聖女の私にできること往古来今

藤ノ千里

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西ノ宮すみれ

第三話 

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 騒々しい音を立てていた部屋より、突如何やらが衝突する音が聞こえてきたのだ。
 明らかに、ぶつかった音だった。
 一瞬で、すみれの最期の近く、頻繁に寝るようになったあの姿が思い浮かんだ。
「すみれ・・・!」
 靴を脱ぎ捨てながらドアの向こうへ駆け込んだ。
 不安だった。
 ただただ不安だったんだ。
 だと言うのに、すみれは平気そうな顔で「あ、ちょっと!」なんて文句を言うし、その部屋は、とても信じられないような状態だったんだ。
 6畳ほどの部屋。ベッドはひとつ。
 小さな机と、座椅子がひとつ。
 壁際には、天井近くまでの大きな棚がひとつ。
 棚の中には、僧侶姿の、何かしらのアニメのキャラクターのフィギュアと、アクスタと、ぬいぐるみと・・・。
「見ないで!見ないでください!!」
 数種類のグッズと思しき物。そしてポスター。
 アニメのタイトルは「特選美僧図鑑」と言うのか。
「これは?」
「見ないでぇ・・・」
 諦めたようにベッドに伏せるすみれを横目に、棚の近くへ行き、1番大きなフィギュアを手に取る。
 服装の一部はフィクションのようで、この世界での僧服とも違うようだった。
 でも、この男、私に僅かに似ておるか?
「すみれの推し?」
「違うんですぅ、浮気とかじゃなくてぇ・・・」
 情けない声を上げるすみれの頭の上にあるのも、この男の抱き枕か。それも、はだけた襦袢姿の。
「この男に、欲情していたのか?」
 いたし方のない事であるとは理解しつつ、しかしすみれのしおらしい様子に嗜虐心が疼いた。
 いや、嫉妬もしておったのであろうな。
 私以外の肌をすみれが1度でも欲したかと思うと、この娘をどうにかしてやりたいと支配欲が頭をもたげたのだから。
 それと、男が私に似た出で立ちであったのも、理由のひとつであったのだ。
「記憶がなくとも私を求めておったのか?」
 意地悪く聞くと、すみれはゆっくりと顔を上げた。
 潤んだ瞳、少し突き出た桃色の唇、高揚したようにも見える頬。
 そしてこくりと、頷いたのだこの娘は。
 それ故、抱いた。
 自制など馬鹿馬鹿しい。己の妻と愛し合うのに、時刻など関係ない。
 私の代わりであった男の前で、私の妻をじっくりと抱き、愛を注いだ。
 すみれの指にある指輪は、私を求めるようにちらちらと光っていた。


------
 明君に見られてしまった推しグッズは、意外にも没収されたり廃棄しろと言われたりしなかった。
 でも、最中に明らかに嫉妬してたし、ピロートーク中に法然ホウネン様の抱き枕を放り投げた姿を見て、「グッズは他のファンの方に譲ろう」と決心した。
 散財しながら長年推していた「特選!美僧図鑑」の法然様だけど、明君に似ていると気付いてからはコレジャナイ感が凄かったから。
 多分彼が言う通り、記憶がなくても求めていたんだと思う。道明様という存在を。
 予想外に時間がかかったせいで、着替えを纏めてから部屋を出るとおやつの時間になってしまっていた。
 晩ご飯の食材の買い出しの為にスーパーに寄ると、私に激甘な明君に甘味の誘惑をされ、でも彼の選んだ食材はちょっといいくらいのレベル感の物だった。
 例えめちゃくちゃお金持ちだったとしても、普段の生活はそこまで庶民と乖離していないらしく、ちょっと安心。
 生活水準違い過ぎると、同棲するにしても結婚するにしても軋轢が産まれちゃうからね。
 結婚・・・したいと思ってるんだよね、多分。
 記憶が戻ったとたん避妊しなくなったから、子どもも欲しいと思ってそうだし。
 明君の部屋に戻って食材を大きい冷蔵庫に仕舞うと、明君は私にソファを勧めてからお茶を入れ始めた。
 素直に従ってソファで待っていると、薫り高い緑茶と先ほど買った垂涎物の甘味が出てきた。
「そんなにたくさん食べられないよ」
「知ってる。余ったら俺が食べるから大丈夫」
 嬉しそうに笑いながら隣に座る明君は、食べづらいだろうに私にくっついてきて。
 甘えているみたいで可愛くて、笑ってしまった。
 そして私たちは、たくさん話をした。
 あの前世は、この世界の過去ではなかったようだと明君は教えてくれた。
 彼、気になって記憶の中にある場所へ行ったり、史実を調べたりしたんだって。
 でも悪名高き聖雅院セイガインなんてなかったし、将軍様のお名前も、見聞きした出来事も全然違って、「例え現代で判明している史実の一部が誤認であったとしても、それでは説明しきれないほど違っていた」と言っていた。
 でもそれについては正直そこまで重要じゃなかった。この世界の過去だったとしても、大好きだった人達についての情報を集めるのは無理だっただろうから。
 それに死ぬ前に道明様に「お願い」していたから、それについては明君に聞けばいいしね。
 その後は、明君の今世での色々を聞いた。
 明君のご家族はなんと前世と同じ人達らしく、唯一変わっていた事は実のお母さんだった人がお姉さんになっていた事、らしい。
 前世と同じでお体が弱かったけど、現代の医療で幸いにもとても元気になったらしく、世界各国を飛び回っているんだとか。
 今世でも家族仲が良いのか、家族についてを話す間、彼は始終にこやかだった。
 で、いいタイミングだったので一番気になっていた話も、聞き出す事にした。
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