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十三
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「淑妃の様子はどうだ」
「そ、それが一向……に、その……」
皇帝は政務の合間を縫って度々淑妃の宮殿に足を運んでいた。このひと月近く医官が手を尽くしているにも関わらず、淑妃が覚める気配がないことに憤りを感じていた。
そんな皇帝の横で歯切れが悪くおどおどと口にするのは妃嬪お抱えの侍医である。
宦官のせいか柔和な印象を与えるその医者は、なかなか目を覚まさない妃に焦っているのか、もしくは妃一人救うことが出来ない役立たずな医者と烙印を押され、皇帝の逆鱗に触れることを恐れているのか。侍医は尋常じゃない冷や汗をかいていた。
「何だ!はっきり申してみよ」
皇帝の言葉に侍医の丸まった背中がグンと伸びる。
「は、はい!では申し上げます……淑妃様の体内には処置が早かったこともあり、ほとんど毒は残っておりません。ですが、ひと月近くなっても目を覚まされないのは異常と申しますか……他に原因があるとしか思えないのです……」
侍医の言葉に皇帝の表情が険しくなり、侍医は「ヒィ」と顔を引き攣らせた。
「して、その原因とは何だ」
「げ、現状でははっきりとはわかりません。ただ考えられることは……御心の問題ではないかと……」
昨晩、翠季に呼ばれ明琳が推測した事柄を聞かされたばかりだ。淑妃が目を覚まさない原因が本当に……。
「毒と目を覚まさないことは何か関係はあるのか」
「……毒はきっかけに過ぎないかと……」
「そうか……だが何が原因であろうと治療に手は抜かぬよう努めよ」
これ以上は手の尽くしようがない侍医ではあるが、皇帝に命令されれば何もしないわけにはいかない。とりあえず役立たずの烙印を押されずに済んだことに安堵して侍医は薄い頭を深々と垂れた。
「もう少し淑妃を思いやるべきだったのだろうか……」
執務室で皇帝は先ほどと打って変わって小さくなっていた。
「そんなことより、早く書簡に目を通してくれ」
「永鍬……ちょっと冷たくないか、淑妃がこんな時に……」
「いやいや、お前が淑妃殿の見舞いに行く度に大量の仕事が俺に降りかかっているんだぞ!」
こめかみに青筋を立てながら苛立ちを隠せない永鍬に皇帝はますます小さくなっていく。
「淑妃殿のことは心配ではあるが、皇帝のお前が妃一人に振り回されてどうする?」
「それは……わかってはいるが、淑妃が嫁いできた時……後宮で生きていけるのだろうかと思うほど儚く見えたのだ……」
「まあ、淑妃殿は後宮で生きていくには確かに繊細すぎるな。だが妃として後宮に入った以上、本人も覚悟の上だろう。ただ後宮には守られているだけの花は必要ない……がな」
皇帝は切れ長の目を瞬かせた。
「何だ?」
「お前って、時折……辛辣なことを言うな。淑妃に恨みでもあるのか」
永鍬は少し呆れたように息を吐くと、躊躇なく口にした。
「そうだな、しいていえば宴の時に体調を崩して簡易天幕(テント)で休んでいた俺を、本当なら明琳が見舞ってくれるはずだったと凌恂から聞いたんだが、淑妃殿のことがなければ俺は愛しい明琳に会えたんだよな……」
目一杯の皮肉を込めて永鍬がちらりと皇帝を見る。
心のさもしい男がここに一人。文官としては非常に優秀で頼りになる友であり片腕でもあるのだが、こと明琳のことになると理性がふっ飛ぶようである。
昔から永鍬にとって明琳は特別な存在であり、明琳以外の女はそこら辺に転がる石ころぐらいにしか思っていない。かといって明琳を女として見ているわけでもない……。
皇帝は友の一風変わった思考に呆れつつ、友の言葉に重い溜息を吐いた。
*
「守られているだけの花は必要ない。と永鍬に言われてしまったよ」
「まあ、永鍬ったら案外辛辣なのね」
ふふ、と翠季は愉しそうな声を漏らした。
「私も同じことを言ったよ。けれど間違ってはいない……だからこそ、色々と考えてしまうのだよ」
「まあ、お優しいこと。では、わたくしも一つよろしいかしら?」
「ああ、かまわないよ」
「後宮に弱い女は要りません!永鍬が言うように守られるだけの妃は邪魔なだけですわ」
「……」
「わたくしも明琳も淑妃様にはそうなってほしくないのです。ここは陛下の御力で是非とも淑妃様を一人前の妃にして差し上げてくださいませ」
「……翠季」
妃一人に振り回されるような男では困るが、女心がわからないのも困る。皇帝としては申し分ない人物ではあるが、男としては幾分頼りないこの男を上手く動かすのも皇后としての役目だと翠季は心得ている。
それでも溜息を吐かずにはいられない翠季であるーー
「そ、それが一向……に、その……」
皇帝は政務の合間を縫って度々淑妃の宮殿に足を運んでいた。このひと月近く医官が手を尽くしているにも関わらず、淑妃が覚める気配がないことに憤りを感じていた。
そんな皇帝の横で歯切れが悪くおどおどと口にするのは妃嬪お抱えの侍医である。
宦官のせいか柔和な印象を与えるその医者は、なかなか目を覚まさない妃に焦っているのか、もしくは妃一人救うことが出来ない役立たずな医者と烙印を押され、皇帝の逆鱗に触れることを恐れているのか。侍医は尋常じゃない冷や汗をかいていた。
「何だ!はっきり申してみよ」
皇帝の言葉に侍医の丸まった背中がグンと伸びる。
「は、はい!では申し上げます……淑妃様の体内には処置が早かったこともあり、ほとんど毒は残っておりません。ですが、ひと月近くなっても目を覚まされないのは異常と申しますか……他に原因があるとしか思えないのです……」
侍医の言葉に皇帝の表情が険しくなり、侍医は「ヒィ」と顔を引き攣らせた。
「して、その原因とは何だ」
「げ、現状でははっきりとはわかりません。ただ考えられることは……御心の問題ではないかと……」
昨晩、翠季に呼ばれ明琳が推測した事柄を聞かされたばかりだ。淑妃が目を覚まさない原因が本当に……。
「毒と目を覚まさないことは何か関係はあるのか」
「……毒はきっかけに過ぎないかと……」
「そうか……だが何が原因であろうと治療に手は抜かぬよう努めよ」
これ以上は手の尽くしようがない侍医ではあるが、皇帝に命令されれば何もしないわけにはいかない。とりあえず役立たずの烙印を押されずに済んだことに安堵して侍医は薄い頭を深々と垂れた。
「もう少し淑妃を思いやるべきだったのだろうか……」
執務室で皇帝は先ほどと打って変わって小さくなっていた。
「そんなことより、早く書簡に目を通してくれ」
「永鍬……ちょっと冷たくないか、淑妃がこんな時に……」
「いやいや、お前が淑妃殿の見舞いに行く度に大量の仕事が俺に降りかかっているんだぞ!」
こめかみに青筋を立てながら苛立ちを隠せない永鍬に皇帝はますます小さくなっていく。
「淑妃殿のことは心配ではあるが、皇帝のお前が妃一人に振り回されてどうする?」
「それは……わかってはいるが、淑妃が嫁いできた時……後宮で生きていけるのだろうかと思うほど儚く見えたのだ……」
「まあ、淑妃殿は後宮で生きていくには確かに繊細すぎるな。だが妃として後宮に入った以上、本人も覚悟の上だろう。ただ後宮には守られているだけの花は必要ない……がな」
皇帝は切れ長の目を瞬かせた。
「何だ?」
「お前って、時折……辛辣なことを言うな。淑妃に恨みでもあるのか」
永鍬は少し呆れたように息を吐くと、躊躇なく口にした。
「そうだな、しいていえば宴の時に体調を崩して簡易天幕(テント)で休んでいた俺を、本当なら明琳が見舞ってくれるはずだったと凌恂から聞いたんだが、淑妃殿のことがなければ俺は愛しい明琳に会えたんだよな……」
目一杯の皮肉を込めて永鍬がちらりと皇帝を見る。
心のさもしい男がここに一人。文官としては非常に優秀で頼りになる友であり片腕でもあるのだが、こと明琳のことになると理性がふっ飛ぶようである。
昔から永鍬にとって明琳は特別な存在であり、明琳以外の女はそこら辺に転がる石ころぐらいにしか思っていない。かといって明琳を女として見ているわけでもない……。
皇帝は友の一風変わった思考に呆れつつ、友の言葉に重い溜息を吐いた。
*
「守られているだけの花は必要ない。と永鍬に言われてしまったよ」
「まあ、永鍬ったら案外辛辣なのね」
ふふ、と翠季は愉しそうな声を漏らした。
「私も同じことを言ったよ。けれど間違ってはいない……だからこそ、色々と考えてしまうのだよ」
「まあ、お優しいこと。では、わたくしも一つよろしいかしら?」
「ああ、かまわないよ」
「後宮に弱い女は要りません!永鍬が言うように守られるだけの妃は邪魔なだけですわ」
「……」
「わたくしも明琳も淑妃様にはそうなってほしくないのです。ここは陛下の御力で是非とも淑妃様を一人前の妃にして差し上げてくださいませ」
「……翠季」
妃一人に振り回されるような男では困るが、女心がわからないのも困る。皇帝としては申し分ない人物ではあるが、男としては幾分頼りないこの男を上手く動かすのも皇后としての役目だと翠季は心得ている。
それでも溜息を吐かずにはいられない翠季であるーー
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