瞬くたびに

咲川 音

文字の大きさ
58 / 82
戻りたい

58

しおりを挟む
葵の事故直後にはぎこちなかった会話も、テンポがよくなってきたと思う。

笑いのタイミングや話の切り出し方もパズルのピースが合わさっていくように揃ってきたし、ドキドキと鳴る心臓の鼓動も会話の邪魔をすることはなくなった。

二人の間を阻むこわばっていた空気が、徐々にほぐれて柔らかくなってきたのがわかる。

けれどそれは、結々の嘘をもとにして作り出されたものだ。

もし結々のついた嘘がばれたら――葵の記憶が戻ったら、この暖かな距離は崩れてなくなってしまう。

流れていく景色を見ながら、結々はそんな予感めいたものを胸に感じていた。

「鈴本さん、見て。海が見えてきた」

葵が少し声を弾ませる。

見れば、遠くに建ち並ぶビルの間から、きらきらと青い輝きがこぼれ出していた。

降りる駅のアナウンスが流れて、荷物を持って立ち上がる。

降り立ったところは小さな山小屋みたいな無人駅で、青空の下にさらけ出された線路がどこまでも遠く続いていた。

「ここから、少し歩くんだ」

駅の短い階段を降りると、すぐ目の前にはアスファルトの道がまっすぐ伸びていて、両脇にある家の間をゆったりと下り坂になっている。

葵に続いて、結々も歩きだした。

「ここね、割と実家の近くなんだ」

「そうなんですか」

葵に追いつこうと小走りになる。

横に並ぶと、揺れた手が軽くぶつかった。

二人が普段一人暮らしをしているエリアから離れたそこは、閑静な住宅街だった。

遠くから吹く潮風に、並んだ家の白い壁が洒落た雰囲気を出している。

金色の光が降り注いで、あたりをまぶしいほどに照らしていた。

吹きつける風に体は冷えるが、日なたを通るたびに、淡い暖かみがその冷たさをふわりと覆う。

「あ、ほら、あそこ。……海」

顔を上げると、緩やかに折れ曲がった道の向こうに海が広がっている。

横を見ると、葵は澄んだ瞳で静かに遠くを見つめていた。

葵はこの道を、何度も通ってきたのだろう。

晴那と肩を並べ、あの写真の数だけ笑いながら。

四年という空白の時を経て、ついこの間まで自分の時間にはいなかった女の子を連れて、今彼は何を思ってこの景色を眺めているのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...