聖女の私にできること第二巻

藤ノ千里

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第五章 苦しい過去

第四十五話 本郷さんの頼み

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 道明様は、今日も檀家さんたちに説法を説いていた。
 明らかに昨日と同じ人が大半だったので、すでに美形僧侶としてだいぶ人気を得ているのだろう。
 昨日の夜、泣いてたくせに。
 ムッとしそうになる顔を慌てて立て直して、聖女の笑みを作る。
 説法が一区切りしたタイミングを伺って、道明様の近くへと歩みを進めた。
「道明僧正様、お話がございます」
 なるべくおしとやかに喋る。お手本はもちろん目の前のこの人だ。
「皆様、申し訳ございませぬ。こちらの聖女様が私にお話があるとおっしゃいますので、本日のお話はこれまでといたしまする」
 道明様が残念そうに言うと、檀家さんたちから口々に小さな不満が聞こえた。
 道明様ともあろうお方であれば、絶対にもっと良い言い方があっただろう。
 今のは明らかに、「聖女」への関心を高めるための言葉選びだった。
 おかげで数え切れない数の不快感を顕にした視線が刺してきて辛い。
 後で絶対文句言ってやろう。
 道明様が立ち上がると、部屋の端に控えていたお坊様方が「お帰りはこちらです」と退出を促し始めた。
「聖女様、どちらに参りましょう?」
 道明様に促されて、本堂を出るとやっと視線から開放される。
 数秒のはずなのにどっと疲れた。
「まだ人目がある」
 私だけに聞こえる声で道明様に囁かれ、崩れそうになった姿勢を正す。
 そうだ、この位置からだとまだ講堂から見ようと思えば見えなくもない。
 さすがは外面のプロ、とても頼りになる。


「こちらです」
 道明様を案内したのは、本郷さんが「あちらの部屋でお待ち申しております」と言った部屋だった。
 歩きながら、道明様に聖女の業が必要らしい事だけは伝えた。
 詳細は聞かれなかったし、彼にとってはそんなに重要な事じゃないんだろう。
 まぁ、私もそこまで詳しく聞いていなかったが。
 部屋の外に控えていたお小姓さんが入室の許可を取ってくれて、部屋に入る。
 部屋にいたのは本郷さんと、もう1人左目に包帯を巻いたお坊様だった。
 包帯のお坊様は寝巻き姿だったが、本郷さんと同じくらいガタイがいいので彼も僧兵なのかもしれない。
 道明様の隣に腰を下ろす。今回も窓口は彼がしてくれるようだ。
「聖女様にお話は伺っております。御業を必要とされているのはそちらの方ですね」
 本郷さんは道明様を見るなり会釈していたので既に知り合いだったらしいが、道明様を直視できずにいるのは何故なのか。
「そ、その通りでございます」
 声が少し震えてる。大男のうぶな姿に少しだけ同情してしまった。
 色気の塊である道明様は禁欲とは真逆の存在だと最初から思っていたし、今だって思っている。
 きっとこの寺の被害者は彼だけではないんだろうな。
「聖女様が癒せる傷であるか確認しても?」
 今度は包帯のお坊様に声をかけると、彼も緊張しているのか小刻みにコクコクと頷いた。かわいそうに。
 道明様に目線で促されて、包帯のお坊様のそばに膝をつく。
「傷を見せていただけますか?」
 微笑みながら、彼が自ら包帯を取るのを待った。患者にはむやみに触れない方がいいのだ。
 彼は少しだけ躊躇しながらも、ゆっくりと包帯を取ってくれた。ひと巻きごとに傷口があらわになる。
 左のこめかみに酷い打撲の跡。左目を閉じているのは眼球にも損傷があるのか。
「先週、模擬戦の際に殴打してしまい、左目はほとんど見えておりません」
 聞くまでもなく本郷さんが状態を教えてくれた。打撲の跡からして眼球の損傷が激しいだろうとは思っていたが、ほとんど見えていないのであれば破裂してしまっているのかもしれない。
 怪我をしたのは先週。もう7日以上は経ってしまっている。
 聖女の業は新しい傷は治せても古い傷は治せない。そして、どのくらい前までの傷であれば治せるのかも確実には分かっていない。
 正直、目を完全に治すのは難しいと思った。
「本郷様、聖女様の御業は全ての傷を治すことはできませぬ。塞がってしまった傷はそれが正しい状態としてそれ以上どうすることもできないのです」
 私がすぐに業を使わない事から、難しい状態であることを察してくれたのだろう。道明様がすかさず助け舟を出してくれた。
 この人本当は私の心が読めるんじゃないかと思う時がある。まぁ、助かったからいいんだけど。
「元より治るものであるとは思っておりませぬ。少しでも、ほんの少しでも今より良くなればと思いお縋りしたのです」
 本郷さんの切実な声。
 こんな時、聖女の業がもっと万能だったらと切に思う。
 医療所の先生方と行動していた時は、先生方が聖女の業で治せるかどうかを判断してくれていたから、絶対に治せない患者は診ないで済んでいた。
 けれど、これからはそうやっておんぶにだっこをしてくれる人はいない。治せないかもしれない患者を診て、治せないかもしれない傷を治す覚悟が必要なのだ。
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