聖女の私にできること往古来今

藤ノ千里

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西原澄恋

第一話 ひと月の研修期間

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 これは、私が「聖女」になる前の、ただの「澄恋スミレ」として生きていた時のお話。
 現代に生きる、どこにでもいるような私の、どこにでもあるような物語。

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 地元を離れ、大学にバイトにと充実した4年を過ごし、親には嘘をついて地元に戻らず就職した。
 地方の営業所とは言え、うちの大学からは珍しい大手メーカー勤務。内定が出て喜んでくれたのは大学の教授とバイト先の人達だけ。
 それでも、やっと100%自分が望んだ道に進めたのが嬉しくて、心はとても弾んでいた。
「おはようございます!」
「おはよう。西原サイハラ 澄恋スミレさんですね?」
「はい!」
「人事の今西イマニシです。研修室に案内しますね」
「ありがとうございます!」
 初出社の日は、楽しみ過ぎて同期の中で一番乗り。
 さっぱりとした雰囲気のお姉さんである今西さんに案内された先の研修室で待っていると、15分ほど経ったところで再びの今西さんが2人の男女を連れてきた。
「ここが研修室です。先に来ていた西原さんと合わせてこの3人が今年の新卒になります」
「はい」
「ありがとうございます」
「では、10分ほど経ったら各自のPCを持ってくるので、それまではゆっくりと自己紹介でもしててください」
「「「はい」」」
 ほとんど反射で返事をしたは良いが、今西さんがいなくなると、急に謎の緊張感が湧いてくる。
 どう声をかけようかと迷っている私に先に声をかけてくれたのは、笑顔が可愛い女の子の方だった。
「はじめまして!私、渡辺ワタナベ 愛歌アイカ
「あ、私は西原 澄恋・・・です。初めまして」
「えー!なんで敬語?タメだよね?22だよね?」
「うん。・・・なんか緊張しちゃって」
「えー、西原さんかわいー!」
 コミュ力が高いってこういう子の事を言うんだと思う。
 渡辺さんにグイグイ来られて、初めて自分に同年代の友人がほとんどいなかったことに気づいた。
 可愛らしい渡辺さんの屈託のない笑顔の眩しいことと言ったら・・・。
「愛歌、俺も挨拶したいんだけど」
「必要ある?」
「おい」
 少し老け顔の男性と渡辺さんは明らかに面識があるようで、軽口を叩き合っている姿は勝手知ったるという感じだ。
 2人とも地元がこっちなんだろうか?
「俺は東村山ヒガシムラヤマ。よろしく西原さん」
「うん、よろしく」
「下の名前もちゃんと言いなよ~」
 渡辺さんが肘でつつくと、東村山君は明らかに嫌そうな顔でそっぽを向いた。
 そんなやり取りだって慣れたものなのか、渡辺さんの方はお構いなしといった感じだ。
「こいつね、名前がちょっと変わってるんだよ」
 いたずらっぽく微笑む渡辺さんは、少し幼くも見える。
 聞いてもいい話なのか判断しかねて東村山君を見ると、目が合って「しょうがない」と言わんばかりに肩をすくめられた。
「東村山 結之進ユイノシンって名前なの。侍みたいじゃない?」
「侍・・・確かに」
 予想外に渋い名前に、つられて少し笑ってしまった。
 でも東村山君はわざとらしく渋い顔をしていて、そんな顔をしていると侍みたいな名前も意外と似合っていた。
「あ、ちなみにあだ名はノイシンね」
「あだ名は洋風なの?」
「そそ、面白いよね」
「お前がつけたんだろうが」
 そんな感じで、同期との初顔合わせは想像の何倍も楽しくて、「愉快な」という言葉がぴったりの私たち3人組はひと月の研修期間を瞬く間に終えたのである。


 新卒研修が終わると、部署研修をしながらOJTという事で、これから所属する部署の席に案内された。
 3人とも営業部所属だけど、私と渡辺さんは営業企画課でノイシン君は第一営業課だからフロアの向こう側だ。
「この2人がうちの課所属の新卒の子よ。自己紹介お願いしてもいい?」
 営業企画課の課長さんは中性的な見た目の男性で、とにかく優しそうな人だった。
 おねえ言葉の人ってもっと辛辣なイメージだったから、意外だなーなんて思ったのは内緒だ。
 私と渡辺さんの簡単な自己紹介の後、部署の先輩たちからも挨拶をしてもらって始終穏やかに顔合わせが終わる。
「うちの課は本来あなたたち入れて14人なんだけど、今3人隣の県に行っちゃってて、あとは1人産休中だからちょっと空席あるけど気にしないでね」
 短期出張もあるけど育休はちゃんと取れるという話は本当らしい。
 育休は私にはあまり関係ない話だけど、短期出張は少し楽しそうだ。
「えっと、渡辺さんの席はあっちね。隣の広崎ヒロサキさんがメンター(教育担当)になるから」
「よろしくお願いします」
 渡辺さんの席は入り口近くの端の方だった。ほんわかした笑みを浮かべる広崎さんはお母さんって感じで、机の上には彼女の子どもらしき写真も飾られていた。
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