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第六章 愛する覚悟
第五十四話 追想①
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天子様へ年末のご挨拶のため十二月一日に聖雅院を発ってから、わずかひと月と半分。
たったそれだけの間に、驚くほどに様々な出来事があった。
川平にて発生した火災への慰問。それ自体はそこまで珍しいものではなかったが、あの夜まさか晴彦が聖女殿を手引きするなどとは考えもできぬ事であった。
東山城を離れてより三月もの間夢にも現れなかったというのに、その娘を認めた私の胸は瞬く間に恋慕の情で満たされた。
「なりませぬ」と言うべきであることは重々理解していた。だと言うのに、拒むことはできなかった。
聖女殿をこの胸に掻き抱くことのできる喜びは、全てを投げ捨ててしまいたいと思うほどであったのだ。
僅かに残った理性で辛うじて堪えはしたが、腕の中で無防備に寝息を立てる姿に、一睡もせず夜を明かすことになる。
あぁ、そういえば、秀仲殿の嗅覚の鋭さを知ることになったのもこの時であったか。
慶静寺の者に手をまわし、聖女殿の閨へ訪れた際には、少しばかり驚いた。
あの清廉とした娘が、私の名を呼びながら自らを慰めておったのだ。
確かに、あの娘は私が求めればすぐに顔を赤らめながらも応じていた。が、あのようにあの娘の方から私を求めるなど、そのように私を恋しく思うておったなどと、考えも及ばなかったのだ。
激しい欲が己のうちから沸き上がり、この娘に私を刻みつけたいと手荒く扱ってしまってもなおも聖女殿は私を受け入れるのだ。
妻に迎えると誓ったのは、抗いようのない独占欲からであったと、今となっては思う。
だというのに、翌日になるなり他の男の香りを纏ってきたのだから、胸元に痕をつけるくらいは仕方のないことであろう。
翌日の夕方、私の元へ駈け込んできたのはお凜と名乗る医師団の一員であった。
「どうか、聖女様をお助けください」と頭を下げるその者は、私と聖女殿の間柄を知っているようであった。
瞬時に様々な事を思索した。助けぬという選択肢はもはや存在しなかった。
清水城の城主が聖女殿を手荒く扱うとは思えなかったが、それより醜悪な考えに至る可能性は十分とあった。怒りで震えそうになる自らを押し殺し、どこにも責めがいかぬように、あわよくば神隠しと思われるように立ち回りを決めた。
出立前の最後のご挨拶にと清水城へ入場し、疑われぬよう慎重に折を伺い、そして聖女殿を連れ出した。
似合わぬ衣に身を包み絶望に染まった姿。坊主に化けるためとはいえ艶やかであった髪をバッサリ切り落とし、それでも私の身を案じ振り返った私のすみれ。
そうであった、清水城城主へはいずれ借りを返さねばならぬな。
聖女殿を上手く逃がし、「神隠しでは?」と吹聴して回ると殊の外話は広がり、翌日すんなりを城を出ることができた。
まさか、僧正と聖女が通じておるとは誰一人思わなかったのであろう。
朽ちかけたあばら家で落ち合えた時は安堵した。それと同時に我が身の不出来さを呪った。私にもっと力があれば、いや、無理にでも将親の側室に据えていれば、この娘にこのような思いなどさせずに済んだと言うのに。
苦しい思いのまま、しかし抗えぬ情欲のままに愛おしい娘を抱いた。
どうするべきか、頭ではもう理解していた。だが、私はそれに顔を背け、悠久の道中となることを願いながら毎夜聖女殿を愛したのだった。
悠久など、あるはずもなく、私たちは京へと着く。
あれほどに器量の良い娘であれば、天子様からは快いお返事を頂けるであろう。
永遠の別れになると、覚悟していた。
その名を二度と呼ぶことも出来ぬであろうと、そう覚悟していたのだ。
その娘、聖女殿いや、私の妻は、あろうことか皇后様のご好意を辞退し、私の元へ舞い戻ってきたのだ。
当初、私は気が触れてしまったのではないかと思うた。このように都合の良い話などあるはずがない。気が触れて自分勝手な夢の中にいるのだと、そう本気で思うていた。
だが、触れた頬は暖かく、胸に抱いた温もりは確かに現実のものであった。
私のすみれ。例え皇后様のご不興を書い地獄に落ちようとも、そなたと共にいれるのであればそれでも良い。
醜い独占欲だと理解している。だが、そなたを不幸にしてでももうどこへもやりたくないと、そう思ってしまった。
たったそれだけの間に、驚くほどに様々な出来事があった。
川平にて発生した火災への慰問。それ自体はそこまで珍しいものではなかったが、あの夜まさか晴彦が聖女殿を手引きするなどとは考えもできぬ事であった。
東山城を離れてより三月もの間夢にも現れなかったというのに、その娘を認めた私の胸は瞬く間に恋慕の情で満たされた。
「なりませぬ」と言うべきであることは重々理解していた。だと言うのに、拒むことはできなかった。
聖女殿をこの胸に掻き抱くことのできる喜びは、全てを投げ捨ててしまいたいと思うほどであったのだ。
僅かに残った理性で辛うじて堪えはしたが、腕の中で無防備に寝息を立てる姿に、一睡もせず夜を明かすことになる。
あぁ、そういえば、秀仲殿の嗅覚の鋭さを知ることになったのもこの時であったか。
慶静寺の者に手をまわし、聖女殿の閨へ訪れた際には、少しばかり驚いた。
あの清廉とした娘が、私の名を呼びながら自らを慰めておったのだ。
確かに、あの娘は私が求めればすぐに顔を赤らめながらも応じていた。が、あのようにあの娘の方から私を求めるなど、そのように私を恋しく思うておったなどと、考えも及ばなかったのだ。
激しい欲が己のうちから沸き上がり、この娘に私を刻みつけたいと手荒く扱ってしまってもなおも聖女殿は私を受け入れるのだ。
妻に迎えると誓ったのは、抗いようのない独占欲からであったと、今となっては思う。
だというのに、翌日になるなり他の男の香りを纏ってきたのだから、胸元に痕をつけるくらいは仕方のないことであろう。
翌日の夕方、私の元へ駈け込んできたのはお凜と名乗る医師団の一員であった。
「どうか、聖女様をお助けください」と頭を下げるその者は、私と聖女殿の間柄を知っているようであった。
瞬時に様々な事を思索した。助けぬという選択肢はもはや存在しなかった。
清水城の城主が聖女殿を手荒く扱うとは思えなかったが、それより醜悪な考えに至る可能性は十分とあった。怒りで震えそうになる自らを押し殺し、どこにも責めがいかぬように、あわよくば神隠しと思われるように立ち回りを決めた。
出立前の最後のご挨拶にと清水城へ入場し、疑われぬよう慎重に折を伺い、そして聖女殿を連れ出した。
似合わぬ衣に身を包み絶望に染まった姿。坊主に化けるためとはいえ艶やかであった髪をバッサリ切り落とし、それでも私の身を案じ振り返った私のすみれ。
そうであった、清水城城主へはいずれ借りを返さねばならぬな。
聖女殿を上手く逃がし、「神隠しでは?」と吹聴して回ると殊の外話は広がり、翌日すんなりを城を出ることができた。
まさか、僧正と聖女が通じておるとは誰一人思わなかったのであろう。
朽ちかけたあばら家で落ち合えた時は安堵した。それと同時に我が身の不出来さを呪った。私にもっと力があれば、いや、無理にでも将親の側室に据えていれば、この娘にこのような思いなどさせずに済んだと言うのに。
苦しい思いのまま、しかし抗えぬ情欲のままに愛おしい娘を抱いた。
どうするべきか、頭ではもう理解していた。だが、私はそれに顔を背け、悠久の道中となることを願いながら毎夜聖女殿を愛したのだった。
悠久など、あるはずもなく、私たちは京へと着く。
あれほどに器量の良い娘であれば、天子様からは快いお返事を頂けるであろう。
永遠の別れになると、覚悟していた。
その名を二度と呼ぶことも出来ぬであろうと、そう覚悟していたのだ。
その娘、聖女殿いや、私の妻は、あろうことか皇后様のご好意を辞退し、私の元へ舞い戻ってきたのだ。
当初、私は気が触れてしまったのではないかと思うた。このように都合の良い話などあるはずがない。気が触れて自分勝手な夢の中にいるのだと、そう本気で思うていた。
だが、触れた頬は暖かく、胸に抱いた温もりは確かに現実のものであった。
私のすみれ。例え皇后様のご不興を書い地獄に落ちようとも、そなたと共にいれるのであればそれでも良い。
醜い独占欲だと理解している。だが、そなたを不幸にしてでももうどこへもやりたくないと、そう思ってしまった。
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