瞬くたびに

咲川 音

文字の大きさ
14 / 82
四年間

14

しおりを挟む
「晴那は、交通事故で死んじゃったんだ。……死んだんだよ、高校二年生の、夏休み前に」

結々は息をのんだ。

その言葉が重い塊となって、体の底に沈んでゆく。

葵はかつて大切な恋人をなくしていたのだ。

「晴那が死んだ後の葵は、そりゃあもう見てられなかった。あいつおとなしいけど、根は陽気というか、なんだかんだで明るい奴だったんだよ。よく笑うしさ。なのに、晴那が死んでからは人が変わったように暗くなって……暗くなったというよりは、晴那がいないっていうのが信じられなかったんだろうな。泣きもしないで、ずっと生気のない目をしてた。取り乱されるよりそっちの方がよっぽど怖かったね。俺はあの時、葵が発作的に自殺するんじゃないかって、ひやひやしながら見張ってたよ」

結々は何と言っていいのかわからずに口をつぐんでいた。

葵の持つ絶望や哀しみは、ここから来るものだったのだ。

「葵は多分、一番幸せだった時に戻りたいって、ずっとそう思ってたんじゃないかな。だから晴那がまだ生きていた、高校一年生の時に戻ったんだろ。もちろん、記憶だけだけれど」

そう、葵の中の時が四年前でも、時間は確実に進んでいるのだ。

高校一年生………十六歳の彼の中で当たり前のように生きている晴那はもうこの世には存在しない。

「晴那のことはまだあいつに言ってない。記憶が四年分とんでいることだけ話した。まあ理解したかはまた別の問題だけど。でもこのまま隠していても、いつかはばれる嘘だしな」

事実を知った葵がどうなってしまうのかが怖い、と要は言う。

現実の時と葵が生み出した幻の時の溝は、残酷に深い傷となって彼をボロボロにしてしまうのだろう。

そのことに、要はどうしていいのか分からないでいる。

「とにかく、俺はこれからもあいつの見舞いに行くよ。葵が大学の人間で知ってるやつは俺だけになっちゃったんだし……退院したら、大学にも慣れさせなくちゃいけない。とりあえずしばらくは、ゼロからのスタートだな」

テーブルのサンドイッチを頬張って、宣言するように要は言う。

そんな様子を見て、結々はやっとからからに乾いた口を開いた。

「あの、私もお見舞いに行ってもいいですか。それとも、今は行かない方が……」

「いや、ぜひ行ってやってほしい。今が大学生であることは話してあるし、結々ちゃんと話せば何か思い出すきっかけになるかもしれないから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...