聖女の私にできること往古来今

藤ノ千里

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西原澄恋

第二話 最初の1週間

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 私も渡辺さんの隣の席かと思ったけれど、そうすると逆隣りには誰も座っていないことになる。
 席に着く渡辺さんを見送ってから南課長を見ると、彼は苦笑しながら全く別の席を指さした。
「ごめんねぇ、西原さんの席はこっちなのぉ」
 指さした先は渡辺さんの真逆の位置。端っこの席だけど、隣には少し年上の男性が座っていた。
「メンターの予定だった人が急に産休に入っちゃって、急遽このサイトウ君が引き受けてくれることになりましたー!」
「サイトウ・・・さん?」
「そう!『さい』が同じなのぉ」
「字は違いますけどね」
 私のメンターだという男性は、ニコッと爽やかに微笑みながら手招きをしてきた。
「んじゃ、あとよろしくね」
「了解です」
 南課長が席に戻ってしまい、招きに応じるしかなくなってしまった。
 こういうフレンドリー過ぎる男性って、少し苦手。だけど、仕事だし・・・仕方ないか。
 社会人として、嫌悪感を顔に出さないように気をつけつつくだんのサイトウさんの隣の席に座る。
 座ってから、机の上に細々と小物が置かれていることに気づいた。
「あ、それこうやって・・・退けていいから」
 退けていいと言いつつ、サイトウさんは小物達を机の端に寄せてくれた。
 いい人ではあるっぽい。とりあえず軽く頭は下げておく。
 空いたスペースに自分のPCを置いてとりあえず起動していると、今度は肩をちょんちょんとつつかれた。
「俺のサイトウはこれね」
 示された彼のPCのモニターを見ると、「斉東」の文字が表示されていた。
 サイの字がいくつもあるのは知ってたけど、トウの方が違うのは初めて見たかもしれない。
「私の方はニシハラって書いてサイハラなんです」
「知ってる。サイ読みも同じだけど、ちょい変わった苗字なのも同じで親近感湧いた」
「そう・・・ですか」
「あー、もうちょっとよそよそしい感じの方がいい?」
「え?」
 ほんのちょっとだけ鬱陶しいと思っていた心の中を見透かされたみたいでドキッとした。
 わざわざ私なんかのメンターをしてくれる相手に、失礼な事は出来ない。
 なので、慌ててバイト先仕込みの笑顔を貼り付けた。
「すいません、緊張しちゃってるだけなので気にしないでください」
「・・・そっか」
 接客業歴4年は伊達じゃない。ニコニコしながら当たり障りのない受け答えをしつつ、でも業務内容はしっかり聞きつつ。
 そんな風に過ごしていると、あっという間に最初の1週間が終わって行った。


 1週間の最後と言えば金曜日。
 新人が部署配属になった最初の金曜日。
 なので、当然のように歓迎会が開かれることになった。
「飲み物揃ったわね?んじゃあ、渡辺さんと西原さんようこそってことで、かんぱーい!」
 南課長の掛け声で一斉に乾杯の声が上がる。場の雰囲気に合わせて乾杯して回ったけど、正直肩身が狭かった。
「お、西原いい飲みっぷりだな」
高永タカナガさんこそ」
「うちは接待飲みあるから酒飲みは出世するぞ!」
 いかにも中年のおじさんって感じの高永さんは、正面の席。自慢するかのようにビール腹をポンポン叩く姿はタヌキみたいだ。
「あの人あれで下戸だから聞き流していいよ」
 私の隣の席には当然のように斉東さんが座っている。
 業務中も感じていたけど、この人少し過保護なのかもしれない。
「分かりました」
 ニコッと営業スマイルを返し、ひとまずサラダに手をつけた。
 本当はジョッキビールくらいなら余裕なんだけど、あんまり大酒飲みと思われても良くなさそうなので念の為。
 少し離れた席では渡辺さんが和気あいあいのど真ん中にいた。
 やっぱり素のコミュ力って大事なんだろうなぁ。
「研修の進み具合あんまり良くないんだって?」
 なんていう、高永さんの何気ない一言に思わず目が泳いでしまった。これくらい、社会人として受け流さないと、駄目なのに。
「それは・・・」
「進みはゆっくりでも西原さんめちゃくちゃ見やすく資料整理してくれてるんで優秀ですよ」
 そう言うと、斉東さんはサラダを頬張る。
 まるで当然のように私のピンチを助けてくれたのに、なんでもない顔をしてなんでもない事のように今度はビールを飲んで。
「なら問題ないな。じゃ後はこの熱燗でどんだけ飲めるか確かめるか!」
「それアルハラですって。てか高永さんもう酔ってません?」
「ビールごときで酔うかよってんだ!」
 高永さんの音量調整出来なくなっている声は素なのか酔ってるのか分からなかったけれど、私は久しぶりの飲酒に少し酔ってしまっていたのかもしれない。
「・・・ありがとうございます」
「なにが?」
「いえ・・・」
 だって顔が、ほんの少しだけ熱くなってしまった気がしていたから。
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