
曽我は聞き覚えのない苗字に反応を示す。
「婿入りした」
「あぁそういうこと?」
彼は納得したように笑顔を見せた。
「立ち入ったこと聞くけど、どうして急に?」
「ちょっと思うところがあって」
「そこ濁さなくていいじゃない父さん」
ここへ来て覚悟がブレ始める松井に、猛が窘めるような言葉をかける。
「おじさんのこと、聞いたんだな。あの大学病院に入院なさってるよ」
「ん、一応知ってる」
「なら今日中に行こう、六時まで面会できるすけ」
この日に行くつもりのなかった松井は、急展開に付いていけずえっ? と声を漏らす。
「いいんじゃない? あんま先延ばしにするよりは」
「けど急に行って……」
「って言い訳してあわよくば、なんて考えてないよね? 曽我さん、団子食べてからでもいいですか?」
「構わないよ。急な見舞いに気が引けるんなら、おばさんに連絡しとくすけ」
曽我は祖母である老女を連れて席を離れる。それから程なくコーヒーと三色団子セットが運ばれてきたが、松井は変な緊張感からかコーヒーを楽しむことができなかった。
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